第131話手駒の入手

「きゃあああああ!」

「うわあああああ!?」


 普段は静寂に包まれているはずの森の中に、つんざくような女性の悲鳴と混乱した男性の叫びが響き渡る。

 しかしそれも仕方がないだろう。何せ自分たちを襲った者と同じ服装をした者達が一斉に襲いかかってきたのだから。

 襲いかかってきた者の数は十を超えている。普通のものであれば成すすべなくやられてしまうだろう。


(分かってはいたけど、こうもわかりやすく殺しに来るか……)


 だが、アキラはそんな状況であっても特に慌てることはなく、ただただ冷めた瞳で襲いかかってきた者達を見ていた。


「まあ、わかってたけどな?」


 襲いかかってきた者達に対し、アキラは腰に差していた剣を抜くことなく対応していく。

 飛んできた矢は半歩下がることで避け、魔法は魔力の弾を打ち出すことで暴発させる。

 近寄って斬りかかってきた者もいるが、アキラが斬りかかってきた者の懐に踏み込んで拳を振るえばそれでおしまいだ。

 決して大振りな攻撃はせず、アキラはただ作業のように淡々と急所だけを狙っていく。


 そうして最初にアキラに襲いかかった十人のうち、九人が意識を失い、或いは悶えながら地に伏している。

 アキラからすれば一人逃したと不満に感じるところだが、襲った者達からしてみれば冗談ではない。逃れた一人は、最初に襲いかかったチームのリーダーだったために他の者達よりも強かった。そのために生き残れたに過ぎない。しかもだ。それだってアキラから一発もらわなかったわけではないのだ。アキラの攻撃を喰らい、それでもギリギリ倒れずに済んだだけ。


「くっ……ガキのくせに!」

「人を見た目で侮ると痛い目を見るぞ、ツヅラくん」


 アキラの攻撃を食らっても倒れずに済んだリーダーの男はアキラに対して悪態をついたが、それの返答として自身の本名が返ってきたことで目を見開くこととなった。


「なっ!? なんで俺の名前を知ってる!? 対策はしてるのに!」


 精神干渉に対する防御はしっかりとしていたはず。だというのにもかかわらず、アキラは心の中を読んだ。そのことにツヅラと呼ばれた襲撃者は驚愕を示したが、アキラの言葉はそれだけでは終わらなかった。


「その程度じゃあ、まだ甘いよ。それと、背後からきてるテッド、ドーラ、ナイン、ニックさん達も……」


 襲撃第一陣のリーダーであったツヅラが気を引いているうちに殺そうとしたのだろう。アキラの背後からは四人が追加で送り込まれていた。

 だが、振り返る素振りもしておらず、魔法を使った形跡もないアキラが自分たちの名を読んだことで、四人はザッと音を立てて止まってしまった。


 だがすぐに自分たちの役割を思い出したのだろう。一瞬だけ仲間内で視線をかわすと、再びアキラへと襲いかかり始めた。だが、今度は後ろからこっそりの暗殺ではなく、バレているのだからと気づかれることを心配せずに全力での攻撃だった。


 暗殺とはいえ十人を打ちのめした相手に対して四人だけで向かわされたのだから、この者達もそれなりに実力はあるのだろう。だが、アキラにとっては差などないに等しかった。どれも等しく雑魚でしかない。


 アキラは背を向けたままトンっと軽やかに後方の襲撃者の四人がいる方向へ飛んだ。


 突然のアキラの行動で襲撃者四人は一瞬だけ混乱した。だがすぐに行動を修正して攻撃へ移る。——が修正したと言っても当初の予定と変わってしまえばそこに穴はできてしまう。


 アキラは後方へ飛び、襲撃者に接近すると頭を下げて限界まで身をかがめた。そうするだけで四人の攻撃は全てから振ることとなってしまった。

 身をかがめながら後方へ飛んだアキラは、前方に走りながら攻撃を外して体勢を崩している襲撃者の四人の脇を抜けて背後へと回り込んだ。

 それによってアキラの目の前には無防備な背中を晒した襲撃者達がいるだけだった。その状況がまずいというのは四人もわかっているのだろう。なんとか体を反応させて防御しようとするが、間に合わない。


 しかしそれも襲撃者たちのボスにとっては想定内だったのだろう。アキラが四人に相対し、攻撃を仕掛けた瞬間、周囲に潜んでいた者達全員がアキラへと攻撃を仕掛けるべく構えた。


