第150話女神の降臨
「それでは、これより女神の神託を授かるための魔法を使用いたします」
アキラはそう言って周りに集まっていたもの達に告げる。
(とは言っても、正直なところ特に呪文とか必要ないんだよな。……けど、あったほうがそれっぽよな)
そうしてあらかじめ用意してあった舞台へと振り返ったのだが、実の所準備そのものはもうすでに終わっている。
あとは用意した魔法陣や魔法を起動させるだけで終わることで、難しい操作などは必要ない。
それなりの規模で行うので魔力は消費するが、それだけだ。アキラでなくても魔力を多めに持っているものであれば賄える程度の量でしかない。
しかし、神という存在を神聖視し、崇め奉っているもの達からしてみれば、ただ魔法を使っておしまい、というのは味気なく、その後に起こったことも本当なのかと信じ難いものになってしまうだろう。
だからこそアキラは、即興で適当な文言を考え、魔力でその場を満たして魔法を起動させながらその言葉を口にしていく。
「世界を見続け、世界を守る偉大な神よ。正義を司る剣の女神よ。我が求めに応えるのならば、御身の声を聞かせたまえ」
用意された魔法陣が起動され、魔力に満たされたそれは光を放つ。
描かれた魔法陣から溢れた光は聖堂の中を光で満たし、魔法が発動した。
「——私を喚んだのはどなたでしょう?」
魔法陣から放たれた強烈な光が収まった後、少ししてから中央に置かれていた人形がぴくりと反応し、僅かに体勢を崩してから自身の状態を確認するかのように視線を動かした後にゆっくりと口を開いた。
集まっていたもの達の中には、まさか本当にこのようなことが起こるなどとは信じていなかった者も多く、アキラの魔法によって人形が動いたこと——剣の女神が降臨したことに目を剥き、大きく音を立てながら椅子から立ち上がった。
そんな状態だったからだろう。
人形が動き出した際に、来賓として訪れていた一人の女性がぴくりと反応し、わずかに体勢を崩したことなど誰も気にしなかった。
「まさか……本当に……?」
剣の女神を祀っている信徒たちのトップである枢機卿は、強烈な光を放ち終わった後もうっすらと光る魔法陣の中心で口を開いた人形を見て、唖然と口を開くこととなった。
その身からは人形とはとてもでは思えないほどの神気が感じられ、とてもではないが目の前にいる者は偽物だ、神ではないなどとは言えなかった。
「私です。まずは呼びかけにお応えいただき誠に感謝申し上げます」
誰もが立ち尽くす中、術者でありあらかじめ何が起こるかを知っていたアキラは、迷うことなく声を出し、恭しくお辞儀をした。
それによってその場にいたもの達の視線を集めることになったが、そんなことを今更機にするアキラではない。
「謝辞は不要です。このような依代を作ってまで呼び出したのであれば、相応の理由があるのでしょう。その理由とはいったいどのようなものでしょうか」
アキラの言葉を受けて、人形——剣の女神の依代は首を横に振り、無感動に無感情に、ただひたすらに淡々と言葉を吐き出していく。
それはまるで、本当に人形のようにすら思えるほどに人間味の薄く、それと同時に剣のように鋭い言葉だった。
そんな聞いただけで人間とは違うものだと理解できるような無機質な声に気圧されて、アキラ以外誰もが何も言えずに立ちすくみ、中には後退りしている者もいる。
そんな中でアキラだけが怯むことなく女神の依代に向かい合って立っている。
しかし、その心中としては決して穏やかなものではない。何せ、今世を生きて人間として楽しそうにしているアトリアに、昔のただ役割をこなすためだけに動いていた時の真似をさせているのだから。
だが、自分のわがままでそんなことをさせているという事実が気に入らなくても、アトリアにはやってもらわなければならない。
「ここ数年、剣の女神様のお声を聞くことができず、ないとは思っておりましたがお怪我でもされたのではないかと我等一同心配しておりました。もし何らかの問題があり、それによって我らに手伝えることがあるのでしたらと、そう思った次第でこの度身の程を弁えず女神様をこの場にお呼びさせていただきました」
そんな自身の内心を押し殺して、アキラは恭しい態度を崩すことなく剣の女神へと話しかける。
アキラの話を聞いた剣の女神は、わずかにも表情を変えることなく、ただ変わらずに淡々と答えていく。
「そうでしたか。我々にとっては百年程度は誤差の範囲ですので問題ないと考えていましたが、それは申し訳ないことをしました」
「いえ、我々が勝手に心配していただけですので」
ここまで話したことで、ようやく下準備はおしまいだ。これから話すことがこの『剣の女神降臨』の本当の目的。つまりは外道魔法と呼ばれている魔法、及びその使い手に関しての市民権の獲得である。
「ですが、せっかく喚ばれたのですから、私がこちらに関われなかった理由を教えておきましょう」
そうしてあらかじめアトリアとアキラで話していた嘘の設定が伝えられることとなった。
だが、それを嘘とは知らない神官達は、神の口から直接言葉を聞くことができるのだとしてにわかにざわめいた。
だがそのざわめきも一瞬のことで、再び女神が降り立った人形の口が開くと、ぴたりと声が止まり静寂が訪れた。
「この度、新たな神が生まれました。私はその教育役として時間を取られています。それ故に、こちらに関わる時間はこれまでよりも減ることでしょう」
しかし、一度は収まったざわめきも、そんな剣の女神の言葉で再び聞こえるようになった。
当然だ。新たな神など、ここ数年数十年どころか、有史以来一度たりとて生まれたことなどなかったのだから。
その混乱具合といったらすごいもので、先ほどまでは女神の前だからと黙っていた者達も、今ではそのことを忘れたように近くのものと話している。事実、女神の存在を忘れてしまっていたのだろう。新たな神の誕生というのは、それほどまでに重大なことだった。
「あ、新たな神ですか……?」
そんな誰もが混乱している中で、唯一大神官でるエルザンドだけが剣の女神へと問いかけた。
その声は震えていたことから、彼もまた完全に混乱から抜け出したわけでもなかったようだが、それでも問いかけることができたのだから立派だろう。
そして、一度立ち直ってからの変化は早かった。
今こうして目の前に女神の降臨が行われた。だが、それは果たして真実だろうか。
そんな疑いがエルザンドの中にはあったからだ。
確かに感じる気配やその言動はそれらしい。だが、自分たちですらできなかったことが、アキラのような子供にできるのかと言われると、素直に信じることはできなかった。
それ故の疑い。エルザンドは目の前の女神が本物であるかもしれないと考えていたが、同時に偽物であるかもしれないとも考えていた。その割合としては、どちらかというと偽物かもしれないという考えに偏っていた。
そしてエルザンド以外はというと、ざわめきの中であってもエルザンドの言葉が聞こえたのか、それまで女神の言った新たな神というものについて話をしていた神官達は黙り、女神の言葉に耳を傾けた。
「ええ。その通りです」
「それは、真にございますか?」
「言葉の真偽を判断するのはわたしではありません。ただ私としては事実を伝えているだけですので」
「申し訳ございません。女神様のお言葉を疑うなど、そのようなことは決して」
あまりに信じ難い状況に疑いを持っているが故に、エルザンドは思わず女神の言葉に疑問を口にしてしまった。しかし、それがまずいことだというのは理解している。
そのため、目の前の女神を名乗る存在のことを信じきれない感情は残っているものの、女神からの言葉を受けたエルザンドは素早く己の火を認めて頭を下げ、そのまま謝罪の言葉を口にした。
「いえ、先ほども申したように、構いません。疑おうと疑うまいと、それは個人の自由であり、私が強制することではないのですから。私が求めるのは正しさ。偽りなく、感情に左右されずに事実を見つめ、それを元に人々が己の判断を下すことです」
しかし、剣の女神は顔色一つ変えないどころか、表情も体も、ピクリとも動かすことなくただただ淡々と言葉を吐き出していく。
その様子はエルザンドの考えなどどうでもいいというよりも、誰に何を言われようとその全てがどうでもいいと考えているような、まさに神のように存在の格というものが違う立ち位置からの言葉のように思え、偽物ではないかと疑っているエルザンドの内心に冷や汗が流れた。
(これ以上の疑問を投げかけるのはまずいかもしれんな)
エルザンドはそう思いながらも、直後に意を決したように表情を引き締めると小さく息を吐き出してから口を開いた。
「女神様、不遜ながら剣の女神である貴方様の僕をまとめている者を名乗らせていただいております、エルザンドと申します」
「ええ、存じています。今から二十三年ほど前に大神官の座についた者ですね」
女神であった頃、アトリアは聖女に神託を下す際に現世の様子を知ることができていたので、聖女とその周りの状況に関してはある程度は理解していた。
だが、今回はそうではない。二十三年前というとすでにアトリアとして生まれ変わっていたために、大神官の名前など知るはずがなかった。
しかしそれでも知っているのは、普通に調べたからだ。王女の力を使えば調べられないわけがなかったし、そもそも隠していることでもないので簡単に判明したのでそれをさも当然とばかりに口にしただけである。
「女神様に覚えていただけるとは、感激の極みでございます。つきましては、一つお教えいただきたいことがございます」
「なんでしょうか」
「新たに産まれた神。その象徴をお教えいただけないでしょうか?」
「精神、及び魂に関する神です。象徴としては『精神』『魂』『混沌』『夢』」
女神に自身のことを知られていたという事実にエルザンドは喜ぶかと思いきや、対して喜んだり同じた様子を見せない。これは、調べようと思えば調べることができる程度の情報であるからだ。
偽物かも、と疑っている現状ではエルザンドの心には何ら響かない。
そして、そんな女神からの答えを聞いた者たちは、再びざわめき出した。
だがそれも当然だろう。百歩譲って『魂』はいいとしても、それ以外が不吉すぎるのだ。
『夢』を司っている存在としてサキュバスやインキュバスが挙げられるがそれらは今まで邪神の配下とされて人間から迫害されていた。
『精神』を操る外道魔法師は邪神の手先とも呼ばれてきたし、教会の教えにも精神を操る存在について否定的な姿勢を見せ、時には罪とすらしている。
『混沌』など、いかにも不吉ではないか。少なくとも、この場にいる者達が抱くような髪のイメージからは離れていた。
「それは、邪神ではないのですか?」
いよいよおかしくなってきたのではないかと思ったエルザンドは、心なしか表情を厳しくして女神を名乗っている人形へと問いかけた。
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