第141話アンデットの群れ

「騒がしいな」


 アトリアと共にアンデッドの出現する廃坑に向かい、その日のうちに犯人を見つけて街へと帰ってきたアキラたち。

 その日から数日、アキラたちは街を出歩いて観光をしていた。朝起きて朝食を取り、アトリアと合流してから観光をし、適当なところで別れてそれぞれの止まっているところへと戻っていくというのが数日間の流れだった。

 だが、今日はいつもとは違っていた。すでに日は沈み、夜といってもいい時間だ。だというのに、まるで外はお祭り騒ぎのように大声が聞こえる。いや、これはただの大声というよりは悲鳴に近いものか。


 そんな騒がしくするような行事などなかったはずだと考えたアキラは改めて記憶の中を探るが、やはり原因は思い当たらない。


 なら、予定にない何かが起きたのだろうかと窓を開けて外の様子を確認してみる。すると……


(これは……)


 窓から覗いた外の様子は、混沌としていた。逃げるものや武器を持つもの、叫ぶもの。中にはその辺に落ちている様な角材を手に持っているものもいるが、その様子は一様に誰か、あるいは何かが攻め込んできたことを示していた。そしてその相手である誰かとは……


「アンデッド?」


 そう。街中にはアンデッドが溢れかえっていた。溢れかえる、と言っても街を埋め尽くすほどではない。精々が数メートルから数十メートルおきに存在しているだけ。だが、それでも以上なことだった。何せ街には外部から魔物が侵入しないように壁があり、壁の内側で発生するアンデッドの元となり得る死体は全てが適切な処置を行われてから、魔物化しないことを確認してから埋められる。それでも多少の取りこぼし——例えば路地で死んだまま放置されたなどはあるが、これほどの数が出てくるのはありえない。それも同時にとなるとどう考えてもおかしい。


 故に、アキラはこの事態を誰かが行った人為的なものだと判断した。


「とりあえず、あいつのところに行くか」


 ひとまずは婚約者の安全を確認……するまでもないだろうが、それでも、と思いアトリアの滞在している城へと向かって走り出した。


「こんばんわ。先程ぶりですが、ようやくきましたね」


 道中でアンデッドを処理しながら足を止めることも速度を落とすこともなく白までやってきたアキラだが、すでに城の前には武装した状態のアトリアが立っていた。


「随分と落ち着いてんな」

「私には危険はありませんし、あったとしてもどうとでもなりますから」


 アトリアはなんでもないことのように言ったが、まあそうなるだろうな、というのがその場にいたアキラと、それからお付きのメイドたちの感想だった。


 純粋な技量だけでドラゴンを切り裂くような化け物相手に高々凡庸なアンデッド如きが叶うはずがないのだ。怪我をさせることができれば大金星だろう。

 それがわかるからこそ、アキラはアトリアの言葉をに呈することはなく、ただ苦笑を返すことしかしなかった。


 それよりも、とアキラは軽く首を振ってから思考を切り替える。


「戦ってくれって言われたりはしないのか?」

「これでも他国の王女ですよ? 本当に追い詰められた状態ならまだしも、まだ始まったばかりのこの程度の状況で頼んで来ると思いますか?」

「ああ、それもそうか。でもなんでここにいるんだ? 避難しろとかは……」


 他国の王女に戦に参加しろなどと言えるはずがないというのは理解できる。だが、そうであればなぜアトリアはこんなところに武装した状態で立っているのかわからなかった。普通はどこぞへと隠れていろと指示があるものではないだろうか。


「ちょうど来たみたいですね」


 とアキラが思っていると、アトリアは背後へと振り返った。アキラも釣られてそちらをみると、鎧を着た兵士だか騎士だかがアトリアに向かって駆け寄ってきていた。


「アトリア王女殿下! このように慌ただしくしてしまい誠に申し訳ございませんっ。ですが、現在は非常事態につきご容赦ください」

「ええ、わかっています。それで、何が起きているのですか?」

「はっ、現在この街の外壁の外側にある坑道付近にて、大量のアンデッドが街へと進軍しております。それと同時に、街中に突如できた穴から這い上がってきております。つきましては、王女殿下には万が一に備えて避難していただきたく」


