第7話 紫の欲望 その8

「ふ~。痛かった……」


 背後から聞こえる疲労が溜まった声。振り向くとショアがもう戻ってきていた。植物を使って登ってきたのだろう。


「ねえ、さっきの何? 狼と一体化するなんて、聞いた事も無い」


 ショアは自分でも分からないようで、「ボクも知らない」と言う。……ロプトなら何か知ってそうだな。


「ロプトなら、さっきのが何か分かるんじゃないの?」

「……さあ。僕は一体化の事は知っていますが、それがどういう原理で、どういう意味があるのかは知りません」


 存在は知っているがどういう意図で作られたのかは分からない……ロプトでさえ知らないんだから、僕には遠い話だな。



「……誰か出てくるぞ!」


 観客の声で気づき、全員が一斉に会場に目を向ける。出てきたのは何度も見た赤い髪の男、ボルガ。だがいつもと違ったのは殺気だった。熱も感じられる。何かあったのだろうか。


「じゃあ、対戦相手は誰なんだよ?」


 僕はミーナだと予想していたが、現れたのは今まで見た事も無い人物だ。そして……その人物の髪はオレンジ色だった。前髪が左目を隠すほど長い。少し、顔と服装が僕に似ている気もする。黒い服だが腕の部分はモノトーンの縞模様で、灰色のズボンを履いている。すると白いロストラウザーを取り出していた。やはりフィシュナから受け取った力のようだ。


「お前……レイのおばあちゃんの所で会ったな? 構ってる暇は無い。レイの命がかかってるんだ……!」


 剣を構えるボルガ。ゴブリン達に何か言われたりしたのか?


「……君が僕に勝とうが負けまいが、僕には関係ない。だがフィシュナから力の差を見せつけろと言われている。殺しはしない」

「舐めやがって……!」


 全速力でオレンジ色の少年へと突っ込むボルガ。剣を思い切り振り下ろすが、あっさりと白いロストラウザーで防がれてしまった。するとラウザーの両端から橙色の光が現れ、弓へと変貌する。至近距離で放たれる矢。一瞬で剣は砕け、衝撃でボルガ自身も吹き飛んでしまった。


「……僕の名は、ファラン。『傲慢』のオレンジ色だ」


 僕の名前を呼ばれたのかと一瞬だけ焦った。似た名前なのに、彼とは大きすぎる差がある気がした。



「ぐっ……!」


 破壊されては復元を繰り返すボルガの剣。現れる武器は、ロストバイザーが壊れない限り何度でも復元できるようだ。だがそんな事もおかまいなしに攻め続けるファラン。弓で近接戦闘をこなすなんて、相当な実力者じゃないとできないだろう。


「『白』に相応しくないお前は処理してもいいと思ったんだけど……フィシュナがそれを許してくれないんだ。何故だかは分からない」


 ファランは余裕の表情でボルガを圧倒している。ここでボルガが負けたら、希望はヘルとビーンだけになってしまう。


「くそっ……舐めるな!」

「無駄だ……。ファランクス、発動!」

『プライド! アローショット!』


 バイザーの音声と同時に、ファランの左右に並ぶように空中に10の弓矢が浮かぶ。ファラン自身が放った矢と同時に、それは一気にボルガへと打ち込まれた。


「うわぁっ!!」



 それからは見るのも辛い戦況だった。ファランはボルガの体力が無くなるまで挑発しつづけ、ボルガが動けなくなると蹴りを入れていた。


「まだ降参しないのか? 痛みが全身に広がっているだろう」

「ここで……負けてたまるか……! レイが、レイが待ってるんだ……!」


 ボルガは傷だらけになりながらもファランの足を掴んでいる。そんなボルガを嘲笑うかのようにファランは喋り始めた。


「それは心配しなくてもいい。あの女、『白』に相応しいんだよ。真っ白なんだよ。それと、あの女にはお前が必要だ。お前はあいつの心の支えだからな」

「お、お前ら、レイに何をするつもりだ……!」

「……ちょっと眠って貰うぞ」


 そう言うとファランはボルガの首に打撃を与えた。ボルガは倒れ込み、通路へと連れていかれる。


「これ、追った方がいいんじゃないか?」



 *



 僕達は消えて行った二人を探した。途中でアベルと合流し、三つのグループに別れて行動する事となった。僕とヘル、そしてシャイニーの三人でコロッセオ周辺を見回る。


「私だったら彼の血を判別する事ができる。血痕を見つけたら報告してね!」


 この状況だとビーンとシャイニーの能力がありがたい。準々決勝は明日からだ。今日中に見つけたい。


「あっ血! 血があったぞ!」


 大声を張り上げるヘルの所へ向かうと、少量だが血が落ちていた。近くには古びた物置小屋がある。この中に誰かいるのだろうか。


「うぇっ!? 何この血……正常な人間の血じゃない……」


 予想外の反応。もしかして食生活がかなり狂った奴がいるんじゃないか?


「だったら動物の血だったり?」

「いや、辛うじて人間の血の味がある。でもこんな味……初めてよ……!」


 引き返した方がいい。そう自分の脳が話しかけているが、体は小屋へと向かっていた。


「……」


 無言で小屋の戸を開ける。少しづつ中の様子が見えてきたが、それは全く予想していなかった光景だった。

 血だらけで倒れている家畜。豚や牛、羊が五匹くらい。奥から咀嚼音が聞こえる。恐る恐る中へと入ると、うっすらと人影が見えた。


「……へぇ。この匂いは……あのロプトって奴の匂いだな。お前も、あいつにロストって力を貰っただろ?」


 背後からの光で人影がはっきりと見えるようになる。迷彩柄のシャツとブーツに黄緑色のズボン。その男の髪の色は、紫だった。


「俺はカイザ。今、欲望は満たされた」

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