第138話剣の姫の剣
「ニッグさん、おはようございます」
翌日、アキラはいつものように朝早くから動き始め、剣の製作を頼んだドワーフ——ニッグの工房へとやってきていた。
「あー、それで、ですね……その、お話が……」
だが、その様子はいつもとはどこか違い、何か話があるようだがその言葉はどうにもはっきりしない様子だ。
「あ? なんだハッキリしねえな」
そんなアキラの様子にニッグも気がついたようで、訝しげな顔をしながらアキラのことを見つめた。
元々話すつもりはあったのだろうが、その視線に耐えきれなかったという理由もあったのだろう。アキラは軽くため息を吐き出すとニッグからスッと視線を外してから口を開いた。
「実は、会わせたい人がいまして」
「会わせたい人だあ? 誰だそりゃあ。お前こっちに知り合いはいねえはずだろ?」
アキラが旅行者であることはすでに知っており、まともな知り合いなどいないと言うことも知っていた。
ニッグの店を教えたドワーフは居るものの、それはすでにニッグとも知り合いであるためにわざわざ紹介する必要があるわけではない。
そんなわけでこの国でアキラに知り合いはあまりおらず、一体誰を紹介するんだ、とニッグが疑問に思ってしまったのも無理はないだろう。
「ええまあ。ですが国もとからわざわざこっちに来た馬鹿がいるんですが……ところでここって女人禁制とかってあります?」
昔のことだが、日本では鍛冶場には女は入ってはいけないと言う決まりがあった。ここは日本ではないどころか世界そのものが違うのだからそんな決まりはないのかもしれないが、あるかもしれないので、もしあったらまずいだろうなとアキラはそのことについて聞いてみた。
「あ? いや別にそんなこたあねえけどよ」
「よかった。なら明日連れてきてもいいですか? 実際に会ってもらった方が早いですから」
だが、どうやら鍛冶場への制限などは特にないようで、そのことにアキラはホッと息を吐き出してからそう話した。
「構わねえよ。……けど、お前がそんな悩むほどのやつか。まあ気になんな」
「多分、喜んでもらえると思います。……多分」
「ま、なんでもいいさ。明日にはわかんだろ?」
「ええ」
「なら今はそんなことよりこっちに付き合え。ちょうど明日には完成すっからよ」
そう言いながらニッグは机の上に置かれていた剣身だけの状態の剣を指さしてニッと笑った。
流石はドワーフの中でも上位に入るほどの腕の持ち主というべきだろうか。まだ剣として完成していないにもかかわらず、その剣身からは一種のオーラのようなものを感じ取ることができた。
もしこの剣が完成したのであれば、それは素晴らしいものになるだろうというのが今の段階からであってもわかるほどで、それを見たアキラは軽く目を見開いた後にニッグに釣られるようにしてニッと笑た。
「──で、こいつが昨日言ってた会わせたいやつか?」
「そうです」
そしてさらに翌日、アキラは昨日行ったようにニッグの工房へと一人の人物を連れてやってきていた。
「喜ぶねぇ……まあ、確かにべっぴんではあるがよぉ……」
アキラの連れてきた人物を品定めするかのように見回しているニッグだが、なぜアキラがわざわざこんなところに連れてきてまで紹介しようと思ったのか理解できないでいた。
確かにアキラの連れてきた人物は綺麗ではある。それこそ人形のように整った顔と身体をしており、種族の違うドワーフから見ても美しいと評することができるほどだ。
だが、だからなんなのだ、となってしまう。美しいのは認めるが、それをわざわざ喜ぶから、とアキラが紹介するほどなのだろうか、とニッグは頭を捻るがこれといった答えは出てこなかった。
「始めまして、私はアトリアと申します。本日は快く受け入れてくださり、ありがとうございます」
ジロジロと自分のことを見回す不躾な視線を浴びせられている当の人物だが、その視線を特に気にすることなく、にこりと笑って——いるつもりなのだろうが全く笑っていない表情で挨拶をした。
「ああ。俺はニッグ。ここの工房の頭で、こいつの剣を作ってんだ」
アトリアの挨拶にニッグも挨拶を返すが、そのすぐ後にアキラのことを手招きし、アトリアには聞こえないように小声で話し始めた。
「……にしても、お前いいのかよ?」
「何がですか?」
「何って、お姫様と婚約したんだろ? だっつーのに女と一緒にいていいのかって事だよ」
アキラが婚約しているという話は聞いているわけだし、これだけの美人を連れていてもいいのだろうかと思うのは当然のことだろう。
だが……
「あ、それでしたらご安心ください。私がその婚約した本人ですので」
限りなく小さな声で話していたにもかかわらず、ニッグの声はアトリアに聞かれていた。
「………………はあ?」
ニッグはそんなアトリアの言葉を聞いて間の抜けた声を漏らすとアトリアの顔を見たが、アトリアは頷いている。
それでも納得できずに、というかそもそも言葉の意味がまだしっかりと頭に入っていないのだろう。今度はアキラへと視線を向けたが、アキラも呆れたような表情ながらも頷いただけで何も言わない。
「…………。……はあっ!? 婚約って! こいつっ……お前っ……これっ、剣の姫!?」
