第140話犯人の引き渡し
「まあいいか。……これは連れて帰るべきだよな」
これ以上敵がいないのだと理解したアトリアは落ち込んだ様子を見せたが、こればっかりはどうしようもないだろうとアキラは落ち込んでいるアトリアを無視することにし、倒れている外道魔法の使い手を縛ることにした。
「ほら、帰るぞ」
敵の外道魔法の使い手を拘束した後、アキラは周辺の状況を探ってみたが特に誰かが潜んでいるということもなかったので、アトリアに声をかけてから坑道を出て行くことにした。
のだが、縛った外道魔法使いの男は担ごうとすれば力は足りるもののアキラの体格では担ぎ切ることができず、かといって王女やそのお付きに任せるわけにもいかない。
よって、アキラは悩んだ末にその男を担ぐのを諦めて引きずっていくことにした。坑道のある場所から街まで運ぶとなると男の靴が擦り切れるかもしれないが、それくらいは甘んじて受けてもらおうと考え、引きずることに決めたのだった。
「止まれ!」
「その後ろに担いで……いや引き摺って? ……連れているのはなんだ?」
しかし坑道を出て街へと戻って行こうとしたアキラだが、突如現れた数人の男たちに呼び止められ、武器を向けられてしまった。
この坑道、すでに廃坑とはなっているものの、アンデットが湧いて危険だということでもし何か異変があればすぐに知らせることができるようにと監視のために数名が警備員として常駐している。
普段は特に何かをすることもなくただいるだけで、たまにくる顔馴染みの冒険者たちと駄弁っているだけの置き物と化している彼らだが、アキラたちはそんな坑道を管理している彼らに見咎められてしまったのだった。
しかしそれも当然だろう。昨日に引き続き見慣れないものが来たと思ったら、何やら人を縄で縛って運んでいるのだ。人攫いの類だと勘違いされてもおかしくない。
「あー、森にアンデッドが発生するのはご存知でしょう? これはその犯人です」
「は?」
アキラはそう言って引きずっていた犯人の男を前に突き出したのだが、それを聞いた警備員の者たちは呆然とした表情で声を漏らすだけだった。
しばらくして警備員たちはお互いの顔を見合わせたりして小声で話したり視線でやりとりしているが、姉妹には埒があかないと考えたのか一人がアキラのことを見つめて話しかけた。
「……何を言っている。そう簡単に捕まえられるわけがないだろ。これまでどれだけ探してきたと思ってるんだ」
「もし間違えてたら、冤罪をかけたお前が罪に問われるぞ?」
アキラからすれば心外だが、警備員たちが疑うのも無理はない。彼らはこのアンデット騒ぎがいつから起こっているのかも、それが今まで解決することができなかったことも知っているのだから。ぽっと出の未成年にも見える子供に人を突き出されたからといって、はいそうですかと簡単に信じることはできなかった。
この調子ではいくらアキラが言い募ったところで信じてはもらえないだろうし、仮に信じてもらうことができたのだとしてもそれまでにはだいぶ時間がかかってしまうだろうと思われた。
(……めんどくさ。別に最初から最後まで協力してやる必要なんてないわけだし、この男はここに放置してもいいかな。冒険者組合に行って話せば勝手に調査員を送ってくれるだろうし、何より運ぶのもめんどくさくなってきた)
事情聴取というめんどくさいことを厭ったアキラは、男だけをここに置いて冒険者組合に説明をしに行こうかと考え始めていたのだが、そこでアキラの思考は止まってしまった。というよりも、止めざるを得なかった。
「お待ちを。その方が言っていることは真実です」
突如横から聞こえたその声にアキラが隣を見ると、凛々しく前を向くアトリアの姿が目に入った。
アトリアはアキラに向かってほんのわずかに視線を向けるが、すぐに目の前に立ち塞がる警備員たちに向かって言葉をかけ始めた。
「私はシュナイディア王国の王女、アトリアと申します。この度は我が国と貴国の外交に関するお話をしに参ったのですが、せっかくですので婚約者と共に冒険者の活動をしていたら遭遇しました。責任は私がとりますので、この件に関しての話ができる方を呼んでいただけますか?」
