第145話兄の末路

「──そう言うわけですから、アキラさんには剣の神殿の本部へと来ていただきたいのです」


 アキラが自身の生まれる原因となった男に出会ってから数日、王城のアトリアの部屋にてアキラとアトリア、それから剣の女神を祀っている神殿の聖女であるアーシェがテーブルを囲んで話し合っていた。


 そこではお菓子やお茶を飲み食いしながらの話ではあったが、その内容は至って真面目なもの。それこそ、ともすれば国の今後を左右するかもしれないほどの内容だった。


 それがどんな内容なのかと簡単にいってしまえば、以前アキラがドワーフの国に向かう間に話していたことに関して。つまりは外道魔法の有用性の証明についてだ。

 その証明とは、ここ最近——最近といっても数ヶ月や数年程度の話ではないが、しばらくの間声を聞かせることのなかった剣の女神より神託を授かるということだった。


 剣の女神——すなわちアトリアが生まれ変わる前の存在なのだが、通常であれば一定周期で生まれ変わり、後継を残して死ぬのがこの世界の神というものだ。そして再び神として生まれ変わって、死ぬまで仕事をし続けてまた死ぬ。その繰り返しを行なってきた。


 だが、アトリアの場合はアキラと全力を持って戦ったことが影響し、寿命を早めた結果代替わりを用意することなく死んでしまった。

 その魂自体は完全な死を免れてこの世界にアトリアとして生まれ変わったのだが、『剣の女神』という存在は死んでしまったままだ。それ故に、今まで行われてきた神託は行われず、教会内では不安の声が出ていた。


 その声を再び聞くことができるというのであれば、本来は発見次第処理するべきだと言われている外道魔法の使い手であったとしても、捕まえずに機会を与えようということになったのだ。

 そして、もし本当に外道魔法を使って女神の声を聞くことができ、その有用性や善性を証明できたのであれば、その時は外道魔法の使い手であるアキラを捕まえることなく開放しようと約束していた。


 本日はその証明はどこでいつやるのか。そういったことに関しての話し合いだ。


「本部ねえ……それって隣の国にあるやつだよな?」


 この国にも剣の女神の神殿はある。というか大抵の国には剣だけではなく他の神々を含めた『十神』の神殿が存在しているものだ。


 しかし、およそ三十年ほどの間まったく声を聞くことのできなかった女神の声を改めて聞くことができるようになるのであれば、それはただの一国で終わらせていい話ではなくなる。

 ではどこで、となると、それはやはり教会の本部のある場所で、となるほな自然な流れだった。


「はい。現在は当代の勇者様がお持ちになられているのでありませんが、それ以外は剣の神器を収めてある場所であり、剣の女神様を祀る本拠地です」


 十神はそれぞれ自身の力を込めた道具を人間に渡しているが、それは適合するものがいないと使うことはできない。それ故に、所有者が現れるまでは教会にて保管されているのだが、その保管されているのは各神を祀る教会の本部だ。


「剣の女神ね……」


 しかし、そんなアーシェの言葉にアキラは何だか胡乱げな色を込めて呟き、アトリアの方へと視線を送った。

 それはアトリアが剣の神本人であるからなのだが、視線を向けられた当のアトリアは、そんなアキラの視線を受けてもなにも反応することなく紅茶を口に運んでいる。


「どうかされましたか?」


 そんなアキラの様子を見てアーシェは小さく首を傾げたが、アキラは本当のことを言うわけにもいかないので首を振って適当に誤魔化しの言葉を口にすることにした。


「いや? 剣の女神の寵愛を受けてるとか言われてるアトリア王女様は行ったことがあるのかなと思ってな」

「行ったことですか。もちろんありますよ」

「初めてのご来訪の際に私たちは知り合いましたが、それ以外にも何度かお越しになられていますよ」

「ふーん。剣の女神の神殿に、かぁ……」


 アトリアの正体を知っているアキラからしてみれば、アトリアが剣の女神を祀る教会に行くというのは何だか変な感じがすることだ。

 だが、アトリアは何の反応も見せることなく至って普通にしており、そんな様子を見てアキラは肩をすくめるのだった。


「それよりも、この話はどうするのですか?」

「まあ、いくさ。元々話を持ちかけたのはこっちなんだし」


 元々外道魔法の使い手ということで捕まりそうになっていたところに、アキラが女神の声を聞くことができるぞ、と持ちかけたことで一旦捕縛は保留となり今回の計画がなされた。

