第7話 紫の欲望 その4

「おいロプト。お前、カプセルの効果を一時的に消せるんだよな? だったらしとけば良かったんじゃ……?」


 険しい表情でボルガはロプトに問いかけるも、ロプトは相変わらずの無表情で応える。


「いえ、周囲のカプセルごと機能を停止させるので、シャイニーさんも被害を受けます。カプセルとロストラウザーの力が無い場合でも、恐らくメリーさんが勝っていたでしょうね」


 なんだよ……ロプトはわかってたのか。


「次は俺だが……恐らく負ける。あまり期待しないでくれよ」

「なんだよアベル。お前らしくないぞ?」

「すまないな……体の調子が悪いらしい」

「そうか……なら俺がやってやるよ」


 ボルガはアベルを見ずに言った。そういえばアベルの体をまともに見た事が無い。目元しか見えないし、なにより暑そうだ。


「じゃあ行ってくる。もう一回言うが、期待はするなよ」


 ゆっくりと歩くアベルの背中を見つめる。……僕なんかよりも、背負っている物が比じゃない気がした。いや、確かにアイアンメイデンは背負ってるんだけど。


「アベル、大丈夫なのかな?」


 ショアは膝にオレンジ色の体毛をした猫を乗せながら座っている。猫は癒しの存在だ。羨ましい。


「オレ達が頑張るしかないのかな~。オレはまだ子供だぞ~?」


 ヘルは僕と同じくまともな強化を貰えなかったから、あまり期待できない。いないよりはマシ、かな。



「出てきたぞ」


 ビーンの隣で寝ていたシャイニーが目を覚ました直後に、トンボのゴブリンであるフライが上空から飛び降り現れた。数秒後にはアベルも会場に歩いて来る。


「昨日の決着つけさせてもらうから、覚悟してよね」

「……俺達は殺されるわけにはいかねぇんだよ」


 直後に二人の戦闘が始まったが、アベルは防戦一方だ。本気を出していないようにも見える。


「なによ! 本気出さないの?」

「くっ……!」


 アベルの斧が弾かれ、地面に突き刺さる。フライの羽がアベルの眼の前に振り下ろされた。


「今降参したら見逃してやるよ。今の戦いはつまらない。……それに、こんな一方的だなんて、何か裏があるに違いないわ。あなたの思惑には惑わされない」


 アベルは微動だにせず、少し間を開けてから言葉を発した。


「……わかった。“俺”の負けだ」


 それを聞いたフライは羽をたなびかせ、空高く飛んで行った。通路へとぎこちなく歩くアベルの背は、さっきまでは感じなかった悲しみが見えた。背負っているアイアンメイデンから浮き出る程の。やっぱり何か、あるんだな。



「おいアベル、本当に体の調子が悪いんだよな?」


 客席に戻ってきたアベルにボルガが問う。レイの命がかかっているからか、ボルガの表情がまたも険しい。


「力になれないのは謝る。だが……今の俺達じゃあいつには勝てない。早く……あのベージュ色に適応できる人間を見つけなければならないな」


 それを聞いたボルガは「そうだよな、俺も配慮が足りなかった」と口にし、悲しそうな表情になっていた。


「次は僕の番ですね。相手が誰なのかはわかりませんが、全力で戦うまでです」


 そういや、ロプトの戦闘は見てないな。いったいどんな戦い方なんだ?



「あいつは、あの仮面の女か……?」


 通路から歩いてやってきたのは顔を白い仮面で隠している女性。グレーの髪が腰まで伸びている。


「あのさ、あの女の人の髪の色、見えるんだよ。グレー、だよね?」

「え……確かアランって、ロプトのカプセル借りてなかったよね?」


 そう聞くショアの膝には猫の姿が無い。いつの間にか猫はカプセルに収納されていたようだ。


「うん、あの時はそれどころじゃなかったし、その後もコロッセオの事で頭いっぱいだったから……でもなんでだろう?」


 グレーの髪の女性を見つめて頭の中の疑問を解決しようとする。考え込んでいるうちにロプトも会場へと現れた。


「あなたはもしや……まあいいです。僕の疑問をはっきりさせる為に、倒させてもらいますよ」


 女性はロプトに何も反応せず、上着の内ポケットに手を入れた。そこから取り出したのは、白いラウザーだった。これも色がはっきりと見える。


「やはり……まずはその仮面を処理します」

『ツタンカーメン!』


 ロプトの黒いラウザーにカプセルがセットされると、かすれた音声と共にロプトの周りに三角の形をした灰色のエネルギー弾が召喚された。


「なんだありゃ!?」


 観客席からは驚きの声がうるさいほど聞こえた。僕も声には出していないが、心の中では同じくらい驚いている。


「……それなら」

『ノブナガ!』


 彼女のラウザーからは透き通った女性の音声が鳴り響き、彼女の背後に大量の火縄銃が召喚された。直後に二人の攻撃が行われ、二つのエネルギーは相殺した。


「互角か!?」

「いや違う……!」


 大量に舞った砂埃に紛れて確認できないが、戦っているという事は音で分かる。

『ベンケイ!』

 ラウザーの音声ははっきりと聞こえ、金属同士がぶつかる音も聞こえた。


「千本刀の連撃、避けられますか? しゅっ!」

「くっ……!」


 色々な形の刃がロプトに向かって飛んでいく。ロプトは腕で防いだり、避けたりするのが精一杯の様だ。


「まずい……このままでは……!」

「あのロプトが押されるのか……なんて奴だ、あの女!?」

「これで……終わりです! しゅっ」


 すると女性は灰色のカプセルをラウザーにするりと、流し込むようにセットした。


『クリエイション! メタルフィニッシュ!』


 三度みたび音声が放たれ、ラウザーを伝って女性の左足のつま先へと灰色の煙が向かう。直後に女性は真上へと飛び上がり、左足をロプトに向け急降下。防御の体勢をとっていた彼の右腕にキックが打ち込まれた。


「がっ……ああ!」


 ロプトはあまりの衝撃に押し倒されてしまった。女はすぐさまロプトの側へと浮きながら移動した。


「しゅっ。……あなたは所詮、五分の二の力……五分の三の力を持つ私には敵いません」


 ロプトを見下しながら女は仮面をゆっくりと外し、コロッセオの壁へと投げつける。

 その顔は可憐で美しかったが、ロプトと同じく表情は固く不気味だ。


「やはり……フィシュナ姉さん、あなたでしたか……」


 姉さん? つまりあの女はロプトの姉なのか……? でもなんで僕達と対峙する必要があるんだろう。


「あなたはこの件にこれ以上関わらないでください。……と言っても無駄ですね」


 フィシュナはゆっくりと顔を上げると、僕達の方を見つめた。無機質な表情。ロプトの面影がある。


「私は、『白』を探す者。とでも言っておきましょうか」

「白……だと?」

「あなた達は好きに動いてください。私の邪魔をしない程度に、ですけどね。それに、知らない方が良い事実だってあるんです。しゅっ」


 そう言うと彼女は通路へと消えて行った。僕の頭はこの状況と、フィシュナの言動を理解できていない。


「おーいロプト、とりあえず戻ってこい!」

「……はい」

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