第161話国王の来訪
「どうぞ」
「邪魔をするぞ、アトリア」
部屋の外からかけられた言葉通り、やってきたのはアトリアの父親であり、この国の国王でもある男だった。
その背後には護衛や従者など数名が付き従っていたが、王女の部屋の中だからか国王の背後から離れて壁際の少し離れた場所で待機し始めた。
国王がやってきたことでアキラとアトリアは立ち上がっていたが、国王本人を前にしたことで頭を下げて礼をする。
「ようこそいらっしゃいました、お父様。ですが、如何されたのですか? 何か御用がおありでしたら、私の方からお伺い致しましたのに」
この場の立場的に当たり前ではあるが、アキラは特に何もいうことなく姿勢良く立ったままアトリアが国王に挨拶をし、それからそばにいた侍女へと指示を出した。
「なに、お前のところに件の者が来ていると聞いたのでな。ちょうど空いていた時間もあったので、今一度会っておこうと思ったのだ。二人の邪魔をすることになってすまぬとは思っているが、許して欲しい」
侍女が新たな椅子を持ってくる間、国王は娘であるアトリアに顔を向け、そう言いながら軽く頭を下げた。
相手は娘であり、頭を下げたのだって軽く、とは言っ違う、だが国王が誰かに対して頭を下げるなど、ほぼあり得ないことだ。それは、周りの反応からも窺い知れる。
その様子は以前にアキラが見た時とは違い、どこか柔らかい雰囲気を出していた。
「許すなど……その様なことはおっしゃらずとも当然ではありませんか。どうぞお掛けください」
アトリアは国王が頭を下げることの意味を理解しているので、そんな事が自分に対して行われたことでわずかばかり目を見開いたが、すぐに意識を切り替えるとちょうど侍女が用意した椅子を勧めることにした。
「さて、こうして会うのは二度目であるが、面と向かって話しをするのは初めてか」
席についた国王は、立ったままのアキラへと向かって話し始めたが、それまでとは違い鋭い顔つきへと変えてアキラへと視線を向けた。
その纏っている空気は王として、というものとは少し違っているが、真剣であることに変わりはない。
「は。この度は国王陛下に拝謁する幸運に恵まれたことを——」
「よい。その様な話を聞きに来たわけではないのでな。それに、その様なことを言ったところで、今更であろう?」
そんな国王に対してアキラは貴族として恭しく挨拶を行おうとするが、それは国王本人によって止められてしまった。
それは親しいものにしか行わないこと、或いはよほど急ぎである場合にしか行わないことではあるが、アキラは親しくもないし今は急ぎでもない。
にもかかわらず挨拶を不要と拒んだのは、国王自身の言った言葉通りお行儀よく挨拶をしたところで『今更』だからだ。
以前アキラはこの国王相手に、不敬とも言えるほど強気に会話をし、不敬を通り越して罪に問えるほどのことをしでかしていた。
それらはアトリアの存在とその言葉によって不問にはなっているが、言動がなかったことになるわけではなく、国王としては丁寧に挨拶をされたところで今更としか言えなかった。
「……では失礼ながら、多少言動を砕けたものへと変えさせていただきます」
そんな国王の言葉に、アキラは内心でため息を吐き出すとそう口にした。
「うむ」
「どうぞ。せっかく陛下がいらしてくださったので、本日は私が入れさせていただきました。本職のメイドたちには劣るかもしれませんが、ご容赦ください」
そんな二人を尻目に、侍女たちに代わって動いていたアトリアが二人と自分の前にお茶を差し出していく。
その所作は王女であるにもかかわらず、或いは王女であるからこそ丁寧な動きであった。
そんなアトリアの出したお茶を見下ろしながら、国王は僅かに緩んだ表情で口を開いた。
「お前の入れた茶を飲むのも久しいものだな。昔から剣を振るうことを好んでいたが、十の頃であったか。あの頃よりそれが特に顕著となっておったな。以来、こうして向かい合う時間も減ったものだ」
昔、アトリアが女神としての記憶を思い出すより以前には、二人きりであったかは別としても何度もともにお茶をする時間があった。
だが、アトリアは女神としての記憶を思い出してからは、城でじっとしていることなどできないとばかりに剣を持って方々へと出かけていた。
それはアキラを探すためであったり、剣を振るうためではあったが、事情を知らないものが側から見た限りでは突然お転婆なお姫様に変わったように見えたことだろう。
「王族の子女としてはお恥ずかしいことですが、今まで色々とわがままを聞いていただき、感謝しております」
「いや、それが国のためになっているのだから、私から何かを言うことはできん。だが、個人的なことを言えば、少し寂しくもあったものだ」
父親ではあるものの、国王として家族とまともに触れ合うことができる時間など少ない。
そんなただでさえ少ない時間が、アトリアのお転婆差によって更に削られたとなれば、寂しく思っても仕方がない。
他の兄弟たちもいるし、そちらとも話をしたりはしていたが、だからと言ってそのうちの誰かがアトリアの代わりとなるわけでもなかった。
だからこうしてともにお茶をすることができる時間、というものは国王にとってもそれなりに喜ばしいものだった。
「——侯爵家の下についた様だな」
だが、そんな喜ばしい時間ではあるが、昔のようにただのほほんと話をしているわけにはいかない。
国王はアトリアの出したお茶を一口飲むと、そのカップを置いてからアキラへと話しかけた。
「はい。それが一番早い道でしたので」
「調べた限りでは、お前は侯爵のことを嫌っているのではなかったか? 母親の恨みは消えたとでもいうか?」
流石は国王というべきか。アキラと侯爵の間にあった確執など、とっくに把握していた。
