第137話サプライズの正体
「久しぶりですね」
アキラが止まっている宿の部屋に戻ると、そこにはどういうわけかここにいるはずのない人間——アトリアがいた。それも、自分に対して剣を向けて。
(あれ〜? なんであいつがここにいるんだ? 俺が夢を見てたとかじゃなくて現実だよな?)
アキラはそう考えて首を傾げるが、その思いも当然のことだった。アトリアは王女であるが故にそうそう簡単に他国にいるわけがないし、仮にこの国に来ていたとしても泊まる場所はもっと豪華な場所——それこそこの国の賓客として城に泊まっていてもいいはずだ。
にもかかわらず、アトリアはこんな場末の宿の一室でお供のメイドなんて連れて部屋に戻ってきたアキラに剣を向けている。
優雅にお茶をしている。正直いって訳がわからない。幻覚を疑った方がまだ理解できるが、残念なことにアキラには幻覚など効かないので事実なのだと認めるしかない。
「驚きましたか?」
アトリアはそう言うと剣を収めて身を翻しテーブルにつくと、なぜか用意されていたカップを手に取ってお茶をし始めた。
「何をしているのですか。さあ、どうぞ」
自分の部屋だというのに中に入ることなく入り口で立ち尽くしていたアキラに対して、アトリアは優雅に手に持っていたカップをテーブルの上に置き、アキラへと席に着くように手で示した。
それを見たアキラは目の前の光景が現実なのだと認めざるを得ず、一度痛みを抑えるように頭に手を当ててからため息を吐き出し、再び部屋の中へと視線を向けると部屋の中へと入っていった。
「なんでここに、って聞いてもいいか?」
そしてアキラはアトリアに勧められたイスに座ってからアトリアにそう問いかけた。
「あなたに会いたくて、我慢できずに飛び出してきてしまいました」
王女にそんなことを言われれば普通なら小躍りするくらいに喜んでもおかしくないことだ。
「そうか。で、なんでここに?」
だがアキラは、アトリアの言葉に一瞬たりとも迷うことなく同じ質問を繰り返した。
そのことにアトリアは気分を悪くしたのか少しばかり雰囲気に怪しいものが混ざるが、表情自体は全くもって変わっていない。
「……少しは信じてくださってもいいのではありませんか?」
「ならその死んでる表情筋をどうにかしてから言え」
そう。アキラが迷うことなく王女であるアトリアからの愛の言葉を流したのもそれが原因である。
普段からそうなのだと言われればそれまでなのだが、先ほどからアトリアの表情はカケラほども変わっていなかった。冗談を言って笑うことも、再会に対して微笑むこともなく、ただひたすらに無表情でアキラのことを見ていた。
数千年以上もの間女神としてただ作業し続ける人形のように生きてきた記憶があるだけに、どう表情を変えるのかいまひとつよくわかっていないのだ。
心からの感情の場合は緩むこともあるが、今回のようにちょっとした冗談の類程度では表情が変わることはなく、だからこそアキラも本気で言っているとは捉えなかったのだ。
アトリアは自分の顔を触って伸ばしているが、しばらくしてそんなことをしても自分の表情なんてわからないと諦めたのか、顔から手を離して小さくため息を吐き出した。
「……まあ、実際のところあなたに会いに来たというのはほとんどあっていますよ。九割方の理由はそれです」
九割というと、実質その理由が全てとなる。そこまで行くとむしろ逆に残りの一割の方が気になる。
それでいいのか王女、と思ったが、きてしまっている以上はどうしようもない。
と、不意にアキラは出発する前にアトリアが言っていた『サプライズ』という言葉を思い出した
「お前の言ってたサプライズってこれか……」
「はい」
確かに王女が事前の連絡もなしに泊まっている宿に来るなんて驚きだろうし、サプライズにはなるだろう。だが、驚きであると同時に恐怖でもある。どうして知らせてもいない宿にきているんだ、と。
まあその辺は王女な訳だし調べる配下のようなものがいるんだろうと納得したアキラだが、常にそんなのに見られているんだろうかと思うとちょっと嫌気がしたので、後で魔法をかけて調べておこうと心のメモ帳に記しておくことにした。
