第134話剣造りの条件

 ドワーフのナバルに案内されてアキラが連れてこられたのは一軒の工房だった。


 連れてこられた工房の様子は、お世辞にも繁盛しているとは言えないようなものであった。

 客はたった今やってきたナバルとアキラ以外にはおらず、それどころか店舗部分で客を相手にする従業員すらいない有様だ。初見の場合はこの店が営業しているのかどうか以前にそもそも人がいるのかと疑問に思うことだろう。


 だが、それは見た目だけだ。見た感じは営業しておらず誰もいないように見えるが、奥から感じる熱気と、同じく奥から聞こえる金属を打つ音を聞けば人がいることがわかる。


 しかし、店舗に人がいないという事実は変わらない。

 そんな店の中に入って行ってもいいのだろうか、とアキラが迷いながら店の様子を確認していたのだが、そんな店の中をナバルは勝手知ったるとでもいうかのようにズンズンと中へ入っていく。


「おっさん、いるかー! 客だー!」


 そして、明らかに作業中であるということがわかっていながらもナバルは大声を出してこの店の者へと呼びかけた。


 突然の大声に店の中で働いていたドワーフたちは驚いた様子でナバルへと視線を集め、アキラも顔をしかめてナバルを見るが、当の本人はなんでもないかのように堂々としている。

 ドワーフは気難しいというし、作業中にそんな声をかけたら怒られるんじゃないだろうかと思ったが、声をかけたナバルもまたドワーフだったことを思い出した。

 そのためアキラは、任せておけば大丈夫だろうと、大丈夫でなくてもなるようになるだろうと任せることにした。


「ちょ、ちょっとナバルさん! 親方は今——」

「……んだぁ。……ああ、おめえさんか。どうした。武器はこの間手入れしたばっかだろうが」


 ナバルのことを止めようと従業員の1人が止めようとするが、その言葉の途中で奥から1人のドワーフが現れた。

 現れたのはどこか不機嫌そうな雰囲気を醸し出しているドワーフの男性で、その体は煤で汚れている。先ほどまでの音を聞くに、つい先ほどまで鍛治を行なっていたのだろうとわかる。


「客だ客。おすすめ教えろって言われたからここに案内したんだよ」


 相手の不機嫌そうな様子など気にすることなくナバルはそう言いながら体をずらし、背後にいたアキラがおっさんと呼ばれたドワーフから見えるようにした。


「客だあ? あん? そのガキは……」


 ナバルから客と言われて視線をナバルの背後にいたアキラへと移したドワーフだが、そのドワーフはアキラの姿を見た瞬間に不機嫌そうな様子にさらに不機嫌さを重ね、その表情は怒りへと変わっていた。


「おい、なんでそいつが一緒にいんだ。お前のツレか?」


 声は静かなまま、だが先ほどに比べると明らかに固く、険しい声音となっている。


 その様子だけでなぜこのドワーフが、そして周りの従業員たちが怒っているのかを察したナバルは、一瞬だけ顔を顰めると背後にいたアキラへと振り返った。


「あー、アキラ。お前もうここにきたんだな」

「ええ。並んでる品を見た限りでは腕はそれなりに良かったので来たのですが、断られてしまって……」


 ナバルの確認にアキラが答えると、ドワーフの鍛治師は怒りを抑えきれなかったためか、近くにあったカウンターに拳を叩きつけて口を開いた。


「当然だ。武器ってのは使い方を間違えれば簡単に人を殺す。俺ぁな、自分の造った武器に誇りを持ってる。どれもが自信を持って勧めることのできるもんだ。そんな俺の誇りが、腕もねえ素人にふるわれたりただの飾りにされるだなんてぇのは、見過ごせねえんだよ。……三度目はねえ。さっさと帰れ」


 その表情を見ただけでどれほど真剣なのかが見て取れる。

 ナバルは普段は見ない知り合いの様子に目を見開いて驚いたが、その言葉の中にあった単語が気になり、眉を顰めながら呟いた。


「飾り?」

「誤解です。俺は造ってもらった剣を飾りにするつもりはありません。金はいくらでも払うと言うのは、仕事に対しての対価を値切るつもりはないと言うつもりで言いましたが、それが誤解させたのであれば申し訳ありません。ですから、お願いします。どうか剣を造っていただけないでしょうか?」


