第139話外道魔法の使い手

「ここがアンデッドの発生する森ですか」


 剣の試し切りがしたいからなんて理由で危険な場所へとやってきた王女アトリアだが、その姿に怯えた様子は微塵もなかった。普通の王女であれば恐れ、忌避する場所であるにもかかわらず、むしろ楽しそうにしているのはさすがと言ったところか。


 だがそれも当然だろうとアキラには理解できる。何せこの王女は歴戦の勇士を下すほどの力の持ち主なのだから、この場所程度の危険など危険といううちには入らないのだろう。


 しかしそんなアトリアだが、何かにふと気が付いたのか僅かに考え込むように黙ると、くるりとアキラへと向き直って問いかけた。


「なぜ原因を処理してしまわないのですか? 場所はわかっているのでしょう?」

「まあ、おおよそはな」


 アンデットの発生する原因。それは冒険者たちだけではなく国が何年もかけても分からなかったものだ。それをやってきたばかりのアキラに探し出すというのは無理無茶の類である。実際アキラが依頼を受ける際に話した組合の職員たちだって達成できるとは思っていなかった。


 だが、アトリアは違う。アキラであればこんなこと程度のこと、まともに探すつもりならさっさと終わらせることができるだろう。そんな確信があった。


 実のところ、アキラはアトリアが来なければ今日はすでにアンデッドが発生する原因の元へと向かっているはずだった。


 昨日森の調査をした結果、坑道の入り口とは逆方向に、小さいながらも入口と呼べるものが存在していたのがわかった。


 だが、ちょうどアキラがそうしようと判断したところでアトリアがやってきたため、特に急ぐ理由もなかったアキラは原因の処理を後回しにしたのだった。


「あら、それはちょうどいいですね。では行きましょうか。……ああ、それに倒せば輸出の件に関していい話ができるかもしれませんし」


 そのことをアキラが話すと、アトリアは一つ頷いてそう言い放った。が、アキラにはそれがどうにもまともに考えた結果のようには思えなかったためにジトッとした目でアトリアを見つめることとなった。


「絶対今思いついた言い訳だろ」

「そうですが、政治家などというのもは、とっさの言い訳が思いつかないとやっていけませんよ」


 アキラの言葉を否定することなく言ってのけるアトリアだが、どうせ何を言っても意見なんて変わらないということをアキラは理解している。


 それは好奇心や慢心からの迷惑な我儘ではなく、女神であった時から引き継いだ正義感故のものだった。

 困っている人がいる。自分たちには大した手間でもなく解決できる。なら助けよう。ちょうど暇つぶしにもなるし。そんな考えだ。


 最後の理由はどうかと思わなくもないが、それは見ている分にはわからない理由であり、起こす行動の結果も変わりはしない。

 そして、誰かのためであろうと自身のためであろうと、一緒にいるものが巻き込まれるという結果も、変わらない。

 結局は何を言ったところで止めるわけがないのだし、やる事自体は正しいことで、且つ自分も依頼として行おうとしていたことだ。なら無駄な抵抗なんてしないでさっさと話を進めたほうがいい。それがアキラの考えだった。


 そうしてアキラが仕方なしとばかりに息を吐き出すと、一行は問題の洞窟の中へと入っていった。


「これが坑道の中ですか……初めてみましたが、なるほど。こういう作りだと理解していても、実際に見るとまた違った感想がありますね」


 アトリアは女神として生きてきた記憶はあるが、その時に自身がどこぞへと赴いたことなどなかった。知識として記録としては知っていたが、今のように実際に自身の目で見て肌で感じてという体験をしたことがなかった。

 そしてそれは王女となってからも同じだ。女神をやっていた時よりも自由はある。城を歩き回り、街へと繰り出し、時には草原を駆けて魔物を狩る。そう言った女神の時にはできなかったことをやってはいたが、それでも今回のような使われなくなった鉱山になんてやってきたことはなかったし、廃坑となった洞窟の中に入ったこともなかった。

 王女としてはそれは当然のことではあるのだが、アトリアにとっては本当に自由に動くことのできないというそれが不満でもあり、今こうして体験できていることが嬉しくて、楽しかった。


