第132話救助のお礼

「この度は娘を助けてくださってありがとうございました!」


 アキラは襲いかかってきた賊達を洗脳し、国へと戻らせた後、その様子を見ていた男女二人にも魔法をかけ、アキラのことを忘れさせていた。二人が覚えているのは森を抜けようと道に出た事までで、それ以降は気絶したことになっている。


 そんな男女を連れて、アキラは二人の記憶から読み取った故郷の村へと進み、たどり着いていたのだが、そこで拐われた娘を案じていた父親に涙を流しながら感謝されていた。

 そして今はそんな父親に促されて家の中で歓迎されているところだった。


「いえいえ、困ったときはお互い様ですから。それに、道で倒れてたのを運んできただけなんで、そんなにかしこまられると逆に心苦しいですよ」


 ぶっちゃけてしまうと、今回拐われた二人はアキラのせいで巻き込んだとも言えるので、アキラはその二人を助けたことで感謝されるのはマッチポンプのような感じがしてなんとも言えない気持ちになっていた。


「そうですか……ですが、何かお礼でも……」


 しかしそんなアキラの内心など知るはずもなく、娘の父親は「なんと素晴らしい方なのか」とアキラのことを心の中で讃えていた。


 そしてアキラは何もいらないといっているが、恩人にそれでは示しがつかない。なんでもいいから感謝の気持ちを渡したいと、アキラを引き止める。


 アキラからしてみればありがた迷惑とも言えるのだが、感謝している気持ちは本当なので無碍にもできない。


「なら、この村って何か名産品とかありますか? この辺りの良い景色とかでも構いません。旅をしている最中なので、金銭などよりはむしろそういった思い出になりそうなものの方がありがたいんです」


 金目のものをもらったところでたかが知れているし、そもそもアキラにとっては簡単に手に入るものでしか無かったので、わざわざそれほど裕福と言えるわけでもない村人から搾取するかのようにもらうのは気が引けた。


 なので、良い景色などであれば話の種になるし、モノが保存の効くものであれば特産品は良いお土産にもなると考え、アキラは娘の父親へと伝えたのだった。


「名産、と言えるかわかりませんが、作っているものならあります」


 少しお待ちください。そう言い残して父親は立ち上がり、違う部屋へと向かうと何やらゴソゴソと物音を立ててから戻ってきた。

 戻ってきた父親のその手には瓶が持たれていた。


「今はまだ時期ではないのでそれほど量がある訳でもないのですが、これはいかがでしょうか?」

「……蜂蜜ですか?」


 瓶自体が透明ではないから判別しにくいが、中に入った液体自体にも色がついているようだ。その液体は色がついているだけではなくとろみもあるようで、蓋を開けると甘い匂いが部屋の中に漂った。


「はい。ですがただの蜂蜜ではなく、酒精の含まれたものです」

「酒精? それは蜂蜜酒ではなく?」

「はい。ミードは人が手を加えることで酒として作りますが、これは採ったその瞬間からすでに酒精が入っているものです。これを使って造った酒は通常の蜂蜜のものより深みのあるものとなります」

「へえ……」

「ただ、生産量がそれほど多くはないですし、村では新婚の夫が妻に贈るのが習わしとなっていて、それで妻が酒を造るので、あまり外国には届かないものです」

「……そんな貴重なものをもらっても良いのですか?」


 アキラは家が食材を扱う商家なだけに、食材関連に関してはそれなりに詳しい。だが、今までアキラはそんなはちみつの情報など聞いたことはなかった。

 一応所属している国ではなく他国なので情報が入りづらいと言えばそうなのだが、それでも集まらないわけではない。アキラの実家の規模ともなれば尚更だ。だが知らないということは、それだけで回っていないということだ。

 有名ではないということはその品質も高いモノではないのかもしれないが、お土産にはちょうどいいモノだろう、とアキラは考えた。


「貴重と言っても、時期になれば毎年採れますから」


 笑いながら勧めてくるので、それ以上断っても意味はないだろう。どのみち何かしらを受け取らなければこの男が引くことはないのだから、ここで受け取るしかアキラに選択肢はなかった。


「ありがとうございます。なら、もらっていきます」

「はい。ああ、それからこれが酒の造り方です」

「それは……教えても大丈夫なんですか?」


 特産の素材を使った酒ともなれば、秘伝と言ってもいいもののはずだ。それを他者に簡単に教えるなど普通ならありえないことであり、それを容易に受け取っても良いものか迷わざるを得なかった。


「ええ。あなたなら言いふらすということもないでしょうし、村長から許可は取ってあります。それに、そこに書かれているのはあくまでも基本。この村で作る味には届かないと思いますから」


 そういった男の顔には自信がありありと浮かんでおり、自分たちの村に誇りを持っているような様子だ。


「……贈り物を渡しながら自慢か」


 そんな姿を見てアキラは思わず素の言葉でこぼしてしまったが、その顔には嫌そうな様子はなく、むしろ微笑ましいものを見ているかのような優しげなモノだった。


「あ……す、すみません」

「いえ、構いませんよ。それだけこの場所が好きなんでしょう?」

「そうですね。昔はこんな田舎出て行ってやる、なんて思ってたんですけど、というか実際に出て行ったんですけど、やっぱり俺には都会よりもこっちの静かな方が好きだったんで戻ってきました。家族もいますし」


