第160話侯爵家の一員となって

 ダグラスを直した翌日から、侯爵はアキラを侯爵家の一員として認めるための手続きを行ない始めていき、一月もすればアキラは侯爵家の一員であると認められることとなった。


 とはいえ、それからの生活が一変する、と言うわけでもない。

 侯爵家に名を連ねてはいるものの、その暮らしは今までと変わりない。自分の家で寝起きをし、仕事をし、たまにアトリアに会いに城に赴く。

 ただ当然ながら変わったこともあり、その一つが侯爵家に時折顔を見せなければならないことだ。


 そしてもう一つが、周囲のアキラに対する態度。

 今までは単なる平民の成り上がりであったが、庶子とはいえど侯爵家の一員として認められてしまったために、周囲の貴族達も相応の態度を取らなければならなくなった。

 そしてそれは貴族達だけにかかわらず、王族も同じだ。


 今までは不安要素でしかなく、どうするべきかと頭を悩ませていた国王含め上層部の者達だったが、アキラが侯爵家の一員となるのであれば話は別だ。庶子である、と言うのが多少の問題ではあるが、それでも半分は貴族の血を引いている。そのため、平民からの成り上がりの貴族、よりはマシだと考えることとしたのだ。


 実際、血筋以外を見るのなら今のアキラは優勝物件だと言える。少し前までは教会に目をつけられかねない要因になっていたが、今のアキラは教会に外道魔法の正当性を認めさせ、魂魄魔法と名前の変更まで認めさせた。


 今後も教会と仲良くやっていくつもりがあるのなら、アキラを切り捨てるというのは悪手であろう。


 加えて、アキラが侯爵家の一員だった、というのも都合が良かった。

 元々アトリアと結婚させようと候補に上がっていた家がアキラの実家だったために、それまで進めていた家のつながりや取引の話、資産の移譲についての決まっていたことなどをそのまま使うことができる。もちろん多少の変更点はあるだろうが、それでも最初っから全てが変わるよりはマシだった。


「——そんなわけで、城の中は大騒ぎですね。もちろん、城だけではなく他の貴族達も、ですが」


 今まで貴族たちはアキラの存在などさして気にしていなかった。

 もちろん実力があるのは確かだろう。想定外の伏兵だったのも確かだ。

 だが、だからといってこのまま王女の婚約者として成り上がるのは不可能だろうと、そう考えていた。


 何せアキラは平民であり、男爵としての地位を手に入れたのだとしてもその後もとんとん拍子で進むわけがないのが普通だ。

 力があるのだから十年もすれば本当に子爵に上がることはできるだろうが、たかが数年では足りない。

 しかも今は普通の状態ではなく、本来の王女の婚約者候補の筆頭であった侯爵家を敵に回している状態であり、侯爵家以外にもいた候補たちも敵に回している。

 邪魔をされることなど、目に見えていた。


 婚姻が認められるための条件を果たすまでの猶予は三年。

 そのたった三年の間に他の貴族たちからの妨害を退けながら教会からの外道魔法の評価をどうにかし、爵位までもあげなくてはならないとなれば、どうにかできると考えている方がおかしい。


