第2話 私の好きな人・二
「今朝教室に入ったら、机の上に置いてあったの」
「机の上に? なんだよそれ、いじめか?」
「うーん、でもお葬式みたいにするんだったら、こういう可愛い感じにしたりしないんじゃない? もうちょい大きな白とか赤とか黄色の花で、榊を合わせて仏壇にお供えする花っぽくしてさ。これじゃ結婚式だよ」
少なくても我が家の仏壇に飾る花は、これとは似ても似つかない。こんな可愛らしい葬儀用の花束、あっても誰も使わないに決まってる。キリスト教式の墓に備えるのなら、まだありかもしれないけど。
「お前のクラスの誰かが置いてったとかじゃないのか?」
「って私も思って聞いてみたけど、誰も名乗り出てこないんだよね。昨日の日直の人に聞いても、戸締りするときはどの机にも何も置いてなかったっていうし。だから、今日朝一で誰かが置いてったとしか思えないんだけど……」
ともかく、私にはこれが机の上に置かれるような心当たりはこれっぽっちもないのだ。クラスメイトには色々からかわれたけど、私にとっては不思議な出来事というだけ。それ以上でもそれ以下でもない。
「変な話だな。けど、それならなんでそのブーケを鞄につけてるんだよ。捨てるか教室に置いとけばいいだろ」
「だってこうやってつけとけば、もしかしたら持ち主に会えるかもしれないじゃん。もし会えなかったら、遠慮なくもらっとくのもありだし」
「むしろお前、それ狙いだろ。お前の部屋に置いてある犬のぬいぐるみにでも持たせて、写真撮ろうとか考えてるんじゃねえだろうな」
「……」
ぐ、鋭い。さすが腐れ縁の幼馴染み。私は思わず視線を泳がせた。
桃矢から漂ってくる呆れの色が濃くなり、私は反論を試みることにした。
「だってこれ、あのぬいぐるみに似合いそうなんだもん。ベールも一緒につけたら、お嫁さんっぽいかと」
「アホか。やめとけよ、もし持ち主が探してたら、あとで面倒なことになるぞ」
「わかってるよ。見つかったら大人しく返しますー」
桃矢のくせに、偉そうに。私は桃矢をねめつけた。
そんなふうに、校門を出てからも私が桃矢と並んで歩いてたときだった。
「
笑み含みの甘ったるい声だ。それも、女の子なのは間違いない。
振り返ってみると、やっぱりと言うべきか女生徒がいた。音符と演奏記号が組み合わさったようなデザインのワッペンの、私たちと同じ濃紺のジャケットの制服。つまりは音楽科の生徒だ。
釣り気味の目に薄化粧したきつい顔立ち、焦げ茶の髪は丁寧にブロー済み。まとう雰囲気も自分に自信がありそうな感じで。なんというか、これぞお洒落に敏感な今どきの女子高生、の見本みたいな美人だ。
桃矢は、あからさまに鬱陶しそうな顔をした。
「……
「帰りの邪魔してごめんね。今日、練習してわからなかったところがあって、家でも練習したいから教えてほしいんだけど……」
「……」
うーわー、わかりやすすぎる。桃矢狙いだよこれ。わからないことを尋ねて一緒に帰ろうとしてるあたり、したたかというかあざといというか。しかも、横目で遠慮しろよな視線をこっちに送ってきてませんかね。見た目そのまま、性格がきついらしい。
美少女のお願いなんて、大抵の男の子ならたまらないだろう。でも、桃矢はこれっぽちも鼻の下を伸ばしやしない。だるい、としか言っていないような息を吐いた。
「……悪いけど、俺、こいつと帰るから。聞きたいなら明日にしてくれ」
「っちょっ桃矢!」
何すんのあんた!
突然肩を抱き寄せられ、私は一瞬息を詰まらせた。慌てて抵抗してみるけど、敵うはずもない。私を離さず、呼び止める声も無視して桃矢はずんずん歩いていく。
「桃矢、離してよ」
「大人しくしろよ。あいつが諦めるまで我慢してくれ」
「だったら抱き寄せる必要はないでしょ」
だから放してと言外に込めて、私は言った。
だって、私と一緒に帰ることを強調するためだからって、この体勢はないでしょ。今までも私を理由にして女の子から逃げることはあったけど、単に私に声をかけるか、肩に手を置く程度だったじゃない。なんで今回に限ってこうなのよ。
「……わかったよ」
何故かぶすくれた声で応じると、桃矢は私の肩を放した。けれど、今度は私の手を掴むのだから大して変わりはない。少し距離をとれるようになっただけまし程度だ。
さっきみたいなことは、そんなに珍しい光景じゃない。無駄に顔が良くてピアノが図抜けて上手くて、おまけに運動神経も悪くない桃矢は、小さい頃からやたらと女子に人気だったんだもの。必然的に、幼馴染みかつ行動を共にすることが多い私は女子に羨ましがられ、妬まれることになる。ホント、男子が絡んだときの女子って怖い。
でも、だからってなんでこんなに桃矢とひっつかなきゃなんないの。後ろに同級生がいるっていうのに、学校からの帰り道でなんて。
私は桃矢を睨みつけた。
「一体何なのよ、もう」
「このくらいしねえと、駅までつきまとわれるに決まってるだろ。後ろにまだいるかもしんねえし」
「でも、あの人が電車に乗るんだったら意味なくない?」
「吉野は電車に乗らねえよ。家は学校の近くにある高めのマンションなんだって、前に自慢してた」
高め……ああ、あの高層マンションか。校舎の窓から見える灰白と焦げ茶のマンションを思い浮かべ、私は納得した。確かに駅とは反対方向だから、電車に乗れば大丈夫だろう。多分。
むしろまずいのは、私のほうだ。
頬や耳どころか身体が熱くて、緊張する。桃矢のほうを見れない。手を繋いでいるこの状況が、ものすごく居心地が悪い。
……大丈夫、大丈夫だよ私。夕日はこんなに眩しいし、ここは建物の影の中だし、手を繋いでるだけだし。私がこんな状態なのは桃矢に気づかれないって。
そう自分に言い聞かせ、私はいつもどおりを装って桃矢を見上げた。喉へ向かって、いくつもの言葉――――あの人は誰とか、同じクラスなのとか。そんなくだらないことばかりがせり上がってくる。けれどそれらは喉から先へ出ていくことはなく、諦めたようにまた胸の底へと沈んでいく。
代わりに浮かび上がってくるのは、不愉快で心地のいい気持ち。安堵とか快感とか優越感とか、他にも。
吉野って人と桃矢が呼んでいた女子は、私たちを追いかけてこなかった。それなりに歩いてるはずだから、あの人の視界に私たちはもう見えないはず。それどころか、駅が見えてきた。
でも、桃矢は私の手を離そうとしない。私も桃矢の手から離ようとしない。二人とも何も言わず、顔も合わせずに駅へ向かう。
ああもう、桃矢は最悪だ。そして私も馬鹿だ。
斎内桃矢。私の腐れ縁の幼馴染み。
そして、私の好きな人。
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