「もうちょっと頑張らないと。その程度じゃ、外道魔法への対策が完璧だったとしても俺は殺せないって」


 だが、その攻撃は放たれることがなかった。弓を持っていたものは構を解いて自身の足に矢を突き刺し、魔法を準備していたものは暴発させた。


 そして、本来なら魔法や弓矢などの遠距離攻撃の陰に隠れて近寄り、背後から攻撃を仕掛けようとしていた男の攻撃を、アキラは最初から気づいていたと言わんばかりに振り返し、なんでもないかのように話しながら止めた。


「タ、タビアさん……」


 最初にアキラのことを襲った班のリーダーがたった今アキラに暗殺を仕掛けた男——タビアの名を呼んだが、その後に言葉は続かない。

 そして、タビアもその言葉には応えない。いや、応える余裕がない。何せ襲撃を仕掛けた者達は最初の九人に加えて先程の四人も倒され、全員周囲の森の中に潜ませた仲間達は悲鳴をあげているのだから。つまり、壊滅状態だった。


「化け物め……」

「人を殺して食い物にしてる奴の方がよっぽど化け物だと思うけどね。あんた達は自分が立派に『人間』やってると胸を張って言えるか?」

「……」


 タビアはそれを成した子供にしか見えないアキラへと忌々しげな視線を向けるが、アキラの返しに黙らざるを得なかった。


「俺が時間を稼ぐ。お前は仲間を連れて逃げろ」

「けどそれじゃあ、タビアさんがっ!」

「お前らがいたところで邪魔にしかならねえんだ。他の奴らを連れてさっさと離れろ!」


(なんかこっちの方が悪役感がするな……いやまあ、やること自体は悪役なんだけどさ)


 アキラは目の前で自分を挟みながら行われている会話を聞きながらそんなことを思った。


 襲撃者達の話は終わったようで、最初の十人の生き残りだった男がアキラから距離を取るために走り出した。


「悪いが──」


 しかし……それに意味はなかった。


「お前らは逃げられないよ」


 そう言った瞬間に周囲から音が消えた。

 否。そう錯覚するほどに静かになったのだ。アキラの攻撃で悶絶し呻いていた者も、魔法の暴発で悲鳴をあげていた者も、矢で自分の足を貫いた者も、たった今タビアと話していた者も、全員が等しく黙り込んだ。

 それが意識を失ったからだというのは、逃げようとして動き出していた男が倒れて動かなくなり、だが微かに胸が上下しているのを見れば理解できるだろう。


「……化物め…………外道魔法に対する対策はしてたはずだぞ」

「化け物で結構。その程度の対策なんて意味ないよ。火球の魔法の前に紙を盾にしたところで、防げるはずがないだろ?」


 タビアはその言葉で理解した。この程度の装備では目の前にいる化け物にとっては紙同然の脆弱さしか持ち合わせていないのだと。


 しかし、それと同時に疑問も出てきた。


(俺だけ残ってるのはなぜだ? ただ殺すだけなら俺も一緒に動けなくしてから殺せばいい。だというのに俺の体に異常はない。ってことは、俺の防御は貫けなかった?)


 そう。タビア達の用意した精神干渉防御の道具が意味のない者だとして、全員眠らせたにもかかわらずタビアだけを残していたことが気になったのだ。

 タビアはリーダーだけあって他の仲間達よりも高価な道具を用意していた。だから、そのおかげで自分は助かったのかもしれないと考えた。いくらなんでもこの道具の守りまでは突破することができなかったのだろう、と。


(本当にそうなのかわからないし、この考えだって読まれてる可能性は十分にある。だがそれでも、信じて動くしか可能性はない!)


 タビアはそう信じて生き残る道を模索し、覚悟を決めた。

 だが……


(うん。読まれてる可能性ってか、実際に読まれてるけどな? 一人だけ残したのだって、ぶっちゃけるとあまり意味はない。一応話しをしたいという理由もあるにはあるが、ほとんどはノリだ。本当にただなんとなく一人だけ残したに過ぎない)


 そんなタビアの思いとは裏腹に、アキラの行動に大した意味はなかった。強いていうのならそうしたかったからだが、別にそんなことはしなくてもよかった。だたたんにそんな気分だったというだけの話だ。