 進軍と同時に内側への奇襲。確かに効果的だろう。普通なら奇襲部隊の負担が大きすぎるため、人的損害を避けるためにそんな無茶な作戦は行わないだろう。

 だが、せめてきているのはアンデッド。すでに死んでいる以上その者らについて心を砕く必要はないし、壊されたところで惜しむものでもない。それ故に、どれほど無茶であっても躊躇わずに侵入を命じることができたのだろう。そしてその効果は絶大だった。


(だが、誰がそんなことを? 当たり前だが俺ではないし、アンデッド事件の犯人は先日捕まえたはずだ……一人じゃなかった?)


「進軍といいましたが、誰かが指揮をしているのですか?」

「それはわかりません。ですが、その動きにはまとまりがあります。本来は発生地点周辺で動いているだけのアンデッドにしてはありえない行動です。なので、我々は今回の件に首謀者がいると判断しました」


 今回のように作戦だった行動は明らかに人の手が入ったものだ。ただ生者の後悔や無念などの残り滓だけで復活したアンデッドがこんなに頭を使った行動をするはずがないし、そもそもこれほど大量に、同時に生まれるわけがないのだ。誰かが関わっていると考えるのは当然だろう。


 そして先日アンデッド騒ぎの犯人を捕まえたのに今日もまたこんなことが起こっているのであれば、先日は捕まえることのできなかった仲間がいた、ということになるだろう。


「なるほど。では先日捕らえた者以外にもいたということになりますか」

「おそらくは」


 そんなアキラの考えは他の者たちも同じようで、裏に誰かがいる、というのが共通の認識となった。


 そしてアトリアは兵士たちからアキラへと振り返ると、無表情にどこか自慢げな——いわゆるドヤ顔(ほとんど変わっていない)をしながら口を開いた。


「ほら、やはり敵はあの者だけではなかったのです」

「みたいだな。あれで終わってくれると楽だったんだが……」


 しかし、アキラはアトリアの言葉に応えたことで、ふとあることに気がつき顔を顰めた。


「って事は、今回のこれって俺たちの不始末か? 不味くないか?」


 もし自分たちが敵の残りを処理し損ねたからこのような事態になったのであれば、それは不始末どころでは済まないのでは、と思ったのだが、そんなアキラの言葉にアトリアは首を横に振って答えた。


「いいえ。こう言ってしまってはなんですが、これほどのことが起こるまで放置していたこの国が悪いのです。私は立場が特殊なので難しくなりますが、普通の冒険者が魔物の討伐を行い、その結果その地の魔物の強者のバランスが崩れて人里を襲うようになったとして、それは冒険者がいけないわけではありません。あなただって依頼を受けてあの行動に入ったのでしょう?」

「まあそりゃあな。確か内容は異変の調査と、できることならその排除、だったかな」

「ええ。ですので今回のこともそれと同じ。異変の調査と、できることならば排除を依頼と出していた冒険者組合と、異変があると知りながら放置していた国が悪いのです。私たちが先日首謀者の一人を倒して拠点を押さえなければ、もっとひどいことになっていた可能性があります。感謝しろ、とは言いませんが、それでもこちらを恨むのはお門違いというものですよ」


 確かにアトリアのいうことももっともではある。今回はアキラたちに犯人の一人が捕らえられたことで犯人たちの計画が早まったのかもしれないが、国も組合も今回の騒ぎの犯人について今まで何もわかっていなかったのだから、あのまま放置していた場合はもっと酷いことになっただろう。

 それを考えるとアキラたちのおかげで『最悪』は起こらなかったとも言える。


 仮にアキラたちが敵を倒したせいだと言われたのだとしても、それでアキラたちが罰せられるありえない。

 依頼の魔物を倒したから影響が出て文句を言われた。だから倒さなくなった、なんてことになったら、今度は冒険者が倒さなくなったことで影響が出てくる。なので冒険者組合は色々とそういった釣り合いが取れるように考えて依頼を出すものだ。今回の場合はアキラはしっかりと組合で出された依頼を受けて敵の排除を行なったのだから、アキラが咎められたり罰せられたりする道理はなかった。


