第1話 僕の意思 その2
その姿からは、僕と同じものが感じ取れた。復讐。それ以外に何も考えていないようだった。
「さっさと逃げろ。死ぬぞ!」
その言葉が放たれた直後に、ゴブリンが鬼の形相でこちらを睨む。同時に、猛スピードででこちらに走り迫ってくる。そのあまりの恐怖に立ち上がることは出来なかった。
「チッ……世話が焼ける!」
男は迫ってきたゴブリンに向かって斧を振りかざしたが、寸前でゴブリンは右に避ける。普通の生物には到底なし得ない動きだ。直後にゴブリンは男に向かって糸を吹きかけると、男の右手に見事命中した。
「クッ……この糸は蜘蛛の糸? スパイダーゴブリンといったところか」
蜘蛛? なんでゴブリンが蜘蛛の糸を使えるんだ?
「こいつは手間がかかりそうだな。おい! さっさと逃げろと言っただろ! 早く走れ!」
そうだ。早く逃げないと。
何とか立ち上がった僕は、死にものぐるいで走り、質屋の前まで逃げた。
「だ、誰かいませんか!?」
必死に叫ぶ。すると、店主であろう老婆のゴブリンが店の奥から現れた。
「どうやら、ここにも来てしまったみたいだね。物騒だよ。私のしたい事も邪魔される……」
「そんなこと言ってないで、早く逃げましょう!」
逃げないと。その事しか頭に無かった。
「いや、もうじき終わるだろう。ほら」
店主のゴブリンが指を指す。その先には、さっきのゴブリンが痙攣しながら倒れていた。
あの男がやったのか……?
正直、実感は湧かなかった。男は背中に背負っている物体を下ろし地面に置いた。その物体が僕の目にはっきりと写った。
あれはまさか……“アイアンメイデン”?
男はアイアンメイデンのドアを開けた。男との距離があることから様子はあまり確認できなかったが、ドアの内側に鋭い棘があることはわかった。男はゴブリンを掴む。足が抵抗するように動いている。まだかろうじて生きているようだ。
「お前の力、貰うぞ」
男の声が小さく聞こえた。その瞬間、ゴブリンはアイアンメイデンの中に放り込まれた。ドアがゆっくりと閉まる。ゴブリンは外に出ようとするが、ドアは無情にも閉まった。
処刑……されたのか?
一瞬の出来事だったため、頭が追いついていなかった。
「さーて、今回の収穫は……?」
男がアイアンメイデンのドアを開ける。思わず目を背けた。全身に穴が空いている死体なんか見たくない。
「あら? 死体、無くなってるねぇ?」
店主のゴブリンが不思議そうに言った。僕はその言葉を聞いて、目を戻した。
本当だ。ゴブリン特有の黄緑色の血が大量に滴っているものの、死体が無くなっている。どういうことなんだ?
男はアイアンメイデンの中に手を突っ込んだ。
「お、あったあった」
男はアイアンメイデンの中から、小さい棒状の物体を取り出した。
「スパイダーカプセルか。……面白い」
男は棒状の物体をポケットにしまうと、再び身構えた。
「まだいるぞ、しかも三匹」
男の言葉通り、建物の影からゴブリンが現れる。
「あの人が食い止めてる間に、逃げた方がいいんじゃない?」
老婆のゴブリンの提案により、僕達は店の裏口から逃げる事にした。
「とりあえず、安全なところに……!」
その瞬間、僕の言葉をかき消すように叫び声が響き渡った。声の聞こえた方向に目をやる。ゴブリンだ。しかも今度はコウモリのような羽が生えており、それは次々と人間を襲っていた。
「このままじゃ逃げられない……!」
僕は絶望した。今度こそ助からない。
「おい!」
男からの声。
「……まさかお前みたいな奴にこれを託すハメになるとはな……俺一人じゃあ、全部は倒せない。まだまだゴブリンは出てくる。そこでだ、お前に試してもらいたい事がある。これだ」
男は僕に黒い箱の様な物体を投げた。それは漫画の単行本サイズで、僕の意識が黒い箱に注目する。
「……これは?」
「そいつの名前は『ロストラウザー』だ。とりあえず持ってみろ」
男に言われた通りに物体を持つ。
すると僕の中に何かが走る。同時に、黒い物体から短い刃が飛び出す。
「そいつで戦え。ここで死にたくなければな」
戦う!? こんな小さな武器で!?
「でも、何もしないよりかは……」
羽の生えたゴブリンがこちらに顔を向ける。
来る……!