 そう言ってはにかむように笑った男の姿を見て、『家族』の存在を思い出させられたアキラは僅かに表情を歪めたが、それは男には気付かれなかったようだ。


「……そうですね。やっぱり、家族がいる場所っていうのは、良いものですからね」


 アキラはすぐに表情を取り繕うとそう言って同意したが、その内心では暗鬱とした気持ちが表れていた。


 それからもう一人の拐われた人物である男性の家にも行くことになったアキラだが、そこでも似たようなことが起こり、今度は村から少し離れているが良い景色のある場所というものを教えてもらった。


 そうして助けた二人を送り届け、その家族にも挨拶をしたことでこの村でやることを終えたアキラは馬車に乗って進み出した。

 村人達は止まっていったら、と引き留めたが、アキラにも目的があるし長く時間をかけているわけにもいかないので先に進むことにしたのだ。


「……あいつに会って舞い上がって、そのままこっちに来たけど……ふぅ。一度帰っておいた方が良かったな」


 馬車に乗って先へと進むアキラだが、誰にいうでもなく一人呟いた。

 アキラは女神の生まれ変わり——アトリアを探すために実家を出て王都までやってきた。それまで母親や祖父など、色々な手助けを受けてきたが、王都にいる祖父達には挨拶をしたものの母親には手紙だけで報告を終えていた。それはやらなければならないことがあったからだが、どうしても時間が作れないというわけでもなかった。

 今回の旅だってそうだ。王女との結納品は早いうちに手に入れたほうがいいとはいえ、まだまだ数年程度の時間があったのだから後回しにしてもよかったはず。それでもこうして急ぐように出発したのは、アキラ自身落ち着いているように見えて女神の生まれ変わりを見つけられたことで、そして婚約までこぎつけたことで舞い上がっていたからに他ならない。


 だが、今回『家族』の姿を見てしまい、自分の母親に対する不義理を思い出し後悔することとなっていた。


 話したいこと、話さなければならないことがある。


 アキラの胸の中には色々な思いがあるが、ともかく母親に実際に合わないことには始まらない。


「……まあ、今回の旅が終わったら一度家に帰るか」


 どうせ爵位の件はすぐに動いてもどうなるモノでもないのだ。であれば、少しばかりゆっくりしても良いだろう。そう思ってアキラは戻った後の予定を考えていく。


「ああでも、街に寄ったら手紙くらいなら出しておけるかな」


 前にも手紙を送っているが、その時とは多少状況が変わっているので改めて手紙を送ったほうがいいだろう。

 そう考えるとアキラは荷物の中から紙とペンを取り出し、馬車の操縦は魔法によって知能を強化された馬達に任せて自分は母親への手紙を書き始めることにした。


「——っと、ここか」


 そうして色々と考え、反省をしながら進んでいたアキラだが、ようやく村人から教えてもらった景色のいい場所へとたどり着いた。


「花は咲いていないけど、良い場所だな」


 今は季節ではないから花が咲いていないとは教えられていたが、それでも景色としては素晴らしいものがある。


 森の中にある少し開けた場所。そこには森にぽっかりと穴が空いたように泉が存在していた。泉といっても広さ的には結構ある。湖には及ばないものの、広さを考えると沼といっても良いのかもしれないが、その水は沼というにはあまりにも透き通っている綺麗なものだ。


 だが、目の前の泉からは酒の匂いがする。おそらくはこの泉自体がアルコールを含んでいるのだろう。


 その泉の端には木々が生えており、それらには木の実がついていた。

 アキラがその景色を見ていると、木から落ちた木の実が泉の中に落ちていったので、それらがうまい具合に作用してアルコールにでもなったのだろうと考えた。

 あるいは魔法的な何某かの作用が働いたのかもしれないが、無粋な事は考える必要はないだろうと、ただ純粋にその景色を楽しむことにした。


「次来るときがあったら、そのときはあいつも来れれば良いんだけどな」


 そう思い描いた「あいつ」とは誰のことか。それはアキラをよく知っているものであればすぐに理解することができるであろう人物。簡単に言ってしまえば王女アトリアだ。


 アキラは彼女と一緒に旅をすることができる日が来ることを願って、ふっと笑った。


 そうしてアキラはその場所を楽しみ、心に焼き付けると再び馬車に乗り込んでその場を去っていった。


「──ここまで一週間かかったが、やっとついたな」


 それからもアキラは目的地に向けて進み続けたのだが、一週間ほどかかってようやく目的地であるドワーフの国の首都へとたどり着いた。


「ドワーフの国。その首都か……。良いのがあれば良いんだけどな」


 アキラは王女に相応しい贈り物を探すために、首都の中へと入っていった。

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