第133話ドワーフの国の冒険者

「ずんぐりむっくりの小さな身長……まあ背で言ったら俺も変わらないけど」


 王女であるアトリアへの婚礼の品を探すためにアキラはドワーフ達の国、その首都へとやってきていた。

 周囲を見回してみれば、さすがはドワーフの国の首都だけあってそこかしこにドワーフ達の姿が見える。

 周囲からは何か金属を叩く音が聞こえるが、この街は山をくり抜かれて作られているためにやけに音が反響して聞こえる。

 その音に騒々しさを感じながらも、アキラは一旦大きく息を吐き出してから頭を振ると再び前へと向き直った。


「とりあえず、宿を探して、それから鍛治師を探すか。流石に出来合いのものじゃアレだし」


 ドワーフ達はその種族の性質として、手先が器用だというものがある。それ故に市場に出回っている宝飾品の中で価値のあるものは大抵が ドワーフ製であるし、武器や防具に関してもそうだ。


 ドワーフに頼んで何かを作りたいというのであれば、故郷にいる知人にはゲラルドというドワーフの鍛治師に知り合いがいるのだからそちらに頼めばいいのではないかと思うかもしれない。だが、それではいけない理由がある。


 簡単に言えば、箔付けと材料だ。

 流れのドワーフが作ったものと、ドワーフの国に所属している職人が作ったもの。仮に全く同じ品質のものを両者が用意したとして、どちらが人気かと言ったらドワーフの国に所属している職人が作ったものの方だ。一種のブランドだ。そこの出したものというだけで勝ちが上がる。アトリアはそんなことを気にしないだろうが、王女に贈るものと考えるとそれなりの箔というものはあった方が好ましい。


 そして材料。これはわかりやすいだろう。いいものを作るにはまず材料から厳選する必要がある。が、厳選するには

 アキラの実家に頼めばそれなりの量を集めることができるだろうが、その場合は親の力を借りる事になる。

 魔法を使えばアキラ単独で材料を揃えることはできるだろうが、アキラはできれば自分の力で、そして真っ当な方法で贈り物を揃えたいと思っていた。それ故にこの街までやってきた。ここであれば、剣の女神が満足できるような剣を用意することができるだろうから、と。


「──見つからない」


 だが、適当にそれなりの宿を決めたアキラは自身の願いを叶えてくれそうな鍛治師を探していたのだが、どうしてもその鍛治師が見つからなかった。


(鍛治師自体はすぐに見つかる。だってのになんで全員断る? 金ならいくらでも出すって言ったのに)


 周りにはそこかしこから金属を叩く音が聞こえて来るだけあって、この街には鍛治師そのものは多い。

 故に誰から当たればわからなかったアキラは、とにかく有名なところから訪ねていったのだが、すでに二十軒ちかく訪ねているにもかかわらず誰もアキラの依頼を頷いてはくれなかった。


 アキラの眼鏡にかなう剣を作ってくれるのであれば、材料費も製作費も糸目はつけない気だった。だが、そんなものは誰も受けてくれなければ意味はない。


「はあ……見つからない」

「どうした坊主。迷子か?」


 道を歩くのに疲れて適当な建物の壁に寄りかかりながら呟いたアキラだったが、そんなアキラに声をかけてくる者がいた。


「え?」

「今見つからないって言ったろ? 誰かとはぐれたんだったら探してやるぞ」


 その声に振り返ってみると、そこにはアキラと同じ程度の身長でありながら、アキラよりもガタイのいい男——ドワーフが立っていた。


 ドワーフであるがためにその体はアキラと同程度に小さいが、その筋肉は違った。ダルマのような、と言えるほどにずんぐりとしている体格だが、それに見合っただけの太く力強い筋肉が見て取れる。

 アキラのような魔力というズルをしているのではなく、正真正銘の『力』の塊だ。

 その体には胸当てや手甲などが付けられており、最も目を引くのがその武器だ。目の前のドワーフは、もはや鉄塊と言えるような手斧を二つ背負っていた。なぜそんな歪なものを使っているのかはわからないが、鍛治や細工をしているのではなく戦いを生業としているものなのだろうということは理解できた。