「いいえ。ですが、自身の願いのための最速の道であるのなら、それを選ばない道理はありません。それに……母にも言われましたので。子供が自身の願いを一番に考えて叶えることが、親にとっての最大の幸せである、と」
そんな国王の問いかけに、アキラは偽ることなくまっすぐに答えを返す。
アキラの答えを聞いた国王はチラリとそばにいるアトリアの様子を見るが、その目に映ったのは普段のような無表情ではなくわずかながら優しげに微笑んでいるような表情だった。
「そうか」
だからこそ、国王はそれ以上特に何も問うことなくただ頷きだけを返した。
しかし、その話はそれでいいとしても、まだ話すことは残っていた。
「お前は今後どうするつもりだ?」
「どう、とは? 叶うならばこの後しばらく私が侯爵家に入ったことを周知してから婚姻を認めていただければと思っておりますが……」
そうは言っても、このまま素直に認められることはないだろうな、と思いながらのアキラの言葉ではあったが……
「うむ。教会の問題をどうにかしたのだ。家格さえ問題ないのであれば、婚姻を断る理由もない」
だがそんなアキラの考えに反して国王は迷うことなく頷き、答えを返した。
そんな国王の様子にアキラは目を見開いて反応を示し、わずかに間をあけてから言葉を発した。
「認めていただけるのですか?」
「当然だ。全ての条件を満たし、なんの問題も無くなったのだ。個人的に思うところがないというわけでもない。が、諸々を鑑みればお前を拒絶する方が損であるのでな」
確かにそう約束したことではあった。だが、それがしっかりと守られるかは微妙なところかもしれない。ともすれば、あともう一度くらいは何かしらの後押しが必要なのではないか。そんなふうに考えていた。
「外道魔法……いや、今は魂魄魔法であったか。それによる害が出た場合の対処能力を上げることができる上、その他の魔法に対する知識も並外れているとなれば逃す手はない。何より、私もまだ娘に嫌われたくはないのでな」
そう言って国王は娘であるアトリアへと視線を向けるが、アトリアは特に反応した様子を見せることなくすまし顔で自分で入れたお茶を口に運んでいる。
そんな娘の姿を見てからふっと軽く笑みを浮かべた国王だが、すぐに再び表情を真剣なものに戻してアキラへと話しかける。
「だが、あれもまだ諦めてはおるまい。隙あらば、自身の息子にアトリアを当てがおうと考えておるであろうな」
「存じております」
「……教会が許したとはいえ、それはあくまでも外道魔法のの使い手というだけで捕らえないだけのこと。無闇に使用すれば法で捕らえざるを得ないぞ?」
「それも存じております」
堂々としたアキラの態度から、アキラがまた外道魔法、改め魂魄魔法を使って事を解決しようとしているのではないかと考えた国王だが、それは違うと否定するかのように尚もアキラは堂々と言葉を返した。
「では、どうするつもりだ?」
「どうもしなくて良いのではないか、と考えております。少なくとも、今のところは」
「どうもしない? ……ふむ。なにやら用意があるようであるな」
アキラの言葉に国王は少し考え込んだ様子を見せるが、その目はどうするつもりなのか話せと言っているかのようにアキラには思えた。
だがアキラは自身の考えを教える気はなく、その代わりに少しぼかした事を言うことにした。
「拙い策ではありますが。ですが、そのことで陛下にお伺いしたいことがございます」
「……よい。言ってみせよ」
「ありがたく。……私は侯爵から侯爵の持っている爵位の一つを与えられることになっております。その場合、私は現在の侯爵家とは別の家であると判断されることになると伺っております」
「うむ。そうだな。高位の貴族は一つの家でいくつかの爵位をまとめて所有している場合があるが、それを他の誰かに与えた場合、それはその爵位の独立した家となる」
「はい。ですので、その決まりを守っていただければと、お願いしたく」
「……ん? 決まりを破れ、ではなく、決まりを守れ、だと?」
「はい。どんな状況であっても、どんな理屈があったとしても、独立した家は元の家とは無関係であると陛下に認めていただきたいのです」
「……ふむ。なるほどな」
独立した家と元の実家は、法律の上では無関係であるということになっている。実際には親と子である以上繋がりはあるわけだし、周囲の貴族たちも片方に何かあればその繋がりをつついてくるものではあるが、事実だけ見れば無関係であるのだ。
アキラはそれをしっかりと認めてくれれば良いと言っている。
それはつまり、自分の実家に何か問題を起こし、潰そうとしているということだ。
「よい。決まりを破れ、曲げろなどという話であれば通すわけにはいかぬが、守れとなれば聞いてやってもよいであろう。もとより、決まり事とはその様なことを言われずとも守るために存在しているのだからな」
アキラの実家は侯爵家。国王としてはそんな大貴族が潰れてしまうのは困るものではあるが、ここで明に逃げられるよりはマシであると判断し、アキラの言葉を了承することにした。
「お前がやろうとしていることもおおよその想像はつくが……結果は楽しみにしていよう」
それだけ言うと、国王は自身に出されていたお茶を飲み干し、席から立ち上がった。
「最後になったが、アトリア。それから、アキラと言ったか」
「はい」
「はっ」
「……おめでとう」
そんな国王の言葉に、アキラとアトリアはお互いに顔を見合わせてから再び国王へと顔を戻すが、そこに至ってようやく自分たちが何を言われたのかを理解した。
「「ありがとうございます」」
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