「……やっぱり子供っぽくなったな」


 そんな普段とは違ったように見えるアトリアを見て、アキラはわずかに目を丸くして驚いたあと、ふっと口元を緩めて笑った。


「そうですか? 今まで子どもらしくないだとか大人びてるとは言われてきましたが、子どもっぽいというのは言われたことがありませんよ?」

「〝あの時〟よりも圧倒的に子供っぽいだろ」


 あの時。それだけではどのことかわからないだろう。現にアトリアのお付きの侍女達はなんのことなのかわかっておらず、その表情にわずかばかり疑問を浮かべている。


 だが、そう言った本人であるアキラ、そして言われたアトリアにはそれがいつどこでのことを指しているのか十分に理解できた。


「ああ。それは比べる状態が悪いですね。生きていなかった〝あの時〟よりも、アトリアとしてここにいる私の方が『生きている』のは当然でしょう?」

「生きているだけが生きているわけではない、か」

「ええ」


 何処か達観したように話す二人。アトリアはそこそこな年齢ではあるし、王女としての経験があるのでその言葉の真意は理解できずともその態度が大人びているのは理解できる。

 だが、アキラはアトリアの言葉に返しながらどこか遠いところを見るような、言葉の意味を噛み締めるような様子を見せており、その見た目には似合わなすぎる態度を見て侍女たちは困惑した様子を見せた。


 目の前の少年が王女に勝ったのは知っている。その結果王女の婚約者となったのも知っている。その後は城の者たちが調べた結果の報告を受けておりどんな生まれなのかも知っていたはずだ。だがそれでも、こいつは何者なのだろうか、と思わざるにはいられなかった。


 そんな侍女たちのことを気にすることなく二人はクスリと同時に笑みを浮かべ、その後も足を止めることなく歩き続けた。


「──ところで、道は合っていますか? いくつか分かれ道がありましたが」

「さあ? 俺は外道魔法の痕跡を感じる方向に進んでるだけだからな」

「それは……大丈夫ですか?」

「一応坑道として使われてた時の地図は頭の中に入ってるから、おおよその場所は検討はつけてある」

「そうですか。ならば」


 坑道としてのマップはすでにアキラの頭の中に入っている。一瞬見た程度だったので普通なら忘れてしまうだろうが、アキラの場合は別だ。魔法を使って直接精神に刻み込んだので、意図して忘れようと新たな魔法を使わない限り忘れることはない。いや、できない、と言った方が正しいか。


 そんなわけで、アキラは自身の内に刻まれた地図を頼りにしつつ、アンデット——外道魔法の気配がしている方向へと進んでいるのだった。


「それにしても、アンデット達の原因がいる場所というのにもかかわらず、今のところ一体も見かけませんね」


 だが、もう数分は歩いているにもかかわらずアキラ達は敵の一体にも遭遇しないどころか、その痕跡すら見つけられないでいた。

 そのことにアトリアは首をかしげたのだが、アキラは当然だとばかりに答えた。


「それは考えてみりゃあ当然だろ。外にいるアンデット達はここにいるやつの外道魔法の余波でアンドット化したんだ。つまりは偶然。そこに死体があったからそうなったってだけだ」

「つまり、死体がなければアンデットは生まれないと? この坑道内のように」


 当たり前と言えば当たり前のことだ。アンデットとは死者とその魂を無理やり操って動かす術によってうまれたものだ。それ故に、元となる死者がいなければアンデットは生まれない。


「多分な。坑道なんだし死者は居ただろうが、この騒ぎが始まったのはもう何年も前だ。最初からいた奴らなんてとっくに討伐されててもおかしくないだろ」


 坑道の周囲にある森では普通の生物がおり、入っていく冒険者達がいるために死体が尽きるということはない。普通に生活しているだけでも生き物というのは死んでいくのだから。


 だが、坑道はべつだ。全く死ぬ生き物がいないとは言わないが、それでも人のような大きなものは存在しないだろう。

 この坑道が使われている時には事故などで死んだもの達がいて、騒ぎの初期にはそのものらがアンデットかしたのかもしれないが、一度退治されてしまえばあとは使われないのだから新たな死体はできず、アンデットも生まれない。


「……死者がいないというのは良いことではありますが、私は試し切りに来たのですが……」


 王女として国民はもちろんのこと、同盟国の民が死なないというのは良いことだ。アトリアの気質としても無駄に誰かが死んでいかないというのは喜ばしいことである。

 だが、アトリアの今日の目的はもらった剣の試し切りだ。そのためにアンデット退治に来たのだが、肝心のアンデットがいなければ試すことなどできない。そのため、喜んでいいのか悪いのか、微妙な気持ちになってしまった。