今のアトリアはお付きの二人も含めて貴族や王族としてわかりやすい格好はしていないはずだ。
だというのに、アトリアがそう話した瞬間警備員たちは萎縮し、お互いに顔を見合わせて小声で言葉を交わすと、
「しょ、少々お待ちください。ただいま連絡いたします!」
と叫んで近くにあった小谷の中へと走って——いや、逃げていった。おそらくはあの小屋の中にある連絡用の魔法具を使って『責任者』へと連絡するのだろうが、それはアトリアの纏う凛としたオーラ故だろう。そんな一連の流れを見て、さすがは王女様だな、などとアキラは考えていた。
「王女ってすごいな」
「正式に結婚すればあなたも同じようなことができますよ。そもそも、あなたはすでに爵位を手に入れているのですから、それを明かせば問題ないはずです」
「あー、そういえばそうだったな。貴族って嫌いだから忘れてた」
アキラはアトリアとの婚約に必要だから貴族の位を手に入れたが、正直なところアキラとしては貴族になるつもりなどなかった。貴族にまつわるあれこれがめんどくさいと思っていたのもそうだが、何よりも母親の件で貴族という立場の者に嫌悪感を持っていたから。
ため息と共に吐き出された言葉を聞いて、アトリアはわずかに眉を顰めたが、それにアキラが、そしてアトリア自身が気づくことはなかった。
「父親の件ですか」
アトリアがそう呟いた瞬間、アキラは無意識のうちに睨むようにしてアトリアへと視線を向けた。
アキラは自身の出生や身内の事情を知られたからといってアトリアを嫌うことはない。だが、それでも無意識のうちに反応してしまうほど父親である貴族の存在が気に入らなかったのだ。
「……知ってるのか」
無意識のものではあったが自分の反応が好ましくないものだと気が付いたのか、アキラはチッと小さく舌打ちをしてから息を吐き出し、アトリアに問いかけた。
「ええ。私は気にしませんが、周りがあなたについて調べてわざわざ報告してくださいました」
「そうか。まあ、王女だもんな」
アキラはそう言って肩を竦めるが、考えてみれば当然の話だ。大会によってアキラはアトリアの婚約者と決まったが、王女の結婚相手となるもののことを調べないはずがなかった。
「悪いとは思っていますよ。本来ならばあなたの口から聞くべきことでした」
「いや、いいさ」
そんな簡素なアキラの言葉を最後に二人の会話は途切れてしまうが、先ほど小屋の中に去っていった警備員はまだ戻ってこない。
「……どうもしないのですか?」
その場に流れる重い空気を切り裂くように、アトリアはアキラのことを見つめて、そう問いかけた。
「何が?」
「あの家のことです。わざわざこのようなところのに来なくとも、あなたがあの家の血を引いているとわかれば誰も文句を言うものはいませんよ。少なくとも、表だっては」
「だろうな。けど、それは母さんを傷つける結果になりかねない。それだけは嫌なんだよ」
アキラは血筋だけでいえば貴族の血を引いている。それも、それなりにくらいの高い貴族のものをだ。庶子とはいえ、王女の結婚相手となればその貴族の家ももろ手をあげて歓迎するだろう。何せ自分の家に王女を迎えることができるのだから。棚ぼたどころの話ではないだろう。
だがしかし、アキラにとってそれは認めることのできないものだった。
確かに父親の元に行けば簡単に話がつくではある。が、それは父親と家族にならなければならないということだ。
母を無理矢理手籠にし、孕んだと知ったら放り捨てた男。そのせいで母は心を病んでしまったというのに、その原因である男を父親と——『家族』と呼ばなくてはならない。そんなことは、『家族』という存在に憧れ、宝物のように思っているアキラにはどうしても認められなかった。
「……家族があなたの大切なものでしたね」
「ああ」
簡素な言葉と頷きではあったが、そんなアキラの様子には心の底からの同意だったというのが見ただけで理解できた。
「……ではこの話はこれでおしまいとしましょう。ちょうど来たようですし」
アトリアが言ったように小屋からは先ほど連絡のためと逃げていった警備員が戻ってきており、それによって二人の話はそこで終了となった。