 怒りを宿した真剣な瞳を、アキラは真っ直ぐに見つめ返した。


 そのまま二人は睨み合ったまま動かず、ナバルも何も言わずに立ったまま時間だけが過ぎていく。


「……誤解、か……」


 そうして二人が睨み合ってから数分。

 一瞬たりとも目を逸らすことのなかったアキラに対して、ドワーフの方が折れ、怒気を鎮めて視線をアキラから外した。


「確かに誤解はあったのかも知れねえな」

「では……」


 お互いの考えのすれ違いがわかったのであれば、今度こそ自分の依頼を受けてもらえるんだろうと思ってアキラは声に喜色を混ぜて言葉を紡ごうとした。


 が、それは鍛治師の男がもう一度カウンターを叩いたことで止められてしまった。


「だがよお。おめえ、さっき俺の剣をなんつった? それなりだあ? はん! 俺の剣がそれなりってんなら、おめえはもっとすげえのを見たことがあるってんだろうな? ああん?」


 この鍛治師を行なっているドワーフは自分の作品に自信を持っていた。それはこの男だけではなく、生産職を営んでいるドワーフ全員に言えることだ。

 だが、そんな自信を持った作品に対して、アキラは「それなり」だと評価した。

 自分よりも格上——それこそ議員になるような実力者に言われたのであれば、悔しいことだが納得はできる。

 だがアキラは素人だ。剣を作ったことどころか、鉄を打ったことすらない素人に「それなり」などと言われてしまえば、プライドが傷つけられるに決まっていた。


「ええ、一度だけ」


 だが、アキラはそんな先ほどとは違う理由で怒りを滲ませている鍛治師の男に対して、態度を変えることなく淡々と、それが当然であるかのように告げた。


「あ?」


 まさかそんな答えが返ってくるとは思いもせず、鍛治師の男はその身に纏っていた怒りを散らしてしまった。


「見た目はただの剣でした。けど、そこから感じる存在感はただの鉄の塊から感じるものではなかった。ここの剣も上物であるのは間違い無いですが、アレには届かない」


 そう言ったアキラの顔はどうにも楽しそうで、目はここではないどこかを見ているかのようだ。

 アキラの見ているのは女神として存在していたアトリアと戦っていた時だ。あの時がアキラの人生の中で一番充実していた。必死になって戦い、それこそ死に物狂いで足掻き続け、その果てに見た『剣の神』とその神の振るう剣。人を殺す道具であるはずの剣は野蛮と言ってもいいはずなのに、アキラにはこれ以上ないくらいに美しい芸術に見えていた。


 そんなものと比べてしまえば、たかがドワーフ程度の作った剣など、そこらの鈍となんら変わらない。


「……はっ! そんな剣があるなら見てみてえもんだなあ」


 だが、アキラが何を思っていったのかわからない鍛治師の男はそんなアキラの様子が気に入らない。


 だからこそ、もしかしたら本当に見たことがあるのかもしれないと思いながらも、その考えを振り払うかのように挑発げに言葉を放つ。


「それができれば良いんですが、あいにくと手元にはないもので」

「だろうな。んな剣があるはずがねえんだからよ」


 見せることはできない。だが、記憶の中に確かに存在している女神の剣を否定されるのは気に入らない。


 だからこそ、アキラは女神の剣をのものを見せることができなくとも、それに近しい剣を見せることができれば多少なりともこの鍛治師からの評価を変えることができるだろうと考えた。


「……そうですねぇ……あの剣、おいくらですか」


 アキラは店内を見回すと、カウンターの向こうにあった壁にかけられている剣に目を止めた。

 それはこの店の中で一番出来がいいだろうと思えるもので、事実その通りだった。


「ああ? ……一千万だ」

「ではいただきますね」


 何をするのかわからない。だが、それでも何かをするだろうということはわかったので鍛治師の男は眉を顰めながらも答えた。

 だが、答えられたそれは一般人からすればおいそれと払えるような額ではなかった。


 しかしながらアキラはそんなことを気にした様子を見せず、ポーチの中に手を突っ込み、袋を取り出すとその中身を確認してからカウンターの上に置いた。

 そして従業員たちの間を縫ってカウンターの奥へと向かい、壁にかけてあった剣を手に取った。


「見ていてください」


 そう言うとアキラは先ほどまで壁にかけられていた剣に一つの魔法をかけていき、振るう。


 その一振りは全力というわけでもなく、これと言って力を込めたわけでもない軽い一撃だった。

 だがその一振りは空気を切り裂き、周囲にいた二人に『斬られる』と錯覚させるほどの圧を感じさせた。

 だが……


「ああ。まあやっぱりそうなるよな」


 アキラの振るった剣はアキラのかけた魔法に耐えきれず、塵となって崩壊した。


 崩れ去る剣の様子を見てもアキラはそんなもんだろうと、どこか納得した様子だったが、同時にどこか悲しげでもあった。


「お、おい。何したんだ?」


 そんなアキラの言葉を聞いたからか、それまで呆然としていたナバルは恐る恐ると言った様子で戸惑いながらもアキラに声をかけた。


「一つ魔法を使っただけです。いや、魔法未満の出来損ないというか……」

「そりゃあどういう──」

「おいガキ。今、何した」


 どこかはっきりとしないアキラの言葉にナバルはさらに問いかけるが、そんなナバルの言葉を遮って鍛治師の男が問いかけた。


「魔法を込めました。俺には適性がないから中途半端な物になりましたが、それでも、『そんな程度』の魔法であっても耐えられない。それはご理解いただけたと思います」

「今のは俺から見ても凄え力を感じたぞ。それが中途半端だと?」

「ええ。今の魔法は、『剣』という存在を上乗せする魔法です」

「上乗せ?」

「この魔法をかけられたものは、『剣』としての格を極限まで引き上げられる。それこそ、剣の神が使う『なんでも斬ることのできる神剣』に届くほどに」


(正しい説明じゃないけど、概念とか言ったところでわからないだろうし、なんとなくわかってもらえれば良いか)


 そのアキラの説明を聞いてその場にいた二人は唖然とするしかない。何せ剣の神の神剣と同等だと言ったのだ。

 それは勇者の使う聖剣とは違う。聖剣のような勇者が使う神器は、所詮は人間ように調整された劣化品でしかない。オリジナルの神が使う神器はもっと凄まじいものだ。

 それと同等など、冗談を言っているとしか思えない。


 だが、二人のドワーフはそんなアキラの言葉を否定できなかった。何せ、先ほどまでそこにあった剣からは、確かに神剣だと言われても納得できるほどに鋭い存在感があったのだから。見ただけで斬られてしまったと錯覚するほどの存在感など、神剣以外にありえない。そう、思ってしまった。


「けど、魔法による肉体強化もそうですが、元となる器が弱いと、魔法に耐えられないで自傷する。……まあ今回は俺の魔法が未熟だったから負荷が大きかったというのもありますが、それでも万全でない魔法に耐えられなかった、という事実は変わりません」


