第8話 支配者への反逆 その5


「ゴホッ!」


 咳込みながら自分の吐いた血を眺める。これが僕の血か……真っ赤な色をしている。


「くっ……力を貸してくれ! スザク!」

『フェザント!』


 ショオが一人でステーシとマグーの相手をしているが、彼の方があきらかに傷を負っている。

 ショオがカプセルを背中に押し当てると、キジの羽がぶわっと広がる。彼は飛び上がり、傷ついた体でなんとかバランスを保とうとしていた。


「クソッ……体が動かねぇ!」


 ビーンは足をやられたのか生まれたての小鹿のような動きを繰り返している。他の仲間達も体を動かしてはいるものの、すぐに転んでいたりして誰一人立ち上がっていない。


「なるほど。お前のロストは三年前に死んだ黄緑色の『ドミネーション』……あいつのものを改造したものか。しかし……隙が丸見えだ」


 直後、ステーシは思い切り地面を蹴り飛び上がった。彼のスキンヘッドによる頭突きを腹部に受けたショオは情けなく落下する。


「うあ……がっ! ま、まだだぁ……!」


 即座に立ち上がり必死にステーシにしがみつくショオだったが、今度は腹部に膝蹴りを受けてしまう。しかし彼はステーシを掴む腕を離してはいない。


「普通の体の人間なら、いま倒れている奴らのようになっている。だがお前は異常だ。体のどの急所を叩いても、お前は倒れない。何故だ?」

「ま、俺はわかってるけどな。こいつを殺した後はあんただぞ、おっさん」


 ショオは二人の猛攻を血反吐を吐きながら、苦しみながら耐えているが決して倒れはしていない。いったい何が彼をあそこまで……?


「……ごめん」

「えっ?」


 ショオは振り返り、倒れているショアに涙を流しながら話し始めた。


「ごめんな、ショア。お前にこの姿を見せたくなかったんだが……。ぐっ……お兄ちゃんの事、絶対嫌いにならないでくれよなっ!」


 ショオは叫んだ。泣き叫ぶような声だったが、彼には弟を守るという『意思』、つまり愛の『色欲』があった。


「ウオアアアアアア!! 『野獣化』!!」



 *



 十五年くらい前の事だ。


 俺は、ずっと一人ぼっちだった。人間とライオンの間に生まれた俺は、その力を制御できなかった。6歳の時に暴走し家族10人を殺害。俺に殺された母さんは、俺の事を「獲物に飢えた野獣」と例えていたらしい。一族の皆の力を合わせても俺は力を制御できず、犠牲者はどんどん増えていくばかり。日に日に少なくなっていく一族に見切りを付け、森を去っていく者も出てきた。


「お前は呪われているんだ!」


 そう何度も言われ、その度に力を暴走させた。しばらくすると家族以外の全ての一族が去り、直後に唯一残っていた家族にさえも、俺は見捨てられた。



「そこの君、大丈夫?」


 ある日、木の影で佇んでいる俺に女性が話しかけてきた。「俺に近寄るな」そう忠告したが、あいつは俺の側から離れなかった。

 トゥエルナと名乗るその女性は、俺と歳の差が十七ほどあった。だがそれからは、一人では生きていけない七歳の俺を養ってくれた。

 料理や洗濯はもちろん風呂にまで関わってきた。あの時の俺は『色欲』の感覚についてそこまで詳しくなかったから、恥ずかしがるだけで済んだが。


「ほら、ここにさっき食べたご飯があるから、ちょっと膨らんでる」

「ちょっ……俺の腹触るなよ!」

「だったら私のお腹触らせてあげるのは良いのかな?」


 トゥエルナは恥ずかしがっている俺の後ろから俺の腹をさすってくる。さらに背中に何か柔らかいものが押し付けられている感覚を受け、ますます頭の回転が鈍くなった。


「や、やめってよぉ……」


 強気に出られなくなり、絞り出すような声を発した途端、トゥエルナの動きは止まった。


「ほんと……かわいいね」



 そしてトゥエルナと過ごしていく内に、暴走はピタリと止まった。俺に理由は分からなかったが、トゥエルナは「好きな人がいるからなんじゃない?」と茶化していた。でも実際俺は……トゥエルナの事が好きだったのだろう。



 俺が考えるに、暴走してしまう理由としては「愛情を家族等からあまり貰えなかった場合、自分に自信を無くしてしまい、自分の中にある獣に体も乗っ取られてしまう」からだと思う。

 だって……トゥエルナと過ごす時間は、以前と比にならない程、楽しくて嬉しかったから。



 だが平穏な日々は、突如として終わりを告げられた。奴隷や男娼を扱っていたある貴族とショーの一族の一部が手を組み、俺を抹殺しようと森に侵攻してきたのだ。


「お前が大人しく降伏したら、あの女の命だけは助けてやってもいい!」


 カマキリの『ショー』の一族の女性にそう告げられ、俺はそいつに手錠をかけられた。


 トゥエルナを人質に取られた俺は、抵抗する事なく、すぐに降伏し捕えられた。だが、少しでもあいつらを信用した俺が馬鹿だった。

 森にあったボロボロの小屋にて俺の前に現れたのは、両腕を切断され、喉を潰され、耳を溶かされ、体中が傷だらけになったトゥエルナだった。


 トゥエルナを連れてきた一人と、俺の前に立ってズボンを脱いだ奴二人も、かつて仲間だった一族の人間だ。二人は俺の衣服も無理やり剥ぎ取り、ピリピリした空気が俺の肌を刺激する。


「ほら、どうだ? どんな臭いだ?」

「もっと俺のを見ろよ! ……やっぱこのくらいの男子はたまんないねぇ」


 ゴリラとの間に生まれたその男は、下着越しにそれを押し付けてくる。トンボとの間に生まれたもう一人もだ。だが俺の目線は、男の後ろ、真っ先にトゥエルナへと向けられた。

 必死に涙を流し、俺に助けを求めるトゥエルナ。だが現実は非常。何も抵抗できないのをいい事に、一族の男が俺の目の前でトゥエルナを犯し始めた。


「あいつが……悪いんだ! ショオが悪いんだっ!」


 トゥエルナを犯す男はカブトムシの遺伝子を持つ昆虫人間のようで、言い聞かせるように言葉を放ちながら腰を振っている。


「ん!? なに興奮してんだよ!」


 するとゴリラの男の足が俺の股間を撫でた。俺は犯されているトゥエルナを見て興奮してしまっていた。

 だがこの時の俺はそれの意味をよくわかっておらず、ただ困惑するだけ。今となっては、思い出したくもない。


 トゥエルナは、俺の方を見て泣き続けた。俺も、何もできない俺自身に泣いた。

 だが、トゥエルナを犯していた男の体が痙攣した瞬間。そこからの記憶は曖昧になった。


 気がつくと野獣化しながら、血だらけの腕でトゥエルナを抱きしめるように覆いかぶさっていた俺。血液を浴びながら周りに倒れて死んでいる一族達。俺は状況を理解できないまま、トゥエルナを背負い家に戻った。



「なあ、さっきの俺の姿、醜かったか? 嫌いになったか?」


 当然、トゥエルナは何も答えない。全身の骨も砕けているようで、彼女は何もできなくなってしまっていた。



 ある日、トゥエルナのお腹が大きくなっている事に気づく。あの、憎ったらしい奴らの子を、トゥエルナは孕んでしまっていたのだ。時間が経つに連れ、トゥエルナの泣く回数が多くなった。



「トゥエルナ!? 産まれる……産まれるのか!?」


 赤子は無事に産まれたが、トゥエルナは……死んだ。その夜は泣き続けた。泣き飽きるほど。



「結局……あの姿になった俺を嫌いになっちまったのか、聞けなかったな……」


 トゥエルナをめちゃくちゃにした奴らよりも俺自身を憎み、嫌った。


「お前の名前……どうしようか」


 俺はなんとか赤子を育てる決心を固めた。奴らの子だが、トゥエルナの子でもある。


「そうだ……お前の名前は『ショア』だ」


 あいうえお順で一番最初の『ア』。ショーの一族を最初からやり直すという意味も含まれている。トゥエルナが孕んだのはあの昆虫人間との子で、俺のように力が暴走しないように育てなければ。

 ……そうだ。トゥエルナに甘える事が俺は好きだったから、暴走させないためにも、ショアはいっぱい甘やかしてやらないとな。

 それと、俺も暴走しないために、俺もショアに甘える事にしよう。


「これから一緒に生きような、ショア」

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