白の反逆 アイアンメイデン

ニソシイハ

家族と復讐の物語

【慈悲と復讐】“彼”との出会い

第1話 僕の意思 その1

『白』の意思は絶対だ。『白』の創造は絶対だ。『白』の選択は絶対だ。


 だが、その意思を虹色に塗り替える人間が現れた。白はどんな色にでも変えられる。そこが、唯一の盲点だった。そして彼はゴールの元へと走り出す。






 走る。ただひたすら走る。日常が壊れるかもしれないから。笑顔でいられる日常が。


「父さん!」


 勢い良くドアを開ける。目に飛び込んできた光景に、僕の頭は真っ白になった。……間に合わなかった。いや、間に合ったとして、何かできるわけでもなかっただろう。目の前にはもう動くことは無いであろう父クリスの肉体が、ロープにだらんとぶら下がっていた。


「遅かったですね。もう終わってしまいましたよ」


 感情が無いような低い声。


「お兄ちゃん! 何でなの!」


 感情のこもった高い声。妹だ。


「何で……何でこんなにも来るのが遅かったんだよ!」


 彼女は僕の襟元を掴み、思い切り殴ってきた。口の中を切ってしまい、血が滴り床に落ちる。当たり前だ。父の処刑に遅れて来る兄など、殴られて当然だ。


「お父さんの代わりにお兄ちゃんが死ねばよかったのに!」


 妹に久しぶりに同意する。父さんはいつも真っ直ぐで、正義感も強く、誰に対しても優しかった。でも僕はダメな人間だ。友達との約束もすぐに忘れるし、平気で嘘をついたりする。誰に似たんだろう。父さんの代わりに死んでも、誰も文句は言わないだろう。そう、母のフラン以外は。


「メリー! 何てこと言うの!? もしアランが変わりに死んだとして、あなたの大好きなお父さんが悲しむだけよ!」


 ベージュ色の綺麗な頭髪が特徴の母さんはいつも僕の味方だ。僕がお偉いさんの体にぶつかったときも、近所の子供に怪我をさせてしまった時も。気が狂ってるのかと疑うくらいに。


「だとしても、父さんが死ぬよりはマシだよ!」

「でもねメリー……」


 二人が言い争っている間に、さっき声を掛けてきた人物が近づいてきた。彼の黄色すぎる髪は少しくどいように感じる。


「あなた達の事情は知りませんが、家族全員が罪人の死亡を確認されました。これで私は失礼します」


 そう言うと早々に去っていった。これだから処刑人は。少しは遺族に同情できないのだろうか。

 その後、すぐに僕達は家に帰った。帰り道は一言も家族と話を交わさなかった。

 三階にある自分の部屋に戻ると、僕は決断した。必ず、処刑を決めた人間達、そして父を殺した処刑人に復讐すると。


 何故かって? それは……家族である僕達にさえ罪状が公表されていないんだから!

 そして、あの『処刑人』の素性を調べた途端に、父さんは……殺されたからだ!




 白の反逆 アイアンメイデン 一話『僕の意思』



「じゃあ、行って来るよ」


 母さんに行ってきますの挨拶。朝日が眩しい。

 復讐を考えた僕は、半年働いて金を稼ぎ、まず父さんを処刑した処刑人を探すことにした。と言っても、闇雲に探しても見つからない。まずは処刑人の集会所、『デッド・ルーム』に行く事にした。『デッド・ルーム』には処刑人の他にも拷問官、処刑を管理する管理人、処刑道具や拷問器具を作成する職人まで、様々な役職の人間が集まっている。きっと父さんを処刑した処刑人も、そこにいるだろう。



 *



 早歩きで砂利道を歩く。デッド・ルームがある村に着いた時には、もうお昼ごろになっていた。お腹が空いてしまった僕は近くの飲食店で食事をする事にした。パンとスープ。僕達が住んでいるブランク国の王、ファラリスは人々が豊満な体型にならないように飲食店のメニューを制限した。もともとメニューは少なかったが、肉料理が手軽に食べられなくなったのは痛い。

