第136話坑道の調査
十日後。
アキラは一通り街の観光と街の周辺の調査を終え、とうとう以前冒険者組合で見つけた依頼を実行しようと動き出したのだった。
依頼を受けてからすでに一週間以上経過しているというのにいまだに動き出していなかったのは遅いと言われても仕方のないことではあるが、アキラにとって依頼など単なる暇つぶしでしかなかったので特に機に求めていない。
組合としても受けてくれる者などいないのだから期限を定めることもしていないし、アキラがその依頼をまともに調べようがそうでなかろうがどちらでもよかった。調べてくれる——というか意識に留めておいてくれるというだけでありがたいことであった。
「で、ここが例の場所っと」
そうして依頼の調査を行うために目的地である廃坑にまでやってきたアキラだが、その両手にはここに来るまでの間に買った屋台の料理が握られていた。どうみてもこれから魔物のいる領域に行く者の格好ではない。
何かが行われているとして、その何かを行なっている人物がいたとしても、今のアキラの状態を見ればただの子供が迷い込んだように見えることだろう。それぐらいに緊張感にかける格好だった。少なくとも冒険者に間違われることはない格好だ。
「……確かに痕跡はあるな。すっごい薄いから場所まではわからないけど」
だが、そんな依頼を受けるにはあまりにも不適格な格好をしているアキラだが、やるべきことはしっかりとやっている。
元々アキラにとって死霊や精神に類する類の魔法に関係すること、およびその痕跡を見つけることなど片手間でできることでしかなかったのだから、手に持っているのが杖だろうと本だろうと、屋台の食べ物だろうとなんら変わりない。見た目という意味では圧倒的に違いはあるが、そこは自分では自分を見ることなどできないのだから気にならないのだろう。
「まずはこっちだな」
アキラは廃坑にたどり着いたことで依頼にあったおかしな痕跡を見つけることができたが、その反応はどこからのものなのかよくわからなくなっていた。それはアキラの捜索範囲が広すぎることが原因だった。
異変の反応はある。だが、それがどこにあるのかまではわからない。せいぜいがその異変の反応がある方向がぼんやりとわかるくらいだ。ぼんやりと、であっても今まで誰もわからなかったものがわかるのだからその索敵能力は凄まじいと言える。
ここで反応がするということは十中八九坑道の中で何かが起きているんだろうとアキラは考えたが、組合の依頼としては坑道の中ではなく外に何か異変があるのではないかと考えられており、そちらを中心とした調査が望まれていた。
そのため、アキラは廃坑となった坑道の中ではなく、まずはその周辺から調べるべく、坑道から足を背けて森へと進む道に向かって歩き出した。
「意外と意外。見た目は黒い塊のくせして、なかなか美味しいじゃないか。見た目だけなら炭の塊なのに」
森の中を進みながらアキラは道中で買った屋台の食べ物を口に運んでいく。今アキラが食べたのは見た目が真っ黒な焼き菓子、というと不味そうに聞こえるがれっきとした食べ物であり、黒いのはそんな色をした果物を混ぜているからで、決して焦げただけのクッキーではなかった。
見た目が悪い代わりに安く、あまり裕福ではない子供たちにとっては定番のおやつの一つとして人気な商品である。
「こっちも意外だな。美味しいかって言われたら微妙だけど」
カラフルな見た目をした飴。その味は見た目の華やかさと同じく様々な味を感じられた。
色毎に違う味のする飴を使っての飴細工。見た目は華やかで楽しいが、食べる分には普通の飴でいいや、とアキラはバリバリと噛み砕いていった。
風情も何もあったものではないが、芸術に差して興味がないものにとってはこんなものだろう。むしろ食べづらい分普通の飴の方が気軽に食べられて美味しいとさえ感じるかもしれない。
そうこうして色々と食べながら歩き続けたアキラだが、ふとその足を止めることとなった。
「魔物は健在か。この辺は森じゃなくて普通に道があるって話だったんだが、あるのは獣道だけ……見事に森に飲まれてるな」
アキラは現在森の中を進んでいるが、その植生はだんだんとおかしなものに変わってきていた。
植物の見た目自体がおかしいというわけではない。ただ、その生長の差があまりにも違いすぎるのだ。
それまでアキラは森の中に作られていた道を進んでいたが、その道は段々と植物に侵されたことで狭まっていき、今に至ってはすっかり道が植物によって覆い隠されてしまっていた。
それでも調査隊やアキラの他に調べにきた冒険者たち、その他諸々が調べるために森の中に入っていったのだろう。植物たちをかき分けた獣道ができているが、いってしまえばそれだけだ。
普通坑道のような人の出入りの多い場所は、万が一が起きないように周辺の魔物を狩って安全を確保するものだ。
だが、アキラが周囲の反応を調べてみる限り魔物——報告にあったアンデットの反応はしっかりと存在しており、ここはすっかり人の世界から離されてしまったようだというのが理解できた。
「聞いた限りでは坑道の周りに何かあるんじゃないかって話だったけど……反応は坑道の中からもだな」
組合が坑道の周辺の調査を、などという依頼を出したのはこんな森の状況を知っていたからだろう。確かにこの状況を見れば坑道そのものではなくその外、森の中に何かがあると考えるのはおかしなことではないだろう。
だが、アキラの感じている反応は森の中ではなかった。もちろん森の中にもおかしなものは感じている。が、それと同時に坑道の中からも何かを感じ取っていた。
「とりあえず、他に異常があったらあれだし、本命は後回しにして周りを調べてみるか?」