「情報はなんでもやるし、殺したい相手がいたらどんな無茶だってやるから見逃せって言ったら、見逃してくれるか?」

「……呆れたもんだな。人を殺しに来ておいて自分たちは見逃せって、都合が良すぎると思わないか?」

「やっぱ、そうだよな。……覚悟はできてる。俺だって裏の人間だからな。だが、俺たちを殺したとなると他の奴らが黙ってないぞ。今なら──っ!?」


 アキラを脅すためか、殺気を放ちながら言葉を続けようとした。だが……


「な、なんで……異常はないはずだ。今だってここから逃げようとしたはずだ。……なのに、なんで俺はこんな体勢になってるんだっ!?」


 言葉の途中で土下座をすることとなったタビアは自分の行動がわからなかった。


「なんでって、さっき無駄だって……ああ、他のやつよりいい魔法具を着けてるのか。それもたくさんだな。けど、さっきの例だと火球を防ぐ盾が紙から本に変わったところで、意味はないだろ?」


 アキラはタビアのことを眠らせなかったが、それでもすでに魔法そのものはかけていた。かけた魔法は、逃げようとしたり攻撃しようとしたら即座に土下座させるというもので、殺意を放って警戒させた瞬間に逃げようとしたタビアは両方の条件を満たしてしまった。故に今の格好となっている。


「安心しろ。お前達を殺すつもりなんてないから」

「なんだと? ならいったい……」

「お前達には、俺の駒になってもらおうかってな」


 アキラはそう言いながら土下座を続けているタビアの元へと近寄り、その目の前で屈んだ。

 そして、タビアの頭へと手を伸ばし、掴んだ。


「頭の中を弄らせてもらうぞ。悪いが、これも自業自得だと思ってくれ」

「ピギュッ!?」


 アキラが魔法を使った瞬間、タビアの口から普段であれば出さないようなあり得ない声が漏れ出た。


「……そう悲痛そうな声を出されると、悪者感が増すからやめてくれよ」


 そう言いながらアキラは他の倒れている者達にも魔法をかけていき、その者達に森の中で倒れている者達を回収させてから、回収した者達にも洗脳を施していった。


「まあ、これで駒は手に入ったな」


 それなりに手練れの暗殺者が数十人。そんな駒が手に入ったことで、アキラは満足そうに頷いた。


「あとはこいつらをどうするかだな。このまま国に戻したところで問題になるだろうし……」


 と、今手駒として加えたばかりの襲撃者達をどうするか考えていたのだが、ふと視界内に人がいることに気がついた。


「あ、ああ……」

「ん? ああ。そういえば人がいるんだったな」


 アキラを襲うために利用された一般人の男女だ。


「外道、魔法……」

「……あー」


 アキラが特に何もしていなかったのだから当然ではあるのだが、男女は今のアキラの行動を見ていたようでアキラのことを恐れている様子だ。


(一般的には外道魔法って悪の魔法だからなぁ。仕方がないか。とはいえ……)


 たった今洗脳したばかりの駒へと視線を向けた後、その男女へとアキラが顔を動かしたのだが……


「ヒッ……!」


 それだけで男の方は情けない悲鳴をあげてしまった。


「こうも恐れられると傷付きはしないけど、嫌な気分にはなるな」


(まあ、眠らせて軽く記憶を消しとけばいいか。襲撃者達の記憶を見たところ、コーデリアみたいに襲われたりってのはないし、強くこびりついてるわけでもないだろうから簡単に消せるだろう)


 そう考えたアキラは男女へ魔法をかけ、ここしばらくの記憶を消し去り、その周辺の記憶も曖昧にさせた。こうしておけば攫われてからの記憶は無くなるし、今のアキラのやったことがバレることもないだろう。


「とりあえず、こいつらは失敗の報告をさせてその後は適当に、でいいか」

(もう色々考えるのめんどくさいし)


「さて、じゃあお前らに指示を出す。アジトに戻って失敗を告げろ。それから、できればお前達のアジトを掌握しておけ。ああ、いつもの業務は普通にこなして構わない。ただし、俺を狙う場合は受けるだけ受けて実行はしないでくれ。わかったら行動開始」

「「「はっ」」」


 アキラがそう言うと、その言葉に逆らうことなく襲撃者達は動き始めた。その様子を見ている限りでは、この者達がつい先ほどまでアキラの命を狙っていたとは思わないだろうほどだ。


「これなら国に戻った時も問題は少なくなるだろ。……多分。よく考えてないからどうなるかわからんけど」


 あの者達がアジトを掌握することができれば、今後アキラを狙うものがいた際にそのことがいち早くわかるはずだ。

 だが、そんなこともアキラにとってはどうでもいいことでしかなかった。事前にわかっていようがいまいが、アキラを傷つけることができるようなものなど、そうはいないのだから。


「ま、どうとでもなるし、今は先に進むとして……とりあえず、進む先はこの人の住んでた村でいいか」


 そうしてアキラは男女を馬車へと乗せるとまるで何事もなかったかのように再び進み始めた。

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