「って言っても十日程度でこっちに来るなんて、お前結構無茶したんじゃないか? ……いや、俺が馬でお前が馬車ってことを考えると、お前が出発したのはもっと早いか」
「正解です。私が出発したのはあなたが出た三日後のことです。本当なら一緒に行こうと思ったのですが、どうしても間に合わずこうなりました。それに、結果的にこれはこれで楽しいので良しと言ったところでしょう」
「仕事はどうした。やることはいろいろあるんじゃなかったのか?」
「ありましたが、引き継ぎ処理はしてきましたので問題ありません」
「……俺が出発してから三日で引き継ぎと準備を終えて追ってくる? 無理だろ」
「ええ。そうでしょうね。実際、私が引き継ぎを始めたのはあなたが出発する二週間ほど前でしたから」
「二週間前? ……それって俺がこっちにくるって予定を話した時じゃないか?」
「そうですね」
今回の計画が思ったよりも前から練られていたことで、アキラは再びため息を吐き出す。
だが、実際のところはアキラとしても一緒にいられるのは喜ばしいことであるのは間違い無いので、その辺のことはどうでもいいか、と見切りをつけて話を進めることにした。
「九割って言ってたが、残りの一割はなんだ?」
「一応こっちにくるのは仕事ということになっていますから、それですね」
「仕事ねぇ……外交的なやつか?」
「ええそうです。この国の状況は把握していますか?」
アキラはそう言われてこの国について思い出すが、『状況』と言われて一つだけ普段とは違うであろう異常が頭の中に浮かんだ。
「状況っていうと、トップが事故で死んでかわりが決まっていないって話のことか?」
「それです。その件で我が国への武具や道具の輸出が減っていましたので、どうにかできないかと話をしにきました」
この国は金属製品や装飾品の産地として有名であり、お隣の国であるアトリア達もその恩恵を受けている。
だが、数年ほど前から異常が出始めた。それは些細なことだったが、その些細なことの積み重ねによって今では明らかな異常となってしまっていた。
調べればこの国の王が死んだことによって色々と政務が滞ってしまったとのことだった。それならば次の王を決めればいいとアトリア達も提案したのだが、ここにきて職人達特有の頑固さが発動してしまった。
曰く、「王は一番の職人でなければならない」とのことだ。
だが、その『一番の職人』を決めるには国全体で行われる品評会をする必要があるのだが、品評会は開くにしても準備が必要となるので今まで何もできずにいた。それは外部に何を言われようが変わるものではなかった。
アトリアは今回輸出品に関しての話をするためにここにきたと言っていたが、実際のところアトリアも、許可を出した王も話がつくとは思っていない。ならなんで来たのかと言ったら、現状の確認のため。そしてもし王が決まった時に速やかに動けるように友好関係を切らないようにしておくためだ。
「……まあ、成果が出なくてもどうでもいい単なる口実ですが」
そしてそんな、いたらプラスになるだろうけどいなくても大して変わりはない役割だからこそ、アトリアは今回それを口実にしてこの国に来たのだ。ただ単に、アキラと遊ぶために。
「仕事にきたお姫様がそれでいいのかよ」
「いいのです。これまで休まずに仕事をしてきたのですからこれくらいの遊びは許されるでしょう」
アトリアの言葉にアキラは呆れた様子を見せたが、それでもアトリアはなんら悪びれることもなく言ってのけた。
「遊びと言い切るか。……お前の従者は大変そうだな」
「なんの罪を犯したわけでも、問題行為を繰り返すわけでもないのですから、他の王族に比べれば楽な部類ですよ」
「他の王族は問題あるのか」
「まあ、夜遊びや裏金程度ですけれど」
アトリア以外にも王族は十人以上もいる。その全員が清廉潔白であるということなどあるはずがなく、大半が王族としての地位を使っての『遊び』を行っていた。
しかし、お偉いさんの不正は世の常ではあるが、こうも堂々と言い切られるとアキラとしてもどう反応していいのか微妙に困ってしまう。
「……国民に対してよくもそう堂々と言い切れるな」
そのため、アキラは表情を顰めて苦笑しながらそう返すことになった。