 ファラリスは十数年前からこの国の王であり、圧倒的な支持を得ている……らしい。僕が生まれる前に王の座に就いたらしいし、実際に会った事は無いから詳しい事はわからない。隣国『ゲボルグ』との戦争には完勝しているから、すごい人ではありそうだけれど。


「すいません、デッド・ルームってどこですか?」


 店員に聞く。この村にある事は知っていたが、村のどこにあるかは知らなかった。


「ああ、デッド・ルームなら店を出て左、ゴブリンの婆ちゃんの質屋を右に曲がった所ですよ。でもなんで? デッド・ルームに何か用があるんですか?」

「……知り合いがいて、一緒に旅行するつもりです」


 珍しく嘘が役に立った。

 店員が言ったとおりに道を進み、デッド・ルームの前まで来た。建物の外観は黒く、窓はドアについているガラスしかなかった。あまり入りたくない印象だが、ここで立ち止まれば父さんは死んでも死にきれないだろう。

 覚悟を決める。



 僕はドアに手を掛けた──



「誰だお前は?」


 低く太い声で話しかけられる。振り向くと、全身を黒いコートで覆っている男が立っていた。さらに頭にはフードを深く被っており、黒いマスクも付けているためかろうじて見えるのは目だけであった。黒い鉄の塊を背負っている。不気味だ。


「そこには今、誰もいない。俺は少し用があってここに来た」

「用? 何の用?」

「……奴隷のゴブリン達が反逆を起こした話は知ってるだろう?」


 ゴブリンの反逆。その噂は、数ヶ月前から広まっていた。


「話だけは聞いた事があるけど……本当なの?」

「ああ、しかも何故か強大な力を得ている。王国の親衛隊すら、手も足も出ない状況だ。噂によると国を支配してやるとかなんとか……まるで子供みたいな身勝手さだな」

「あの親衛隊が……でも、その事とデッド・ルームに何の関係があるの?」


 ゴブリンの反逆と強大な力、それとデッド・ルームの人間と関係があるなんて考えられない。


「っと……話し過ぎたな。俺はこの村をパトロールしに来ただけだ。じゃあな」


 強大な力……か。僕にも使えたら、復讐なんて、すぐに終わりそうだな。……って、ここには誰もいないって事だから……あの処刑人を見つけられないじゃないか。もっとさっきの奴から話を聞かないと。

 まだ小さくなっていない黒い人影を追う。だがその時、突然周りの家屋が倒壊した。すぐ近くで衝撃が起こったからか、思わず転んでしまった。


 早く逃げないと。


 そう思ったのはいいが体が動かない。足が瓦礫に挟まれている。さらに横にあった建物が追い討ちと言わんばかりに倒れてくる。


 もう、終わりだ……。


 僕は突発的に目を閉じる。かなり大きい音が鳴った。


 ……僕は……死んだのか?

 ゆっくりと目を開けると、僕の前にはさっきの男がいた。その手には斧が握られている。


「あなたは、さっきの……」

「大丈夫か? 怪我は……無さそうだな」


 僕を助けてくれた。でも、どうやって?


「……ほう。さっき言ってた、強大な力……まあ、俺のは“ロスト”って呼んどけ」


 ロスト……か……って、何で僕の考えてる事が分かったんだ? まるで心の中でも読んだみたいだ。


「詳しい話は後だ! これは噂のゴブリン達の仕業……来るぞ」


 男は壊れた建物を指差す。……すると、瓦礫が勢い良く吹っ飛んだ。いきなりの衝撃に僕はまたも転んでしまう。だが、"何か"が来る。それは感じられた。

 壊れた建物の残骸の上に人の影──いや、ゴブリンの影が見える。それは、


 僕と同じ、復讐を背負った様に見えた。

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