第二章 白く染まった雪とは違う、そんな道。
第14話「……なんでお前がそれを知ってる」
そう言えば今の季節は冬だった。
そんなことを今更ながらに思い出させてくれた日没の速さを経て、俺は自宅のベットにいた。
新しくインストールしたアプリ『棒人間シリーズ』が思いの外面白く、二面のボスステージを疾走しながら、俺は自分のベットに仰向けで寝転がっていた。
「なあ、多和田」
「……ん?」
「この新刊ってどこにある?」
先ほどから何度となく死んでいる最大の難所を潜り抜け、タッチダウン。
祝福のファンファーレと共に三十秒の広告が流れた。
その間。隙。
俺は視線を下に向ける。
「あ……? ああ、それか。確かまだ、出てなかった……と思う」
その表紙。
かすかに記憶にあるようなその表紙を眺めつつ、記憶をたどるもひどく曖昧だ。
確か一年前あたりにまとめて買ったシリーズ。
漫画アプリを見てた時、そこで課金するのも馬鹿らしいので泣く泣く本屋まで足を向けた代物だ。
確か……週刊誌に載っていたやつ。
なのできっと、もう新刊としてその先は何冊か刊行されているのだろうけれど、しかし、そんなことを言い出した途端、こいつのことだ。今すぐ買いに行こうとか言い出しかねん。
だから、ここではこの答えが正しい。
まあ嘘は言っていないのだ。
もしかしたら打ち切りになったのかもしれないし、締め切りに恐れ慄いた作者が途中で逃げだしたのかもしれない。はたまた絶筆のことだってありうる。
そんな可能性にいちいち言及してても埒が明かないから、だから俺は嘘は言ってないんだよ。
……なんて。
ばれたときの言い訳としてはこれで十分か。
「……いや、ここにあるやん」
しかし、残念ながら。
作者は、少なくともその巻の続きを書くまでは存命だったらしい。
ブックカバーに巻かれた新刊が、棚の上にあった。
そのカバーを見る限り、どうやら最近買ったまま放置していたようだ。
「お前、どんだけ適当に日々を過ごしてんだ」
てめえだけには言われたくないセリフというものをたった今俺は聞いたのだろうが、しかし。
昨日作り上げた映画作品をこうして先ほど鑑賞させてもらって、そしてそれなりの感動を覚えたばかりの身としては、なんとなく厳しい言葉を言い返しにくい。
だから。
俺は黙って、スマホに視線を戻した。
画面には、ゲームオーバーの文字がデカデカと書かれている。
どうやらステージ三は既に始まっていたようだ。
本日の部活動は中止になった。
そんな連絡が山紫のやつから送られてきた時は、咄嗟、あいつのように俺たちの部活を潰そうなどと考える暇な公務員がまた現れでもしたのかと思ったのだけれど、しかし、どうやらそういうことではないらしい。
あれほどの事件だ。
いくら優秀な日本の警察とは言え被害者の事情聴取もなしに事件解決を宣言できないみたいで。
つまり、事件翌日の今日。
事後処理の一環で、俺に話を聞きたいという暇な警察が放課後に時間を作ってくれと頼んできたのだった。
俺への配慮として、どうやら山紫の奴が気を利かせてくれたらしい。
まさかないとは思うけれど、変に緊張してしまって、この一連に仕組んだ企みがバレることのないよう、その事情聴取とやらをその部室で執り行うように話を進めてくれたのだった。
だから今日は部活なし。
そういう理由で、そういう次第だった。
まあ、俺はともかく、山紫や赤碕にだって一日ぐらい休息は必要だろう。
白鳥なんかは、憂いなく部活動を再開できると意気込んでいたところ初っ端からくじかれたような形となってしまったわけで、だからわかりやすく凹んでいた。
しかし、彼女だって部活存続のために、休み時間に署名運動をしていたり、ポスターを作ったり、学校側に働きかけをしていたり、と、そう言った目に見えない労働をしていたわけで。
だからせめて今日ぐらいゆっくり心置きなく休んで欲しい、と俺なんかは思っていたので、だから、そういう意味でも山紫の気遣いはありがたかった。
そして今。
そんな事情聴取が終わって、結局部活が終わった時とそんなに変わらない時間に解放された俺は、いつもの足取りですぐさま帰宅。
これまたいつも通り、俺より先に俺の部屋にいた赤碕が、いの一番に食べようと楽しみにしていた『チーカマ』を口にくわえ、ベットの上で漫画を読んでいる場面に遭遇。
再びいつも通りにひとしきりの争いをして、暴力を振り、勝利して。映画見て。
現在は、彼が作ったカルボナーラを、なんとも自由な体勢で食している。
そんな場面だった。
「――なあ」
お互いの視線はそれぞれ漫画とスマホに向いている。
だから、当たり前のように俺と彼との間に会話などあるわけない。
しかし唐突。
赤碕は声をかけてきた。
「ん?」
俺は麺をうまくフォークで口に運びながら、反対の手で棒人間をコントロールする。
「お前さ」
