第6話「……昼食代は払わせてもらう。これが最低条件だ」
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「多和田、もうお前、俺に喧嘩売ってんだろ」
なんて。
そんないわれのない叱られ方をされてしまうほどに、トイレに行ったり来たりを繰り返す午後の授業を終わらせた。
今は放課後。
俺は白鳥と一緒に部室へと向かっているなうだ。
「——ほんっとごめんなさい! 私のせいで先生に……!」
「いや、だから白鳥のせいってわけでは……」
真剣な様子で心底深い謝罪をしてくる彼女に対し、こちらも心底なセリフを返す。
食ってすぐに腹が痛くなるわけでもないのだし、きっと、赤碕の家で食べた唐揚げが当たったのだろう。
やはり、泥棒の家で何か食うものではない。
今後あいつの冷蔵庫を開けるのは控えるようにしよう
なんて。
そんな風に俺は反省していた。
それなのに、放課後の時間になってからというもの白鳥はこんな調子で俺に対して延々と謝り続けているのである。
彼女の謝罪自体、すでにもう三回目だ。
正直白鳥の謝罪は全く筋違いもいいところではあるし、仮に彼女作のハンバーグが原因だったとしても、それを食べたのは他ならぬ俺の選択の結果なわけなのだから、こんな風に彼女が謝罪のために頭を垂れることなど明らかに誤りだ。
階段を下ってる最中だったからだろう。
また、彼女が謝罪のため、階段の途中で足を止めてしまっていたからだろう。
俺が彼女より先を歩いていたからだろう。
あるいは、きっと——ちょうど良い高さにあったからだ。
まあ気にすんな、と——俺は彼女の頭をポンポンと、二度頭を触った。
「……え」
「……あ」
疑問をあげた白鳥の声。
当然である。
俺は基本的に人に触れることはない。
それも異性であればなおのこと、過敏なぐらいに触れないように気を付けていて、それは彼女もよく知っているからだ。
戸惑いを見せつつ、次の行動を決め切れていない白鳥はわかりやすく動揺して見せる。
「え、えと……」
「ごめん」
謝った。
「い、いえ。別に嫌だったってわけじゃないですが……」
「いや、ほんとごめん」
すぐに謝った。
謝られている最中なのに。
俺は謝った。
ミスった。
本当にミスった。
俺、今何した。
なんで今、こいつの頭触ったんだ。
全くキャラじゃない。本当にらしくない。
俺はこういうことをするキャラクターじゃないだろう。
『多和田純也』はこういうことをするキャラクターじゃないだろう。
そういうのはどちらかといえば山紫の領分のはずだ。
山紫のような、人間の深くに入り込む手法を使えるやつの処世術だ。
それを……一体どうして。
なんで。
何してんだ、俺。
……そういえば。
と、そんなことを思い出す。
どうでもいいことを思い出す。
今回だけじゃ、ない。
最近、なんとなくだけれど、こんな風に俺自身らしくないことをするのが増えた気がする。
……いや待て。
——らしくない?
俺らしいって――なんだ?
「純也くん?」
「……え?」
「あの……私、本当に嫌ではなかったので、その……そんなに真剣に考えていただかなくても……」
「あ、ああ、すまん」
「い、いえ……」
自分では気づかなかっただけで、そんな顔をしていたのだろうか。
そんな真剣な顔をしていたのだろうか。
なんとなく、気まずい雰囲気が間を流れた。
完全に俺のせいなのでとりあえず謝りたい一心なのだが、しかしもう一回以上謝ってしまっているし、何より俺がここで再び謝罪することがこの状況の突破口になるなんて到底思わなかった。
「――あ、あの!」
そんな中。
珍しく大きな声を出した白鳥。
「じゃあ、あの……こうしませんか?」
「……?」
「せ、折衷案ってやつです!」
「折衷案?」
「です!」
そう言って白鳥は慌ただしく握った手の中で指を動かす。
「お昼休みにお弁当作っていること話したじゃないですか」
「うん」
そんなことを、聞いた気もする。
「ですね。それをですね。ぜ、ぜひ、純也くんにも食べて欲しいのです」
「……え?」
一瞬彼女の発言に対しての理解が遅れるも、それは白鳥の付け加えた説明で解消した。
「私、その……ど、どうしてもクリスマスまでにお料理を上手くなりたいんです! だから、あの……私の練習に、ぜひ付き合ってくれたりしませんか? ——あのあの! もし、私の頭を触ってそれが気に留めているのなら、その罪滅ぼしと考えていただいても構わないですし、今日のお腹を壊した私の罪滅ぼしにもなりますし!」
「いや、だからあれは……」
白鳥は何も悪くないんだって。
あいつの唐揚げのせいなんだって。
あの盗人がどうせ人様に恨みを買って毒でも守られててんだって絶対——と言いかけた俺の口は、しかし彼女の視線によって刈り取られた。
「……だめ、ですか?」
「…………」
いや、上目遣いは卑怯だろう。
「…………」
「…………」
俺は「はぁ」とため息ひとつ。
確かに彼女が折衷案というだけあって、この案は互いの良い結果を引き出す条約の気もする。
いささか、俺に有利な気もするが、それはそれは彼女らしさとして受け入れるところなのだろうな。
……じゃあ。
ならばそれを少し正して、妥協点を出し対等な条件にして相手に提示する。
それが最も賢い選択だろう——と、誰にするわけでもない言い訳を心に並べた。
「……わかった」
「え、そ、それじゃ!」
「わかった……が」
「は、はい!」
「……昼食代は払わせてもらう。これが最低条件だ」
一瞬、ぽかんとした顔を浮かべた彼女だったが、しかしすぐにいつもの、いやそれ以上の笑顔になった彼女だった。
「は、はい! ありがとうございます!」
ということで愛しのミルクフランスとは、しばしのお別れになったみたいだ。
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