「──それではこの者が本当にアンデッド騒ぎの犯人だというのですか?」
王女がアンデット騒ぎの犯人を捕まえたと連絡を受けたことで、責任者の男は馬をとばして急いでやってきた。
「ええ。それを証明する手段もありますが、それはあなた方の仕事のはず。これ以上は『貸し』となりますが、それでもよろしいですか?」
仮にも、というかアトリアは正真正銘の王女である。そんな者に他国の者が頼んでしまえば、それは個人間の頼み事では済まない。
だが、アトリアがそんなことを言ったのは、王女としての立場や国の関係を考えたからではなかった無論それも多少なりともあっただろう。だが、本当の目的としては違う。
「それは……いえ、本日はご協力ありがとうございました。わからないことがありましたら後日またご連絡させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ。とは言っても、ずっといるわけではありませんので、何かあるのでしたらお早めにお願いしますね」
「はい。承知しております」
責任者の男はそう言ってから礼をしたので、アキラたちはアトリアを先頭として街へと戻っていくことにした。
アトリアたちが去った後、そこでは責任者の男の指示によって警備員たちが動いているが、アキラはそんな彼らを尻目にしてアトリアの隣に並ぶと声をかけた。
「……わざわざ貸しだなんて言わなくても、俺が調べた方が恩を感じさせられるだろ」
「外道魔法の使い手が犯人である状況で外道魔法を使うのですか?」
「む……まあそう言われると、なんだかあれだな」
「でしょう? 必要とあらばあなたに頼みますが、今の状況で何かをする必要はありませんよ」
アトリアは縛られている男が犯人だと証明する方法があると言ったが、その方法とはアキラに頼ることになるからだ。犯人は外道魔法の使い手で、アキラの行う証明方法も外道魔法。そこに関連性を邪推するものが出てきてもおかしくない。
故にアトリアは、貸しだなんだと言ってアキラをこれ以上アンデット騒ぎに関わらせないために遠ざけようとしたのだった。貸しと言って国の関係の話に持ち込んでしまえば、アトリアは当然ながらだが、その仲間であるアキラにも捜査の手が伸びなくなるだろうから。そうなれば、どうやって探し当てたのか、どうしてそこにいるとわかったのか、などアキラの使った外道魔法について話さなくて済む。
「それにしても、この剣はいいものでしたね。試し斬りとしては十分だったとはいえないものの、多少は楽しめました」
「それはようございましたね」
「ええ。あとは本当の剣の完成を待つだけですし、それまで存分に遊びましょうか」
「……まだ暴れるのかよ」
そんなことを話しながらアキラたちは街へと戻っていった。
──◆◇◆◇──
「くそっ! なんでだ! なんでこんなことになってんだよ!」
アキラたちが去った後、坑道には追加の警備員が派遣され、調査が開始されたのだが、その様子を陰から見ているものが一人。
「誰があそこをっ! 気づかれたのか? いやありえない。今まで放置してた奴らが今更くるわけがねえ。でも実際にあそこに侵入されてあいつは捕まった……くそっ!」
男は警備員たちに連れて行かれた外道魔法の使い手の姿も見ており、今はいないその男の姿を思い出して頭を掻きむしる。
「まだまだ準備するつもりだったが、拠点を奪われた以上はこれ以上は望めない。別の場所もあるが、そっちは一応逃げられるってだけで研究道具なんかはねえ。……この際、もう動くしかねえか」
男はぶつぶつとつぶやくと、すわった目をして再び警備員たちの姿を睨みつけた。だが、それの視線は彼らへと向けられているものの、彼らを通して誰か別のものを見ているかのようだ。
「見てろよ、くそったれな教会のクズども。まずはこの国を全員アンデッドに変えてやる。それから他の国も飲み込んで、最後にはお前らだ。外道魔法の才能を持ってるってだけで迫害された理不尽、苦痛……全部お前らに返してやるっ」
そうして男はどこかふらついた足取りでその場を離れていった。
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