第152話審問の後

女神が怒るかもしれないというアキラの言葉を聞いて、それを完全に否定することのできないエルザンドはしばしの間黙り込んだが、スッと顔を上げてアキラを睨むかのように見つめると口を開いた。


「——一つ聞かせよ」

「なんでしょうか?」


真剣な様子のエルザンドではあるが、そんな彼に対してアキラはエルザンドが何を聞いたところで、結局どんな答えがわかっているかのように堂々としている。


そんなアキラの様子にぴくりと一瞬だけ眉を顰めたエルザンドだが、すぐに意識を切り替えてアキラに問いを投げかけた。


「そもそもどのようにして神を御喚びするなどということができたのだ」


気になるのはそこだ。

先ほどまで自分達の前にいた存在。あれは確かに女神の力を感じたし、本物の女神なのかもしれないとも思う。

だが、そもそも人間に女神の降臨だか降霊だかができるとは思えない。だからこそ、エルザンドは先程の会話を経てもまだ信じきれずにいた。

故にこうしてアキラに問うている。


嘘をつくことは許さぬと脅しを受けているとすら感じるほどの鋭い視線。そんな視線を受けながらも、特に怯むことなくエルザンドと向かい合ったアキラだが、数秒ほどしてからアキラは口を開いて答え始めた。


「外道魔法は人間が……あなた方教会が勝手につけた名前です。正しくは精神魔法。あるいは魂魄魔法と呼ぶのが正しい」


元々魔法に名前なんてなかった。その時代に則して呼び方が変わっていっただけ。

火を扱うものを炎魔法と呼んでいるが、その前は火魔法、さらに前は火炎魔術、炎熱魔術、神の奇蹟……そんなふうに時代とともにその現象に対する呼び方が変わっていった。外道魔法もその一つだ。

だが、今の時代は外道魔法の本質を理解せずに、ただその見た目や効果だけで判断し、邪悪だと言っているに過ぎない。

そしてそんな本質を理解せずに勝手に名前をつけたのはお前たちなのだとアキラは若干の苛立ちを込めてそう話す。


「その魂魄魔法ですが、名前の通り魂に干渉する魔法です。人を操るなんてのは、ただの上澄みでしかない。本質は死者を動かしている方です。ですが、死者を操ることが本質かというと、それは違う。間違いではないけれど一部でしかない。死者の操作も含め、魂に関わる全ての現象が魂魄魔法です。魂とは人間に限らず全ての生き物に存在します。そして生物はこの世界で生まれ、育ち、死に、神の元へと向かいます。その後、その生での記憶を消され、再びこの世界に生まれ変わる」

「それがどうした」


外道魔法——魂魄魔法が魂に干渉する魔法だというのは理解できた。

だが、言ってしまえばそれはもうすでにわかっていたことだ。

確かにその本質的なことはわかっていなかったかもしれないが、概要としては改めて説明されるまでもなく理解できていた。

それ故に、どうしてアキラが今そのことについて説明しているのかがエルザンドにはわからなかった。


「分かりませんか? 魂は、魂だけの状態であれば神の世界にいけるんですよ。そして、魂に干渉できる魂魄魔法を使えば、神に干渉できる。干渉といっても、せいぜいが呼びかけるかこちらに招くための道を作る程度で、強制的に呼び出したりはできないですが」


そんなアキラの説明を聞いて、まさか、とばかりにエルザンドは目を見開く。

だが、確かに理屈としては通らなくもない。

魂に干渉することができるのなら、その流れを追って死後の世界——神々の世界にたどり着くこともできるであろうし、神に干渉することも可能だろう。

そう理解したエルザンドは、口元に手を当てて考え込み始めた。

そして、それは周りにいる者達も同様で、ざわざわとそれぞれが近くのものと議論をし始めた。


「大神官。悩んでいるようですが、ひとまずは様子見でよろしいのではありませんか? 本当に新たに神が生まれたのであれば、聖女や神器も出現するでしょうから。そうなれば新たな神というのはその存在を証明されたことになるでしょう」


そんな中で、女神の依代ということになっていた人形とのつながりが切れたアトリアは自身に与えられていた席を立ち、エルザンドやアキラの前に進みながらエルザンドにそう話しかけた。


「それは、確かにそうかもしれませんが……」


突然アトリアに話しかけられたエルザンドは、没頭していた考えから意識を引き上げて口を開いたが、完全に承諾することはできなかった。


確かに『外道』魔法という名前をつけたのは間違いだったのかもしれない。アキラに罪はなく、放置しても問題ないのかもしれない。

アキラは王女の婚約者でもあるのだし、アキラ本人に非がないのなら、すぐにでも罪人だというのは間違いだったと釈明してアキラの身柄を解放するべきだ。


しかし、今すぐにそんなことをしてしまえば外道魔法に対して教会のとってきた行動は間違いだったと認めることに他ならず、最終的にそうするのだとしても今すぐにこの場で結論を出すことはできなかった。

それ故に言葉を濁したエルザンドだが、言葉を濁したままでは話を終えることができないために、逆に問いかけてみることにした。


「ですが、それまでの間はどう判断されるおつもりで? 先ほどの女神様のお言葉が真実であると証明できなければ、外道魔法使いは悪ではない、と言い切ることもで気ないのではありませんかな?」

「それはそちらでお考えいただくことではないでしょうか? 私は一つの案を提示しただけですし、そもそも私は教会の運営に口を出せるほどの地位を持っているわけではありませんので」