「素直に森の方に行ってればもう何体かには出会えてただろうな」

「……ですが、こちらには原因となる大物がいるのですよね?」

「可能性だけどな。いるかもしれないしいないかもしれない。……まあ、何かしらがあるのは間違いないだろうけど」

「ではそれに期待することにしましょう」


 そう言ってから小さく息を吐き出すと、アトリアはほんの少しだけ歩く足を早めて先へと進んでいった。


「……ん」


 そしてしばらくアキラとアトリアの二人は背後には侍女の二人を引き連れ、談笑しながら進み続けることおよそ一時間。アキラは何かを感じ取ったのか小さく声を漏らして足を止めた。


「……どのくらいですか?」

「歩きで三分くらいだな。一本道だから迷うこともないだろうな。隠れる場所もないが」


 その様子から何かを見つけたのだろうと判断したアトリアは、それまでの楽しげな雰囲気を消して——とは言っても相変わらず無表情ではあったのだが、アキラに問いかけたのだが、返ってきた言葉を聞くとスッと鋭く引き締まったような空気を漂わせ始めた。


 そして腰に帯びていた剣を引き抜き、その剣身の腹に指を這わせると目を瞑った。


「これから接敵します。あなたたちは身を守りながらついてきてください」

「「はい」」


 アトリアは目を開くと剣を鞘に収めることなく歩き出した。


「あれがそうですか」


 そのまま一行は一言も話すことなく歩き続け、少しすると先に広い空間があることに気がつき、物陰に隠れながら先の様子を伺うことにしたのだが、そこには異様な光景があった。


 広い空間に一人の男性。その足元には魔力を漂わせている図柄が描かれており、そのさらに外側には人に限らず動物を含めた大量のアンデット達が並んでいた。


「アンデッドに囲まれて落ち着いてるんだから、そうだろうな。で、どうする……」

「では、お先に失礼しますね」

「あ──」


 アンデット騒ぎの犯人は見つけた。だがそれをどうするのかと話そうとしたところで、剣を振るうのが待ちきれなくなったのかアトリアが短く言い残して走り出してしまった。


 アキラはその行動を止めることができず、アトリアの侍女の二人も自分たちの主人を止めることができずに驚いた様子で広い空間を眺めるだけだった。


 アキラ達が驚いた様子で見ている先では、アトリアが勢いよく走り、どう見ても怪しい人物の元へと近づいていた。


 そのまま進めば殺せるだろう。だが、そう簡単にはいかなかった。

 魔法陣の外側で並んでいたアンデット達は護衛のためだったのか、接近してきたアトリアに気がつくと戦闘態勢へと移り、アトリアを攻撃する姿勢を見せた。


 だが、その程度で剣の神を止めることができるはずもなく、アトリアは踊るように敵を斬り、突き進んでいく。


「っ!」


 そして壁となっていた敵を突き抜けた先で魔法陣の中央にいた人物と対面するが、アトリアはそのまま止まることなく走り続け、その頭を剣の腹で強打した。一応は殺してはならないと判断したのだろう。

 それによって魔法陣の中心にいた人物は力なく地面に倒れることとなった。


 それでも周囲にいたアンデット達はあらかじめそういう指示を出してあったのだろうか。動きを止めることなくアトリアに襲いかかるが、物の数分で物言わぬ屍へと戻ることになった。


「さて、では本命は──」

「これで犯人処分も終わったな」

「………………えっ? これが?」


 剣の様子を確認していざ次へ! と意気込んだアトリアだっったが、そんな彼女に近づいたアキラが言葉を発し、それを聞いたことで、アトリアは何やら間の抜けた声を漏らした。


「…………待ってください」

「どうした?」


 魔法陣の中央で謎の人物について検分しているアキラに対し、アトリアは普段の無表情をわずかに歪めて声をかけた。


「おかしいとは思いませんか?」

「何がだ?」

「これほどのアンデッドを生み出す術者だというのに、それほど強くありません。もっと違う、首魁がいるのではないでしょうか?」


 今ので終わりなんておかしい。あの程度ではないだろう。

 そういうアトリアだが、アキラは首を横に振った。


「……普通、魔法使いは自身は弱いものだと思うけど? それが使役系なら尚更だろ」

「そんな……もう少し白熱した闘いは……」

「ないよ」


 まさかこんな騒ぎになるほどの問題を起こした相手があんなにあっさりと死んでしまうとは思っていなかったアトリアは、拍子抜けといった様子で肩を落としているが、アキラとしては剣の神に相対したらそんなもんだろうと納得できる結果だったし、それは侍女達に聞いても頷きを返してくるだろう。


 こうしてこの場での騒ぎはアトリアが不満を抱えたが、それ以外には特に問題なく終わることとなったのだった。

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