第143話剣の完成

「ゔぁあああ……」


 アンデッド騒動の翌日、アキラは宿の一室にてベッドに転がりながらうつ伏せになって自信がアンデッド化のような声を出しているが、部屋の中にはアキラ一人しかいないというわけではない。


 昨日騒ぎがあったばかりだというのに、今日もなぜか当然の如く王女であるアトリアはアキラの部屋にやってきていた。


 アキラの態度は皇女を迎えるにはとてもふさわしいとは言えない格好だったが、二人にとっては今更その程度で何かを言うようなことではないので特に問題にはならない。

 強いていうのであれば、侍女達もいるのでそちらは思うところがあったが、教育が行き届いているからだろう。特に何かを言うことはなかった。


「そんな情けない声を出してどうしたのですか」


 アキラの部屋にやってきたアトリアは手を動かして手元の書類に何かを書き込んでいたのだが、アキラの声を聞くと手を止めてアキラへと視線を向けて仕方なさそうにそう言った。

 だが、それもわずかな時間のことで、すぐに再び手元に視線を戻すと手を動かし始めた。


(……俺がこんな声を出してるのもお前のせいだけどな。……ハァ)


 外道魔法を使って記憶の改竄をするのをやめろとアトリアが止めたせいで、あの後アキラはナバル達に見つかってから大変だった。具体的には、なぜかアキラが神の御使いと言うことになっていたりもしたし、外道魔法の使い手ということで罪人扱いや犯人の仲間扱いをされることもあった。


「昨日のあれはなんでだ?」


 思い出すだけで疲れが戻ってくるような周囲の反応を思い出し、そんなことになった原因と言えるアトリアに問いかけた。あの時アトリアが止めなければ、アキラは街の者達の記憶を操作して地震とは全く別の者がなんとかしたと誤魔化すつもりだった。

 だがそれはアトリアに止められてしまった。


 もちろんあの時に言われた言葉の内容は理解しているし、一応の納得はしたからこそアキラも魔法を使っての記憶の改竄はやらなかったのだ。


 だが、今になって考えてみるとどうにもあの時の言葉だけではなかったように思えたのだ。

 だからこそ、アキラは改めてなぜあの時止めたのかをアトリアに聞いてみることにした。


「楽しくありませんでしたか?」

「はぐらかすなよ」


 手を止めないまま冗談を言うかのように軽く言ってのけたアトリアに対して、アキラは体を起こしてベッドに座り直しながらアトリアのことを見つめて言った。


 真剣な様子のアキラを見て、アトリアは動かしていた手を止めるともっていたペンを置き、侍女達にお茶の用意を命じてからアキラに席を勧めた。


 誘いを受けたアキラはアトリアに勧められたように席につき、二人は向かい合った。


「……まあ、言ってしまえば結婚のための布石、と行ったところでしょうか? 他国であっても外道魔法の評価を上げることができたのなら、それが役に立つことがあるかもしれません。それに、今回の件で武具などの輸入についても有利に進められるでしょうし、そうなったらもう一つ爵位が上がるかもしれませんね」

「それが理由か……」


 アキラの外道魔法は、その効果のせいで外法や邪法として嫌われている。それは王女の婚約者となった今でも変わらない。

 だが、そんな嫌われ続けている外道魔法であっても、使い方次第では人を救うことができるのだと知らしめることができ、待遇を改善させることができるのであればいいなと考えたのだ。


 そして、そんな考えとは別にもう一つ考えがあって、王女の婚約者であるアキラが活躍したのであれば、それは国にとってプラスに働くだろうと考えたのだ。国の危機とも呼べた状況。それを他国の王女の婚約者が片付けたとなれば、お礼を言っておしまい、と言うわけにはいかない。

 ドワーフ達との取引はどの国にとっても重要なことで、多少の優遇が大きな利益となることは珍しくもなんともない。

 今回の件で、その『多少の優遇』の約束を取り付けることができたのなら、それはアキラにとっての功績となる。

 それどころか、ただの功績として褒められて終わりではなく爵位を上げることすら可能になるかもしれない。何せ国を救ったのだ。爵位一つというのはむしろ報酬としては少ないだろう。


 だからこそ、アトリアは人々の記憶を書き換えることを良しとせず、アキラに今回の功労者だと目立ってもらう事にしたのだ。


 アキラが魔法を使うのを止めたのはそんな考えがあったから。

 だが、利益や損得についての考えではないが、アキラを止めたのにはもう一つ理由があった。


「それに……好きな人が不当に貶されるのは嫌ではないですか」


 そう。結局のところはそれが一番の理由だった。自身の愛するものが外道魔法の使い手だからと不当に扱われ、忌避される現状が気に入らない。だからどうにかしたい。ただそれだけだった。

 どちらかというと他二つの理由はどうでも良く、いわば後付けだ。


「そうか………………ありがとう」

「ふふっ。ええ」


 アトリアの答えにアキラは目を丸くした後に顔を逸らして恥ずかしそうに礼を言い、アトリアはそんなアキラを見て楽しそうに笑った。




「ニッグさん。ご無事ですか?」

「アキラ!」


 その後、ずっと部屋にこもっているのもなんだろうということで、知人の状況確認を兼ねてアキラはアトリアと共に外に出て行くことにしたのだが、そうしてやってきたのはニッグの店だった。


 戦闘で破損した箇所はあるものの、まだしっかりと建物としての役割は果たせそうな店の様子を見てアキラは声をかけてみたのだが、アキラが声をかけるなりすぐにニッグが大声で答えながら姿を見せた。


「お前こそ、無事みたいだな!」

「まあ、なんとか」

「なんとか、か……はんっ。話は聞いてるぞ。活躍したみてえだな」


 その言葉でアキラは自身がどのような存在なのかニッグが知っていることを理解し、ぴくりと眉を動かした。

 そして、アキラは少し戸惑った後に静かに問いかけた。


「……ニッグさんは俺が外道魔法の使い手だとわかってもなにも言わないんですか?」

「あ? ああ。知ってたさ。つーか当然だろ。最初にあんな幻を見せられたんだ。わからねえ方がどうかしてんぜ。だが、そんなんは関係ねえ。お前はお前だろうが」

「…………ありがとうございます」

「おう」


 言われてみれば当然のことではあったし、アキラもその時はバレる危険性を考えていた。だがその後に何も反応の変化がなかったことで、ニッグは外道魔法について気づかないんだと思っていた。

 だが、実は気づいていて態度を変えずに接していたのだと理解し、そんなニッグの態度が嬉しくて、有難くて、アキラはまたも恥ずかしそうに顔を逸らして礼を言った。

 そんな光景をアトリアは嬉しそうに微笑っていた。


「……ところで、剣はどうなっていますか?」

「んお。ああ、こっちに来い」


 恥ずかしさを誤魔化すために話題を変えようとしたアキラ。ニッグはそんなアキラの考えを知ってかしらずか、思い出したように頷くとアキラに背を向けて工房の奥へと進んでいき、アキラはその後をついて歩き出した。


「これが完成した剣だ」


 そうして工房の作業場に着いたアキラ達だが、アトリアにはニッグから一振りの剣を渡された。

 装飾はさほどないが、それでも鞘も柄も一級品だとわかるような造りがされており、それは前回渡されたものよりも上等なものに見えた。


「抜いてみても?」

「ああ」


 剣を抜かずにいる状態でも感心するほどだ。では剣を抜いたらどうなるのだろうと、アキラはワクワクとしながらアトリアが剣を抜くのを待った。


 だが、剣を抜いて自身の顔の前に掲げたアトリアを見て、アキラはなんの言葉も発しない。

 いや、発せないのだ。作りそのものはシンプルな直剣であったが、その剣身から放たれる圧は前回渡されたものよりも数段上。

 それだけに、この剣に対して何かいうのはそれだけで無粋な感じがしてしまい、何も言葉を発することができなかった。


 そして、アキラもアトリアもニッグも、誰も何も言わないまま、アトリアは剣を鞘に収めた。


「どうだ?」

「凄いですね。一度目の方もいい剣でしたが、これはその上ですね」

「ったりめえだろ。やり直しなんてさせてもらったんだ。半端なもんを作れっかよ」


 なんでもない風な口調でニッグはそう言ったが、それでもアトリアという最高の剣の使い手に褒められたことは嬉しいのか口元がニヤケている。


「お前の目で見てどうだ?」

「良い剣だと思いますよ。これ以上となると、聖剣くらいではないでしょうか?」


 アトリアは現在手に持っている剣を聖剣と比べるが、それにわずかに劣る程度のものだと評価する。

 やはりさすがは聖剣というべきか、あちらは人ではなく神が作っているだけあってその性能や美しさは人造の剣とは違うのだ。


 だが、アトリアにとっては最高とも言える褒め言葉であったにも関わらず、ニッグの表情はすぐれない。


「聖剣か……一度見たことがあるが、アレには勝てないのか?」

「あれは神としての力の塊と言ってもいいものです。アレを超えるとなると、剣を打つという一点においてのみであったとしても神と同格か、限りなく近くならなければできませんよ」


 剣の神として在った頃に自身で作っただけあって、アトリアはその性能を知っており、当たり前のようにそう言い放った。


「でも、その言い方だと不可能ではないのか?」


 だが、それを聞いてニッグはどこか悔しげな表情になったが、アキラは何か思うところがあったのかそんなふうにアトリアに問いかけた。


「才と環境と運に恵まれ、努力を怠らなければ不可能ではありません」

「そうか。……だそうですよ」


 アキラはアトリアの答えに頷くと、今度はニッグに視線を向けて声をかけた。


 そんなアキラの言葉を受けてニッグは一瞬何を言われたのか理解できずに瞬きをすることになったが、その言葉の意味を理解すると怪訝な表情になった。


「だそうですって、おめえ、まさか俺に神器を作れって言ってんのか?」

「できませんか?」

「できねえっつーか……」


 アキラの言葉にニッグは眉を寄せながらガシガシと頭をかいた。言葉を濁してはいるが、無理だと思っているのだろう。だが……


「やる前から諦めることに、あなたの誇りはなにも思わないのですか? できないかもしれない。だとしても、それでも挑み続けるのがあなただと思ったんですが、違いましたか?」


 アキラはそんなふうに挑発でもするかのようにニッグに問いかけた。

 普通なら無理だと思うのは当然だろう。何せ神器だ。神様と同格の鍛治の腕にならなければ作れないと言われたばかりのそれを作れるかと言ったら、誰だって首を振るだろう。だが、それでもアキラは問いかけ……


「……はっ、会ってから一月も経ってねえガキがぬかしやがる」


 ニッグはその挑発に応えるように笑ってみせた。


「次来たときに、とは言わねえ。それほど楽なことだとは思っちゃいねえからな。だがよ、俺が死ぬまでの間に、神器を完成させてやるぜ」

「楽しみにしています」


 そうして約束を交わしたアキラは、アトリアへの——王女への贈り物を受け取り、ニッグの店を後にした。




 それから数日後、いつもの如く、と言ってしまえるほど馴染んだ様子でアトリアはアキラの泊まっている部屋で寛ぎ、アキラもアキラで婚約者でありお姫様であるアトリアを放っておいてベッドに寝転がりながら本を読んでいた。


「もうこちらに来てだいぶ時間が経ちましたが、これからはどうされるんですか?」


 そんなまったりとした中、ふと思い出したかのようにアトリアはアキラへと問いかけた。


「ん、そうだなぁ……一応やるべき事は終わったし、もう帰ってもいいんだよな」


 今まではなんとなくアトリアが一緒にいたので、そちらが終わるのと同時に帰ろうかな、と無意識のうちに考えていたが、実際のところはアキラはもうやることなどないので帰っても問題はなかった。


「そうですか」

「そっちはどうなんだ? 話し合いってのはうまく行ったのか?」

「ひとまずは成功と言って良い結果になったかと。輸出量を以前のように戻す事はできないが、今より多くするという事で落ち着きました」


 アトリアは、当初この国に来た目的である金属製品などの輸出についての話し合いを行っていたのだが、それは本来なら無駄に終わるものだと思っていた。何せ国の運営に関しては全て王の了承がなければ変えることができないという決まりがあり、現在は王死亡していて不在なのだからいくら言ったところで変わるはずがないのだ。


 だが、アトリアの場合は少々事情が違った。アトリアの婚約者であるアキラがアンデッド騒ぎを収めたという『恩』があるために、多少規則を曲げてでもその恩に応える必要があったのだ。