 多少力がある程度ではどうしようもないことなのだと貴族たちはほぼ全員が理解していた。

 そんなだから、貴族たちの中には暇潰しにとばかりにアキラにちょっかいをかけようと考えている者たちもいた。


 だがアキラはやってのけた。教会に関してはこれ以上ないくらいに明確に問題を解決し、爵位の方も侯爵家の庶子だったことで解決した。

 そんなことが想像できるわけもないために、貴族たちは今後の対応について考え、頻繁に話し合いをしていたのだ。


 もっとも、ダグラスからアキラへと変わっただけで、侯爵家との婚姻という点は変わらない。だからこそ、まだ「大騒ぎ」程度で収まっているのだった。


「まあそうだろうな。今までは見下していた小僧が突然上に立ったんだ。それも、ちゃんとした血筋を用意して」

「加えて、教会関係もありますね。何をしたのかはわからないが、教会に考えを改めさせることができるほどの存在。下手に手を出すのはまずい相手。それがあなたの評価です」


 周りからしてみれば爵位もそうだが、教会への対応も不可能だろうと思われていたことだった。

 当たり前だ。教会、なんて一口に言っているが、その実態は一国と対等に話し合いをすることができる規模の組織が相手だ。


 そこの規則を変えさせるなど、普通なら一個人ができるはずもない。できたとしても、相当な時間と金をかけて根回しをしなくてはならず、数年単位でかかるようなことだ。

 それを、数年どころか数ヶ月で終わらせたのだから、どうしたって評価せざるを得ない。


 だからこそ、そんなあり得ないことをやり遂げ、侯爵家の仲間入りを果たした王女の婚約者であるアキラに手を出してはまずいと、遊び半分でからかってやろうと手を出そうとしていた貴族たちは引っ込み、侯爵家以外の他の婚約者候補たちもアキラに手を出すことはなかった。


「ありがたいことだ。これで邪魔をして来るやつはほとんどいなくなった」

「ほとんど、ですか? まだ残っていると?」


 アトリアの考えでは、今のアキラに手を出すような無謀な者はいないだろうと思っていただけに、まだ手を出して来る者が残っていたのかと僅かに驚きを見せた。


「ああ。〝元〟お前の婚約者候補筆頭様だ」

「……? ……。ああ、あなたの兄ですか。まだ諦めていないのですか?」


 アキラの言葉に一瞬何をかわからなかったアトリア。それほどまでに彼女の中には周りが決めた婚約者のことなど存在していなかったのだ。


 だが、少し考えればすぐにアキラの言いたいことが誰のことなのか理解でき、呆れたように息を吐きながら言葉を返した。


「どうやらそうらしいな。お前如きでいいなら自分でもいいはずだ、って言ってるよ」

「今更足掻いたところで話が戻ることはないでしょうに」

「それを理解できないんだろ。馬鹿だから」


 アキラもアトリアも、いまだにみっともなく足掻こうとしているダグラスには驚き呆れた様子を見せているが、お互いにそんな相手の様子を見て軽く笑いを見せた。


「——それはそれとして、これからどうされるつもりですか?」


 今の状況の認識のすり合わせが終わったために、次は今ではなく未来の話へと変わっていく。


「どうってのは、お前との婚姻の話か?」


 アキラの問いかけに、アトリアは首を横に振って答える。


「そちらもですが、家についてです。このまま終わるつもりなど、ないのでしょう?」

「……まあ、そうだな。あの兄が邪魔をしてくることについてもだが、侯爵にはこのまま大人しく終わらせてやるつもりはない」


 侯爵家に入李、その一員となったアキラではあるが、だからといって母を苦しめた侯爵に対する敵意がまるっきり消えたわけではない。むしろ、消えていないどころか今も侯爵に対する敵意は暗く燃え続けている。


 因果応報。いくら母親が気にしないと言っても、侯爵が今後ものうのうと生きていくことができるだなんてことはアキラには認められなかった。


「それで、何をやらかすのですか?」

「やらかすなんて酷いな。俺は別に何もやらかしたことなんてないぞ」

「……まあ、そういうことにしておきましょう」

「信じてもらえないなんて、酷いな」


 戯けたように答えたアキラの言葉に胡乱げな瞳を返しながら答えるアトリアだが、アキラ自身内心では言っていて空々しい言葉だと理解しているために、苦笑が漏れた。


「ま、実際動くのはもうちょっと後だ。その時はお前のことを頼るかもしれないが……」

「構いませんよ。それで私たちの婚姻が早まるのでしたら、いくらでも手を貸しましょう」


 侯爵家を追い落とすために協力を頼まれれば、いかに婚約者の頼みであろうと断るのが普通というものだ。

 だが、アトリアはアキラの言葉を最後まで聞くことなく、同意を示した。


 一瞬も考えることなく同意をしたアトリアに、アキラは目を見張る。

 だが、そんなアキラの様子を見たアトリアがふっと小さく笑みを向けたことで、アキラも笑みを返して答えた。


「ありがとう」


 しかし、そんなアトリアの言葉は嬉しかったが、嬉しさと同時に即答されたことに僅かな気恥ずかしさも感じてしまい、それを誤魔化すためにアキラは口を開いた。


「……にしても、そんな理由で即決するなんてお前、意外と夢見る乙女だよな」


 乙女、と言うのは、先ほどアトリアがアキラの協力要請に同意した際の「婚姻が早まるのなら」と言う言葉にかかっている。

 結婚するために頑張るなど、普段の無表情の状態や、神界で剣を振りまわして殺し合いをしていた姿からは想像できない言葉なだけに、アキラは少しだけ意外に感じられた。


「切られたいですか?」


 だが、そんなアキラの言葉にアトリアはぴくりと眉を潜ませて反応をすると、手合わせの時よりも剣呑な空気を放ち、アキラを睨みつけた。


「いや、あー、別に馬鹿にしてるわけじゃないって。純粋な興味ってか、疑問だ」


 ごまかしにしては言葉選びを間違えたと理解したアキラはすぐに言葉を紡ぐが、それでもアトリアの視線は外れない。


 だが、それから数秒ほどしたあと、あとリアの視線はアキラから外れ、それまでの刃の如き空気もなりを顰めた。


「そういうことにしておきましょう。……ですが、あながち間違いでもありませんね。『私』になる前の私は、幸せな結婚、というものを夢見ていましたから。そんなものは王女である以上手に入らないと考えていましたので」


 アトリアは剣の女神であるが、同時に王女でもある。剣の女神の意識が覚醒する前までの王女として生きていた際の意識は今もちゃんと残っており、その影響を受けている。

 それはアキラも同じだ。だからこそ、アキラはこれまで母親のことを考えて動いてきたのだから。


「元は神様でも、ままならないもんだな」

「世の中など、そんなものですよ。神であろうと人であろうと、思い通りに全てが動くことなどあり得ません」

「まあ、そうだよな」


 お互いに人間ではあるが、その魂は神のものである。

 にもかかわらず、この世の中は思い通りに進まないことばかりだ。

 そのままならなさにアキラはため息を吐き出した。


「それはそれとして、協力と言いましたが、何やら策があるのは理解しましたが、具体的な予定はおありですか?」

「今のところは様子見だな。あの家の内情を知らないと何にもできないし」

「でしたら、近いうちにお父様にお会いしていただけませんか? 一度王と貴族ではなく、私の父親と婚約者という立場で話していただいた方が、今後の話はスムーズに進むでしょうし、何かあった時にも味方についていただけるでしょうから」

「ああそうか。一度はあってるけど、もっとちゃんとした形であった方がいいか」


 以前にもアキラはアトリアの父親——国王に会ったことはあったが、それは個人的に一対一で向かい合って話したことがあるわけではない。

 今後アキラがどのように動くのかまだはっきりしていないが、それでも侯爵家になんらかの不利益を及ぼさせ、侯爵を潰すのであれば、今のうちに国王という後ろ盾を得て話を通しておいたほうがいいだろうというアトリアの提案に、アキラはうなずき、同意を示した。


「予定はこちらで組みますが、外せない用などある日はありますか?」

「んー、ないなあ。やることはあってもその日に絶対にやらないと! ってわけでもないし」

「でしたら、後日お父様のご予定を伺った後にあなたにご連らく——」


 と、そこで部屋の外からノック音が聞こえ、二人は扉へと顔を向ける。


「殿下。国王陛下がお越しになられました」


 外から聞こえた予期せぬ国王の訪れに、アキラとアトリアはお互いに顔を見合わせたあと、再び部屋の扉へと顔を向けた。


「……連絡する必要はなくなった様ですね」

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