第11話

うなされている安川氏をソファーに寝かせておいた。

老婆は、安川氏が気絶すると絶叫をやめた。薄々と、老婆の目的を理解しはじめたものの、未だこの生死の境界にいる老婆が何なのかわかりかねていた。


冷蔵庫から取り出したビールを飲み、昼食は味噌ラーメンにした。

そして、アルコールの強烈な眠気に抗えず、ラーメンを食べながら眠りこけた。



秀太が目を覚ましたのは、安川氏に揺すられたからであった。

テーブルには伸びたラーメンと、依然として冷たいままのビール。秀太はビールを飲もうとしたが、安川氏は何処から用意したのか水の入ったコップを用意していた。

「お話、聞かせていただけますよね?」

どうしてこの人は深入りしようとするのか。秀太は苛立ちながら水を口にして、人肌ほどの飲みやすい音頭に調整されていた安川氏の気遣いに感謝した。


「で、貴方は本当に矢柄さんのお友達?」

慈悲のような白湯を飲んだ。昨夜からのことを様々思い返した。白湯だけで涙をながしはじめた秀太を見て気持ちの悪いものをみる安川氏の視線に、秀太は気がつかない。最も、秀太は青年であり、人前で唐突に泣き始めるには幾つも歳をとりすぎていた。

戸棚にあったルイボスを啜る安川氏は、まず矢柄さんはどんな人なのかと尋ねた。

「わかりません。昨日の夜に初めて会って家に連れられて」

すすり泣く秀太に呆れた安川氏は、あのお婆様を見てなんとも思わないのかと聞いた。

「うっ、うっ、通報すれば、あんたのことを警察に言うぞって言われました」

秀太は、無意識のうちに猫殺しを告白しないように話をした。

涙ながらに事情を話す秀太を見て、どうせワイセツな写真でも撮られたのだろうと安川氏は納得した。クリスマス前の男女に、それなりの偏見を持っていたため、詮索することはしなかった。

「それでも、あのお婆様を放置しておくわけには行きません。これは分かりますよね? どうしました、顔が痒いのですか?」

秀太は無意識に頬に爪をたてていた。

「明日、明日になればサキさん、えっと矢柄さんが帰ってくるのでそれまで待っていただけませんか」

「どうして。今通報したって全く問題ないでしょう? はっきり言って、あなたが脅されていることは理解しましたが、それより人命の方が大事です」

秀太は土下座をした。もし警察に通報されれば、連鎖的に猫殺しが露見するだろう。そうしたら停学は免れられない。就職がさらに困難になる。

「サキさんは僕が責任を持って説得します」

「貴方に期待できるわけないですよね?」

耐えるんだ、と秀太は自分に言い聞かせた。連戦連敗の就活に比べればなんということもない。

「はっきり言って、いま私が通報しないのは、あのお婆様の哀れな状態は貴方に責任が無いからだと思っていたからです。でもこれ以上庇うようならば、貴方も関係者だと見なします」

「そこをなんとか」

「近寄らないでください」

古い壁時計からメロディが流れた。ちょうど午後5時のようだ。





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