第9話「てことはやっぱり部長は赤崎だな」

 一つ、君たちは明確な活動実績がここ一年間ない。

 二つ、活動内容が極めて不明瞭でふざけている。

 三つ、その割に高い部費をもらっている。

 四つ、本学校は慢性的な部室不足である。

 五つ、私がお前たちを気に入らない。


 以上。

 あの後、ほとんど引っ張られるように連れて行かれた俺が、一時間にもわたって説教された内容がこれだった。


 そして、今。

 わざわざ立って、ペン持って、ホワイトボードまで引っ張り出して、箇条書きにして、彼らへ説明をしている俺だった。

 

 いや……なんだこの伝言ゲーム。

 あいつが直接言えばいいだろうに。


 心中、そんな悪態をつくけれど、しかし、別れ際に念を押されてまで伝言を頼まれたのだから、これは伝えねばなるまい。

 一応。相手は教師なのだ。

 また変なイチャモンでもつけられたらかなわん。


 そしてまあ俺のグダグダな説明のせいもあるのだろうけれど、しかしそれにしてもこいつらの聞く態度は酷かった。

 各々が各々。

 あまりに好きなように日常を過ごしている。

 山紫は文庫本から目を離す様子はないし、赤崎は何やらPCをカチカチと鳴らしていて、時々電話まで取る始末だ。

 その中でまともに俺の話を聞いているのは、たった一人。

 話の最中、コロコロと表情を変えて頷いてみせた白鳥ぐらいで、正直彼女がいなければ、もう俺は途中で全部放り投げて説明することをやめてしまっていただろう。

 そんな彼女。

 話終わった俺を待っていたようにまっすぐと手をあげた。


「すいません」


「……ん?」


「気になることが一つあるのですが、質問いいでしょうか?」


「いいよ。どした?」


「純也くんって、部長さんじゃないですよね?」


「え? うん」

  

 俺は視線を斜め前の馬鹿……ではなく部長に送る。

 タイミング悪く、彼は電話中だった。

 喋っているのは英語かフランス語か。

 どちらにしろ聴き馴染みのない単語だらけだ。


「というか、赤崎がここ作ったんだから、赤崎が部長だと思う」

 

 ここの成り立ちは……確か人数合わせだ。

 一年の頃。

 季節は……忘れてしまったけれど。

 確か、部員数が四人集まらないと部として存在が認められず、部費が出ないと赤崎に泣きつかれて。 

 その頃からこいつと一緒に悪さをしていた俺。

 当時、俺と唯一親交のあった山紫。

 そして、無所属だった白鳥がそれぞれ飲み物一缶を交換条件に入部した——と言う経緯だった……よな。

 そんな感じで言葉を出して赤崎の方を向くと、彼は親指だけをグッと立てて、また仕事に戻った。


「てことはやっぱり部長は赤崎だな」


「ですよね」


「おう」


「じゃああの……もうひとつ質問なんですけど」


「どうぞ」


「一体どうして——あの先生は、部長でもなんでもない純也くんに言ったのでしょうか?」


「…………」


 質問を許したはいいけれど、しかし、それの答えを用意していなかった司会は黙るしかない。

 黙ると言っても、もちろん、答えを探るために頭を使って考えてはいるのだけれど。


 ……ふむ。

 えっと……。

 まあ、確かに。

 言われたら確かに。

 言われるまでもなく確かに。

 

 ……え、あいつなんで俺に言ってきたんだろ。


「あなたが嫌われてるからじゃないの?」

 あいつの授業中、いっつも寝てたじゃない。


 一応話を聞いていたらしい山紫が言葉を挟んでくるも、しかしその授業自体に寝るどころか参加すらしないと言う暴挙を働いている御仁に何を言われたところでなんの説得力もない。


「だって退屈なんだもの」


 そんな理由がまかり通る学校が日本にあるなら、この国はもっと柔軟な国になっただろうよ。


「そうかもね」


 言いたいことだけのことを言って、彼女はまた本の世界へと入っていってしまった。


 しかし、まあ。

 そんなことを言い返しておいてなんだが、山紫が言いたいこともわからなくもない。


 机の上。

 そこに置いたままにしてあるUSBメモリーを、俺はちらり見る。

 これには、あの時——つまり俺が先生と世間話をした後、別室に連れていかれた時——に言われた台詞もろもろの盗聴データが入っている。


 俺が部屋に連行される間際、密かに山紫が俺の尻ポケットに忍ばせたらしい。


「学校をなんだと思っている」「遊ぶ場所じゃないんだぞ」「親の顔が見てみたい」「お前みたいなやつを腐った蜜柑っていうんだな」「クソ人間が」「よくもまあここまで死なずにのうのうと生きてこれたものだ」「早くやめちまえ」「のたれ死ね」「次の成績もせいぜい覚悟しろよ」「他にも部室を使いたがっている人はいるんだ」「俺の一声でお前をどうすることもできるんだからな」「お前みたいな人間、どうせロクでもない家の育ちに決まってる」「どんな教育をされたらお前ができるのか」「本当にロクでもない人間に育てられたんだな」エトセトラエトセトラ。


