大好きな格ゲーの世界に転生したと思ったら……乙女ゲーになっていた

花果唯

婚約破棄からなるゴング

「貴女との婚約を破棄する!」


 待ち望んでいた日、待ち望んでいた瞬間。

 愛しい婚約者あなたから放たれた言葉は、私を奈落の底に突き落とすものだった。



 ※



 太陽の光を浴びて鈍く光る鋼鉄の城。

 その前の戦闘場ともなる城前広間にはこれから行われる王太子ヴィルヘルム様の帰還式を見るため、たくさんの人が押し寄せていた。

 広場から城の正門まで、金糸で装飾された真っ赤な絨毯が敷かれている。

 広場に到着し、馬車から降りたヴィルヘルム様がそこを通って城へと帰還する予定だ。


 ここは闘争国家バルトラン。

 実力主義、武力主義を掲げている。

 もちろん明かな犯罪や非人道的な行いを武力で容認することはしていないが、ある程度の問題は身分証明出来る第三者が立会えば決闘バトルなどの武力解決を認める方針だ。

 このようなお国柄なので王族には強い戦闘能力が求められる。

 本日帰還予定のヴィルヘルム様は国外へ三年間に武者修行に出ていた。

 本来は一年で帰ってくる予定であったが「まだ足りない」と帰ってこず、二年延長となった。


 王家の面々だけではなく、国民もヴィルヘルム様の帰還を楽しみにしていた。

 ヴィルヘルム様は王家の中では小柄な方で武力を不安視されることもあったが、努力で短所を克服した。

自分よりも一回りも二回りも身体が大きいものを打ち負かす強い人だった。

 この国では『強さ』はそのまま『好意』に変わる。

 強い上に、輝く金髪に紫水晶のような瞳の見目麗しいヴィルヘルム様はとても人気があった。

 彼の帰還を待ちわびる人達が今も国中から押し寄せていて、広場の熱気は増すばかりであった。


 広場に届いている絨毯の先には、すでに国王と王妃が待機。

 ヴィルヘルム様を乗せた馬車の到着を待っている。

 今の国王様と王妃様は普段の凜々しい表情とは違い、息子の成長した姿を楽しみに待ちわびている親の顔だ。

 広場は歓迎ムード一色である。


(でも、一番楽しみにしているのはきっと私ね)


 公爵家の令嬢である私、シャルロッテはヴィルヘルム様の婚約者だ。

 三年前、私は涙をのんでヴィルヘルム様を見送った。


「強い男になって帰ってくる。それまでどうか私の帰る場所を守っていて欲しい」


 その言葉を糧に、私は王太子の婚約者として相応しい者になれるようがんばった。

 この国は女性も物理的に強いし、体格も男性に負けないくらいだ。

 腹筋だって割れているし、りんごなんて子供でも握りつぶせる。

 それなのに私ときたら、小柄な上いくら鍛えても筋肉はつかず、体力もなく脆弱だ。

 もう二十歳になるのに十歳の女の子と戦っても負けるだろう。

 だから私は武力は諦めて他のことを頑張った。


 この国では武力がものをいうが、他国とのやりとりでは武力だけでは通じない。

 それなりのマナー、礼儀作法が必要だ。

 これらはこの国の人達が苦手とするところなので、私が担うことが出来れば役に立てる。

 一年目はほぼ勉強に費やしたが、二年目三年目は他国からの来賓客をもてなす役目を負い、それなりに成果をあげてきた。

 強い者が好かれる国民性だが、か弱いものは保護欲を掻き立てられるそうで、私は弱いけれど嫌われることなく周囲に受け入れて貰えている。

 触ったら骨が折れるんじゃないかと子猫のような扱いを受けていることは不満だが……。


 もっともっと頑張れることもあるかもしれないが、出来る限りはやれたと思う。

 だから国王様や王妃様と並び、この絨毯の上で胸を張ってヴィルヘルム様の帰りを待つことが出来ている。


 あなたがこの国を出た二年前、あなたの隣には女性の姿があったと耳にしたけど……それは胸の奥にしまったままで。




 ※




 逞しい黒馬のひく馬車が広場に到着した。

 騎士が扉を開く。

 賑やかだった広場がシンと静まった。


 ――コツン


 馬車から降りてきた人物のブーツの音が響いた。


「ただいま戻りました」


(ああっ、ヴィルヘルム様!)


 三年ぶりに見るヴィルヘルム様は身体も一回り大きくなり、自信とエネルギーに満ちあふれていた。

 出発した時と同じ我が国の騎士服を纏っているが随分見違えた。


「うむ。二年延長すると知らせがあったときは正直心配をしたが……無駄な時間ではなかったようだな」

「立派になって……」


 国王様と王妃様は成長した姿に感動し、暖かくヴィルヘルム様を迎えた。


「シャルロッテも首を長くして待っておったぞ」

「……はい」


 国王様に促され、ヴィルヘルム様は私の前へとやって来た。


「ヴィルヘルム様、おかえりなさいませ」

「……ああ。戻ったよ、シャルロッテ嬢」


 感涙の涙を堪えながら微笑む私に対し、ヴィルヘルムの表情は固い。

 それに……。


「そんな他人行儀な。以前のようにロッテと呼んではくださらないの?」

「…………」


 ヴィルヘルム様は無言で気まずそうに顔を逸らした。

 ……どうも様子がおかしい。

 国王夫妻も首を傾げた。


「ヴィルヘルムよ、どうしたのだ?」

「……すみません。話さなければならないことがあります。……シャルロッテ嬢」

「…………っ」


 何かを決意したヴィルヘルム様の真っ直ぐな目を見て嫌な予感がした。

 考えたくない、考えたくはないが……間違いであって欲しいと願う想像が脳裏に浮かぶ。


「シャルロッテ嬢、あなたとは結婚できません」


 ひゅっと喉の奥が鳴った。

 上手く呼吸が出来ない。


 婚約者であるあなたの帰りを三年間も待ちわびていた。

 遠いところで頑張っているあなたを想いながら私も頑張った。

 あなたに相応しいパートナーになるために。

 あなたが王子様だからじゃない。

 お姫様になりたかったからじゃない。

 私はあなたが好きだった。


 だから――。

 あなたの乗ってきた馬車から、黒髪につぶらな瞳の可憐な少女が降りてきたのを見た瞬間。


「…………うそよ」


 私の世界は真っ白になった。







(……現地妻作ってたとかまじかああああ!!!!)


 私は心の中で頭を抱えて絶叫した。


「ああっ、シャルロッテ! 大丈夫!?」

「え、ええ……大丈夫ですわ。王妃様」


 視界が真っ白になった瞬間、地面に崩れ落ちた私に王妃様が手を伸ばしてくれた。

 美しくも逞しい腕に引かれて起き上がる。


(……洒落にならないわ)


 たった今、私は前世を思い出した。

 そしてここが、私が大好きな格闘ゲーム『フォビドンフルート』の世界だということにも気づいた。


 ちらりとヴィルヘルム様に目をやる。

 王太子であるヴィルヘルム様は操作できるキャラクターの一人で人気が高かった。

 キャラクターそれぞれにストーリーはあるが、ゲームはこの王国が舞台となっているので彼の話はメインストーリーと言える。


(でも、私の知っているフォビフルのストーリーとは違うわね)


 ヴィルヘルム様に婚約者がいる設定なんてなかったし、恋愛要素は皆無だった。

 でも、普通に生きているのだから恋愛くらいするだろう……って、今はそんなことどうでもいい。

 ヴィルヘルム担当――ヴィル担だった人々に伝えたい。


 あなた達の推し、最低なんですけど!!


 前世を思い出すまでの私は一途に王太子を想っていた。

 健気に頑張っていたというのに……この仕打ち!


 今思えばもう二年前からこの少女とデキていたのだろう。

 延長したのは国に戻れば婚約者という面倒な存在がいるからでは!?

 他国で修業という好きなことをしながら好きな人と過ごすというハッピーライフ、羨ましいわ!


 三年、三年だよ!?

 一番恋に現を抜かすことの出来る思春期に、私は勉強と仕事ばかりしていたわ!

 ペンが恋人だったわ!

 通りで再三国から「一度戻れ」と言われてもスルーするわけだ。


 ここ最近国王様の身体に不調がみられることから、王位継承の話題が多くなった。

 それに伴い「長い間不在の状態では王太子として相応しいのか一度資質を再確認する必要がある」という話が出ていたから、「帰ってこないと王位やらないからね!」と言われて渋々戻って来たのかもしれない。


 それで戻ってきたにしても、こんな公衆の面前で婚約破棄とかありえない。

 幸せで頭がお花畑なのかもしれないけれど、最低限配慮するくらいの優しさをください!