「普通は言いませんよ。ですが、どうせ知ることになるのですし、そもそも知っているでしょう?」
「まあな」
アキラはサキュバスたちを使って夢を見させる店をやっているが、裏では夢を見せている間に情報を引き出すということをしていた。そのため、王都にある組織やお偉いさん方の表に漏れてはいけないような情報などが山のようにあった。
それらを見ていくと、よくもまあこれだけの不正をしたな、と感心したくなるほどの量だ。
今までアキラは女神の生まれ変わりを探すのに忙しく、そんなどこかの誰かのやった不正なんてどうでもいいと思っていた。
だが、アトリアが見つかった以上はあの国で暮らすことになるのだし住みやすくするためにも不正の告発を行なった方がいいんだろうかとアキラは考えたが、その工程を考えるとどうしてもめんどくさいという気持ちが出てきてしまった。
「まあそんなどうでもいい話は置いておきましょう。私は明日歓待を受け、それから一応ここに来た建前である輸出についての話をしますが、それも明後日には終わるはずです。ですので、そのあとは共に街を見て回りませんか?」
貴族たちの不正について考えていたアキラは、アトリアに話しかけられたことで頭を切り替えることにした。
アトリアの提案は嬉しいが、だが一応とはいえアトリアは王女としてここにきたのだ。そんなやっつけ仕事のように手抜きでいいのだろうか、もしかしたら後でイチャモンをつけられるのでは、と彼女の立場について少しばかり不安に思ってしまう。
「いいけど、そんなに簡単に終わるものなのか? もっと一週間とかかかるんだと思ってたんだが」
「本来はそうですね。話して持ち帰って相談して、そしてまた話して……それの繰り返しです。ですが、それは無意味にごねるから時間がかかるのです。今回は結果は見えていますからすぐに終わりますよ」
「失敗という結果が、か?」
「話しをしたという事実が大事なのです」
アキラの言葉に対し、アトリアは相変わらず表情には何も出ないが、その様子はどこか楽しげで満足げなものだった。
「まあ、俺の方は特に何をしているってわけでも……まあ、ないな」
何もしていないと言いかけて剣を作っていることを思い出したが、実際にアキラがやっていることなどほとんどない。
そして今は冒険者としての依頼も受けているが、あちらは成功してもしなくてもペナルティーも何もないので気にする必要もない。
なので、アキラは何もしていないのだと言い切ったのだが、その様子が何かを隠しているように思えたのかアトリアはスッと僅かに目を細めてアキラを見つめた。
「……ふむ。何か面白そうなことをしている感じですね」
「いや面白いってか、お前の剣を作ってもらってるんだよ。それから冒険者としてちょっと暇つぶしをな」
「私の剣ですか……わかりました、協力しましょう」
隠したところですぐに知られるだろう、と考えアキラは正直に話したのだが、まさか協力を申し出られるとは思っても見なかった。
「協力って……」
「私の剣を作っているのでしょう? 私が使うのですから、私が実際に振って見たほうが作る側としてもやりやすいと思いますよ?」
「まあそうだろうけどさ……贈る相手が立ち会うってのはどうなんだ?」
「私は気にしません」
普通贈り物を用意する段階で立ち会うことはないだろう。
服や指輪、靴などであれば採寸などが必要になるので一緒に、というのもわかるが、初戦は剣だ。靴や指輪のように絶対に本人の協力が必要というわけでもない。もちろんいいものを作り、その人物にとっての一点ものを作るのであれば協力は必要だろうが、それでも今回の贈り物の理由を考えると王女本人に協力してもらうのはどうなんだと思わなくもない。
だが、アトリアがいいのならそれでいいかと、考えにケリをつけてアキラは頷くことにした。
「まあ、いいか」
「ではそのように。……それから、夕食がまだでしたら共にいかがですか?」
「ぜひ」
そうしてアキラとアトリアは立ち上がると部屋を出て街へと繰り出していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます