第163話ダグラスの足掻き

レーレ達と今後について話をした後、アキラは今後何かが起きたとしても対応できるように、今の店として使っている建物を貸してくれた貴族、ガラットの元へと話に向かった。


そこでは、今後アキラが正式にアトリアと婚姻を結ぶ前に実の兄であるダグラスが何がしかの行動を起こすであろうと考えられるため、その際に騒ぎが起こることと、アキラが婚姻を結んだ後にダグラスの実家である侯爵家に害を加える際の助力を頼んでいた。


ガラットは最初は渋っていたものの、最終的にはアキラの頼みを了承することとなった。


「レーレ。ちょっと出かけてくる」


それからひと月ほどたち、アキラとアトリアの婚姻が大々的に知らされるようになった頃、アキラの元に一通の手紙が来ていた。

執務室にて仕事をしていたアキラは、それを読んだ後に少しめんどくさそうにしながらもそばにいたレーレに一言言ってから立ち上がる。


「かしこまりました。お帰りの時間はいつ頃でしょうか?」


まだアキラのやるべき仕事は残っているが、それを途中で放り捨てても特に文句を言うことはなく、レーレはそう問い返した。


「さあな。家にこい、としか書かれてなかったから、そもそもなんで呼ばれたのかすらわからないんだ」


だが、アキラはそんなレーレの言葉に片を竦めつつ、その手に持っていた手紙をレーレに手渡した。


「これは……。これは、本当に侯爵の書かれた手紙なのでしょうか? あの者は愚かしくはありますが、これほど無礼な者ではなかったと記憶していますが」


レーレが驚くのも無理はない。アキラから渡された紙には侯爵の名が書かれており、家に来るようにと記されていたが、その書き方がひどい。

やけに上から目線とでも言おうか、来るのが当たり前、命令を聞くのが当たり前という考えが透けて見える内容だったのだ。

侯爵は自分勝手で平民は自分の好きに使っても良いものだと考えている人間ではあるが、それをこれほど堂々と表に出すような人物でもない。

加えて、平民ならばともかく、貴族の一員であり王女との婚姻が決まっているアキラを相手に、このような内容の手紙を送るなど考えられなかった。


しかし、手紙には侯爵家の家紋が入っている。


「まあそうだな。あいつなら表は取り繕ってもっと文に気をつけるはずだが、これはそんな気遣いなんて無い。そうなると考えられるのは、侯爵本人ではなく、別の誰かが書いたってことだ」

「その別の誰かとは……」

「ま、十中八九お兄様だろうよ」


その手紙には侯爵家の家紋が入っているとなれば誰か別の者が書いたとも考えづらい。やってやれないことはないが、侯爵家の家紋を勝手に使って手紙を出すなど、リスクでしかない。

だが、手紙は侯爵本人が書いたとは考えづらく、そうなればあとは可能性のある人物など一人しかいなかった。


「しかしながら、もしそうであれば危険なのではありませんか? なんの準備もなく呼ぶようなことはしないと思われますが」

「まあ、だろうな。俺をどうにかする方法を思いつき、それを用意できたからこそ俺を呼び出したんだろう」


レーレは、ダグラスが今まで無視してきたアキラのことを突然呼び出したことで警戒を強めているが、そんなレーレの考えはアキラとしても同意できるものだった。むしろ、それ以外には考えられないとすら思っている。


「だとしても、どうにかなるさ」


だが、罠だと分かっていながらも、アキラは手紙の通り侯爵家に向かうことにした。


「危険です! ご主人様は現在あの愚物に手を出してはならない契約を結んでおられます。それに反することをすれば、最悪の場合命の危険がっ!」

「わかってるさ。だが、大丈夫だ。俺はお前たちの主で、神様だぞ? アレ程度どうにかできず、神様なんて名乗れないだろ?」


レーレの言葉ももっともではあるが、それでもアキラが引くことはない。どうとでもできると言う自信があるから、と言うのもあるが、ここで応えておかないと別のところで手を出してくることになる。それはこの店かはたまた母親の方か。母親の実家や、アキラの友人知人に手を出す可能性も考えられる。

そうなる前に、ここで叩きのめしておかなくてはならない。そうアキラは考えたのだ。


「今日の夕食は多分戻ってこられるから、用意しておいてくれ」

「……かしこまりました。お早いお戻りを待っております」


そんなアキラの答えを聞き、考えを変えるつもりはないのだと理解していたレーレは、それ以上何も言うことなくアキラが出ていくのを見送ることにした。




侯爵家の門番に軽く挨拶をした後、顔パスで敷地内へと入っていくと、建物の玄関に差し掛かったところでぞろぞろと何人もの武装した者達が姿を見せた。


これはまた随分と集めたな、なんて悠長にアキラが考えていると、最後にその者達の奥から一人の男が姿を見せた。ダグラスだ。


「来たか。出来損ない」

「出来損ないはどっちだよ。あの父親からお前みたいなのが生まれたなんて、悲劇だろ」


侯爵は人としては尊敬できる部類ではなかったが、その能力はあった。少なくとも今アキラの目の前にいる男よりはよほど有能だ。


「黙れ! ……相変わらず忌々しい。お前さえいなければ、あの王女は今頃俺の女になっていたはずだっ! お前ではなく俺の命令を聞いていたはずなのにっ!」

「……いやー、それはないな。そんなことになってたら、あいつはお前のお前を切り落としてるよ」


ダグラスの言った言葉を頭の中で思い浮かべてみるが、アトリアが大人しくしているとは思えない。

もちろん王女としての責務を果たすための婚姻という意味では叶っていただろう。だが、命令を聞くかと言われたら、それはないだろうと言うしかない。


むしろ、ダグラスはアトリアを怖がって避けるようになるのではないだろうか?