 アキラはそう判断すると寄りかかっていた壁から体を起こして男に向き合った。


「いえ、大丈夫です。誰かと一緒にいたわけではありませんから」

「そうなのか? ならさっきの見つからないってのはなくしものか?」

「いえ……その、鍛治師を探してるんですけど、剣を打ってくれる人がいなくて……」


 ここに住んでいるかはわからないけど、とりあえずドワーフだしなんで断られたのか原因くらいはわかるかもしれない、と思ってアキラは事情を話し始めた。


「あー、もしかして外国から来たのか?」

「はい。知人への贈り物に剣を、と思ったのですが、鍛治師はいるのに誰も受けてくれなくて困っていたんです」

「んー、まあ時期的に仕方がねえって感じもするが、それでも受ける奴はいるはずなんだが……」


(正確にはいたさ、打ってくれるってやつも。ただ、〝腕〟がなかったんだよな。あの程度なら実家に帰ってゲオルグに頼んだ方が良い)


 故郷で鍛治師をしているドワーフの知り合いであるゲオルグ。彼はどちらかというと魔法具よりのものが得意だが、剣を打てないことはない。実際それで生計を立てているわけだし、腕そのものは問題ないのだ。ただ、本人の意思が魔剣や魔装と言った魔法具よりのものに向いているだけで。それもあってアキラはこの街にまでやってきたのだ。


「時に坊主。金は持ってるのか? 出せねえとわかりゃあ、当然だが誰も受けねえぞ?」

「それならご心配なく。一括で家を買えるくらいには持ってますから」

「家を一括って、冗談か?」


 家を一括で買うための金額というのは、当然ながら大金だ。それをこともなげに言うなど、冗談にしか思えなかった。しかもアキラのような子供が言うのであればその疑いは尚更だ。

 だが、アキラには実際にそれを支払うだけの金があったし、足りないと言うのであれば、時間さえもらえれば追加で用意する手段もあった。


「いえ、冗談では……あーっと、これでも銀級冒険者やってますから」

「冒険者って、十五からだよな? まじか?」

「ええ」


 アキラの言葉を聞いてドワーフの男は厳しい顔付きでジロジロとアキラを眺めるが、最終的には首を傾げてしまった。


「あー、もしかしてドワーフの血が入ってたりするのか?」

「さあ? 分かりませんが、体質ですね」


 アキラの成長が遅いのは、遅いと言うよりも多すぎる魔力の影響で成長が止まっているからなのだが、それを言うと面倒なので体質ということで済ませる事にした。


「ま、金があるなら良いが、ならなんでだろうな?」

「それがわからなくて困ってるんです。金ならいくらでも出すって言ったんですが……」


 金があるのであれば受けないはずがないと首を傾げたドワーフの男だったが、アキラがそう言った瞬間に顔つきが変わった。


「……金を出すって、本当にそのまま言ったのか?」

「? ええまあ。多少は言葉が違ったと思いますけど、いくらでも出すというのは、そうですね」

「それだ」

「え?」


 それだ、と言われても、アキラには言葉の意味が理解できなかった。金を出す、と言うのが悪い事なのだろうか、と。


「そのいくらでも出すってのが気に入らなかったんだろうな」


 そう言ったドワーフの目つきはそれまでよりも鋭いものとなり、その身には怒気、とまではいかないが、警戒心のようなものが溢れ出していた。


 当然そんなドワーフの変化にアキラも気がついていたが、なんでそんな事になっているのか心の底からわからなかったので言葉を交わし、状況を理解するため努めようとした。


「なぜでしょう? こちらが望んで仕事を頼む以上はふさわしい対価を出すべきでしょう? 値切るというのはその人の技術に対しての侮辱ですし、こちらが品物を望み、相手がそれに応えるものを用意し、対価を望んだ。であればこちらはなんとしてでもその対価である金額を用意するべきでしょう? それが職人と買い手の関係だと思っているんですけど……何かおかしかったですか?」

「あー、お前はそういう考え方か……」


 アキラの言葉を聞いたドワーフはアキラがどう言う意図で行ったのかを理解し、わずかに溢れていた警戒心を潜めさせた。


「多分だが、お前が頼んできた奴らは馬鹿にされたと思ったんだよ」

「ばかに? なぜです?」

「金持ちのボンボンが金にものを言わせて使えもしない剣を飾りとして買いにきた。そう判断したのさ。それは自分の腕に誇りを持ってる奴らからしたら、侮辱以外の何ものでもないからな」


 その言葉を聞いたアキラは目を瞬かせて固まった。


「……まさかそんなふうに思われたとは」

(言われてみれば、話をした後から態度が悪くなったな。てっきり金が払えないと思われたとか、子供だから冗談を言っていると思われてあしらわれたと思ったんだが……そうか)


 であれば改めてそう言う意図はなかったことやしっかりと金を払うことができる旨を説明すれば受けてもらえるだろうかと考えたアキラだが、次の言葉でその考えは止まった。


「それに、普段ならそういうのを受けるやつも、今は審査会の準備があるからな」


 ドワーフの男はそう言いながらアキラの背後、街の奥へと視線を向けたが、そこに何があるのかアキラにはわからない。

 向けている視線の感じからして、『審査会』と言うものはこのドワーフにとっても大事なものなのだろうが、アキラにはそれがどう言うものなのかいまひとつわからなかった。


「審査会? なんですかそれは?」

「そうだなぁ……今のこの国については知ってるか?」

「各分野の職人達が集まった議会によって運営されており、国一番の職人が代表としてその議会をまとめて国の運営方針を決める職人達の国、であってますか?」


 一口にドワーフの職人と言っても、色々と種類がある細工裁縫鍛治、薬剤錬金料理なんかもそうだ。それらの全ての分野における頂点が集まり、国を運営している。


「そうだ。だが、五年ほど前に前議長が死んでな。それ以来議長の席は空白なんだよ。それを決めるための祭りが控えてるんだ。つっても、祭りそのものは来年だがな」

「そんなに悠長で良いんですか? 五年もトップがいないって、流石にまずいと思いますけど?」

「まあな。議長は方針を決めるだけだから、大きな問題がない限りは国の運営そのものは他の奴らで回せる。だが、議長がいなくなってからは交易も、止まりこそしてねえが量が減ったし、小さなところで綻びが出てる」


 国を運営しているとは言っても、所詮は技術屋の集まりなのでそれを補佐するもの達はいるし、実際に国の大部分動かしているのはそのもの達だ。それでも国一番の職人である証明である議員というのはドワーフ達の国では憧れの存在であり、その長である議長というのは半ば神様の如き扱いだ。正確にいうのであれば『神の使徒』だろうか? その辺りの細かい違いはあれど、敬われる立場だという事に変わりはない。


 そんな存在がいなくなったのであれば、いくらお飾りとはいえど問題が起こるに決まってる。おこる問題そのものは大きな問題ではないが、それでも問題がいくつも重なればそれに対処するために他のところを削らなくてはならない。

 そして重要なことは決定することができないのだから、新しい坑道の開拓も販路の開拓も変更も、何も決められない。故に対処療法的に現状を維持するしかできなかった。


 だが、そんなことでは現状の維持などできるはずがなく、色々な不備が出ていた。


(そういえば、あっちの王国でもドワーフ達からの仕入れが減ってきた、みたいな話は聞いたな。それがこれか)


「毎回そんな騒ぎだと大変ですね」

「いや? 大変なのは今回だけだ。いつもなら議長が死ぬ前に時間をかけて審査会を開くんだが、今回は事故でな。急に空席になっちまったんだ」


 普段は議長が生きている間、十年ごとに新しい議長を選ぶのだが、今回は事故によって死んでしまったためにすぐに次の議長を、とはいかなかった。


「まあそんなわけでだ、気に入ったところがあるんだったらもう一回行ってみたらどうだ? お互いの意識の違いを話せば受けてもらえるかもしんねえぞ」

「ですかね。……あ、ならお勧めの場所とかありませんか? ご迷惑でなければ教えていただきたいんですけど」


 銭湯を生業とするものであれば、お気に入りの工房というものは存在しているはずだ。もしかしたら有名ではないが腕のいい鍛治師に出会えるかもしれないし、とアキラはそう頼んでみる事にした。


「お勧め? まあ良いけどよ。つか折角だ。どうせ暇だし、案内してやるよ」

「ありがとうございます。それと今更ですが、アキラ・アーデンという名です。よろしくお願いします」

「んお? ああ、そういえばまだ自己紹介してなかったか。俺はナバル。お前と同じ冒険者だ。よろしくな」


 そうしてアキラとナバルは握手をしてから、ナバルの通っているおすすめの鍛治師の店へと歩き出した。

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