僕はいつでも攻撃できるように構える。だが手が震えていた。やっぱり怖い。ゴブリンが体を動かしたと同時に、僕は刃をあちらに向ける。
できれば……近づきたくない……!
そう思った。すると、刃の先端から何かが発射される。それはゴブリンに命中し、見事に撃ち落とした。
「え……? 何で?」
脳みそがこの状況を理解しようとするも、僕の頭は結論にたどり着けなかった。
「一度目でこれほどまでに適応するなんてな」
男は僕の背後から戦いながら話した。
「ほら、まだあと何体かそっちにいるだろ。こっちは俺がやっとくから頼んだぞ!」
男の発言でさらに頭が混乱している僕を急かす。
さっきみたいに楽に倒せたらいいんだけど……。
僕は刃に意識を集中させ、遠くで飛んでいるゴブリンに狙いを定めた。
「さっきみたいに……!」
案の定、刃の先から光線の様なものが発射された。またしても命中。その次は少し狙いがズレた。だが、少しズレていても勝手に目標に当たった。これは便利だ。
「終わったか?」
いつのまにか全てのゴブリンを撃ち落としていたことに、男の声でやっと気がついた。
「それにしても、カプセルにこれほどまで適応するとはな。確か……そのカプセルの意思は……?」
男が考えているのを邪魔するように、背後から感謝の声が聞こえた。
「ありがとうございます!」
本来ならこっちも何かしら声を返すのだが、僕は考え込んでしまった。
……ありがとうって言われるのは、いつぶりだっけ……?
「……思い出した」
感謝の言葉をことごとく無視する男。
「そのカプセルの意思は、復讐……だったな」
その言葉を聞いた瞬間、僕の体が倒れていき、僕の意識は闇の中へ消えていった。
*
────これは?
目の前には思わず目を背けたくなる光景が広がっていた。人の死体がある。十人の。「僕」とは何の関係のない、赤の他人の死体。だが、なぜか怒りの感情が芽生えてきた。その感情はどんどん形を変えていって、『復讐』の意思へと変わった。
*
「おい」
急に目が覚めた。
「ずいぶんとうなされていたが、何か悪い夢でも見たか?」
僕はいつのまにかベッドの上で寝ていた。意識を失ってからここに運ばれたようで、見たところここは宿の一室だ。
「うん。……何か、変な夢……」
男に率直で簡単な感想を述べた。
「……!?」
異変に気づいた。目の前の色が徐々に変わっていく。どんどん、黄色に──!?
最後には、目の前の色のほぼ全てが黄色になった。かろうじて白色と黒色は確認できるが。
「なんだ……これ? 色が、全部黄色に!?」
意味がわからない。いきなり色が黄色だけになるなんて。
「……なるほど、お前の代償は視覚か。髪も黄色になってるな」
動揺している僕に男は冷静に話しかける。
「視覚? どういう事……?」
とにかく、この状況をどうにかしたかった。
「いいか、“ロスト”にはな、代償があるんだよ。お前の代償は視覚だった、ってわけだ」
代償!? そんなの聞いてない!
「なんとか……できないの?」
早く元の視覚を取り戻したい。その一心で聞いた。
「まあ、心当たりならある」
そう言って男が取り出したのは、ピンク色の細長い物体だった。ちょうど僕の人差し指程度の大きさだ。
「あれ? これだけ、ちゃんと色が見える……」
「これはカプセルって呼ばれてる。お前が持ってるそのカプセルは黄色だろ? …って、今のお前にはわからないか」
でも、何で色が?
「とりあえず、このカプセルをロストバイザーに取り付けてみろ」
男に言われた通りに取り付けると、黄色の他にピンク色も見えるようになった。
「あ……見える色が増えた……!」
「やっぱりか。まあこれだと代償の意味をなしてない気がするが……?」
男は僕が持っていたカプセルを取り、ポケットに入れた。
「いいか、お前の視覚を取り戻す方法がある」
その言葉に僕はほっとした。
「俺の知り合いに、ロストを使ってる奴が数人いる。で、色の種類は全部で十二種。お前の、雷を操る黄色の他に、
火を操る赤色。
水を操る青色。
氷を操る水色。
風を操る緑色。
自然の力を操る黄緑色。
人間の感情を操る紫色。
肉体を操るベージュ色。
大地を操る茶色。
あとは未だに何を操るのか不明な灰色にオレンジ色、そして俺のピンク。あと、少しイレギュラーな奴もいる。俺の知り合い以外の人間も探さないといけないが……そいつらからもカプセルを借りて、視覚を取り戻すんだ」
僕の視覚、いや、それよりも────『復讐』を……!
NEXT COLOR RED
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます