第135話久しぶりの冒険者活動
「すみません。親方さんはいらっしゃいますか? 約束していた者なんですけど」
「ああ、昨日の。いますよ。今呼んできますね」
剣を作ってもらう約束をしたアキラは、翌日再び同じ工房へと訪れたのだが昨日と同じように店に入ってきたアキラを対応したのは親方本人ではなく、その弟子であり店員でもあるドワーフだった。
その弟子の男性は周りにいた他の者たちに声をかけると奥へと引っ込んでいき、アキラはその場に待たされることになった。
だがそのアキラが待たされている間、自分達の師であり工房の代表でもある親方に認められ、直接剣を打ってもらうことになったアキラに対し、ドワーフたちは興味津々と言った様子で仕事をしながらもチラチラとアキラのことを見ていた。
「奥に来てほしいそうです」
そんな様子に気がつきながらも何をするでもなく居心地悪く待っていたアキラだが、それほど待たされることな先ほど奥へと向かった男性が戻ってきてアキラのことを案内した。
「おう、来たな」
そうして向かったのはこの工房の親方専用となっている鍛冶場——ではなく、その隣に存在している設計室だった。
意外に感じるかもしれないが、ドワーフたちは依頼を受けたらすぐに鉄と金槌をとってただ好き勝手に武具を作るのではなく、しっかりと考え話し合い、設計図を書いてから鍛治に挑むのだ。
むしろ依頼を受けたにも関わらず設計図を描かない状態での鍛治を嫌うほどだ。この辺は職人のこだわりや矜持というものだろう。
頼まれた以上は依頼人の望む最高のものを作る。それがほぼ全てのドワーフたちの共通した想いだった。
「まずはどんな剣を作るかだが、なんでもいいから情報をよこせ。贈り物なんだろ? 俺は実際に剣の姫ってのを見たことがねえからそいつに合わせた専用の剣ってのは作れねえぞ。どこまでいっても汎用のもんしかできねえ。俺の好きに突き抜けたもんを造って良いってんならできるが、そりゃあ贈り物には相応しくねえだろ。知らなきゃなんも作れねえ」
ベイグは本来依頼人自身の剣しか作らない。なぜなら剣というのは同じに見えて重心や性質などが全て違い、最適な剣というのは使う者によって異なるからだ。自身の腕に自信があるからこそ、半端なものは作りたくないという想いがあった。
だが、今回は本人ではないにも関わらず作ることとなった。それは多少不本意な結果ではあるが、作ると決まった以上は真剣に全力で作るのがベイグだ。
故に、知れることがあるのであれば、できる限り全てを知りたいと思ったのだ。好みや性格、体格な度を知るだけでも十分参考にはなり得るから。
「使う剣技は俺と同じものですから参考にはなると思いますし、力は魔法で強化すれば同じくらいにはできるはずです。それから姿ですけど……あー」
アキラはアトリアについて話していくが、ふとその途中で何かに気が付いたかのように言葉を止めた。
「どうした。なんかあんのか?」
「魔法で姿を映すことができます。実際に触れるわけじゃないですけど、体格の確認程度ならできるかと」
「そうか。ならそれで構わん。やってくれ」
ベルグの言葉を受けてアキラは頷くと、自身たちから少し離れた位置に魔法を発動した。
魔法の発動による僅かな光が発生した後、その場には一人の女性の姿が存在していた。アトリアだ。
アキラは言葉で説明したところでその詳細は伝わらないだろうと考え、であれば魔法で映像を見せたほうが正確にわかるだろうと後リアの立体映像を作ることにした。
「これが剣の姫の姿です。それから、これが戦っている様子です」
「な……こ、りゃあ……」
実物と見間違うほどに精巧に作られ、威圧感すら感じるほどのアトリアの姿に驚いたベルグだったが、アキラの言葉と同時に剣を抜き、それを振るい始めたアトリアの姿を見て言葉を失ったように魅入っていた。
アトリアの動きは最初はただ剣を振るうだけであったが、次第に誰かと戦うかの如くその動きは変化していき、最後にはアトリアの持っていた剣が折れておしまいとなった。
「……これが彼女と俺の戦った時の記憶です」
これはアトリアにあってから試合以降にも手合わせを行なった際の記憶だ。その際アトリアは木の棒ではなく木剣や模擬剣を使うが、大抵が彼女の動きについてこれず戦いの半ばで折れてしまっていた。
そんなことを何度も体験したからこそ、アキラはアトリアのために剣を用意しようと思ったのだ。
だが……
「……? あの?」
「っ! あ、ああ」