アキラにはそんなふうに思えてしまった。


「お前もこれでおしまいだ! これだけの数を相手にすることなんて、できるわけがないんだからなあ!」


しかし、そんな「自分はわかっている」と言うような態度が気に入らなかったのか、ダグラスは大袈裟なくらいの動作で両手を広げ、周囲にいる武装した者達を示した。


「お前は俺を害することができない契約を結んでいるんだってなあ」


それはアキラが侯爵から子爵の立場をもらうときの約束だ。おそらくは侯爵本人から聞かされていたのだろうが、どうやらそのおかげで今回のことを思い付いたらしい。


「こいつら傭兵で、現在は俺の指揮下に入っている。つまりは俺の所有物だ。こいつらに危害を加えるということは、俺を害するということだ! お得意の魔法も使えず、そもそも手を出すことすらできない! お前はもうおしまいなんだよ!」


確かに、アキラは侯爵、および侯爵家の関係者に手を出すことはできない。それは魔法だけではなく、物理的にもだ。どのような手段であれ、手を出して害をくわえればそれが契約を反故にしたと取られるかもしれない。

雇われただけの傭兵が効果範囲内かと言われると微妙なところだが、ダグラスが傭兵達と結んだ契約次第では、傭兵に手を出せばアキラが悪ということになる可能性は十分にあった。


だから、ダグラスの行動は間違いではなかった。自分一人では逃げられたとしても、こうして周りを囲んでしまえば逃さずに倒すことができるのだから。

もっとも、アキラをどうこうする、と考えて実行した時点で大間違いではあるのだが。


そもそも、アキラは確かに侯爵家の関係者に手を出せない契約を結んでいるが、それは自分からは手を出さない、というだけ。相手から手を出してきたのなら反撃することは可能なのだ。


まあ、それがわかっているからこそ傭兵を集めた、と言うのもあるだろう。これだけの数がいれば、反撃されたとしても倒すことができるだろう、と。

反撃は許されているということは、先制攻撃は許されていないということ。アキラは先に攻撃を仕掛けることができないのだから、戦いの主導権はこちらにある。

そうも考えただろう。


しかし、アキラはダグラスや傭兵達を見回してから、一番近くにいた傭兵を指さして口を開いた。


「そこの傭兵。お前、いくらで雇われた?」

「あ? なんだって?」

「いくらで雇われたのかって聞いてんだよ。さっさと答えろ」


最初、その傭兵は何を聞かれたのか分からなかった。だってそうだろう。何を考えればこの場で雇われた金額を聞くと言うのか。

だが、アキラは早く答えろと言わんばかりに堂々とした様子で再び聞き直した。


「……百万だ。お前にゃあ悪いが、お前一人を殺すだけで百万も入るんだったら、安いもんだ。侯爵家の依頼だから、後ろ盾もある。罪に問われることもねえ」


この傭兵自体は好んで人を殺すような悪人というわけでもない。だが、金のために人殺しの依頼に参加したのは事実だ。

人を殺したくはないが、それで金が入るのなら仕方がない、と考えた。

さらに、やるのは自分だけじゃない。これだけの数がいるんだったら、俺だけが悪いわけじゃない。

そんな心理もあって、今回の依頼を受けた傭兵が大半だった。


だから、その言葉にはどこか弁明するような、自分の正当性を示すような意思が感じ取れた。


そんな男に向かって、アキラは……


「そうか。だったら俺は二百万だ」


そう口にした。


「は?」

「なんだ、文句があるのか?」

「は——いや、二百万だと?」


アキラの言葉に、何を言っているのか分からない傭兵の男はそう問い返すが、アキラは頷きながら返事をする。


「そうだ。それだけの金を出そう」

「……そんなことができんのかよ」

「その疑問ももっともだな。だが、俺も侯爵家の端くれだ。自分の店も持っている。ここにいる奴らを全員雇うくらい、なんの問題もない」


二百万。それは一般人にとっては大金だ。特に命の価値が低いこの世界では人を殺してでも手に入れたいと思う者がいてもおかしくない額。

だが、アキラにとっては大したものでもない。現時点でのアキラの総資産は、その百倍でも余裕を持って出すことができるだけあるのだから。


「まずは——これが証拠だ」


そして、そう言いながらアキラは収納鞄の中に入っていた金を取り出し、男の前に放り投げて見せる。


ジャラリと音を立てながら地面に落ち、その拍子に中身が溢れた金袋。

アキラの投げたその金に、その場にいた全員が視線を集めた。


「今は持ち合わせが少ないが、家に戻れば全額出せるだけの金はある」


しかし、そんな全員が視線を集めるようなものであろうと、アキラにとっては些細なものだとでもいうかのようにアキラは話を続けた。


「店をやってるって言ったが……いったいどこの……」

「あっちにある夢を売る店だ」


適当に自分の店がある方向を指さしながらアキラは答えるが、それを聞いた傭兵の男は劇的な反応を見せた。


「夢? っ! そ、それってまさかラミーちゃんやシリルちゃんやレーレ様の」


(ラミーにシリル? レーレの名前はよく知ってるが……ああ、なるほど)