 この会議が始まる前、内容はすでに一回流していたが、確かに彼の発言は、常軌を軽く逸していると言っていいほどに敵意と悪意と憎悪に満ち溢れていた。

 もはや後半部分なんてもう明らかな俺に対しての個人攻撃になっていて、家族や友人のことも同列に貶されていたぐらいである。

 時々音声がハウリングを起こしていたぐらいの剣幕だったので、こうして改めて聞いてみるとその威圧になかなかびびったし、そこそこにびっくりはしたし、正直、このご時世においてこんな人間が教育者をやっているという事実にまず引いた。

 まあ、教育者……というか、人としてどうなんだと思える言葉もたくさん録音されておったのだが、しかし、当事者である俺の頭の中には、そんな情報なんてかけらも残っていないことを見ると、どうやら俺は相当なレベルで奴の話を聞いていなかったようだ。

 ……と考えるならば、この彼がこの剣幕になったのはそんな俺の態度が原因の気もしなくはないのだが。

 まあここは言わぬが花か。

 言ったところでどうなる問題でもあるまい。


 とまあ。

 そんな感じで。

 という感じで。

 俺が先ほどの録音データの言葉を思い出そうと努力に勤しんでいる中。

 山紫と入れ替わるようにして手を挙げた男が一人いた。

 ヘッドフォンを首に当ててこちらを向いて。

 どうやら電話は終わったらしい。

 俺は思考の海から顔を出して「はい、そこどうぞ」

 発言の許可を出す。


 ……てかなんで俺、こんな池上さんみたいな立ち位置やってるんだ?


 今更ながらに、そんなことを思いながら赤崎を見る。


「でさ」


「おう」


「結局、どういうことなの? ここ、廃部になるの?」


 ふむ。

 なるほと根本的な疑問だった。

 そしてこれは答えられる質問だ。


「まあ」


 だから、簡潔に。


「このままだと……」


 簡単に。


「そうなるな」


 わかりやすく言葉を吐いた。


 数秒。

 沈黙が流れる。

 変に……重い空気。

 この部室には見慣れない空気だった。

 それは間抜けな赤崎の言によって解かれる。

 

「……え」


「…………」


「これって」


「……おう」


「まじな話?」


「お前って本当にアホなのな」


 どうやればここまでのやりとり全部を冗談にできるのか。

 思考回路が新しすぎる。


 だから。

 俺はそんな彼の馬鹿げた質問には答えず、代わりにため息をついた。

 そんなこんなで。

 質問者と発言者がいなくなった会議ほど意味のないこともない。

 空気はまた静かになって、再び部内に沈黙が満ちた。


 まあ確かに。

 確かに奴、あいつ、あのクソ教員の言っていることだってわかるのだ。

 ここの部活が部室を不当に占拠していると責められてしまっては、こちらも言葉がない。

 やっていることといえば毎日のようにお茶を飲み、騒ぎ、笑い、そして帰っているだけ。

 時々、馬鹿騒ぎを校内にもたらしてはいるものの、それだって『映像研究部』としての活動かと聞かれれば、それは当然疑問視が浮かぶだろう。

 先の言葉の数々を全て受け入れているわけではないけれど、それでも。


 「お前らは何もしていないではないか」


 なんて。

 そんな正論に限っていえば、それは正しく「その通り」で。

 言い返しようもないし、言葉もない。


 それに。

 それにだ。

 あれはイチャモンだったのだろうけれど、この校内に部室がないことで困っているやつらだっているはずで。

 紛れもない事実のはずで。

 その中にはきっと……俺たちと違って、真面目に部活動に勤しみたいやつもいるはずなのだ。


 俺らがやっていることは……そんな人たちから、そんな得難い青春を奪っているだけなのだけなのかもしれない。


 みんな、それがわかっているからこそ、この沈黙だろう。

 ……まあ、山紫あたりは本当に興味がないだけかもしれないし、赤碕はただの馬鹿なだけかもしれないので、だから、真面目にそんなことを考えているのは約半数しかいないかもしれないけれど。


 そんな。

 そんな重苦しい空気の中。

 彼女は口を挟んだ。


「……私は」


 彼女は呟く。



「嫌です。やめたくない、です」

 

 白鳥報瀬は呟く。


「私、この場所好きなんです」


 小さいながらも、その意思は深く込められている言葉で。


「だから、だから……」


 最後はもうギリギリ聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で。


「廃部なんて……いやです」


 白鳥報瀬は言葉を吐いた。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」

 

 その後、再び訪れる沈黙。静寂。

 

 白鳥自身だってわかっているのだ。

 遊んで騒いで楽しんでを、やってきた一年だった。

 それはとても楽しく、実りのあって、かけがえのない一年だった。

 

 しかし、でも。

 だけれど。

 残念ながら——それは部活ではない。

 学びではない。

 学校は学ぶ場所で。

 遊ぶ場所ではないのだから。


 つまり、今は、正しくない。


 それは優等生の彼女にとって痛いほどにわかっていることで。

 だからこそ、この声量で。

 しかし、そうだとしても、決して手放したくない日常だったからこそ、その声を出したのだろう。

 細い声を出したのだろう。

 

 結局。

 その言葉を最後にして、本日の部活動は終わりを告げた。

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