第153話無罪の条件



「来なさい」


それからは適当に部屋で過ごし、食事をとって睡眠をし、そして翌日、となったのだが、その日もアトリアと適当に話をしながら部屋で待っていると昨日の神官が再びやってきてアキラのことを呼び出した。


呼び出されたアキラはようやくか、と内心でため息を吐いてから立ち上がり素直についていくが、なぜかその後ろを呼び出されていないはずのアトリアもついていく。

そのことに何かいいたそうにした神官ではあったが、立場の違いを理解しているのか、なにも言うことなくそのまま案内を行うことにしたようだった。


「——貴殿の処分は撤回することとする」


やってきたのは審問を行われたのと同じ聖堂。

そこでアキラに対する不当な罪の押し付けは撤回されることとなったことを伝えられた。


「ありがとうございます」


そのことを聞いたアキラはエルザンドへと礼を行なうが、だがそれでおしまいになるとは考えていなかった。

ただなんの処分もないことを伝えるだけであれば、わざわざこのように大仰に呼び出す必要なんてないのだ。

アキラたちを呼び出すのは良しとしても、こんな聖堂なんかに呼び出す必要はなく、昨日と同じように人を集める必要もない。どこかの部屋に呼び出して伝えて、それで事足りるのだ。


だが、こうして人を集めた上に呼び出されたとなれば、そこには何かしらの理由があるのだと考えられる。


「ただし、条件をつけさせてもらうことになる」


そんなアキラの予想を肯定するかのように、エルザンドからそんな言葉が聞こえてきた。


(そらきた。一体何の条件をつけられることやら)


そんなふうに考えているアキラだが、実際のところは何を頼まれるのかなんてことは昨日の時点で予想はついていた。

それはあくまでも予想でしかないが、外れはしないだろうな、と言う確信があった。


「まずは誓いの内容の確認だが、外道魔法の使い手全てを『外道魔法の使い手だから』という理由で罪に問うことは禁止とすることについて、すべての外道魔法使いを肯定することはできないということだ。確かに全ての外道魔法の使い手が悪であると言い切ることはできないかもしれない。だが、今まで外道魔法の使い手による犯罪が多く、その被害は甚大だったと言う事実が存在している以上、なんの制限も設けずにとはいかぬ」


だが、どんな要求をされるのかと待ち構えていたアキラに対して、まずエルザンドの伝えてきたのはアキラに対する要求ではなく、元々アキラが求めていた願いのうちの一つである『外道魔法の使い手が不当に虐げられている状況の改善』についてだった。


これからの話が想定していたものとはズレたことでアキラは僅かに驚いた様子を見せたが、その内容そのものは真っ当なので、アキラとしても当然だなと理解できるために素直に頷いた。


エルザンドの言ったように、外道魔法の使い手というだけでは罪ではないが、それを使って悪さをするものは多い。

それは元を正せば不当な虐げを行なった教会のせいであるとも言えるのだが、実際問題として外道魔法を使った犯罪が多いのは否定できない。

なので、現在存在している外道魔法使いもこれから生まれてくる外道魔法の才能を持った者も、なんの制限も無しに野放しにすることはできない。

そんなことをしてしまえば、悪意を持った外道魔法使いたちは過激に動くだろうし、突然の変化には市民たちもついていくことができず、全く管理されていないとなれば自衛のためと理由をつけて外道魔法使いをさらに虐げることさえあるかもしれない。


「それ故に、外道魔法の使い手と判明したのなら一旦教会にて身柄を預かり、名を魂魄魔法の使い手として改めた後に教会所属の魔法使いとして活動してもらうこととする」


だが、一旦教会で集められるのであれば教会が管理している、と言うことができ、そうなれば市民たちとてそうそう勝手に行動することもない。


もっとも、教会としては女神を降ろすことができたアキラの魔法に惹かれたのだろうが。

アキラの使った神降しの魔法は、外道魔法を使われている。そのため、その魔法を再現するために外道魔法の使い手を集めようとしているのだろうとアキラは当たりをつけた。


だが、もしそうだとしても、教会で利用するために集めているのなら衣食住は確保できるわけで、今までのような不当な扱いは減ることだろうから、今いる外道魔法使いの中でも若いものや、これから生まれてくる者たちにとっては幸せなことだろう。


「こちらとしては、教会の勝手な思い込みによる不当な扱いを無くし、一人でも多くの魂魄魔法の使い手が幸福な道を歩めるのであれば、そして私自身のみの自由を保障してもらえるのであれば、問題ありません」


しかし、そんな外道魔法使いたちにとっては幸せだと思える条件だとしても、正直なところアキラにとってはどうでも良かった。

自分だけまともに暮らせるのは嫌だし、外道魔法使いに対する偏見と敵愾心が満ちた状態ではまともに王女と結婚することもできないから、そう言う環境をどうにかしようとしただけ。

口では一人でも多くのものに幸福を、などと言っているが、そんなことは言ってしまえばついででしかなかった。


「……その誓いを結ぶための条件だが、一つは昨日行なった儀式を我々の目の届くところ以外での使用を禁止する」


そしてその後に続けられるのは、本題とも呼べる内容についてだった。

その内容るそれは、、それを伝えるエルザンドも少しばかり言い淀んだ様子が見受けられたが、それでもそれは一瞬だけのことで、その後にはすぐに調子を取り戻して言葉を続けた。


「二つ、儀式の詳細な術式を提供せよ」


通常であれば術者固有の魔法を提供せよというのはマナー違反であるが、そんなことなど噯にも出さずにエルザンドはそう言ってのけた。


「かしこまりました。こちらをどうぞ」


しかし、アキラとしてもすでにそう言われるのは予想済みのことであったために、わざわざ時間も手間も取られなくてもいいようにと予め神降しの魔法について書き記したものを用意していた。


まさかそんなものがすぐに出て来るとは思わなかったのだろう。エルザンドは軽く目を見張ってアキラの手の中にある紙の束を見つめた。


「これは……」

「私としても、私個人でこのような魔法を秘匿しておいてはならないと判断しまして、本日の話し合いが終わった時点で大神官様にお渡ししようと思い、準備していた次第です」


これは神降しについて書かれたものであって、昨日のアキラが使った魔法とは別物ではあるが、昨日の魔法をそのまま記すわけにはいかないので仕方がない。昨日の魔法を伝えれば、それがただ人形と人間の意識を繋げるだけの魔法だとバレてしまうから。

だが、昨日の魔法と違うとはいえ、神降しの効果については偽りではない。実際にアキラの差し出した魔法を使えば、神を喚ぶことも可能だろう。


「ここに記されている内容に間違いはないか?」

「剣の女神に誓って。もっとも、それを使用できるだけの技量を持つものがいるかは保証できかねますが」


しかし記された術が正しいからと言って、それが実際に使えるのかというと否定せざるを得ない。

確かにアキラの差し出した術はアキラ意外にも魂魄魔法の才能があれば使うことができるかもしれない。だが、それはあくまでも可能性がゼロではない、というだけのこと。そもそもの話として、神に干渉する魔法など、人の身で使えるはずがないのだからおかしな話というわけでもない。


「ふむ……。では、貴殿と同じ技量、最低でもこの術を使用できるようになるまで術者を鍛えよ。それが終わり次第外道魔法を理由に処罰を下すことはなくなるよう取り計らおう」


だが、自分たちが神を喚ぶ、というのは教会のものにとってはとても甘美なものに感じられるのだろう。

本来は神降しの魔法の使用禁止と術式の提供の二つだけであった条件だが、エルザンドはここにきて三つ目を追加することにした。

予めいくつの条件をつけると断言していなかったのだから、それでも約束を破ったことにはならない。

……ならないが、それをどう思い、どう行動するかはアキラの自由だ。


「お断りいたします。私は自由に行動するためにここに来たのです。にもかかわらず拘束されるというのなら、意味はありませんから」


だからアキラは、エルザンドの言葉に大して迷うことなくそう答えた。


普通の術者をアキラと同程度まで育てるとなったら、それは膨大な時間がかかる。何度も何度も、それこそ文字通り命懸けの戦いの中で必死になって鍛えてきたアキラ。

できなければ死に、一から試練をやり直す。そんな常人なら発狂しかねない環境で鍛えたアキラと同程度まで育てることなど、できるわけがない。よほどの才能を持っていたとしても届かないだろう。何せ、どんな才能を持っていても人は神にはなれないのだから。人から神になるほどの研鑽を積んだアキラとは比べ物になるはずがなく、届くはずもない。


だからこそ、アキラと同程度の術者は育てられないし、今回使用した術だって使えるようになるには何十年とかかるだろう。それでは自由になる意味がない。


「……であるのならば、その場合は罪の撤回を取り消すことになるが、それで良いか?」


そんなアキラの答えに片眉を上げて訳がわからないとばかりにアキラのことを見つめるエルザンドだったが、アキラの考えを推測していても仕方ないと思い、脅すことにした。


「ええ」


だがそれでもアキラはまたも迷うことなく頷いた。

罪の撤回を取り消すということは、これからずっと教会に追われることになるし、アトリアとの結婚に関しても面倒なことが出てくるだろう。

だがそれでも、アキラは迷うことはなかった。

どのみち頷いてしまえば一生を教会に拘束されて過ごさなくてはならないのだ。なら、頷くことに意味なんてない。


「…………なんだと?」

「構わない、と申しました。罪に問うのであればどうぞご自由に」

「それがどういうことなのか理解しているのか?」

「逆に聞きますが、理解していないとでも? ですが、おっしゃられたいことも理解はできます。断れば捕まり、自由などなくなる。自由になるために断るのに、その結果つかまって自由が奪われるのなら意味がない。そうおっしゃられたいのでしょう?」


そう。アキラは自由に行動するためにここに来たのに、エルザンドの出した条件を断ってしまえばその自由に行動する権利は手に入らなくなる。

だが、教会の言うことを聞いていても自由に行動できないのなら、アキラにとってはなんの意味もない。

だからこそアキラはエルザンドの出した条件を拒んだ。


それに、アキラにとっては敵視されようが問題なかった。


「ですが、問題ありません。捕まらなければいい」

「なに?」

「逃げさせていただきます」


何を言っているのかわからなそうなエルザンドに対して、アキラは堂々とそう言い放った。

その瞬間、聖堂内部の壁際で待機していた神殿騎士たちが動き始め、扉の前を固めるもの、アキラを囲う者と別れ始めた。


そんな様子を見て、エルザンドは一つ頷くとアキラに話しかける。


「逃げるだと? そのようなことができると思っているのか?」

「どうせ捕まるのなら、逃げた方がいいでしょう? どうせ殺すことはできないでしょうし」


それはアキラを殺してしまっては魔法を教えるものがいなくなり困るだろう? という意味だったのだが、煽っているように聞こえたのか、教会所属の神殿騎士たちは武器に手をかけながら苛立った気配を纏わせ始めた。


そんな騎士たちを一瞥してから、アキラはエルザンドに向き直って口を開く。


「ですが、良いのですか?」

「なにがだね?」

「教会がこんなことをして、ですよ」

「こんなこと? それは一体なにを指しているのだ?」

「外道魔法——魂魄魔法の有用性は示したはずなのに私に押し付けた罪を撤回することなく、あれこれと条件をつけて自分たちの利益を手に入れようと足掻いていることですよ。正直なところ、本当に『剣の女神』を信奉しているのか不思議になるくらい公正さも正義もないように思うのですが、如何思いますか?」


その言葉は、エルザンドだけではなく周囲にいた他の神官たち、それから神殿騎士たちの間に動揺を走らせた。


確かにそうだ。ここにいる者たちは十の神の中でも『正しさ』を象徴としている『剣の女神』を信奉している。そんな者たちが、このような騙し打ちや詐欺のようなことをして、それで本当にいいのかと言われると、はっきりと頷くことはできなかった。

大神官であるエルザンドとて、上に上がりたい、地位を守りたい。そういう願いはあれど、剣の女神に対する信仰があることも嘘ではないのだ。


「——条件を訂正する。教会がアキラ・アーデンの外道魔法の使用の罪を許す条件は、以下の〝二つ〟。一つ、神に干渉する魔法の使用は我々の要請があった場合のみとする。二つ、神降しの魔法の術式を提供する。以上の二つを持って、外道魔法使用に関する罪を取り消すこととする」

「よろしいので?」

「……私とて、これでも神に仕える神官だ」


エルザンドはアキラの問いにそれだけ言うと、背を向けて歩き出してしまった。

そして、アキラは晴れて無罪放免となったのだった。これでこれ以上教会から文句を言われることもないし、公的には外道魔法の使い手だから、と言う理由で虐げられることもない。

裏ではまだまだあるだろうが、少なくとも書類の上、形式の上では問題とされることは無くなったのだ。

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