「ヴィルヘルムよ! どういうことだ! その女は誰だ!」

「父上。彼女は私の妻となる人、アンリエッタです。『その女』などと呼ぶのはやめて頂きたい」

「ヴィル……あなた、自分がしていることが分かっているの? あなたが留守の間、あなたの名誉を守ってくれていたロッテとはどうするつもり?」

「……ロッテには感謝しております。私のところにもロッテが優秀だという評判は届いておりました。ですが、今の私があるのはここにいるアンリのおかげです。アンリがそばで私を支えてくれたからです! それはロッテには出来なかったことだ!」

「はいー?」


『そばにいること』は、私には無理ですよね?

 帰る場所を守っていてくれ、と言ったのはあなたですよね!?

 それを責められてもぽかーんとするしかありません。

 というか、今更ロッテと呼ばれてもイラっとする。


「それにアンリは弱いから。私がついてやらなければ……! ロッテは華奢だが、内面は強いだろう。今まで私がいなくても立派にやってこられたのだから」

「…………」


『おまえは強いから大丈夫』

 それ、別れ文句で言っちゃいけないランキングで殿堂入りしているやつですよ?


「私は自分の気持ちに嘘をつきたくないのです! ですから、父上。私と決闘をして頂きたい! そしてアンリとの結婚を認めて頂きたい!」

「う、うーむ……」

「あの」


 熱い思いをぶつける息子とそれを受け取って悩んでいる父に向けて、私は綺麗な挙手をした。

 周囲の視線がすべて私に集中したのを感じて口を開く。


「ヴィルヘルム様は彼女との交際について『真摯に向き合う真っ直ぐな男』という雰囲気を出しておられますが、本来は国に戻り説明を行い、正式に私との婚約が解消されてから行うべきことですよね? それをせず、自らの欲望に負け責任から逃げておいて『自分は真っ直ぐな人間だ』と装うのはいかがなものかと思います。それに現在、国王様は体調も思わしくなく、腰も痛めておいでなのをご存じですよね? 再三通達していましたから。ヴィルヘルム様も立派になっておられますし、ヴィルヘルム様が勝利する確率が高いのではないでしょうか。酷く打算的な決闘のように感じられます。些か狡猾で卑怯で卑劣で姑息では?」

「なっ、なにを! 私が狡猾で卑怯で卑劣で姑息だと!?」

「ええ。思いませんか? ……まさか、思わなくなるほど落ちましたか?」

「……なっ。…………っ!!」


 言葉に詰まったところで、ヴィルヘルム様は国民達の視線が冷たいことに気がついたようだ。

 ふふっ、私は卑怯を嫌う国民性を刺激するような言い方をしたからね!

 突如始まった王家の醜態劇に戸惑っていた国民達だったが、私の演説を聞いてこちらに気持ちを傾けてくれたようだ。


「なんて酷いことを言うの! ヴィルは正々堂々と戦うと言っているのに!」


 アンリなんとかが目に涙を溜めて叫んだ。

 私は「はあ?」と呆れるばかりだが、か弱い乙女の涙に弱い国民達の心は揺さぶられる。

 だが――。


「酷いですか? 三年待たせた揚げ句、公開処刑のようなかたちで捨てるのとどちらが酷いですか?」


 国民の心はすぐに私に戻って来た。

 ですよね。


「ま、待て! シャルロッテよ。まるで儂が敗北するかのような言いようだったが、それは儂に対する侮辱ではないか?」

「…………?」


 国王様が妙に焦った様子で仲裁してきた。

 侮辱?

 国王様、体調が悪いのはあなたご自身が一番ご理解されていますよね?

 まるで私に同情的な風向きを変えたいかのような発言てすが?


「そうだ! 王たる父上になんたる侮辱!」


 ほら、息子もここぞとばかりに声を上げたよ……。


「息子よ。お前の挑戦を受けよう。お前が勝利した暁には、その女を妻……王妃とすればいい。だが、ここにいるシャルロッテはお前のために尽くしてきた。よってシャルロッテも娶り、側妃とせよ」

「……! 承知しました」

「勝手に決めないでください!」


 ……読めた。

 外交面で貢献してきた私を手放すのは国として損失になるだろう。

 だから息子の希望を叶えた上で私も繋ぎ止めておこう、とういう魂胆だ。

 隣に立つためにずっと努力してきた私を愛人にしてやるなんて……。


「本当に私のことを馬鹿にしますね」


 もうこんな国、出て行ってやる!