 そのため、多少の騒ぎはあったものの、結果としてはアトリアに利のある結果に終わったのだった。


「ですので、帰ろうと思えば帰ることができますよ」

「できますよって、一緒に帰るつもりか?」

「いけませんか? むしろ、ここに一緒にいるのですから、共に帰らない方がおかしいと思いますが?」

「……まあ、それもそうか」


 アキラはアトリアが買えるタイミングで帰るつもりだったが、それは一緒に帰る、というわけではなかった。それは特に理由あってのことではなかったが、婚約者ではあるが正式に結婚しているわけではないので、別々に帰ることになるんだろうな、と漠然ながら考えていただけだ。


 だが、確かに今まで一緒に行動してきたのだから、ここで別れて一緒に帰らないというのもおかしな話だ。そう考え直すと、アキラは納得したように頷き、アトリアもそんなアキラの様子を見て頷いた。


 そして翌日には準備や知人への挨拶——と言ってもアキラは知人などほとんどいないが、それらを終わらせ、そのさらに翌日には自分たちの国へと戻っていった。




「やっと戻ってこれたな」

「そうですね。やはり、誰かとどこかに出かけるというのはいいものですね」


 数日も続く行程を終え、アキラ達は自分たちの国へと帰ってきていた。

 しかし、アキラは本人が言っている通り「やっと」と言った様子だったが、アトリアはそんなアキラとは違って言葉通り楽しそうなものだ。


「馬車に乗ってるだけだったろうに」

「それでも、ですよ。仕事のために動き続けた一万年に比べれば、多少やることがない程度なら苦痛でもなんでもありませんから」


 ドワーフ達の国から帰ってくる間、基本的に二人はやることもなくただ馬車に乗っているだけだった。

 アトリアは一応書類仕事をこなしながらではあったが、それもさほど量があるとは言えなかったので、忙しいというほどではなかった。正直に言ってしまえば、退屈だった、というのがアキラの感想だった。


 だが、そんな時間であっても神様としてただひたすらに休むことなく、自己というものを表に出すこともなく淡々と仕事をし続けてきた時間に比べてしまえば、婚約者と一緒に他愛無い話をしているだけの暇な時間、というのも良いものに感じられた。


 それからは二人とも黙って静かに街の中の様子を眺めていたのだが、馬車が城に近づくにつれてアトリアの纏う雰囲気が暗いものへと変わっていった。

 そんなアトリアの様子を察したアキラは何事かと考えたが、心当たりに思い至ったので聞いてみることにした。


「行きの旅に二週間。帰りの旅に二週間。向こうでの滞在が三週間。大体二ヶ月近くも離れてたわけだが、平気だったのか?」


 心当たりとは、つまりは仕事だ。アトリアは王女としてもそうだが、それ以外にもそれなりの仕事をしていたので、事前に調整はしておいたのだとしても長期間開けるとなるとその後始末というか、処理が大変だろう。


「…………まあ、なんとかなるでしょう」

「本当か? なんか心配になる答えだったが?」

「もとより、王女として他のものよりも仕事が多かったのです。あなたと結婚してしまえば私も城を出ていくわけですし、ちょうどいいでしょう。これを機に少しずつ仕事を減らすことにします」


 確かに結婚してしまえばアトリアは城から外に出て行くのだから、今までのように仕事をし続けるということはできなくなる。なので、今のうちから引き継ぎをする、仕事を減らすというのは正しいことだ。


 だが、結婚する、とあらためて言葉にされると、アキラとしてはなんとも面映い感じになってしまい、ふいっと顔を逸らした。


「結婚、ねぇ……」

「今更嫌だとでも言いますか?」

「いや、そうじゃなくてさ。なんていうのかな……実感が湧かないっていうか、なんか先が見えないんだよな。再会することだけを目標にしてきたし」

「ああ。それは私もそうでしたね。ですがこれからは先のことも考えなければなりませんよ」

「……ふぅ、そうだな。する事、したい事、しなければならない事、いろいろあるからな……」

「ふふっ。では、なにをすればいいか、なにをしていきたいか一緒に考えていきましょうか」

「一緒にか」

「ええ、一緒に、です」


 アキラとアトリア、言った者と言われた者はどちらからともなく顔を逸らした。

 その顔は恥ずかしがるように赤く染まっていたが、口元には嬉しそうに笑みが浮かんでいた。

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