それから数度程ニッグはアトリアとアキラの間で視線を行き来させ、そうして何度目かにしてようやく頭が受け入れたのか目を丸くし、声を荒げて驚いた様子を見せた。
「はい。仕事に一区切りついたものですから、折角ですので婚約者と共に過ごしたいなと。こうして参じた次第です。この度は私の剣を作ってくださっているようで、ぜひ一度作業を見てみたいと思いまして、不躾ながらこうしてやってまいりました」
「あ、お、おう。いや、はあ……?」
王女がきたと言われても突然のことすぎてその事実がうまく飲み込めないのだろう。ニッグは混乱した様子で言葉を返そうとするが、まともな言葉にはならなかった。
「あー、まあ気にしなくていいですよ。そこらへんの一般人と変わらずに接してもらって構いません」
「…………いや、待て。だが、あれだ、王族だろ?」
「チヤホヤされたいなら身分を隠してこんなところにいないですって」
「そうですね。今の私は身分を気にしないでいただければ幸いです」
アトリアとしては王女として扱われる場面であればそう扱われることに否はないが、そうでない場面であれば普通の一般人と同じようにして扱ってもらいたいと思っていた。そうすることで、自分は特別などではなく、『この世界に住まう者』として扱われているように思える——ちゃんと生きているのだと思えるから。
だからこそ、アトリアは身分を振りかざさないで一般人に混ざって行動することができる。まあ、その外見から本当の意味で混ざることができるのかというと首を横に降らざるを得ないが。
「それに、あなたはその王族と対等に話せるこの国の運営機関の議長という立場を狙っているのでしょう? ならこれくらいで尻込みしてたら務まりませんよ」
「そりゃあ……まあ、そうかもしんねえけどよ……」
ニッグはこの国でも上位に入るほどの腕の持ち主というだけあって、議会の席——ひいては議長という立場を狙っていた。それを手に入れてどうしたいというわけでもなく、自身の腕が一番なのだと認められる事に憧れていたというだけだが、それでもトップの座を狙っているのには変わらない。
そしてもし議長になってしまえば他国の王族と会う機械などいくらでもあるのだから、不意の遭遇とはいえアトリア一人程度にあって動揺していたは話にならないのはその通りだった。
「ところで、本日完成したものを見せていただけるとの事でしたが、見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
「っ! ……お、おう。こっちだ」
剣の話題になったからか、それまでの緊張を消して一瞬で職人としての顔つきに戻ったニッグはアキラ達を先導するように工房の奥へと進んでいった。
「これだ」
そして、工房の机の上に置かれていた一振りの剣を手に取り、昨日とは違ってしっかりとついていた持ち手の部分を握って鞘から抜き放った。
「一応そいつが注文した通りの出来にはなったはずだ」
「……いい剣ですね。手にとってみても構いませんか?」
「ああ」
ニッグの了承を受けて、アトリアは彼の手にあった剣を受け取るとそれを自身の目線の高さまで持ち上げて眺め始めた。
「やはり、いい剣です」
そう言いながらアトリアは自身の手の中にある剣を何度か翻し、眺めだした。
「……ですが、欲を言うのならもう少し丈夫にして欲しいですね」
「丈夫にって、お前なら耐久なんてそんなにいらないだろ?」
「純粋に斬るだけならばそうですが、術を併用するのであれば丈夫でないと壊れてしまいます。この剣であればすぐに壊れると言うこともないでしょうし、この剣とて城からもらった剣よりも余程いいものです。けれど、完璧には程遠い。できることならばもっと丈夫な方が嬉しいですね」
そう言うと、アトリアは剣を見るのに満足したのか、だが無表情の中に少しだけ不満げな色を混ぜながら剣を返そうとニッグの前へと差し出した。
「……振ってみてくんねえか?」
だが、ニッグはその剣を受け取ることはなく、アトリアへとそう返した。
「これを、ですか?」
「ああ」
ニッグの言葉に僅かに首を傾げたアトリアだったが、ニッグの眼差しがとても真剣なものだったこともあり、ふっと笑ってからニッグの要求を了承した。
「ちょうどいいですね。少し手合わせをしていただけませんか?」
「……まじか?」
「まじです」
「この前相手したばかりだったと思うけど?」
「一月も前でしょう?」
アトリアにとってはお遊びや訓練程度の戦いであっても、アキラにとっては命懸け、全力での勝負になるためにあまり望ましいものではない。
だが、剣を送ろうとしたのは自分であるために、その試用を断るわけにもいかず……
「………………おーけー。わかった。準備させろ」
「はい」
アキラの言葉に返事をしたアトリアは剣を大事そうに握りながら目を輝かせていたために、これも仕方ないのだろうと諦めることにしたが、強引に付き合わされることになったアキラの胸中は不満が溜まっているというわけではなかった。
「も……むり……」
「……ふぅ。久しぶりに汗をかくことができました。ありがとうございます」
(こっちは満身創痍なのに対して汗をかく程度って、どう考えてもおかしいだろ!)