 そう決意した瞬間――、その声は響いた。


「ふっ……これが国王と王位継承者か。随分と腑抜けた国だ」


 ヴィルヘルム様が乗ってきた馬車の上に、全身黒衣の男が立っていた。


「誰だ!」

「王位は俺が頂こう。……その女もな」


 そう零した次の瞬間、私の目の前に黒衣の男が立っていた。


「!」


 男は目の辺りを覆う白い仮面をつけていた。

 この人……どこかで見たことがある……。

 見つめていると仮面で隠れていない綺麗な口元が動いた。


「この国と……お前を奪う。そこの色呆け男をぶっとばしてな」


 その声、その言葉にドキリと胸が跳ねる。


「ふっ、愚か者が! 王位を継承できるのは王族のみだ!」


 色呆け王子と言われたヴィルヘルム様が嘲笑いながら黒衣の男に剣を向けた。

 黒衣の男はヴィルヘルムの向ける剣先を見ながら自らの仮面へと手を添えた。

 ゆっくりと仮面は外されていき……現れたのは――。


「わ、私と……同じ顔?」


 ヴィルヘルム様が驚き、剣を下げた。


「俺にも王位継承権はある」


 彼は黒、ヴィルヘルム様は金。

 髪の色は違うが顔の作りは全く同じだった。

 そうだ……私はゲームで知っているのだ!

 彼は国に混沌を呼ぶ忌み子として捨てられたヴィルヘルム様の双子の弟、ヴェネジクト様!


「ああっ!」


 その正体をすぐに悟った王妃様が泣き崩れた。

 そしてヴィルヘルム様の後ろでは――。


「私の推し! 隠しキャラのヴェネ様!? なんで!? ヴェネ様ルートは発生しなかったんじゃないの!? なんで今いるの!?」


 どうしたのだ。

 何を言っているかは聞こえないが、アンリなんとかが「今までのキャラが崩れていますよ」と教えてあげたくなるような様子で何か叫んでいる。


「王太子の座とシャルロッテをかけて決闘を申し込む」

「……いいだろう」


 外野は戸惑っているが、王子達は決闘をする態勢に入った。

 ゲームキャラクターによる決闘……。

 わあ……今までの鬱が吹っ飛ぶくらいテンションが上がる!


「「「うおおおおおおおおっ!!!!」」」


 国民達も王子達の決闘に大盛り上がりだ。

 腕を振り上げ、煽り、盛り上げる。

 ふああっ途端に格ゲーっぽくなったー!


「では、両者よろしいかな?」


 おじいちゃん宰相がどこからかスーッと前に出てきた。

 あなたがジャッジマンなの!?


「国のためだ……誰も私を止めることはできない!」


 ヴィルヘルム様が剣を掲げた後、剣先を相手に向ける決めポーズで決め台詞を吐く。

 ああっ! ゲームと一緒~!!


「国なんてどうでもいい……俺は俺のために進むだけだ!」


 ヴェネジクト様は黒のマントを脱ぎ捨てた後、ヴィルヘルム様と同様剣先を相手に向けた。

 これも一緒~!!

 王子二人はポーズと台詞が対のようになっている。

 これにときめいてしまったら双子王子沼からはもう抜け出せないのだ!


「3 2 1…………FIGHT!!!!」


 ああっ、この声はー!!

 フォビフルの「FIGHT!」コールと一緒なんですけど~!?

 おじいちゃん宰相、今まで気づかなかったけどゲームのあのジャッジマンご本人だったの!?

 あとでサインください!


 私が興奮している間に王子達の決闘は始まっていて、剣と剣がぶつかり合う音が連続して響く。

 見ていると勝手に指がコントローラーを動かしているような感じに動いてしまう。

 はああゲーム……格ゲーが! フォビフルがしたいよおおおお!!


 王子達の戦いはヴェネジクト様が圧しているように見えるが、決定的なダメージを入れられずにいる。

 ちみちみゲージが減っている感じだ。

「ちっ」と舌打ちしたくなる。

 奥義でごっそりとゲージを減らしてKOや大逆転をするのが格ゲーの醍醐味でしょうが!

 ヴェネジクト様、圧勝してください!

 乙女の花の三年間を無駄にした罪深き王子に鉄槌を!


