サイドストーリー アラン編
「ただいま~」
僕は毎日のように発しているその言葉を、人の気配がする居間の方へと投げかけた。ここは僕が住んでいる家で、平均より少し上くらいの、ちょっぴり高級感のある造りだ。
「おかえりなさいアラン!」
真っ先に僕に顔を見せてくれたのはフラン。僕の母親だ。今日もベージュ色の長い髪は、激しく動いても崩れる事は無い。まるで魔法がかけてあるかのように。全体的に白いイメージの服はほつれなんてものはなく、手の抜かない毎日の洗濯で美しい。
玄関から見て右に居間があり、その入口から母さんは頭だけを出している。
「ちゃんとリンゴは用意してあるからね」
居間に足を踏み入れると、その言葉通り木製のカゴにリンゴが一つ、ポツンと置かれていた。
「ありがとね」
申し訳程度のお礼を口にした直後、今度はリンゴにそのまま齧り付いた。
「やっぱりシャリシャリしてるリンゴよりも、これみたいにシャキシャキしてるリンゴの方が良いな」
僕は約二年半前のとある一件から、リンゴが特別好きになった。きっかけとなった出来事は思い出したくないと思いつつも、リンゴからの誘惑には耐えられない。
「ふぅー……」
僕はすぐにリンゴを食べ尽くしてしまった。お腹に、絶妙な満腹感が溜まる。
「そういえば、メリーはまだ帰ってきてないの?」
居間から出ようとしていた母さんに話しかける。メリーは僕の妹で、リンゴを好きになった一件から嫌われている。とある理由で。
「最近は少し遅いのよね~。まだ学校にも行けないくらいの子供達の面倒を見てるらしいから、しょうがないと思ってるけど……」
また子供だ。僕が見捨てたからって、そんなに子供に執着するものだろうか。それは、ただの自己満足じゃないのか。
「……そっか」
僕は一言だけ返し、リンゴの果梗と種をゴミ箱に投げ捨てた。
頻繁に読んでいる哲学書を手に取り、ページをめくる。この本の題名は『平行世界の可能性』という。寂れた本屋で偶然これを発見した僕は、これになぜか惹かれてしまい、少し高めのお値段だったが購入してしまった。だが後悔はしていない。
「神を信じるのならば、平行世界も信じるべきだ。神が、我々がいる世界をたった一つしか創りあげられなかったという常識を疑うべきだ……かぁ」
気に入っている文字列を声に出して読む。これを証明するものなんて無いが、否定できるものも無い。少し、夢がある気がして好きなんだ。
「でも……」
この本の作者、“ステーシ”が、約二年半くらい前から本を出していない事を思い出す。この仮説に飽きてしまったのか、はたまた、何かに、気づいてしまったからなのか。
*
「ただいまー……」
珍しく、僕以外の男性の声が聞こえた。僕は急いで玄関へと向かう。
「父さんおかえり!」
珍しく、僕は笑顔を見せた。すると父も微笑みを返してくれる。
「ああ。全然帰ってこれなくて、ごめんな」
頭を撫でてくれているこの男性はクリス。僕の父親だ。最近オレンジ色に髪を染めたおかげで、印象もかなり柔らかくなった。
「帰ってきたのねクリス……ごめん、あなたの分の夕飯は……」
「いや、いいんだ。連絡もせず帰ってきた俺が悪い」
やっぱり、父さんは理想の男性だ。僕とは血は繋がっていないけれど。母親のフランは結婚生活が二度目で、一度目は僕が生まれてからすぐに別れてしまったらしい。今はこんな立派な夫に出会えているけど。
「……メリーはまだ帰ってきてなかったか?」
「ええ、最近は子供達のお世話をしててね……本当、良い子になってるのよ」
自慢するように、母さんは話している。僕は複雑な気持ちになってるけど。
「そうか。俺はもう、明日の朝から出かける。少しくつろいだら寝るよ」
すると父さんは僕の肩に手を回しながら歩き、一緒に居間のソファに座る。
「久しぶりに、俺と二人で話でもするか?」
断る空気でもなく、僕は大人しく首を縦に振った。
「少し質問するぞ? アランお前……メリーに、嫉妬してるのか?」
意外な質問だった。今まで父さんは、僕とメリーの不仲に対して言及していなかったのに。
「いや……嫉妬は、してないかな」
正直に言ったつもりだったが、言葉を発した直後に、嫉妬はしているかも、という感情が芽生えてきた。
「……ん、それなら良いんだ。俺と血が繋がってないからって、メリーに嫉妬するほどじゃ無くて」
苦笑いを浮かべながら父さんは言う。少し寂しそう顔もしている。
「確かに俺とアランに血は繋がってないけど、しっかりとした家族なんだ。世界には、俺達以上に複雑な家庭環境の家族もいる。それに比べたら、きっと俺達の関係なんか、大した事ないさ」
それは、自分自身に言い聞かせているようにも見えた。僕はそれに、黙ってうなずく。
父さんは立ち上がり、二階への階段へゆっくり歩きながら話を続けた。
「もうすぐ、もうすぐで落ち着くはずなんだ。『デッド・ルーム』のあの処刑人……あいつの正体を明らかにすれば、以前の生活に戻れる。毎日この家に帰ってこられるようになるんだ。それじゃあ、おやすみ……!」
それが、僕と父さんが交わした、最後の会話だった。
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