聞こえてきた名前が何を意味するのかを考え、男がなんで驚いたのかを理解したアキラ。どうやら男は店の常連で、お気に入りの娘がいるようだ。

だが、当然と言えば当然のことだ。あの店にいるのはサキュバスやインキュバスといった、人を魅了するために特化した存在だ。あの店に通っているのであれば、好みの一人や二人はいてもおかしくない。


「あー、そういえばうちにいる奴らの中に、そんな名前のやつもいた気がするな。常連か?」

「あ、ああ。あの店は普通に風俗行くよりも安いし、週一で……」

「そうか。いつもありがとう。……そうだな。ならこれは優待券だ。次に来た時に出せば、まあちょっとしたお願いくらいは聞いてもらえるぞ?」

「ちょっとしたお願い……」

「そうだ。本人が嫌がらなければ、だがな。そこはどの程度なら許してくれるか、駆け引きでも楽しんでくれ」


そう言いながらアキラは男に近づきながら、取り出した優待券を男に差し出す。

そんなアキラの手元をじっと見てから、男はおずおずと、だがしっかりとその紙を握った。


「それで、どうする? 今回の契約をなかったことにして、今後こいつからの依頼を受けないようにしてくれれば、それだけでいいんだ。それだけで、お前達は金を手に入れて、いい夢を見ることができる」


そんなアキラの言葉に誘われて、傭兵達はお互いに顔を見合わせ出した。中には武器をしまうものも現れ始めた。

そして……


「おい、雇い主! 悪いが、今回の契約はなしだ。文句があるなら傭兵組合の方に言っておいてくれ。評価は下げてもらって構わねえ!」

「なっ! 貴様裏切るつもりか!?」

「当たり前だろうが。傭兵が大事にすんのは金だ。より多くの金を出すってやつがいるんだったらそっちにつくもんだろうが。それに、あんたの依頼は人殺しで、犯罪だ。そんなのに協力するわけにはいかねえだろ、善良な市民としてはよお」


ついには先ほどまでアキラと話をした男が契約の取り消しを叫んだ。


「それに何より、レーレ様に蔑まれた目で見られるのはともかくとして、ラミーちゃんやシリルちゃん達に軽蔑されたくねえ!」

「そ、そんなふざけた理由でだと!?」


確かに、今しがた男の口走った理由で契約を切られ、自分の計画を台無しにされるとなれば、ふざけるなと言いたくなるものだろう。


だが、そんなダグラスの言葉では傭兵達は止まることはなく、次々に自分も取り消しを、と口にする者が現れ始めた。


「こ、これは契約違反だ! 人の傭兵を勝手に奪鵜など、俺の財産を奪い害を与えるのと同じだろ!」


そんな様子に狼狽えながらも、ダグラスはアキラを睨みつけながら叫ぶ。

だが……


「何言ってんだ。これのどこが害だなんて話になるんだ。これは正当な契約の話だろ? なあ?」

「へい、旦那! その通りですぜ!」

「それに、こいつの言った通り、お前の依頼は人殺しだ。犯罪なんて、するわけにはいかないだろ? なあ?」

「「「へい!」」」


その場にいた傭兵達は、すっかり戦う気などなくなったようで、まるで最初からアキラの手下であるかのように振る舞っている。


そんな光景に、ダグラスは口を開けて唖然とするしかなかった。


「なあ、次期侯爵様。俺はこの家を出て自分の家を持った以上、もうこの家とは男の関係もない。このままいけば次の侯爵家当主はお前なんだ。それで満足して大人しくしててくれないか?」

「ふじゃ、ふざけるな! このまま、こんな侮辱をされたまま引き下がれというのか!」

「そうだよ。そもそも、今回のことは侯爵本人は知ってるのか? あの男なら、こんな馬鹿みたいなことはしでかさないと思うし、知ってたなら止めたと思うんだが?」

「ち、父上は関係ない!」

「つまりは独断か。でもいいのか? これが知られたら、もしかしたら次期侯爵から下されるかもしれないな」

「そんなことはっ——」

「ないって言い切れるか? 一度は降ろされかけたくせに? もう一度を考えて、万が一の場合の備えくらいしてるだろ」

「っ!」


そんな言葉を聞いてしまえば、ありえないとは言い切れず、ダグラスは俯き、黙り込むしかなかった。


「まあ、本来そうなるはずだったって未来予想をぶち壊したのは悪いと思ってるが、こっちが先約なんだ。諦めてくれ」


そんな言葉を最後に、アキラはダグラスの元から去っていった。

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