「ああもう! ヴェネジクト様はどうして【フレイムレインブレイド】を出さないの~!?」


 焦れったくて思わず叫ぶ。

 すると私の目の前に淡い光が現れた。


「何か書いてある。それに……コントローラー!?」


 光の中には一枚の紙と、私が使っていたものとよく似たアーケードスティックのコントローラーがあった。

 紙には何か書いてある……。


【←↓→↑←↓→↑+○ or ×】


「これ……フレイムレインブレイドのコマンドだわ! まさか今、コマンド入力しろってこと!?」


 状況的にそうだとしか思えない。

 どうしてこんなものが私の前に現れたのかは分からないが……。


「ちょうど格ゲーがしたいと思っていたところよ!」


 私はコントローラーに手を伸ばすと、すぐにコマンドを入力した。

 ああっ! このスティックを持つ手の感触……ガチャガチャ動かす感じ……ボタンの固さがたまらないっ!


「はっ! 余裕」


 よし、ミスなくちゃんと出来た。

 目を瞑っても出来る……このくらい朝飯前じゃ!


「!?」


 入力が成功したと同時に、ヴェネジクト様の身体が輝き始めた。


「なんだ……? 力が湧いてくる……それにこの感じ!」


 タンッと地を蹴り、ヴェネジクト様は飛び上がった。


「【ガンフレイムレイン!】」


 ヴェネジクト様の剣に宿った炎が、隕石のようにヴィルヘルム様の元に降り注ぐ。


「ぐああああああああ!!!!」

「KNOCK OUT!!」


 おじいちゃん宰相のイイ声でのKOコール!

 耳が幸せ!

 そして……ヴェネジクト様の勝利だ!


「ヴェネジクト様万歳!」

「新王太子の誕生だ!」


 国民達の大歓声が青空に広がる。

 声このまま国中に広がっていきそうな勢いの熱狂ぶりだ。


「あなたも転生者なの!? なんでコマンド入力が出来るの!?」


 大好きなフォビフルのバトルを生で見られた幸せに浸っている私に、アンリなんとかが水を差してきた。

ヴィルヘルムさまが倒れたままなのに、放っておいていいのか?

 そんなことより、あなたも?

 ああ、そうか……アンリなんとかも転生者だったか。

 この様子だと、ヴィルヘルム様の方でもコマンド入力が出ていたけど上手く出来なかった、とか?


「私は格ゲーが好きなの」

「ずるい! 私は苦手なのに!」


 知るか!


「シャルロッテよ、お前は闘神の愛し子であったか」

「え?」


 神妙な顔をした国王様が、王妃様と共に私の正面に立った。


「闘神の愛し子……武を極めた者に奥義を与えるという神の遣い――。先程お前は、あの者……ヴェネジクトに奥義を授けていたであろう?」


 闘神の愛し子。

 確かにそんな伝説はあるが……私はコマンド入力しただけですよ?


「新王太子は奥義を与えられし者! 未来の王太子妃は闘神の愛し子! この国は安泰だ!」

「うおおおおおおおおおお!!!!」


 先程より更に大きな歓声が国民から上がった。

 こ、これは何の歓声なの……!?

 勝手に決められても困るのですが!


「こんなのおかしいわ! 私がヒロインよ!? あなたは悪役令嬢でしょ!」

「ヒロイン? 悪役令嬢?」


 歓声に戸惑っていた私は、アンリなんとかの台詞に更に混乱した。

 乙女ゲームを題材にした小説や漫画などでよく目にしていた単語が何故出てくるのだ?

 ここは格ゲーの世界ですが。


「武者修行にやってきたヴィルを支えて恋人になって、王都に戻って悪役令嬢を追い出して、私は王妃になることが決まってハッピーエンドなのに! 好感度はクリアしていたわ! まさか……修業ポイントが足りなかったの? いいえ、やっぱりコマンド入力が出来なかったから!?」

「?」

「アンリ……?」


 私だけでなく、周りも彼女を不審な目で見始めた。

 復活してきたヴィルヘルム様も戸惑っている。


「最悪! 普通の乙女ゲームの世界に転移したかった! なんで元が格ゲーの乙女ゲームなのよ!」

「元が格ゲーの乙女ゲーム!?」


 ちょっと待って、それって……フォビフルが乙女ゲーム化したってこと!?


「神様の馬鹿! なんでプレイした中で一番苦手なゲームの世界に転生させるのよ! 私はアイドルみたいな可愛いイケメンが好きなのに、暑苦しい筋肉ばっかり! 王子のヴィルだって顔はいいけど無駄にムキムキだし!」

「アンリ!?」


 ヴィルヘルム様が奥義を決められた時のようなダメージを受けているからやめてあげて!

 それにこれでも乙女ゲーム仕様なのか、筋肉成分は抑えられていると思う。

 格ゲーの方ではもっと盛り盛りだ。


「脳筋ばっかで嫌になっちゃう!」

「「「「ぐふうっ」」」」


 無差別攻撃テロはやめなさい。


「あのような可憐な者に……ぐすん」

「我々にはシャルロッテ様がいる!」


 そこで「おおおおっ!」と声が上がる。

 見覚えのある顔が連れ立ってヴェネジクト様の前に現れた。

 騎士団長に副団長、近衛騎士に料理長まで!?


「新王太子よ! 決闘を申し込む!」

「シャルロッテ様……ずっとお慕いしておりました!」

「団長、抜け駆けは駄目ですよ!」

「俺とも決闘を!」

「ええ!?」

「……めんどくせえな。王位はいらない。シャルロッテは貰っていく」

「え!? ふあ!? いやああああああ!!!!」

「「「「シャルロッテ様!」」」

「ヴェネ様〜!」


 私をお姫様抱っこしたヴェネジクト様が建物を飛び移りながら広場をあとにした。

 一瞬お姫様抱っこにときめいたけれど、ジェットコースターのように怖くてそれどころではない!


「……大丈夫ですか? もう少し我慢してください」

「え?」


 ヴェネジクト様の口調が今までと違う。

 口調も穏やかで、どこかで聞いたことが……ゲームではなくて……この声をずっと……。


「…………あ。青騎士さん?」


 尋ねるとヴェネジクト様は笑った。

 広場でのニヒルな笑いではない優しい笑みだ。


 青騎士。

 この三年間、私の護衛をしれくれた人。

 兜で顔は見たことがなかった。

 名前を聞いても答えてくれず、青色の鎧だったから青騎士さんと呼んでいた。

 この国の人達は皆大きい。

 彼らに悪意はなくても、私には危険なことがたくさんあった。

 誰にもぶつからないよう配慮してくれたり、誰かに握手を求められてもさり気なく回避させてくれたり、そして私が疲れている時は町の甘いものを買ってきてくれたり、散歩に連れ出してくれたり……。


 ……ああ、私ってばかだなあ。

 すぐ近くにこんなに素敵な人がいたのに、盲目的にヴィルヘルム様を慕っていたなんて。


「ずっとこの日を待っていました。あいつが戻って来たらすぐに決闘し、あなたを手に入れると決めていました」


 胸が高鳴るのを必死に抑えながら耳を傾ける。


「俺は欲しい物は必ず手に入れるんです。一緒に来てもらいますよ。あなたに拒否権はありません」


 そんなもの……あったって使わない。


「わかりました。どこへだってついていきます!」


 新王太子が誕生したのは一瞬だった。

 私達はすぐに国外へ――。

 どんな生活を送っているかは秘密だ。

 失った三年間を取り戻しておつりがくるくらい幸せであることだけは確かです!


 追っ手はあったが、全てヴェネジクト様が蹴散らしたのだった。

 戦う姿を見て、毎度惚れ直すのであった。






 結局ヴィルヘルム様はアンリなんとかと別れ、再教育を受けて王太子として復帰した。

 人気は落ちてしまい、国を歩くと舌打ちされるような空気だとか。

 あの国の人達、敗者と卑怯者には本当に厳しいからね……。

 それから逃げるためかは分からないが、今度はヴェネといる私を取り返すと旅に出て国を離れた。

 国から出すなよ! と思うのだが……。

 度々私達の前に現れては「ロッテ、やはり私の太陽は君だった!」と謎発言をしてはヴェネにコテンパンにされて帰って行く。

 何がしたいんだ……ヴィルヘルム様が王太子であの国は大丈夫か。

 大丈夫じゃないと思う。


 ヴィルヘルム様以外にも、私が闘神の愛娘だと聞きつけた者――攻略対象キャラクターがヴェネジクト様に次々と挑んで来るので大変……。


 私が転生したのは乙女ゲームの世界だけど、本日も血と汗が流れていてハードです。

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