それから三人はニッグの工房の裏についている試し切りのための庭に向かいしばらくの間、剣技だけとはいえかなり激しく打ち合ったアキラとアトリアだったが、アキラは今にも地面に突っ伏してしまいそうなほど疲れているのに対して、アトリアはほのかに汗をかく程度の疲れしか見せていなかった。
「こちらをお返しいたします」
アキラと打ち合うことで満足したアトリアは自身の持っている剣をニッグへと返そうとするが……
「……その剣はやる」
「え?」
「そんな半端なもんを完成品として渡せっかよ。贈る用のやつは新しく打つ。だからそれはお前にくれてやる。壊すでも使うでも、おもちゃとして渡すでも好きに処理してくれ」
ニッグはそう言うと持っていた鞘をアトリア渡し、二人に背を向けて工房へと戻って行ってしまった。
その態度からこれは職人の矜持というもので、ニッグは本気なのだろうと理解したアキラは、これで止めてしまえば職人としての彼への侮辱になってしまうと考えて止めることはしなかった。
「あー……なら代金は……」
「いらねえ」
「いらないって……。だが……」
「うっせえ。邪魔になっからいつもみてえにもうどっか行っちまっていいぞ」
新たに剣を作るにしても金がかかるはずでそのための代金を支払おうとアキラが呼び止めたのだが、そんな言葉を無視してニッグはアキラ達を追い出すかのような言葉をかけながら工房へと向かっていった。
「良い方ですね。人柄も腕も。仕事に誇りを持っている方というのは好感が持てます」
ニッグがいなくなったその場でアトリアはもらった剣を鞘に収め、大事そうに握りしめながら楽しげに微笑んでつぶやいた。
そんなニッグとアトリア達二人の様子を見ていたアキラは、仕方がないとため息を吐き出してからふっと小さく笑った。
「ではせっかくですし、試し斬りをしにいきましょうか」
「まだ戦うのか」
「当然です。新しいものが手に入ったら使いたくなるのが人というものでしょう?」
「本当に新しいやつはまだ完成してないんだが?」
「そちらはそちらで試し斬りに行くので問題ありません」
「俺が問題あるわ」
たった今散々動いたばかりであるにも関わらずまだ元気に動こうとするアトリアだが、アキラはもう疲労困憊だった。一応魔法で回復をすればなんとかなるが、そこまでして戦いたいとは思えなかった。
「元々何か依頼を受けていたのでしょう?」
「……まあ、好きにしろ」
「ええ。では行きましょうか」
が、アキラの意思に反してアトリアはすでに剣を振るう気満々で、それについて行かないわけにはいかないだろうとアキラは再びため息を吐き出すと自分の体に回復のための魔法を施し始めた。
「格好はそれでいいのかよ。どうみても金持ちの娘な服装だが?」
「本日は試し斬りだけですから」
普通は依頼を受けに行くのであれば、簡単なものであるにしてもそれ相応の格好に着替えるものだ。
アトリアは試し切りだからといった。アキラとしてはだからどうしたと言いたいが、言っても意味はないだろう。何より、アトリアにとっては鎧姿であってもドレスであっても変わらずに敵を切ることができるのだから問題ないとアキラ自身が思ってしまっている。
「そっちの従者たちはどうする?」
「いつも通りですね。付いてきたいのなら付いてくればいい。私は彼女たちの仕事を止めません」
工房の中にこそ入らず店の外でずっと待機していたのだが、アトリアにはずっと供がついていた。王女なのだから私用であっても警護がつくのは当然だ。
だが、その格好は旅装とはいえとてもではないが戦えるもののようには見えなかった。
「大丈夫なのか?」
「ご心配していただきありがとうございます。ですが、ご安心ください。アーデン様には及びませんが、これでも殿下について行くことができる程度には力がありますので」
「彼女たちはそれなりに優秀なので、簡単に死ぬことはありませんよ」
「それほどの実力者を付き人として当てがわれるってのは、お前がどう思われてるのかわかる采配だな」
アトリアに関しては護衛の必要性はほとんどない。何せどんな敵が来ても護衛より先に気づき、護衛より余裕を持って倒してしまうのだから。
そんなアトリアに実力者をつけるということの意味を、アキラは今の会話で理解できた。すなわち、お転婆すぎる王女の行動についていけるように、だ。
この侍女たちはアトリアの護衛としてではなく、アトリアのお転婆にもついていける人材として用意されたのだと考えると、アトリアが城でどう思われているのかよく理解できる。
そのことに苦笑しながらも、アキラはアトリアの『試し切り』とやらについて考え始めたのだった。
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