アキラの言葉になんの反応もしめさなかったことを不審に思い、アキラはベルグの顔を覗き込むようにして再び声をかけると、ベルグはハッとしたように意識を取り戻し、返事をした。どうやら今見ていたアトリアの剣技に圧倒され、その剣の技に魅入られていたようだ。
「……凄まじいな」
僅かなのちに呟かれたのはそんな心の底からでたであろうと理解できる呟きだった。
「直接会えねえってのは残念だが、こんな凄え奴相手に剣を作れんのか。はっ! やってやろうじゃねえか」
ベルグは部屋の隅に置いてあった樽の中に無造作に突っ込んであった何本もの剣を取り出し、それを近くにあった大きな机の上に並べていく。
「まずは──おい、こん中から一番良さそうなやつを選べ」
そう言いながら示されたいくつもの剣。これは基礎だ。全くの無から作るよりも、ある程度参考になる基準があったほうが色々と考えやすいため、いくつものバランスの違う剣を用意したのだ。
その中からアキラは一振りずつ手に取って確認していく。
「これが一番近い気がしますが……重いですね。使えないことはないでしょうけど、もっと軽い方がいいです。後は切れ味もあったほうがいいですけど、それよりもできるだけ丈夫に。最低でも俺が使った〝アレ〟に耐えられる程度には」
「軽く、ね。軽くて丈夫で切れ味も良くてってか? そいつができたら最高なんだがな。つーか誰だって目指してる場所はそこだ」
軽く、かつ強靭にというのは、ベルグの言ったように鍛治師にとって到達点とも言える。剣に限らず鎧だって重いよりは軽いほうがいい。
だがそんな到達点を簡単に口にするアキラ。普通なら呆れられたり他の要求に変えさせたりするものだが、先日見せられたアキラの魔法、そして今しがた見たアトリアの映像を知ってしまえば、その要望も当然だとベルグ思えた。
「まあ、やってやらあ。あんな剣の使い手に半端なもんを出してたんじゃあ、二度と鉄を打てねえわな」
妥協して作ったものでは意味はなく、それこそ人生で最高傑作と呼ばれるほどのものでないと相応しくない、むしろそこまで行っても届かないかもしれない、とさえ思っていた。
だがそれでも、ベルグは職人としての意地がある。諦めることなんて考えず、ただ真っ直ぐに先ほど見た剣士にふさわしい剣を作ることだけを意識していた。
「数打ちじゃねえんだ。一本作るにしても時間がかかる。おめえはその間に好きに動いとけ。朝にだけ顔を出せばそれでいい」
そういうなりベルグはすぐさま設計台へと向かい、どかりと勢いよく腰を下ろすとペンを取って何かを描き始めた。
その様子から邪魔をしてはいけないだろうと思い、アキラはその場を離れ、他の従業員たちに状況を話して挨拶をしてから工房を出ていった。
その後特にすることもなく暇になったアキラは、ぶらぶらと屋台を回りながら冒険者組合へと向かうことにした。
「よおアキラ。剣は順調か?」
「ナバルさん?」
冒険者組合へとたどり着くと、そこには先日世話になったナバルと偶然にも遭遇することとなった。
「あのおっさんは気難しいが腕は確かだからな。何せ次の審査会の優勝候補だし、期待していいはずだぞ」
「そうだったんですか?」
「ああ。お前は知らなかったみたいだが、あのおっさんの名前を聞いて武器を頼みに行く奴はかなりいる」
「なるほど。だから俺への態度があんなだったんですね。その名前だけで依頼にきた者と同じだと思って」
「ま、そうだな。……ところで、お前は何してんだこんなところで」
「毎朝顔を出すだけで他はいらないと言われたので、冒険者らしく活動しようかなと」
「あー、なるほどな。確かにつきっきりでみてる必要はねえか」
アキラの言葉に納得すると、ナバルは何度か頷いてからアキラにこの街の組合を紹介することを思いついた。
「つってもお前まだこの街に来てからそんなに経ってねえだろ? 案内すんぜ。……組合の中なんてのは大抵同じような作りしてっから迷うこともねえだろうけどな」
「いえ、ドワーフの国での組合は初めてですから、教えてもらえると助かります」
事実、アキラはこの国に来てから今日初めて冒険者組合にやってきたのだ。同じ冒険者ギルドであり、隣国であるとはいえ、それでも人間とドワーフという違う種族が治めている国であることに変わりはない。
なので細かいところで違いもあるだろうから、初めてであれば変に勝手に行動するよりも案内して教えてもらったほうがいいだろうとアキラは考えた。
「ナバルさんは何か依頼を受けたんですか?」
「俺か? いや、今日は受けてねえな。昨日終わったばっかだし、今日は休養日だ」
「ああ、じゃあ昨日は依頼が終わった直後だったんですね」
