第7話 紫の欲望 その7
「声真似は得意な方なんでね。お前の記憶、その中でも印象に残ってる人間の声を真似させてもらった」
目線を戻し、会場の二人に目をやる。アベルの事は後回しだ。
「お前の大切な人間の声で痛めつけてやるよ!」
ショアは勢いよく投げ飛ばされ、地面に砂埃が舞った。様子が分からないが、ショアのものと思われる足音は聞こえる。
「か……体が勝手に……!」
傷だらけになっているにも関わらず、ショアはゴブリンへと歩いて行く。もう目と鼻の先だ。するとショアは急に動きが止まった。
「もう一つ教えてやろう。俺の魂はな、生物の簡単な動きなら強制的にその行動をさせる事ができる。もっとも、強固な意思をもった奴は掌握できないが……今のお前は恐怖に心を支配されてる」
その時、フライと初めて交戦した時の事も思い出す。確かあの時も、アベルは。
*
「だったらこれであなたを……っ!?」
あらぬ方向に弾を発射したフライ。その先にはボルガと戦っていたキリが。
「ええっ!?」
キリは避けようとするが間に合わず、弾に直撃しその場に倒れ込んだ。
「あなた……一体何を!? 私の体が一瞬……」
「さあな、お前なんかに話すかよ」
*
やっぱり。アベルはカブトと何か関係があるのか?
それにしても強固な意思、か……僕はそれを持ってるのかな……『復讐』をしようとは思ってるけど、ほとんど手がかりは無いし。あれ……僕は何をやってるんだろう。速く、早く『復讐』をしないと……こんな寄り道をせずに。父さんの仇討ちをするために。僕が……満足するために。
すると、僕の中に何かが入ってくるような感覚が襲ってくる。なんだよ……邪魔するなよ……僕から、僕の中からすぐに出ていけよ!
「おー怖い怖い。邪魔しちゃ駄目みたいだな」
ゴブリンの発言で我に返る。まさか、さっきの奴があいつの魂だったのか? まずい……みんなにバレたら……!
「やっぱり狼は凶暴だな。飼い主を守ろうと威嚇してるみたいだが……?」
自分の事じゃないと分かって心が軽くなった。じゃあ、入ってきた魂は誰の物なんだ? まさか、アベル?
隣に座っているアベルを見る。僕が顔を向けると同時に、アベルは立ち上がった。
「……ボルガを探しに行ってくる」
それだけを言い、彼は通路へと向かった。……アベルに知られるのは、まだマシだな。あの時にはもう僕の記憶を見ていたはず。不幸中の幸いだ。
「ガ、ガウガウ? どうしたの?」
ショアのポケットに入っていたカプセルが飛び出し、狼が出現した。真っ先にゴブリンへと突っ込んでいる。
「ご主人様を守るために必死になって戦うか……ならその体でご主人様に傷をつけてやろう」
「あいつ、今度はあの狼の中に入るのか!」
ゴブリンと狼の動きが同時に止まり、狼はショアの方を向いた。
「……今だ!」
カプセルに狼が吸い込まれる。そうか、狼ごとゴブリンをカプセルに封じ込める作戦か。
だが狼が吸い込まれる直前にゴブリンが尻もちをついた。
「おっと、危ないな! またカプセルの中に戻るところだっ……いや、カプセルに閉じ込められる所だったな」
戻る…? あいつはもともとカプセルの中に居たって事か?
「作戦は失敗したが、また痛めつけて……なに!?」
その光景を見た人間は、必ずと言っていいほど驚くだろう。ショアが握っていたカプセルが飛び跳ね、先程の首の傷口に刺さった。そのままズブズブと奥へ入っていくのが見えた。
「痛い……うっ、やめてよ……がっ、ああ……っ!」
次第にショアの声は小さくなり、頭は下を向いていた。
「脅かしやがって……」
ゴブリンがショアに近づき、拳を振り上げ止めを刺そうとする。
だが次の瞬間、ゴブリンはショアのドロップキックを胸部に打ち付けられた事によって吹き飛んだ。ショアの手の甲、その指の付け根から爪が生えている。髪も狼の頭の形になっていて、耳のような形状の箇所もあった。
「狼と一体化するショア、これは……!」
「え、ビーン、何か知ってんのか?」
全員がビーンに耳を傾ける。いったい、あれはなんなんだ?
「めっちゃモフモフしたい……!」
「えぇ……」
「期待して損したよ……」
「あなたもそんな事言うんですね」
「せめて血がうまそうとか言ってよ……?」
「ガルルルルル……!」
低い狼の唸り声。ショアの口から出ているとは思えない。鋭い爪を構え、ゴブリンを睨んでいる。
「ほぅ……主人の体を乗っ取ってまで戦うか……?」
あの狼がショアを動かしているのか。人間の体を自由に動かせるなんて、どんな強固な意思を持ってるんだ……?
ゴブリンへと突っ込むショア。だが簡単に動きが読まれてしまい、素早い攻撃が一発も当たっていない。ムキになってるみたいだ。
「そんなんじゃ、何年経っても当たらない」
その言葉に反応したのか、さらに攻撃の速度が上がる。このままだとスタミナが切れるか、攻撃が当たるかのどちらかだ。いや攻撃が当たったとして、あいつに勝てるのかも怪しい。
「いいぞ。もっと速くなれ! お前の力はそんなもんじゃないだろ?」
まるで鼓舞するような発言。攻撃の隙を見つけるつもりだろう。
「もう充分に速いな……だが、0.1秒の隙がある!」
ショアの腹部に蹴りが入る。衝撃で飛び上がり、直後には地面に体が叩きつけられていた。同時に彼の首からカプセルが飛び出る。
「痛っ……! 痛いよ……!」
ゆっくりと傷口から垂れる血は見ているだけでも痛々しい。カプセルも血だらけだ。
「……勝負はついた。これで終わりにするぞ」
痛みにもがくショアに近づいているゴブリン。まさかとどめを刺すつもりか?
「おい、殺されるんじゃねぇか!?」
「そうですね。惜しい人を無くしました」
「いや諦めるの早すぎだろ!」
ビーンの叫び声を僕は聞き流す。例え助けに行ったとして、間に合わないだろう。僕は目を逸らす。人が死ぬ所は見たくない。
「うわー! こんなん見たくねえよぉ!」
目を逸らした先にはヘルが手で目を隠していた。だが一瞬、微笑んでいる気がした。僕の見間違い……か?
「できるだけ痛くないようにする」
ショアの首にまたしてもゴブリンの手が触れる。見たくないと思っていても、体が動かなかった。とっさに目を瞑る。数秒経っただろうか。何も音が聞こえなかった。
「あれ……? 首の傷が治ってる……?」
ショアの声が聞こえ、目を開ける。あのゴブリンが傷を治したっていうのか?
「お前は面白い。もっと強くなってから、もう一度俺と戦おうぜ」
颯爽と歩いて去っていくゴブリン。もしかして、言うほど悪い奴じゃないのかもしれない。
「え? 死んでないの? あー良かったぁ~!」
さっきのヘルの微笑みが気になる。仲間が死にそうだというのに笑うなんて、正気じゃない。……ただの見間違いだろう。ヘルはそんな人間じゃないって事は分かってる。
「次はボルガだよな? まだ来ねえのか?」
観客席を見渡すが、それらしき人影は見当たらない。このままだと逃げ出したと勘違いされそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます