第4話 とりあえず、走れ!・二

 物も人も関係なく借り出しに走るのが借り物競争のはずなのに、何故か白いワンピースを着て走る男子生徒もいるし。面白ければなんでもありですか。体育委員会には非道な人がいるらしい。

 校庭にいる人たちを爆笑の渦に巻き込みながらレースは繰り返され、とうとう最終組になった。


「次、大木おおき君が出るみたいだよ」


 と、真彩まやがスタート地点を指差す。つられて私が目を向けると、確かに大木君が、第二レーンで屈伸してる。


「次の音楽科選抜もかっこよくない?」

「見たことある。去年のクリスマスコンサートで歌ってた男子だよ」

「あー、あのいい声の!」


 私の後ろで、桃矢とうやのときに続いて女子たちがまたきゃあきゃあ騒いでいる。はいはい、もうちょっと静かにしようね。


 でも女子たちが言うとおり、大木君はかっこいい。細く見えても引き締まった身体つきで、その上に乗る顔は爽やかな好青年そのもの。声も、一言だけで人をはっとさせる甘さがあるんだよね。私も初めて会ったとき、顔とかよりもまずその声が印象に強く残ったもの。さっきの女子がコンサートでの独唱を覚えてたのも、当然だよ。


 ホントに、あんな人に告白されたのが今でも不思議だよ。歌ってるときの姿が綺麗で一目惚れしたなんて大木君は言ってくれたけど……罰ゲームって私が思っちゃったのは仕方ないと思う。うん。人生で初の告白だったし。断ったのは贅沢なんだろうなあ、本当は。

 けど、彼のことはずっと友達として見てたし、私は桃矢が好きだもの。桃矢に告白できてないからって、軽い気持ちで付き合うことなんてできない。私が彼のことを好きになる保証がないのに気をもたせるのって、卑怯な気がする。


 ピストルが鳴らされ、最終組のレースが始まった。さっきのリレーとは対照的にのんびり走ったランナーたちは、カーブが終わったところに置かれてたテーブルの上の箱からくじを引いていく。


「大木君、何指定されたのかな」

「とりあえず、女装系じゃないことを祈るよ。絶対似合わないし」

「そうか? 案外女装も似合うんじゃねえの? お前のほうが似合うだろうけど」

「嫌だよ。君がやりなよ」


 一仕事終えて寄ってきた桃矢が倉本くらもと君に馬鹿なことを言うと、倉本君は言葉どおりの嫌そうな顔をする。いやいや倉本君、ここは倉本君が女装しないと。絶対似合うから。ついでに着飾った真彩と並んでツーショットもお願いしたいな。もちろん桃矢の女装も写真を撮って、おじさんとおばさんに見せたい。

 ――――と。


「ねえ美伽みかちゃん、大木君、こっちのほうへ来てるよ」

「へ?」


 真彩に服の袖を引っ張られ、桃矢のほうを向いてた私は慌てて運動場を向いた。

 ホントだ。大木君、こっちのほうへ来てる。ってことは、誰かの持ち物?

 私が目を瞬かせてるあいだにも、大木君は斜面に近づいてくる。隣ではしゃぐ夢見がちな女子がうるさくなった。

 あーもう、うるさい。そろそろこの場所、離れたほうがいいかな……。

 ――――のだけど。


水野みずの! 悪い!」

「へっ? ちょっと大木君!?」


 斜面を駆け上がってくるや、開口一番、大木君は私の手を掴んで無理やり立たせるや踵を返し、私をトラックへと強制連行した。ちょっと待って何これ!


「なんで私!?」

「音楽科の制服を着た女子って指定だったんだよ。ほら」


 と、大木君は私に広げられた紙を見せてくれる。確かに、蛍光ピンクの大きな文字で『音楽科の制服を着た女子』って書いてあるね。

 いやでも大木君、ここは一応、私に聞いてから一緒に走るのが筋じゃないかな。

 そんなツッコミが頭の中に浮かぶけど、トラックを走ってる今、無意味だ。それに、なんかお祭り気分だし。一応は音楽科の生徒だもの。楽しまなきゃ!

 だから大木君の足手まといにならないよう、手を繋いで走る。他の人たちはまだ指定された物を探してるみたいで、私たち以外にコールを目指す人は誰もいないみたい。……あそこの人、先生に借りるパターンか……その先生は怖いから、頑張れー。


 周りを見回す余裕を見せながらゴール前に到着すると、大木君は係の人に紙を見せた。係の人は私に顔を向け、すぐに条件達成を認定する。制服は音楽科も普通科も同じだけど、胸ポケットのバッジを見れば一発でわかるものね。はい、余裕でゴール。

 係の人から渡されたフラッグを手に、私は大木君を振り返った。


「一位だよ大木君!」

「だな。助かったよ水野。去年も思ったけどお前、やっぱり結構足速いんだな」

「そうかな。マラソンは得意だけど」


 何しろ声楽やるとなると、肺活量が必須だものね。だから一応、毎朝軽くご近所を走ってはいる。おかげで大抵の服を着るときに困らないスタイルは維持…………できてるはず。うん。


「あとでジュース奢るよ」

「いいよそんなの、私も楽しかったし」

 というか、ぶっちゃけそっちよりも。

「大木君、そろそろ手を放してくれないかな」

「あ、わりぃ」


 私がお願いすると、大木君はようやく繋いでいた手を放してくれる。私は心の中でほっと息をついた。

 いやだって、大木君も今日は活躍したてのかっこいい男の子だもの。かっこいい男の子を目にした女子は怖いものだよ。ええ、ホントに。


 それにしても――――

 ちらりと横目で大木君を見やり、私はもう一度安心した。

 よかった。私、大木君と普通に話せてる。告白をふってまだそんなに日が空いてないし、しばらくのあいだは避けられても仕方ないかなって思ってたんだけど…………思ったよりはあっさり、普通だ。まあ、元々は友達なわけだし、大木君はともかく私のほうから避ける理由はないのだけど。

 うん、やっぱり、友達だったのにふったふられたで疎遠になるなんて嫌だよ。恋愛対象としては無理だけど、嫌いじゃないもの。友達を失くしたくないよ。


 そんなこんなで、普通科の二組が優勝して体育大会は幕を閉じた。でも音楽科選抜も大健闘で、なんと三位入賞。参加者には、食堂の年内の半額券が景品として配布された。そこは羨ましい。


 ああ、結局最後まで観戦しちゃったよ……だって、真彩が一緒にいようよって言うんだもの。大木君も、たまには練習休めばいいじゃんって勧めるし。流されてしまった……。

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