第13話「「俺にはお前が必要だ」

「……私、何もできませんでした」


 自分でも……気がついていないのかもしれない。

 それぐらい自然に彼女の頬は涙が伝っていた。


「私は。今回も何もできなくて、何もしてなくて……」


「…………」


「言いたいことだけ、やりたいことだけ、わがままだけ言って……」


「…………」


「結局空回って、意味のないことばっかやって、、決められたことしかしないで、与えられた場所にいるだけで……」


 白鳥は見る。

 しっかりと俺の目を見る。

 俺は——彼女の方を向いていない。

 だから、目はあってない。


 それでも、彼女は口を開いた。


「純也くん」


「…………」


「私、本当に……ここにいても、いいのでしょうか?」


「…………」


「皆さんが守ってくれた場所に、いるだけで……私は——」


「……なあ白鳥」


 彼女の言葉に被せた。

 当たり前のように白鳥は、自分の言葉を引っ込める。

 そして、俺の言葉を待つためにじっと、見る。

 見ている……のだろう。

 実際に俺は彼女を見ていないから。

 だから、その真偽はわからない。

 けれど、白鳥なら間違いなく、今、俺を見ているだろう。

 まっすぐ。

 目を見て。

 話の続きを待っているだろう。


 そういうやつなのだ。

 白鳥報瀬、という女は。

 俺らとは違う。

 弾かれ、異常で、他の色に馴染めない。

 彼女はそんな人間ではない。

 何処ででも、いつまでも、どんな時でも、丸くてブレずに溶け込める。

 自分というものをしっかり持って、色を合わせることはあっても、しかし、けっして自分の色は失わない。


 それが白鳥という人間で

 それが報瀬という女の子で

 そんな——北極星のような白鳥報瀬だから、初めて俺たち三人は、一緒にいることができる。 


 でも、そんなことをそのまま伝えたとして、果たしてそれがなんの救いになるだろう。

 むしろ……逆だ。

 彼女はむしろ、傷つく。

 表には出さず、

 表面に出ることもなく。

 ひっそり、人目のつかないところで。

 人目の付かないところを。

 傷つけてしまう。


 ——気を使ってもらっている。

 ——迷惑をかけてしまっている。

 ——ならばそうだ。

 ——謝らなくては。

 ——頭を下げなければ

 ——すいません。

 ——ごめんなさい

 泣いてしまって——本当に、ごめんなさい。


 そんな風に、という感じに。

 白鳥が思考してしまうことは明らかで明白だ。

 だから——。

 だから、ここで俺は、慎重に言葉を選ばなければいけない。

 そういう場面だ。


 彼女は人の目をよく見る人間である。

 憐憫も、同情も、もちろん嘘も、すぐにバレてしまう。

 ゆえに、自分の心に正直に、偽りない気持ちで、言葉でないと、それは必ず彼女を傷つけてしまう。

 白い心に傷を——入れてしまう。


 俺は、まっすぐに、素直に、なって。

 呼吸を一つ置いて。

 初めて彼女に向き合って。

 やはり、想像通り。こちらを向いているその瞳があったことを嬉しく思った。


「——恥ずかしいから」

 

「…………」


「だから簡単に、一回だけいうぞ」


「……はい」


 そして――伝えた。


「俺にはお前が必要だ」


「……え?」


 唐突。

 飛び出した言葉に彼女の瞳は揺れた。


「俺たちが馬鹿できるのも、ふざけたこと言い合えるのも、こうやって立たされるだけで済むのも、全部お前がいるからだ」


「え、え?」

 

「俺たちは……いや、少なくとも俺は……その、お前がいないと……とても困る」


「え、えっと……」


「だ、だから……つまり、その。……俺のためでいいからさ。頼むよ。これからも部室にいてくれないか?」


 彼女の方を横目で見ながら。

 きっと顔はとても赤くなり果ててしまっている。

 自分でわかるぐらいに、ひどい顔をしている。

 だから、ほとんど後半が聞こえないぐらいの声量だったことは、仕方がない。

 だから、そんな照れくささの限界から、最終的にはそっぽを向いてしまったのは……思春期ということで許してほしい。


「…………」


 特別。

 反応は、ない。


 そして——その反応が一番辛いのだと俺は初めて知った。


 ……あれ。

 これってまさか。

 もしかしなくてもまさか。

 今……俺ってさ。

 結構痛いやつなんじゃね?

 いや待て。

 てか、これ、もしかしなくても、後から結構来るやつじゃね。

 恥ずかしくなって死にたくなるやつじゃね。

 ……ああもうわかった絶対そうだ。後から死にたくなってソファとかベットの上で「あー!」ってなるやつだ。枕に叫ぶやつだ。


 そんな未来に怯えている中、外を向きつつ遠い目をした俺の裾を何か、くいくいとつかんで、こっちを向けとの合図を送られた。

 反射、振り向く。


「あ、あの……」


「あ、はい」


「それ……本当、ですか?」


 めちゃめちゃかわいい何かがそこにいた。


「——え?」


 『赤みの差した女子の上目遣い』が、まさかこまでの破壊力があるとは思いもしていなかった。

 女子の、というよりはきっと白鳥報瀬だからこその破壊力なのだろうけれど。

 どちらにしろ、えげつない威力だ。

 こんなの……もうほとんど水爆だろう。


「き、聞いてますか?」


「うん」


「あのですね、で、ですから! 私を純也くんが必要っていう先ほどの話……本当なんですよ、ね?」


 再度、

 同じ攻撃を使用してくる白鳥。

 俺の胸に手を当てて、その距離を詰めるという追加爆撃のせいで、もう俺の爆心地はえらいことになっている、

 このままじゃ無条件降伏もままならん。 

 ダメだ。死んじまう。


「うん」


 だから、そんな心の状況なのだから、俺はこの程度の言葉しか出なかったわけだ。


 しかし、白鳥はそれで十二分の満足を得たらしい。

 何度か確認を挟みつつも最終的には、


「えへ、えへへ」


 なんて、顔の横をポリポリと掻いていた。かわいい。


 そして。

 これまたしばらく時間が経たないうちに、つまり顔の赤みは消えていない中。

 最後、彼女はこう言った。


「やっぱり、私。純也くんのことが好きです」


「…………」


「好きになって、良かったです」


「…………」


「二ヶ月前、勇気を出して告白して——私、本当に良かったです」


「…………」


「今日は本当に——ありがとうございました」


*****


 その言葉を最後。

 ふと自意識を取り戻した時にはもう目の前から彼女はいなくなっていた。

 周りは暗くなっていて、当然人の気配もない。

 どうやら……気絶をしていたらしい。

 そりゃあんなことがあった後、衆人観衆の中、辱めを受けつつ長時間立たされたりしたら、ぶっ倒れもするだろう。

 変な夢だって、見てもおかしくない。

 にしても……だ。

 その詳細は残念ながら、記憶にはないけれど、それだってとてもいい思いをした気がする。

 はてさて。

 どんな夢だったか。

 ぜひ覚えている方がいたら教えて欲しかった。

 


 ちなみに。

 俺はそのまま地面に勢いよくぶっ倒れたのだけれど、しかし膝や肘にも傷一つなく、ピンピンしていた。

 さて、何故でしょう。

 ヒントは下の『下敷き』。

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