 なので、今更話を持ちかけた側であるアキラが断ることはできなかったし、断った場合はそのまま捕まることになってしまうだろうからどのみち断るという選択肢はなかった。


「ありがとうございます。ではその旨を本部へと伝えさせていただきますね」


 アキラが承諾するのは分かっていたんだろう。だがそれでもはっきりと頷いてくれたことでアーシェとしてもかたのにが降りたのか、ほっと息を吐き出した。

 それは仕事をこなすことができたから、という理由もあるだろうが、聖女に選ばれたものとして女神の声を聞くことができるようになる、というのは大事なものだからだろう。


「ああ。……あ、でも明日すぐにってわけにはいかないぞ? こっちも準備とかあるわけだし」

「わかっております。どの程度で出発することができますか?」

「そうだな……」


 つい先日ドワーフの国という長旅に出かけたばかりではあるが、今回のはどうしたって行かざるを得ない。

 そのため、また周りには負担をかけることになるが、それでもある程度はできることをやっておこうと思って、準備を終えるのに必要な時間を割り出そうとしたのだが、そこで横から口が挟まれた。


「一月ほど時間が欲しいのですが、いかがでしょう?」

「……お前も来るのはいいけど……大丈夫なのか?」


 口を挟んだ人物——アトリアはなんてことなさそうに言ったが、アキラはアトリアの仕事が溜まっていたことを知っているだけに再び長期間の遠出をすることを心配せざるを得なかった。

 だが、アトリアはやはり何でもない様子で頷き、答える。


「ええまあ。一月もあればできるでしょう。最初に話を持ちかけたのは私なのですし、貴方の保証人は私なのですから、いかないわけにはいきません。ないとは思いますが、強引な手を使われないとも限りませんし」

「そうですね。その可能性も十分にあります。意見を曲げることのできない人というのは、教会にもいますから」


 一応アーシェは教会側の人物ではあるが、その性根は堕落した政治家のように腐っているわけではなく、聖女の名に相応しい善性を持っているために、『教会の味方』ではなかった。


 もちろん教会に所属しているのであまりにも害であると判断すれば排除のために行動に出るが、アーシェはあくまでも神を信仰する者であって、教会に服従しているわけではないのだ。

 それ故に必要だと判断すれば、それが多少教会に不利になるであろう行動も行うのだった。


 今回の件に関しては、アキラの協力者というのはいない方が教会にとって都合がいいはずだ。外道魔法使いとして処分するにも、神託を授かるのに成功して飼い殺しにしようとするにも、どちらにしてもアキラ一人であったほうがやりやすいことは確かだ。王女を連れて行くことを推奨する、なんてことは教会に逆らっていると言えないこともない。


 だが、それを分かった上でアーシェは自身が正しいと思ったことをするのだった。


「相変わらず教会の人間なのにはっきり言うな」

「教会のものだからこそです。私たちが、正しい事は正しいと、間違っている事は間違っていると言えないのであれば、他の誰もそうしようなどとは思えませんから」


 教会とは神の僕なのだから、という理由もあるが、アーシェの祀っている神が『剣の女神』だからというのも関係しているだろう。何せ『剣』は『正義』や『正しさ』といったものを象徴しているのだから。そんな意味を持つ象徴の神を祀っているにもかかわらず、正しい事をしない、というのはアーシェにとってできない話だったのだ。


「話を戻しますが、流石に一月も待たせる事は難しいかと思います」

「やはり、そうですか」


 一月、と提案したアトリアだったが、その願いが聞き入れられるとは思っていなかったので、アーシェの返答に素直に頷いた。


「はい。あなた方が出かけてしまったので仕方ありませんが、これまでも二月も待たせてしまいましたし、これから時間を稼ぐとしても二週間が限度でしょう」


 ドワーフの国に出かける前に話した内容なだけあって、アキラたちが向こうの国に滞在している間にも話は進み、結構な時間が立っていた。

 その時は事情があったがために仕方がないと思われていたが、今は特に予定もなく国に待機しているだけなので、その状態では流石に時間を稼ぐことは難しかった。


「仕方ありません。それでお願いします」

「それでって、お前、一ヶ月は仕事が溜まってるって言ってなかったか?」

「言い出したのは私ですし、先ほども言った通り、ついていかないわけにはまいりません」


 だがそれは言っても彼女の溜まっていた仕事の量を知っているだけに、アキラは少しだけ心配そうに顔を歪めた。


「大丈夫です。元々私なければならない仕事ではないのですから、彼らならやってくれます」


 と、アトリアは以前よりも柔らかくなった表情で誰かに押し付ける気満々の発言をして笑った。


「では、二週間後を目安に準備していてください。ですが、もしかしたらそれよりも早くの出発となるかもしれませんので、それはご了承ください」


 そう言ってアーシェはアトリアの部屋を出ていき、それから少し遅れてアキラも部屋を出ていった。


「にしても、こっちに戻ってきたら一度は実家に帰ろうと思ってたんだけどな……ん?」


 だが、そんなことを呟きながら王城から出ようと歩いていると、馬車を置いてある場所に向かう途中で人の姿を発見した。


「あれば確か……」


 その人物らは四人ほどで集まっており、そのうちの一人は顔見知りであった。アキラとしては顔見知りになりたくなどない存在ではあるが。

 つまり、血縁上の兄が待っているのだった。


(明らかに誰かを待ってるよな。で、こっちを睨んでることと併せて考えると誰を待ってるかって言ったら……)


「おい、止まれ」


 まあそう来るよな、と内心でため息を吐きながらも、アキラは表面上はそれを出すことはない。出してしまえばそれによって何か難癖をつけられてしまうからだ。


 故に、待っていた男——ダグラスの言葉を受けて僅かに悩んだ。


(しかしどうしたものか。止まるか止まらないか。でも止まらなかったところで結局は止められるだろうし、素直に止められてやるか)


「はい? どうかされましたか?」


 そしてアキラは見た目の上ではにこやかに笑いながら、下手に出て丁寧に対応することにした。


「はっ! 平凡な顔立ちにみすぼらしい体。これのどこがいいんだか……」


 が、そんなアキラに帰ってきたのは見下し、侮蔑するような言葉だった。


(みすぼらしい? まあ確かに年齢にしては頼りない体だけど、それは魔力の影響だって理解してないのか? と言うか最近は体の中に留めてある魔力の量を減らしてるから前よりも成長してるし)


「貴様に一つ忠告してやろう。王女との婚約を破棄せよ」

「は?」

「ダイン侯爵家の者とつながりを作るのであれば、貴様などよりも私の方がふさわしい。半分は我が家の血を引いているようだが、半分は薄汚い平民のもの。貴様にできた事ならば私にもできるに決まっている。故に王女を手に入れるのは私の方がふさわしいのだ」


(ダイン侯爵って、やっぱりか……今度はこいつかよ。でもこいつ……バカか?)


 アキラは先日自分のところにやってきた血縁上の父親のことを思い出したが、今度はまた随分と直接的だな、と呆れてしまった。


「おい、さっさと返事をしろ。この私を待たせるつもりか」


(後継がこれとか……大変だな。どうでもいいけど)


 ダグラスはアキラが答えないことで苛立ったように答えを催促するが、アキラの答えなど最初から決まっていた。


「お断りします」

「……なに?」

「断ると言ったのです。……それでは失礼させていただき──」


 王女との婚約について断るつもりなどない。故に考える間も無く答えたのだが、それが気に入らなかったのだろう。ダグラスは剣を抜き放ち、なんの予告もなくアキラへと振り下ろした。


 だが、当然ながらその程度の攻撃はアキラも避けることができた。

 しかし、避けられたからといって切りつけられたことを不快に思わないわけではないし、なかったことにできるわけでもない。


「なんのつもりでしょうか?」

「はっ、決まっている! 偶然手に入れた地位で自信が強くなったと錯覚している愚か者に現実を教えてやるだけだ」


(それはお前だろうに。親の地位を自分の力と錯覚してるバカ野郎が)


 一度は大会で戦い、そして負けたことがあるはずなのに、それでもダグラスはアキラは自分の格下なんだと思い込んでいた。


「偶然ではなく実力そのものですが、試合で理解できなかったのですか?」

「……げ、外道魔法を使ったのであろう? 戦いの様子など、見ているものたちに幻を見せたに決まっている。私の時とてそうだ。何かしたに決まっているだろ」


 アキラの使う魔法は相手に幻を見せたり錯覚を引き起こすことのできる外道魔法だ。だからこそ、ダグラスはあの試合は実力で負けたのではなく何か卑怯なことをされて負けさせられたのだと思い込んでいた。思い込むしかなかった。出なければ、自分は庶子であるアキラよりも劣ることになってしまうのだから。


 だからそれを認めないためにもダグラスは——


「所詮は下衆な女の汚らしい腹から出てきた者。魔法だけではなくその性根まで腐っているに決まっているではないか。我が父を誘惑した売女と同じくな」


 ——そう口にした。


 だが、それは言ってはならなかった。他の言葉であればよかった。他の事柄に対してであればまだ希望はあった。

 だが、それだけは……母親を侮辱することに関してだけは、してはいけなかった。


「そうか。なら──狂っとけ」


 そう言った瞬間、アキラは禁止されているはずの外道魔法をためらうことなく発動し、自身の視界の中にいる〝三人〟へと魔法をかけた。


「『破滅の道』」

「へああ?」


 破滅の道、などという大仰な名前に対して、起こった効果は大したことはなかった。

 精々が間の抜けた声を漏らして意識を失い、その場に倒れ、そして股間を濡らすくらいだ。まあそれでも、往来がさほどない中とはいえ貴族としては十分な恥ではあるのだろうが、やはり名前負けしている気がしてならない。

 しかしアキラはそんなことを気にすることなくダグラスだけを見つめている。


「俺の『家族』を笑ったんだ。一人として赦しはしない」


 アキラは同じ魔法をかけるために魔法を準備していくが、今度は先ほどよりもゆっくり構成していった。それこそ、ダグラス程度であろうと何をしているのか理解できるように。


「げ、外道魔法? ……こ、こんなことをして許されると思ってるのか!?」


 突然気を失い股間を濡らすことになった仲間を見たからか、ダグラスは慌ててアキラへと語りかけるが、アキラはその言葉を一蹴する。


「お前らの許しなんていらない。それに、安心しろ。俺がやったって痕跡を残すような事はしないから。それじゃあ──」

「ま、待て! 待ってくれ! ふざけるなよ! どうして私が」

「『破滅の道』」

「そんなああふ……」


 アキラが魔法を発動するや否や、ダグラスは先程の三人と同様に最後には気の抜けた声を漏らして意識を失い、その場に倒れ込んでしまった。


「さようなら。名前も知らないお兄ちゃん」


 アキラはそう言いながらその後に待っているであろう効果と、それが及ぼす結果を思って、暗い笑みを浮かべて見下してからその場をさっていった。

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