第7話 紫の欲望 その5

 一旦寮に戻り、これから試合に参加するヘルとショア、それにボルガを除いた、僕とアベル、ビーンとシャイニーの四人でロプトに事情を聞く事にした。


「どういう事だ? お前の姉は三年前にどっかに出ていったって聞いたぞ……」


 アベルのそれを聞いたロプトは少し悲しそうな表情で話し始めた。


「……僕と姉さんがなぜこの特殊な力を持っているか、それを話す時が来ましたね」


 その場にいた四人全員がロプトに耳を傾ける。自分達の力の源が気になって仕方ないのだろう。僕も含めてだけど。


「あれは隣国ゲボルグとの戦争の時でした」




 三年前────


「まずいよ姉さん、近くにも部隊が攻め込んで来てる。今のうちに逃げた方が……!」


 僕達が住んでいる地域はちょうどゲボルグとの境目にあった。一つの山を挟んでいるが、いつ攻め込まれてもおかしくはない。


「しょうがない、よね。……ごめんね、母さん」


 僕達は、体の不自由な母さんと、父さんの研究材料を置いて逃げた。父さんの名前はステーシ。『平行世界の可能性』等の本を出版していて、研究材料を託されていたが、もう限界だ。今まではなんとか騎士団が防衛できていたが、たった今それは突破されたようだったからだ。


「じゃあ、南にある森に行こう。あそこならバレないと思うから……」


 姉の提案に乗る。もしここで別の場所に逃げていたとしたら、これからの未来は大きく変わっていたのかもしれない。


「ここまで来れば大丈夫なのかな?」


 しばらく走って目的の森へと着いた。この森にはかつてとある一族が栄えていたという噂があるが、今はそんな気配なんて全く無い。

 木の影に二人で座り込む。フィシュナを見ると、体が震えていた。


「姉さん……怖いの?」

「いや……私達だけで逃げてよかったのかなって……?」


 さっきまで僕達が居た街を見ると、火と人混みで溢れていた。


「やっぱり戻ろう? 戻って一人でも多く助けないと」


 歩きだそうとするフィシュナの腕を掴む。あんな危険な所に行かせるわけにはいかない。


「だめだって。僕達まで死ぬかもしれない」


 少しの間二人は固まった。今、僕達は『選択』すべき道を考えている。


「おい! お前らあの街の人間か?」


 背後から声をかけられ、振り向くと四人の男女が近づいてきていた。


「あなたは……?」

「え、ああ、俺はペリロス。ゲボルグから逃げてきた。ファラリスとかいう奴め……別にゴブリンを優しく扱っても良いじゃないか」


 ペリロスと名乗るその黒髪黒コートの男は、何やら焦っている様子だった。


「おい、その人は大丈夫かペス? クソっ、ボブとアベルともはぐれるし、今日はついてないな……!」

「まだこの子は生きてるけど、もう危ないかもしれない……!」


 薄ピンクの髪をした女は、義手だったが白い髪の少女を支えながら歩いていた。


「周りは俺が見張る。もし敵が来たら合図を出すからな」


 冷静に動いているもう一人の男は騎士の格好をしていた。彼の服の肩の部分に引っ付いている白地にベージュ色のワッペン、それは地に落ちた人間が槍に貫かれている、ブランク王国の国旗だ。


「わかった。ハイエンに任せるぞ。まずはその人を座らせておこう!」



 白髪の少女は白いドレスを着ているがあちこちに傷を負い、今にも死にそうな表情だった。いったい何があったのだろう。


「……あ、あなた達になら……!」


 何か、伝えようとしているのか?


「今は何も言うな! すぐに手当てするから……」


 ペリロスの言葉を無視し、少女は話しを止める事はない。


「あなた達なら、託せます……! この醜い戦争を止める力を!」


 そう言うと震えた右手を僕に差し出した。


「え、なん……ですか?」

「私の手を、掴んでください……」


 言われるがまま手を掴むと、体の中に希望と絶望が混じりあったような電流が入り込んだ気がした。


「な……!?」

「あなたにも……」


 フィシュナには左手を差し出していた。


「え……?」


 僕と同じように手を掴むと、姉さんも同じような反応をしていた。


「何やってる! 怪我人が動いたら……!」

「あ……すいません、ね……」


 小さな声で謝った瞬間、少女は倒れる。突然の出来事に僕は唖然としていた。


「え……どうしたんだよ! おい!」


 ペリロスが肩を揺らすが、少女は全く動かない。まさか……死んだのか?


「まだ名前すら聞いてない……! 頼むから……死ぬな!」

「そんな……」


 頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。もう何もかもがわからない。理解できない。


「こっちにゲボルグの兵が近づいてる。逃げるなら今のうちだぞ」


 ハイエンという男の声を聞き、本来の目的を思い出す。そういえば逃げるんだった。早くしないと。


「姉さん、早く逃げよう……姉さん?」

「この人、戦争を止める力って言ってたよね……なら、今使うべきじゃない……?」


 姉の体は震えていた。でも、その体は僕達の街へと向かっている。


「おい、何をするつもりだ?」


 ハイエンが冷静に声をかけると、フィシュナは体の向きを変えハイエンの瞳を見つめた。


「あなたは、戦えますよね? ならこれを」


 姉の掌に白いラウザーとオレンジ色のカプセルが現れた。これが悲劇を終わらせる力でありながら、新たな悲劇を引き起こす力であるという事は、今は誰も知らないだろう。


「生憎だが俺はお前を信じられない。それに触れたら、何が起こるかわからないからな」


 ハイエンは草むらに座り、静かに街を傍観し始めた。


「そうですか……なら私だけでも行きますから」


 そう言うとフィシュナは遠くに見える兵隊へと歩いて行った。一歩ずつ踏みしめながら。


「あいつ正気か?」

「おい……戻ってこい!」

「私達だけでも、逃げようよ」


 三人の声が僕の頭の中を通り過ぎる。とても窮屈な頭の中を。


「僕も……行きます」


 先に歩き出した姉の背中を追う。背後から声が聞こえたが、今の僕にはそんなの関係なかった。『正義』と『復讐』が僕を動かしているから。


「姉さん……」


 自分の声が届きそうな距離まで近づいて話かけると、姉も声を返してくれた。


「今の私は『正義』と『復讐』で動いている気が……し、ます」


 敬語に一瞬だけ戸惑ったが、それは何も問題ないという事に気づいた。いや、そう思わされた。


「奇遇、ですね。僕も同じ意思で動いています」


 歩くスピードを徐々に上げていき、二人並んだ直後に同時に走り出す。足音でゲボルグ兵がこちらの存在に気づいたが、姉が『ノブナガ』のカプセルを使い切り抜けた。一人、また一人と倒れていくのは少しかわいそうだとは思ったが、僕達の街を襲った復讐対象だ。『慈悲』など無い。『傲慢』気味になっている自分は嫌いじゃない。


「急ぎましょう。一刻も早く、敵を殲滅するために」


 一人ずつ始末していると、ゲボルグの兵も人間だという事を理解した。死ぬ直前まで生き伸びる気でいる。散々人を殺しておいて。『暴食』の限りを尽くしておいて。今まで生きていれた事は素晴らしい事なのに、それに気づけていないなんて、とても愚かだ。僕はそれを気づかせた。死なせてわからせた。少し『憂鬱』な気持ちにはなったが。

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