操作自体はとてもうまく行っていて、もうすぐステージの折り返し、セーブポイントだった。
「おう」
運も手伝って最初の難関を突破、うまい具合にセーブポイントに到着した分身は、その後も問題なく、ジャンプと二段ジャンプを上手に使い分けて障害物を乗り越えていく。……よし、後少し。
「——報瀬ちゃんのことどうすんの?」
「…………」
——ガンッ。
予想していなかった固有名詞に驚いたせいだ。
俺は思わず、スマホを地面に落とした。
画面は下で見えないけれどわかる。当然ゲームオーバだろう。
「告白されたんだろお前」
そんな分身の死を悲しむ暇もなく続いた赤崎の言葉に、俺はまた驚いた。
思わず、声が出る。
「……なんでお前がそれを知ってる」
「はっ、バカかよお前」
鼻で笑った赤崎。
箸でパスタを絡め、口に運んだ。
「まさかお前、あの廊下で僕が起きていないとでも思ってたのかよ」
つまらなそうな顔をしながら、赤崎は今だ漫画から視線を逸らさない。
「それに」と言葉を続ける。
「まあ、あの子のお前への態度を見てれば誰だって遅かれ早かれいい加減に見当がつくしな。……なんだあれ。あの露骨アピール。手作り弁当なんて昭和でも古すぎるだろ。もう令和を生きる僕たちだぜ?」
「……そんな、露骨だったか?」
「え、なに。まさかお前、気づいてなかったとか?」
「……まあ」
「まじかよ。信じらんねぇ」
本当に信じられないものと話しているような声色だった。
……正確に言えば、気づいていないわけではなかった。
彼が言うように、俺が白鳥の好意的な視線や態度に全く気づいていなかったというと、別にそんなことはない。
好かれているのは察していたし、意味ありげな視線にもバッチリ気づいていた。
『私のお弁当を――』なんて、そんなことを言われた時なんかは、おそらく過度なまでに意識してしまってはいた。
しかし、それでもだ。
一応、俺は告白された身である。
白鳥のそんな一挙手一投足に目が言ってしまうことは当然だろう。
つまり、告白された後、特有によくある自意識過剰の産物で、俺の目がそう言う幻想を見せているのだと、そんな風に片付けてしまうことは、ままありうるだろう。
……そっか。
やっぱあれ、アピールだったのか。
しみじみ。
なんか背中の奥の方が痒くなってくる。
そんな道の感覚に苦しんでいる俺をよそに、赤碕は続けた。
「でも……なんか意外だったわ」
まあ、それはな。
俺も同感だ。
まさか……白鳥が選ぶ男が俺とは。
世の中、奇妙なこともあるものだ。
しかし、赤崎の首は横に振られた。
「……いや、まあ確かにそれだって意外っちゃ意外なことなんだけどさ。今僕が言ったのはそうではなくて」
怪訝そうな。しかし同時に興味なさげな。
そんな顔を浮かべる。
目は未だ漫画に向きつつ、彼は言った。
「——純也ってそう言うことに関してはしっかりしているやつだなんて、僕は思ってたんだけどって話」
「……あ?」
俺?
「そ」
唐突。
赤碕がいきなり何を言っているのか。
全くわからず理解が遅れる。
そして……少し考えてみても言っている意味はわからなかったので、だから俺は聞いた。
「何が言いたい」
「――二ヶ月」
まるで俺が聞くのを想定していたかのような即答具合。
否応なく緊張度が上がった。
いや……違うか。
緊張度が上がったのはそんなことが原因じゃない。
即答されたから——ではない。
こいつが。
赤崎隼人が、こっちを向いて、目を合わせてきたから。
無表情のまま、こっちを見てきたからだ。
「二ヶ月前、なんだってな。お前が報瀬ちゃんに告白されたの」
「…………」
自分の顔がこわばったのが自覚できた。
少しため息のような息をついた赤崎は、俺をじっと見つめていた表情を元に戻し、その興味なさげな顔にして立ち上がる。
手には空になった皿があった。
「まあ、別に。お前が最低野郎だろうがなんだろうが、僕は友達やめる気ないし、どっちでもいいんだけど」
「…………」
「後、こういうこと言うのも僕のキャラじゃないし」
そのまま台所に向かう。
「でもさ。一応、友人としてアドバイスしとくけど、お前もしかしてさ。ちょっと今、調子に乗ってんじゃねえの?」
「…………」
「あんな可愛い子が俺のことが好きなんて——鈍感系主人公気取ってさ。らしくもなく舞い上がってたんじゃねえの?」
「…………」
「別にお前の詳しい事情なんか知らねえし白鳥ちゃんの気持ちなんか知る由もないけど。知りたくもないし。でも、それでもさ」
お前、二ヶ月も返事がこない相手の気持ち、少しは考えたことあんのかよ。
「言っとくけど、お前、今、普通に最低だぞ」
最後。
そう吐き捨てるように、皿を流し場に置くと、赤碕は俺の部屋から出て行った。
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