第151話神様についてのお話

 たった今女神の告げた権能を持つ神というのは邪神ではないか。

 普通ならば不敬とも取られてもおかしくないエルザンドの言葉ではあったが、そんな言葉に同意するかのように何人もの神官たちが小さく頷いた様子を見せる。

 それほどまでに『精神』や『混沌』といった性質を持つ神というものが受け入れ難いのだろう。


「邪神などと言う神は存在していません。我々は、ただ生まれた瞬間にそれぞれの役割が決まっていただけのこと。そこに存在しない概念は、まだ神が生まれていなかったと言うだけのことです。そして今回精神、及び魂に関する神が生まれた」


 しかし、剣の女神はそんなエルザンドの言葉にも周りの反応にも、特にこれといった反応を見せることなく、全てに興味がないかのように機械的に話を進めていく。これが神だ。


 人々は神に対して、神聖で神々しく、神秘的でと、そういったイメージを抱いているだろう。他には強く優しく正しく、絶対的な人間の味方。そうも思っているかもしれないい。

 確かに神聖や神々しいといったイメージ、それは間違いではない。強くも正しくもあるというのも間違いではない。

 だが、それは言葉の上でだけの合致でしかないのだ。


 実際には、感情などかけらも見せず、人に対する興味も見せず、動揺も驚愕も喜びも悲しみも、あらゆる感情を見せないでただ淡々と、ひたすらに仕事をこなして行くだけの……それこそ人形のような存在。それがこの世界の神だった。


 そのことを知っていたのは歴代の聖女、聖者たちだけであり、神がどんな存在なのか、どんな話し方をし、どんな態度を取るのかというのは、大神官であるエルザンドであろうとも知らなかった。


 だからだろう、エルザンドが困惑することになったのは。


 エルザンドは、自身の問いかけによって偽物でも本物でも、女神は何かしらの反応があるだろうと考えていた。その反応を見極め、それによって真贋を判断しようとも。


 だがどうだ。実際にはなんの反応もない。

 仮に目の前の女神が偽物で自分たちのことを騙そうとしていたとしよう。だが、こちらを騙すにしても、もっと相応しい反応があるのではないか?


 今までも話して違和感を持っていたが、もしかしたら偽物なのではないかと疑い、冷静に考えながら話したせいで、エルザンドはそんな疑問を思い浮かべることとなった。


 だが、確かにそうだろう。誰がこんな人形のように感情を見せることなく、ただ口から音を言葉を流すだけの存在を神だと信じようか。

 確かにその身に纏っている力は神と呼ぶに相応しい力を感じる。今まで見て来た勇者の持っている神器と同じ力の気配も感じる。聖女達の振るう力の気配と同時でありながらより強力な力も感じている。


 だがしかし、その力以外の部分があまりにもイメージと違いすぎた。


 実の所、エルザンドは目の前の女神のことを本物なのではないかとも信じていた。何せその体から感じる力は本物なのだ。

 頭ではなく感覚で理解していた。

 だが、その在り様があまりにもイメージと違いすぎたせいで目の前の存在を神だと信じることができずにいたのだ。


「で、ですが、よろしいでしょうか?」


 本物なのかもしれない。心はそう思っていたとしても、頭は偽物なのかもしれないと考えてしまう。


 本物か偽物か。信じている心と疑っている頭。どちらを信用すべきかわからず迷いを見せたエルザンドだが、すぐに答えを出すことはせずに気を取り直して次の疑問へと移ることにした。


「なんでしょう?」


 そんなエルザンドの内心を知ってか知らずか、剣の女神は変わらずにただ反応の言葉を口にする。


「魂に関する神、とおっしゃられましたが、すでに魂に関する神は月の神がおられるのではないでしょうか?」


 エルザンドの疑問は当然のことで、現在この世界には魂を管理する神というのが存在していた。

 死者の魂を司る月の神と、命の誕生を司る太陽の神。それらはどちらも生命——すなわち『魂』を司っている存在だ。

 すでにそんな存在がいるのだから、新たに魂を司る神などと言われてもおいそれとは信じることはできない。

 だが……


「確かにあれも魂を管理する神ではあります。ですが、あれの管轄は魂といっても『死後の魂』です。生者は管轄外となります」


 あくまでも月の神の担当する魂とは『死者の魂』でしかなく、生者のものは関わっていなかった。


「で、では太陽の神は? 彼の神は生者への祝福を司っておられたはずです」


 太陽の神も月の神と同じく魂の管理をしているが、その管轄は死者ではなく生者のもの。それ故にエルザンドは太陽の神ならばと思って問いかけてみるが……


「太陽は生者を司っていますが、厳密には命そのものに対してのみ、物理的な身体だけを管理している神であり、生者の魂は管轄外でした」


 返ってきたのは否定の言葉だった。

 太陽の神は確かに生者の魂を管理している。だが、それは『新たな生者の魂』であって、すでに生まれ落ちた魂は管轄外——つまり生まれた後のことなど知るか、というものだった。


「そ、そんな……」


 太陽の神が命を育み、月の神が死者の魂を導く。

 教会ではそう教えられていたが、その教えが間違いだったのだと神から言われ、その足元が崩れていくようにさえ思えた。


 これが、偽物だと断じることのできる相手からの言葉であればエルザンドはなんとも思わなかっただろう。

 だが、すでに心は目の前の存在を神だと信じてしまっているのだ。そんな神からお前の信じてきた教えは間違っていると言われれば、いくら頭で否定しようともまったくの影響なしでいられるわけがなかった。


 もっとも、その教えがまったくの間違いというわけではないし、月の神も太陽の神も両者ともにまったく管理しないというのはまずいのでお互いがそれとなく気にかける、という程度のことはしていた。だが、実際には大したことはしていなかった。

 生まれた魂の数があり、使者の魂の数が同数なら、管理する側としてはなんの問題もないのだからそれで構わないとしていたのだ。


 そして、一度そうなのかもしれないと信じてしまえばあとは早かった。

 思い返してみれば自分達の『世界』や『繁栄』を気にかける神はいても、『生物そのもの』について気にかける神はいなかった。

 そう考えてしまうとどんどんと違和感が出てくる。


 エルザンドは目の前の存在を本物の剣の女神として認識することとなった。

 そしてそれは、エルザンドだけではなく周りで聞いていた他の神官たちも同様だった。


「で、では……今回誕生されたという神は……」

「先ほども申した通り、精神、混沌、及び生者の魂に関する神です。混沌という呼び方が気に入らないのであれば、変化と呼びましょう。管轄としては、今までは抜けていた生者の魂の守護となります」


 その場にいる全員が全員目の前の存在の言葉を信じたわけではない。まだ完全に信じ切ることはできていない者もいる。

 だが、それでも、反論することができないくらいには信じてしまっていた。


「ついでですのでこちらも確認したいことが一つあります。こちらでなんらかの異常は起こりませんでしたか?」


 今まで自分達の信じてきた教えが違っていた。そのことを知った神官たちは黙り込んでしまい、その場には沈黙が訪れたが、そんな中であっても気にすることなく剣の女神の声は響いた。


「異常とは……どのようなものでしょうか?」

「具体的に何が、と言うわけではありませんが、新たな神が生まれたことによる余波が出ていてもおかしくありません。例えば、精神に関する魔法の使い手が増えた、もしくは強力な使い手が現れた。あるいは夢を見せる生物であるサキュバスや獏などの夢魔に属するものが多く出現するようになったなどです。何か心当たりのようなものはありますか」

「それって……」「もしかして……」


 女神の言葉を聞き、その場にいた者たちは戸惑いながらもアキラへと視線を向けた。


「心当たりがあるようですね」

「それは……はい。この度女神様を降臨させるにあたって尽力した者、そちらの彼が外道——いえ、精神に関する魔法の使い手でございます」


 エルザンドは女神の言葉に頷き、アキラのことを示した


「そうですか。もしかしたらこれからも数年ほどは何か起こるかもしれませんが、その時の対処はそちらでお願いします」

「はっ! お任せください」


 始めに女神に声をかけた時よりもはっきりと力のこもった返事をするエルザンド。

 そんな返事に満足したアトリアは話を終わらせようと剣の女神として人形の口を動かす。


「それでは私はそろそろ——」


 だが、剣の女神はその言葉の途中で動きを止め、依代となった人形は悲しい音を立てて砕け散った。


「め、女神様っ!?」


 崩れ落ちた人形を見て、慌てて駆け寄るエルザンド、及び神官たちだが、あれはあくまでも依代、という設定の人形だ。女神本人ではない。


「あっと、すみません。神の力に耐えきれずに依代が壊れました。むしろよくこれだけもってくれた感じですけど」


 エルザンドを含め、神官たちは落ち着いた様子で話すアキラの声を聞いて、そういえば今のは人形だったのだと思い出して落ち着きを取り戻す。


「それで、私の処遇ですが、どうなりますか?」


 アキラにそう問われることで神官たちはお互い近くにいた者同士で顔を見合わせる。

 その結果、罪に問う必要はないのではないか。そんな空気が流れ……


「だが、先ほどの言葉が本当だと言う証拠はあるのか?」


 しかし、そう簡単に他者を信じないのが人間だ。それも、神の降臨などそうたやすく信じることなどできるはずもない。

 女神が目の前にいれば騒ぐことなどできなかったが、いなくなってしまえばあれは偽りだったのではないか、と言い出すのもおかしくはなかった。


「貴様っ! 女神様のお言葉を疑うのか!」

「そうはいっていない! 私とて女神様のお言葉であれば疑うことなどしないさ!」

「なら何が言いたい!」

「私がいいたいのは、先程の言葉は本当に女神様のものだったのかと言うことだ! あれがあの者の用意した芝居に過ぎない可能性は十分に残っているだろう!?」

「しかし先程のは紛れもなく神の御力だったぞ!」


 そうして神官たちの間では殴り合いにまでは発展しないものの、喧嘩の如き言い争いが行われることとなった。


 そんな喧騒の中で、アキラはパンっと手を叩いてその場にいた者たちの視線を集めてから口を開き……


「万が一私を疑い、女神様のお言葉を無視した結果、新たに産まれたという神の存在を蔑ろにしたのであれば、その先がどうなるかまでは責任を持てませんよ?」


 アキラがそう言ってしまえばあとは何もいうことができなかった。

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