 要するに、剣が出来損ないだったと言っているのだ。

 だが、鍛治師の男はそれを否定できなかった。あれほどの力を受ければ壊れるのは当然だと、自分自身で思ってしまったから。


「……おい。お前が見たっつう凄い剣なら、その魔法にも耐えられるってのか?」

「もちろん」


 アキラの言っているのは神器。それもオリジナルの神剣のことだ。剣の女神の象徴たる剣が、先ほど程度の魔法で砕けるはずがない。


「は」


 迷うことすらないアキラの言葉を聞いて、鍛治師の男は小さく笑いをこぼした。

 その笑いにどんな思いが込められていたのか、アキラにはわからなかったが、それでもそれは決して悪いものではないんだろうというのは理解できた。


 そして鍛治師の男はアキラの願い通り剣を作るために、アキラに背を向けて工房の奥へと進んでいく。


「……来い。お前の剣を打ってやる」


 だが……


「すみませんが、俺の剣じゃないんです」


 そう。アキラは剣を作りにきたが、それは自分用ではなかった。


「ああん?」

「贈り物に使うんで、俺の剣ではなくその人の剣を打ってほしいんです」

「……贈り物だと?」


 まさかここにきてそんなことを言われるとは思ってみなかった鍛治師の男は、一瞬訳が分からなそうにしていたが、直後、再び不機嫌さを漂わせ始めた。


 そんな気配を察したナバルがフォローするかのように若干慌てた様子を見せながらアキラに問いかける。


「あー、相手はどんな奴なんだ」

「こっちまで知られてるか分かりませんが、アトリア・シュナイディア。『剣の姫』で分かりますか?」


 首を傾げながら放たれたアキラの言葉に、二人はまたも驚きで動きを止めることとなった。


「…………待て。剣の姫っつったら、剣の神に最も近い強さの剣士じゃねえか。なんでそんな奴に……」

「実は、彼女と婚約しまして。その輿入れの時の贈り物なんです」

「は? 婚約? ……婚約!? お前がか!?」

「……剣の姫は自分より強い奴としか結婚しないって聞いてたが、そいつはどうなったんだ?」

「俺が勝ちました」

「なっ!?」


 ナバルはこれでもかと言わんばかりに目を見開いて驚きを露わにしているが、アキラは恥ずかしそうに、そして悔しそうにスッと視線を逸らしている。


「最も、純粋な剣技だけじゃなくて魔法を使いまくってやっとなんとか、って感じでしたけど」

「……おい」

「はい──っと。……これは」

「ついてこい」


 鍛治師の男に一本の剣を投げ渡されたアキラは、工房の奥に進んでいく男の後を追って進んでいく。


 たどり着いたのは工房の庭だった。そこには鎧を着た案山子や丸太なんかが存在しており、端の方には鉄屑など金属の残骸が置かれている。ここは試し切りようの場所だった。


「その剣でこれを切ってみろ」

「鎧ですか」

「そうだ。ただ硬いだけを求めた不格好なもんだが、耐久力はなかなかだ。で、斬れるか?」

「壊しても構いませんか? それと身体強化は使っても構いませんか」

「構わない。だが、さっきのは使うな。剣の強化もなしだ」

「では」


 アキラはそう言うと指定された鎧を着た案山子の前に立ち、必要最低限の強化だけ施すと思い切り剣を振り切った。


 それだけで鎧には深い傷が生まれ、ガシャリと音を立てて地面に落ちた。


「は」


 それはなんの笑いか。鍛治師の男は先ほどと同じように再び小さく笑いをこぼすと、右手を顔に当ててクツクツと笑い始めた。

 そして……


「ああくそ。確かに俺の剣はお前から見りゃあ未熟だろうな。こんな剣を見せられちゃあ、使い手に寄り添える相棒だなんて、言い張ることはできやしねえ」


 顔から手を離し、空を仰ぎ見る男の様子はどこか晴れやかなもので、同時に闘志に満ちた瞳へと変わっていた。


「良いぜ。お前の剣だろうがお姫様の剣だろうが、打ってやるよ」

「ありがと──」


 アキラが男に礼を言いながら握手のために手を差し出すと、その手をガシッと力強く掴まれ、真正面から見つめられた。


「代わりに、俺が剣を作るのを手伝え」

「手伝えと言われても、俺は基礎的な知識しかないですよ?」

「そっちじゃねえ。ただ俺が作った剣を振ってくれりゃあいい。それだけだ」

「……それで剣を打ってもらえるのなら、俺は構いません」


 アキラは一瞬考えたが、自分で確認しながら作ってもらえるのであれば最低限の品質は保証できるし、特に不都合もないので了承することにした。


「なら明日からここにこい。弟子達には伝えておく」


 そう言って男は背を向けると店舗の方へと戻っていったが、その足が途中で止まってしまった。


 そして……


「………………それと、悪かった」


 それだけ言うと男は再び歩き出した。


「明日からよろしくお願いします。えー……名前を聞いても?」

「ああ、そういやあまだだったか。俺あベイグだ」


 背中からかけられる声に対して男は軽く片手をあげることで答えると、今度こそ店の中へと消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る