「まあ、そうは言っても関係していないというわけでもありませんし、ここでおとなしくしていても迷惑になるでしょうから避難するとしましょうか。あなたはどうしますか」


 どうやらアトリアは一応の武装をしているものの、それでも他国の問題に自分から首を突っ込むつもりはないようだで避難することを提案してきた。腰の剣に手を置いてカチャカチャと鯉口を切ったり戻したりしているが、それでも少なくとも今は参戦するつもりはないようだ。


「そうだなぁ。じゃあ俺も……」


 アキラもどうしても戦いたいというわけではないし、戦わなくてはならない理由があるわけでもない。

 それに、ないとは思っているがアトリアの元を離れてもし彼女に何かあったら、と考えるとあまり離れたいとは思えなかった。


 だが、そう思って一緒に避難しようと口を開いたアキラだが、その言葉は途中で止まってしまった。

 そして、アキラは首を横に振りながら答えた。


「いや、いい。ニッグのところに行くよ」

「ああ。万が一にでも死なれてしまってはまずいですからね」


 アキラの言葉で、アキラがどうしたいのかを一瞬で理解したアトリアはアキラの言葉に頷いた。アトリアとしても、この騒ぎで自身の剣を作っている職人が死んでしまうのは惜しいと思ったので特に止めることもなく頷いた。


「では私たちは避難しますが、あなたも来たくなったら来てくださって構いませんよ。私の名前を出せば入れるようにしておきますから。それから……魔法を使いたければ好きにしてくださって構いません。私が許可します」


 アキラの使う外道魔法は、今回のように死者を操ったりするのみならず生者を操ったりその記憶や思考を書き換えることができてしまうため、基本的に使用は禁じられている。だが、アキラのように王女の婚約者であり、アトリアという王女本人から許可が出ているのであれば例外だ。

 だが、ここでアトリアが魔法を使ってもいいというということは、そうなるだろう事態を期待しているということでもある。アキラが参加しなければならないほど戦いが広がるのを期待しているのではなく、アキラが自分から首を突っ込んで戦いを終わらせにかかるというある種の英雄譚のようなものを期待しているのだ。


「それでは行きましょうか。案内をお願いします」

「……あいつ、面白がってるな」


 それがわかっているからこそ、アキラはアトリアが兵士の後をついてその場をさっていった後にため息まじりに呟いたのだった。


「ともかく、ニッグのところに行くか」


 そうしてアキラは戦うかどうかは後回しにして、ひとまずはニッグのところへと向かうために走り出した。


「ニッグさん。いますかー?」


 そして店にたどり着いたアキラはそこにいるであろうニッグに呼びかけたのだが、返事は一向に帰ってこない。もしやすでに襲われたのかと思って調べてみるが、建物内には人の反応があったので生きているようだと安堵した。

 だが、返事がなかったのは事実なので、アキラはもう一度呼びかけて、それでもダメなら悪いが中に入らせてもらおうと思い、再び口を開けた。


「……。ニッ──」

「おいっ」

「あ、いましたか」

「こっちこい。早くっ」


 だが、アキラが二度目の呼びかけをする前に建物の奥からニッグが顔を見せ、小声で叫んでアキラのことを手招きした。


「どうしたんですか。そんなに慌てて?」


 そんなニッグの様子にアキラは疑問を抱きながらも、素直に従って建物の奥へと進んでいった。


「お前、状況がわかってねえのか? 何千ものアンデッドに街が囲まれてんだぞ!?」

「ああ、そんなに居たんですか。思ってたよりも多いですね」


 街の外に群れが現れたとは聞いていたが、それほどの数が集まっているとは思っていなかったアキラ。

 だが、アキラからしてみれば数千など、〝その程度〟と言ってしまっても構わないくらいの数でしかない。

 これが他の魔物であれば多少は面倒さを感じたことかもしれないが、アンデッドが相手となったらそれが数体であろうと数万体であろうとアキラにとっては等しく相手ではない。何せアキラはアンデッドを操る外道魔法——魂魄魔法を司る神としての力を持っているのだから。