坑道とその周辺の森。どちらが本命かはわからないが、アキラは坑道の方が本命だろうと思っていた。でなければわざわざこんなところを選ぶ必要はないのだから。
何かをやるのに森が必要なら別の場所に行ってもいいはずだ。だというのにこの場所を選んだということはこの場所でなければならない何かがあるということで、この場所の特別なものと言ったら、それは廃坑となった坑道しかなかった。
故にアキラは坑道の中こそが本命で、この森は目眩し、もしくはただ異変の反応が周辺に漏れてしまっただけではないかと考えた。
「魔物魔物魔物……魔物だらけで人の痕跡はない、か」
アキラは獣道をかき分けながら進んでいるが、周辺には命の反応はあるものの、それは人の反応ではなく魔物のものしかなかった。誰かが何かをしているのであれば人の反応、もしくはその残り香くらいはあってもいいものだが、そういったものも見つけることができず、本当に魔物の楽園となってる状態でしかない。
楽園、と言ってもそこにいるのはアンデットばかりなので、どちらかというと地獄の様相をしているが。
(こっちには人は来てない? だがそれだとどうしてこっちにアンデッドが出たのか不思議なんだよな。目眩しか偶然か……。この辺のアンデッドは術者が自身の場所を誤魔化す目眩しの目的のためにやったんだとしても、それほど離れた場所には生み出すことはできないだろうし、こっちにこれだけの数がいるってことは誰かしらがこの森の奥に定期的に来てるってことだ。なら定期的に来てる痕跡があってもおかしくない)
森の中にはアンデットが徘徊しているが、アンデット以外にも魔物は存在しているし冒険者だって森の中には入っている。そうなれば当然アンデットたちは徐々にその数を減らしていくはずだ。
だが、アキラが調べた限りではアンデットの数は大して減っているようには思えないほどの数が感じられており、それはつまり誰かが定期的にアンデットを生み出しているということになる。
自然的な発生、というのもないわけではないが、それにしてはこの場所はアンデットの発生条件から外れているようにアキラには思えた。
そんな理由も相まってアキラは誰かが定期的にこの森に入ってアンデットを作っているんだろうと考えた。のだが……
「だけど痕跡は何もなし。となると……坑道の入り口はひとつじゃない、かな?」
廃坑の入り口から今の場所に来るまでの間、アキラは人間の存在もその痕跡も見つけることはできなかった。ということは、だ。今アキラが通ってきた道以外にも森の奥に進む通り道があるということになる。
だが、森に入る入口はここしかないと組合からの情報にはある。なら、他に誰にも知られておらず、知られることなく進むことのできる道が存在しているということになる。
そして異変のある坑道の奥から森につながっている道があるのであれば、その疑問の答えになる。
「坑道そのものは生き物じゃないから精神に干渉できないし、元凶の心を直接読めれば道があるかどうかわかるけど、それなら普通に捕まえておしまいだしなぁ」
異変を生み出している元凶の心を読むことができれば坑道の隠し通路などは見つかるかもしれないが、そもそもそこまで干渉することができるほど近づいたのであれば普通に捕まえてしまえば終わりだ。
隠し通路のことを知ってめんどくささが増したと感じたアキラはため息を吐き出してから踵を返し、再び坑道の入り口へと戻るべく森の中を歩き出した。
「外道魔法の使い手かぁ。いたとしてもろくに話ができるわけないよな……」
森の中から抜け出して行動に戻る最中、アキラはふとそんなことを呟いた。
アンデットを生み出したり操ったりすることは外道魔法の領分だ。それはひどく不気味で、場所によっては迫害の対象になるだろう。何せ死体を操る術なのだ。不気味でないはずがない。
だからこそアキラは外道魔法の使い手として教会から嫌われたわけだが、アキラ自身自分の力に関して他人から見たらそうなるだろうなとは理解している。
「まあ、どちらにしても会わないって選択肢はないけど」
ただ依頼だから捕まえるにあたって会わないわけにはいかないというだけで、そこには同じ外道魔法師だからどうこう、なんて親近感のようなものはかけらもなかった。
「……日が落ちるか。微妙な時間だし、どうすっかなぁ」
坑道の入り口に戻ってきたアキラだが、空を見上げるとそろそろ日が落ちるだろうという時間になっていた。まだ明るいが、このまま調べるために坑道に入って行っても大したことは調べられないだろうし、深入りしすぎてしまえば門が閉まってしまうという微妙な時間だったので、アキラは一旦街へと戻ることにした。
「今日はこの辺にしておくか」
(全力で魔法を使って調べればわかるかも知れないが、どこにいるかわからない対象に使うと頭痛くなるから嫌なんだよな)
周辺にいる生き物全てを調べることのできる魔法を使うことができるが、それをやるとあまりにも多すぎる情報のせいで頭痛がしてしまう。切羽詰まった状態であれば痛み程度なら許良するが、アキラとて好き好んで痛みを感じたいわけではない。できることならばそのような痛みなど遠ざけておきたいと思うのは当たり前のことだ。
「まあ、剣が完成するまでまだかかりそうだし、元々暇つぶしでやってたんだ。五年も放っておいたわけだし、今更俺が急ぐ必要もないか」
そう呟くとアキラは坑道に背を向け、街へと向かって歩き出した。
——のだが……
「お帰りなさい」
「え?」
アキラが泊まっているはずの宿に戻ると、なぜか部屋の中にはアキラのよく知っている女性がいて、部屋に入ってきたアキラに剣を突きつけてきた。
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