第7話 紫の欲望 その6
「……ロプト? ロプトなの?」
「フルル……?」
少し高い声を出しながら建物の影から出てきたのは、昔から交流のあったフルルだった。驚いた顔をしている。
「ロプト……何があったの?」
「説明するのは面倒です。どうです? 『希望』の力、あなたになら渡せますよ」
「き、『希望』!? ……わかった! 僕はその力を使って、みんなの希望になるよ!」
「じゃあこれを。期待していますよ」
友情を感じながらフルルに黒いバイザーと黒いカプセルを渡す。彼がそれを手に取った瞬間、彼の口から血が吹き出た。
「言い忘れていましたが、この力には代償があるんです。声を、失いましたね」
フルルは悲しそうな表情をしていたが、直後に彼の周りに幽霊達が現れると、『悦楽』の笑顔を取り戻していた。
「……行きましょう。この街を守るという『欲望』を満たすために」
「ハハハッ! 二人共いい目してるじゃあねぇか!」
高笑いするカラス姿の幽霊が、フルルに渡したカプセルから飛び出し口笛を吹くと、続々と幽霊が集まる。どれも見たことがある顔ぶれだ。
「みなさんは亡くなってしまったんですね……その『憤怒』、僕が受け取ります。僕が力に、変えます!」
最前線で戦っている姉の所へ向かい、血を浴びた。
「あ、戻って……なに、その血!? なんか一人増えてるし……」
「静かになったって事は、お前らが全滅させたって事……でいいのか?」
「……ヤバイな」
森の入口へ戻るとペリロスにペス、ハイエンの三人は驚愕していた。
「それより『白』を……」
白髪の少女にフィシュナが近づくと、彼女は粒子になって消えて行った。フィシュナの右手を透過しながら、大きな空へと。
「あ……」
「え……!?」
間に合わなかった…もう少し早ければ……!
「私の、せいですね。私が『白』の治療を優先していれば、スムーズに引き継ぐ事ができたというのに……」
姉は虚空を見上げていた。同時に、雨がぽつぽつと降ってくる。悲しみの雨だ。
「私は責任をとります。私が『白』に相応しい人間を探します。ロプト、あなたは何もしなくていいです。これは私の償いです。『決意』です。邪魔を……しないでくださいね」
その目には液体が溜まっていた。雨の見間違いかもしれないが。そんな姉の姿に、僕は僅かながら『嫉妬』を覚えた。
*
「『白』に相応しい人間を探す、そう言って姉さんはどこかへ消えたんです。……これが、僕の知っている全てです」
やっぱり、僕には何もわからないな。この力の源も、白い少女が持っていたみたいだけど……。
「なんで今まで話さなかったんだよ〜!?」
突然飛び起きるビーン。話の途中で寝ていたように見えたが、ちゃんと聞いていたみたいだ。
「ビーンの言う通り。私達はロストの代償のせいで、生物の血を採らないと生きていけない体になったんだし」
「僕は……目がね……?」
僕の申し訳程度の代償なんか、他の人に比べたら軽いものなんだろうな。
「……今まで言わなかったわけは……俺が近いうちに話す。もういいだろ? コロッセオに行くぞ」
冷たい態度をとるアベルに苛立ちを覚えながらも、僕達はコロッセオへと向かった。本人が話したくないなら、追求はしない。
客席まで戻ると、ヘルが一人で座っていた。
「ギリギリだったけど、なんとかキリに勝てたぜ〜!」
「そいつは良かったな……ん? ボルガはどこに行った? 近くにはいないみたいだが……」
我に返る。アベルの言う通り、ボルガの姿が見当たらない。一人でどこかに行くような人じゃないのに。
「ああ、ボルガならミーナを見つけたらしくって、ここにはもういないぞ。どこかに走って行っちまった」
確か、参加者の待機室にもミーナは居なかった。何か企んでいるのか?
「てか、これって結構ヤバイんじゃね? 今残ってるのって俺とヘルとショア、ボルガの四人だけだし、さっきのフィシュナと、厄介そうなメリーって奴もいるじゃん。二回戦もランダムで選ばれるから、その二人が潰し合ってくれりゃ可能性はあると思うけど……」
「逆もありますね。味方同士で戦う、という場合もあります」
もう無理なんじゃないか、諦めたらいいんじゃないかと言いたくなるが、そんな事を口走った暁にはボルガに焼き殺されるだろう。
あまりの現状の酷さに目を背けた先は会場だった。するとショアが通路から出てくる。
「あ、もう始まるみたいだよ」
そう言うと皆が一斉に会場へと目を向ける。続けて現れた相手はあのカブトのゴブリンだった。
「おー……あのゴブリン、なかなか強そうじゃん」
そういえば、ビーンはカブトのゴブリンと面識がなかったな。まだあいつの実力もわかってないし、この戦いで弱点を発見したい。まあ、ここでショアに勝ってもらいたいけど。
二人は会場の中心に立ち、互いを睨み合っている。睨むと言っても、カブトのゴブリンはただショアを観察しているだけかもしれない。すると痺れを切らしたのか、ショアが口を開き話し始めた。
「ねぇ、何で君達は反逆を──」
「なぁショア!」
ショアの言葉をかき消すように放たれたその声は、前にも聞いたことがある声だった。間違いない、ショオの声だ。兄の聞き慣れた声が敵から発せられた事に驚いたのか、ショアに隙ができていた。案の定その隙を突かれ近づかれた直後、ゴブリンのゴツゴツした手が小さな首を掴む。
「な、何でお兄ちゃんの声……!?」
ショアは振りほどこうともがいているが、ゴブリンの腕はびくともしていない。それどころか、さらに強く掴んでいるようだ。
「教えてやる……」
ショアの首から血が垂れる。
「俺の魂は、他の生物の中に入る事ができる。その生物の記憶や、今考えている事、俺には全部分かるんだよ」
それを聞いた皆はざわついているが、僕とアベルだけは黙り込んでいた。僕は……思い出してしまったからだ。
アベルと初めて会ったあの日、アベルは……僕の考えている事を話を聞かずともわかっていた。
*
「大丈夫か? 怪我は……無さそうだな」
僕を助けてくれた。でも、どうやって?
「……ほう。さっき言ってた、強大な力…まあ、俺のは“ロスト”って呼んどけ」
ロスト……か……って、何で僕の考えてる事が分かったんだ?
*
脳裏に浮かぶあの時の光景。僕の記憶に、間違いは無い。この男を、本当に信じてもいいのか……?
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