軽く話しながら二人は歩いて行き、人だかりの前へと到着した。人だかりといっても時間が時間だからだろうか、人はそれほどいないが、それでも数人ほどが大きな板の前に集まっていた。これは依頼の張り出しがされている掲示板だ。
「ここに依頼が張り出されてる」
「……場所が違っても依頼そのものは同じようなものですね」
「まあそうだろうな。変わるのはいる魔物くらいなもんだ」
そんなことを話しながらアキラは掲示板へと目を通していくが、その中の一つに目が止まった。
「ん? これはどうしたんですか?」
そこにあったのは坑道付近のアンデッドの群れの原因となっているものの除去。
アンデッドが発生するには必ず何かしらの原因がある。それを除去するというのは依頼としては珍しい部類だが、珍しすぎるということもない、まあ普通の依頼だ。
だが、その日付は普通ではなかった。
「なんだか五年も前に出された依頼みたいですけど」
そう。よく見るとその依頼は依頼が発行されてから五年もの年月が経っていたのだ。普通であれば半年もしないうちに誰かが受け、それ以降は組合の方で回収し、掲示板から剥がすのだが、その依頼だけは五年もの間張り出され続けていた。
「あ? あー、それな。結構前から出されてんだけど、なんもわかんねえんだ。外道魔術師が根城にしてるわけでもないし、これと言って原因があるわけでもねえ。坑道に関係してっから注意喚起の意味で今でも一応張り出してっけど、受ける奴はいねえし、定期的に教会の魔法使いが浄化してるくらいだな」
ドワーフだけあって、坑道での依頼は多い。主に魔物の討伐や採掘中の護衛がほとんどだが、そういった依頼を受けるものたちへの注意を促すためにも、組合は誰も受けないであろうその依頼を張り出し続けていたのだ。
「でも五年って相当ですよね。それなのに見つからないんですか?」
「ああ。元々、その辺りは魔物が多かったんだ。その坑道だって、魔物の処理に割に合わないってんで捨てられた場所だ。多分その坑道の奥かその周辺の森にアンデッドを産む魔力溜まりみたいなのがあるんだろうって話だが、実際に見るまではわからねえな」
ナバルはそう言って肩を竦めたが、その様子はまるで自分には関係ないとでも言っているかのようだった。
実際、五年も経っているのに何も起こらないのであれば、たとえ魔力溜まりが存在していて魔物が現れたとしても、定期的に浄化はしているわけだし大したことにはならないだろうと誰もが思っていた。
本当に依頼通りのものがいるかどうかも分からず、ただの徒労に終わるかもしれない依頼。金も時間もかかり、損しかないであろう依頼を受ける者は誰もいない。
「ふーん。じゃあこれにしてみます」
しかし、アキラはそんな依頼を手に取った。
「おい、聞いてたろ。見つかんねえぞ」
「そうでしょうけど、俺も真面目に受けるつもりはありませんよ。この国にもこの街にも来たばかりですし、道を把握するためにも適当に歩こうかなと。目的がないよりあったほうが歩きやすいですし、とりあえずはそれを目的にして歩き回ろうかなって」
「そうか。まあ、そういう理由ならちょうどいいかもな」
アキラの答えにナバルは一応の理解を示したが、今言ったアキラの言葉は本心ではない。アキラは幻術の類をよく使うが、本来の力は魂の管理だ。
一応この世界にはアキラではなく『死』を司る神はいるし、アンデットはその神の領分だと思われているが、実際には違う。その神が管理しているのは、あくまでも『死』と『死後』に関してであって、この世界に残っている死者——アンデットに関しては管轄外だった。
あくまでも死後の世界から魂を引っ張ってくる際に関わりがあるというだけで、こちら側に引っ張ってしまった後は『死』を司っている神とは関係がなくなる。
つまり、アンデットとは、夢魔と同じく自分たちを庇護する神がいない状態だった。
そこに現れた『魂』を司るアキラ。魂とはこの世界で活動している以上は生者も死者も関係なく持っているものであり、であればアンデットの操作もアキラの力の範囲内。感知もお手の物で、遭遇しても対処も可能となったら受けない理由がない。
「ま、なんか見つけたらしっかり報告しておけよ」
「ええ、わかってますよ……あ、ついでにどこか観光に向いてる場所ってありませんか?」
「観光って、お前なあ……」
一応とはいえ、これから危険な場所に向かうというのに観光に向いている場所など聞いたことで呆れられながらも、色々聞いたアキラは組合の建物を出て歩き出した。
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