「おまっ! 多いで済むもんじゃねえだろ!」


 だが、そんなことを知らないニッグはアキラの呑気さを勘違いして小声ながら怒鳴りつけた。


「ああまあ、一般の人からして見たらそうかもしれないですね」

「一般の人って……いや、そういえばお前は剣の姫と戦えるくらい強かったんだな」


 アキラの態度を見て、健の腕に自信があるからだと勘違いしたニッグだが、アキラはその点を訂正したりはしないで話を進めることにした。


「ですね。ニッグさんは……」

「俺も多少は戦えるが、そりゃあ一対一でならって話だ。何千となったら、隠れてるしかできねえよ」

「ですか」

「おめえはどうすんだ? 戦うのか?」

「どうしようかって感じなんですよね。俺が行ったところで連携は取れないでしょうし、見た目がありますから、無駄な騒ぎを起こしそうで……」

「ああ……だろうな」


 アキラの見た目はお世辞にも偉そう、強そうという外見とはかけ離れている。そんなアキラが偉そうに前に出ていったところで止められるのが席の山田浪士、調子の乗った言動をすればそれだけで不和を招くだろう。戦場においてはそんな些細なことでも見過ごすべきではないため、アキラは行くか行くまいか悩んでいた。


「ですから、対処に出ないとまずい状況にならない限りは……」


 なんてアキラが口にした瞬間、店の外から聞こえてくる音に何やら騒がしさが増した。


「まずい状況になりそうですね」


 即座に魔法で外の様子を確認したアキラだが、どうやらそれなりの大物が街の空を飛んでいるようだ。

 直接目で確認するために建物の外に出たアキラだが、空を見るとそこには骨だけになったドラゴンが空を飛んでいた。


「あれ、骨のくせにどうやって飛んでるんでしょうかね」

「んなこと言ってる暇ねえぞ! こっちに来てやがる!」


(これだけ広い街なのにこっちに来てるのは、魔力に引き寄せられたか?)


 サキュバスたちと同じ。魔力の量か質かわからないが、ともかくアキラの魔力に引き寄せられていたのだと考えたアキラ。実際のところはどうかわからないが、もしそうであるのなら、あれが被害を出す前に自分がなんとかしないとだろうなと思って骨だけのドラゴンへと歩き出した。


「に、逃げろおおおお!」


 その場にいた誰かがそう叫び、あたりにいた者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。


「お、おい、アキラ!」


 だが、その中でニッグはアキラがついてきていない事に気がつき、振り返りながらアキラの名前をよんだが、アキラは骨だけとなったドラゴンの前で無防備に立っているだけだった。


「一度死んだんだ。大人しく死んどけ……俺がいうことじゃないけどな」


 しかし、他人からすれば自殺志願者にしか見えないそんなアキラの行動だが、アキラからしてみれば昼下がりの街を歩いているのと何あら変わらない程度の危険しかない。


 事実、アキラがトンと軽くつま先で地面を叩くと、それだけで骨だけとなったドラゴンはその体を崩れさせ、チリとなって風に流れて消えていった。


「生き返るんだったら、もう少し理性を残して生き返るんだったな」


 それだけ言い残すと、アキラはドラゴンだったものから視線を外し、ニッグの姿を探して近寄っていった。


「街に侵入された時の対処とかって、なんかありますか?」

「……あ、ああ。一応そこらに設置されてる地下室に隠れてろってことになってる」

「それって一番近いのはどこですか? そこに行くまで護衛とかいります?」

「いや、俺は自分の工房に地下室を用意してあっから問題ねえ」


 骨だけになったことで劣化しているとはいえ、ドラゴンなんてものを相手に余裕で勝利したアキラにニッグは困惑した様子を見せたが、すぐにいつも通りの態度に戻った。


「ああそうですか。じゃあ、問題ないですね」

「行くのか?」

「ええ。流石にこれを放って置いたら被害が大きそうなんで。行ってきますね」


 そう言ってアキラはいつもと変わらない足取りでアンデッドの攻めてきているという方向へと歩いていった。

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