エルザンドの考えや教会の規則、決まり、利権、権威その他もろもろなど知ったことかとばかりにアトリアは切り捨て、勝手に考えろと言い放った。

そして、そう言われてしまえばエルザンドは他に何が言えるわけでもなく黙るしかなかった。


「ですが、ひとまずは外道魔法の使い手だからと処分するのは保留、ということでよろしいですよね?」


問いかけではあったが、拒否することは許さないとばかりの雰囲気を放ちながらの言葉に、誰もその言葉を否定することはできなかった。




そのアトリアの言葉の後、アキラの処遇に関して会議を行うと言うことで、一旦保留となった。


「ひとまず、今の所の処遇は保留となった」


アトリアとアキラが用意された部屋で監視をされながら待っていると、神官の一人が伝令としてやってきた。


「そうですか。それはどうもありがとうございま……」

「だが、あくまでも今の所の話だ。また後ほど話を聞かせてもらうことになる」


伝えられた結果に対してアキラが礼を言おうとしたのだが、その言葉は途中で遮られてしまい、言葉を伝えにきた神官はそう言い終えるとさっさと部屋を出て行ってしまった。終始不機嫌だった様子からすると、彼個人としてはまだアキラのことを認めてはいないのだろう。


「このまま終わると思いますか?」


神官がいなくなり、部屋にはアキラとアトリア、それからアトリアの付き人だけが残っているが、そんな部屋の中でアトリアは徐にアキラへと問いかけた。


「終わると嬉しいな」

「終わらないと確信しているような物言いですね」

「じゃないと、わざわざ後で話を聞かせろなんて言わないだろ」


すでにアキラは自分の使う外道魔法についての弁明は終えたのだ。新しく聞くことなんてない。

再確認、という意味ではあり得るかもしれないが、それよりは別に何か質問があると思った方がいいだろうとアキラは考えていた。


「何か動きますか?」

「……いや、平気だろ。どうせ話って言っても、俺が有罪になるとかそう言う話じゃない。だったら『聞かせろ』って言ってこないはずだからな。何か聞きたいことがあるから呼びつけるわけだが、なら、その聞きたいことなんて予想がつく」

「自由に神託を行う方法、ですか」


アトリアの言葉を聞き、アキラは頷く。

本来それぞれの使う魔法、魔術の類は無理に聞き出さないという暗黙の了解があるのだが、教会としては神を呼び出す魔法などというものの存在を知って放置しておくわけにはいかない。

自分たちも使おうとするのは当然の考えだし、むしろそ令嬢のことだって考えるだろう。

それ以上——つまりは暗殺だ。

信徒でもないものが神降しなんてことができるとなれば、教会はその者を取り込むか処理するために動くだろう。


だが、アキラの場合は王女の婚約者という立場があるためにそれはできない。信徒として勧誘するのはありだろうが、それで断られてしまえばそれ以上はなにもすることができないのだ。


たとえマナーがなっていないと言われようが、聞きだすために話しの場を用意するだけでもだいぶ穏便だろう。


「多分な。後はあの人形をよこせとか言われるかもな」

「……あれですか」

「まあ神様を降ろした依代ってことになってんだから、そんなものがあるなら宗教としては回収しておきたいだろ。それがたとえ壊れたとしても」


神を降した依代など、宗教にとっては聖遺物として扱われてもおかしくない。

先程の神降しの魔法と同じように回収するために動くことだろうというのは容易に予想することができた。


「……ふう。そうですよね」


しかし、そんなアキラの言葉を聞いたアトリアはどことなく気乗りしない様子を見せている。普段は顔色ひとつ変えることなく過ごしているために、その様子は殊更違和感が強く感じられた。


だが、馬鹿正直に聞くことはできない。なぜならばこの部屋にも盗聴が行われているのだから。

それまでのような世間話のような会話であればいくら聞かれたところで問題ないが、あの人形に関する話となると事情が変わる。


『嫌そうだな?』


ここより先は誰に聞かれてもいい話、というわけではないので、アキラは思念をつなげて話しかけることにした。


そのことに一瞬だけぴくりと反応したアトリアだが、わずかな逡巡を見せたのちに小さく息を吐いてから話し始めた。


『壊れたとはいえあれが私の体として保管、あるいは展示されるとなると、少々思うところがないわけでもありません。実物でもなければ実際にその身に降りたわけでもありませんが、それでも見た目だけはそっくりでしたので。それに何より、一度は使用したもの。言うなれば着た服や使った食器を展示されるようなものです』


言われてみれば当たり前の話ではある。自分が使ったものを展示されるというのは、あまり好ましいと言えるものではないだろう。

これが神として活動していた頃のアトリアであればなんの問題もなく受け入れることができただろう。そもそも何かを思うこともなかっただろう。

だが、今のアトリアは人間として生きてきたために、自分の使用したものを飾られる、ということに忌避感が存在してしまっていた。


『一応自爆機能をつけてあるから完全に壊すことはできるんだけど、最悪それを使って処理するか?』


そんなアトリアの悩みを聞いてアキラは一瞬考えてからそう口にした。


だが、その言葉を聞いてそれまでの悩みとは別の悩み……というか疑問が浮上してきたアトリアは、またも端正な顔を僅かに顰めながらアキラを睨んで問いかけた。


『そこまでするほどでは。それよりも、なぜ私の体となるものにそのような機能をつけていたのですか』

『いや、万が一を考えてそういった機能をつけるのは基本だろ』

『それは本当に基本でしょうか?』

『あとなんかカッコ良さそうだったから』


そんな適当な理由で自分の体に自爆機能をつけられたアトリアはアキラを睨む眼に力を入れるが、アキラはそんなアトリアから逃げるかのようにスッと視線をそらした。


それ以上は言っても無駄だろう。そもそももうやってしまったことなのだから、こうしたところで意味なんてない、と判断したアトリアは、睨むのをやめてため息を吐いた。

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