第15話 ——黙れうるせえほっとけ死ね。
隠しておこうとか、サプライズにしようとか、鈍感系を気取っていたとか、そんなことは考えてない。
俺は、単に聞かれなかったから言わなかっただけだ。
むしろ、いたずらに告白されたのを誰かへ吹聴することこそ、確実に間違っているだろう。
あんな風に赤碕の野郎はえらく好き勝手に言ってくれたけれど、しかし、そんな意見など俺にとっては聞く価値もない。
本人も言っていたが、あいつは何も知らないからそう言うことが言えるのだ。
あんなの、ただの感情的なあまりにどうでもいい他人の意見でしかない。
全く事情を知らない馬鹿が、一人で勝手にうるさく騒いでいるだけなのだ。
SNSなどが発達しきったこの世の中。
当事者を差し置いて周りが勝手にとやかく言う吹聴がとても当たり前になって久しい現在。
そんな世界に生きる若人の一人として、彼の友人として。何より本件の当事者として。
先ほど赤碕の豹変っぷりに驚いて出ることがなかったセリフをここでみっともなく晒させてもらうとするならば
——黙れうるせえほっとけ死ね。
といったところか。
少しオブラートに包みすぎたかもしれないが、意味合いは伝わっただろう。
全く。
なんだあいつは。
お節介だか、思いやりだかなんだか知らないけれど、流石にこっちにだって色々と事情がある。
当事者にしかわからない、どうしようもないような理由。
仕方のない理由があるわけだ。
そんなこと、考えなくたって十分察せられることだろう。
察せられなくてもせめて。
気を遣うことぐらいはできるだろう。
何かあったのかもしれないと、
そんな風に思って思案して。
せめて何もせず、口に出さないでいつも通り過ごすぐらいはするべきだろう。
それがきっと友人という存在だと、俺は思う。
と。
にも関わらずだ。
あのバカはそこら辺を毛ほども考慮しせず、ただ感情的に、情緒的に、俺が悪者であると決めつけやがる。
罵り、責め、しまいには最低だとか言いやがる。
「わかる? あなたのために私は言っているのよ」
そんなことを言う母親の言が、実は本質自分のために言っていることであるのと同じで、結局彼の言葉だって、己の自己満足の解消のために履かれたもので。
つまり、ほとんど薄汚れた吐きだめのようにぐちゃぐちゃで、醜く、直視することすら憚れる欲望と等しく、下劣なものなのでしかない。
まじで自分に酔うのもいい加減にしてほしい。
まあどうせ。
アホなあいつが考えていることだ。
『多和田純也』という人間は。
告白してきた仲の良い女友達を体の良いキープとして泳がせ。
鈍感なふりをして答えを先延ばしにし。
剰え、そんなことを無自覚で全て行なってしまう。
そんなクソ野郎だ。ゴミ人間だ。あいつは今すぐ死ぬべき人間なのだ。
——なんて、とんでもなく頭の悪いことを考えているに決まってる。
なんともアホで手遅れだ。
確かに。
実際俺が告白をされたことは事実である。
それは間違いない。正しい。
間違いなく明らかに、彼女——白鳥報瀬から俺はラブレターで校舎裏に呼びだされ、ごたつき、会話をする中、最後、なかなかの声量で告白を受けたのだ。
内容も、世間並みに使われるような『告白』——なんてことももちろんなく、間違いなく間違えようのないそんな愛の告白だった。
『好きです』と『付き合ってほしい』
その時言われたセリフと要望は未だ、きちんと俺の胸の中にある。
今からちょうど二ヶ月前の話だ。
だから。
まあ彼の認識は間違っていない。
俺は確かに白鳥報瀬からの告白を受けていたわけで、その事実は自他共に認めるものなのだ。
……が、しかしその認識以外が絶望的にまで間違っている。
真相(俺にとっては真相でもないただの事実だが)を知っている人間からしてみれば、彼の言葉は狂っていると言っていいぐらい。
それほどに的外れなことを彼は言っていたのだ。
はてさて。
じゃあ、おいなんなんだ。
お前がさっきから言っているそ『事情』ってのはなんなんだ。
止むに止まれぬ理由とはなんだ。
早く言え。もったいぶるんじゃねえよこのバカ野郎。
いい加減そんな威勢の良い声が届いている気がしなくもないので、だからここでは単刀直入に行ってしまうことにするけれど。
つまりだ。
実は——俺にはすでに愛すべき恋人がいて。
——本人の要望上、おいそれとそれを吹聴するわけにもいかなくて。
——だから告白されてもそれを公に断るわけにもいかず、はたまた受け入れるわけにもいかず。
——ただ黙って何もなかったことのように処理をしたのだ。
なんて。
なんの変哲もない。
そんなつまらない理由がそこにはあった。
だから、もちろん。
俺は先に怒っていた彼に対し何か特別弁明をすることはできないし、もちろん受けた告白の返答を彼に答えるわけにもいかない。
何も言い返せるわけがないのである。
と言うなら、だ。
それでは一体、そのお相手と言うのは一体誰なのか――。
また俺がここの場面でもったいぶりながら、遠回しにしながら、隠しながら、そうやって様々な方面からヘイトを溜め続けるのはお互いの精神衛生上よくはないだろうという大人の配慮の上。
だから、単刀直入でいうよりも早い。
そんな証明を今からしよう。
つまり、実際に登場してもらうとしよう。
彼女に。
俺の彼女に。
ここに来てもらうとしよう。
おそらく……。
今がちょうど十九時を回ったぐらい。
だから、そろそろ現れるはず……なのだけれど。
……っと。
——ガチャ
ということで。
施錠することを忘れてなかなかに久しい我が玄関扉から、チャイムもなく入ってきた来訪者。
それは——エロめのお姉さんこと、山紫薫。
なんてことはなく。
先ほど伏線っぽく話した黒い少女。
なんてこともなく。
先ほど散々の無礼を働いた歩く粗大ゴミでした。
なんかでもない。
そこには——なんとも可愛らしく可愛らしい。
特徴的な長い睫毛にすらりと伸びた美しい髪。
はにかんだ笑顔がとても眩しい。
間接照明なんて洒落たものは置いていないはずなのに、一体どうしてこんなにも輝いて見えるのか。
そんな、百年や千年じゃ効きそうもない。
古今稀に見るほどの美少女が、そこには立っていた。
「こ、こんばんは。純也……くん」
ということで紹介しましょう。
俺の恋人――白鳥報瀬ちゃんである。
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