第130話国境の向こう側で

 翌日の朝。『剣の守り』の従業員や訓練場で手合わせをした警備の者達に見送られたアキラは街を出て街道を進んでいた。


「あー、くそ暇だなぁ。そろそろ国境が見えてくるはずなんだけど……お?」


 ——のだが、すでに街を離れるてから半日近くが経過していた。

 その間とくに何もすることがなく、だらけながら馬車の御者席で寝転がりながらうつらうつらとしていたのだが、距離的にもう国境の砦が見えてもおかしくないと思って前方を確認してみると、遠目にだが国境の砦が見えていることに気がついた。


 まだ多少時間はかかるだろうけど、それでもはっきりと近づいていることがわかるようになったために、アキラは体を起こしてまともに御者席に座ることにした。


(そういえばあいつの言ってたサプライズってのはなんだったんだ? あの宿であると思ってたんだが……もしかして昨日遊んだ剣士達のことか? いや、でも……うーん?)


 出発前にアトリアは国境付近でサプライズがあると言っていたが、今に至るまで何もなかった。

『剣の守り』の話を聞いてそこに何かあると思ったし、実際に行ってみた時ににも何かあるんじゃないかと思っていた。が、実際には何もなく、ただ歓迎されて終わりだった。

 強いていうのなら従業員の対応だとか、訓練場の出来事だとかがサプライズにならなくもないが、それは違うだろうとアキラは頭を振った。


「まあいいか。何かあるならそのうち遭遇するだろ」


 そう見切りをつけると、アキラは砦までの暇つぶしに何かないかと荷物を漁り始めるのだった。


「こんにちは」


 結局暇潰しになるようなものは何もなかったので、アキラは魔法で知能を強化した馬たちに馬車の運転を任せて自分は御者席に座ったまま寝ることにしたのだが、アキラはようやく国境まで辿り着くことができた。


「あ、どうもー。身分証のご提示をお願いしまーす」


 国境の警備にしては随分と軽い調子だが、それほど厳重にする必要がないほどにこの場所は平和が続いているのだから、この反応も無理はないだろうなとアキラは内心で苦笑しながら冒険者証を提示した。


「はいどうも。それじゃあ通って——ああえっと、この先で賊の被害があったようなので、注意してください」


 身分証を提示した後はすんなり通れるかと思いきや、アキラはそんなふうに言われた。


「賊ですか」

「はい。ごく小規模なものみたいですし、被害も一件だけですからそれほど警戒する必要もないかもしれませんが、それでも注意した方がいいですよ」


(ただの賊か、それとも俺を狙ってる奴らの仕掛けか……。どっちもありえるな。俺がきたときにちょうど賊が出たってのは怪しい。だから前例を作ってただの賊の仕業に見せかけようとしている可能性はあるな。後は純粋に間違えたとか……はないだろうな。けど、関わっている可能性は十分にあるか)


 アキラは王女と婚約したことでいろんな相手から狙われるようになっていた。街にいるとき大抵は店に籠っていたので、敵意は向けられていたが直接的な手は出されていなかった。

 だが、こうして外に出てしまえば魔物にやられたと言い張ってしまえばそれまでだ。なので今回の旅の間のどこかで襲撃があるだろう。そしてそれは国境を越えてからだろうと考えていた。国境を越えてしまえば、たとえ事件性があったとしても手を出しづらくなるからだ。


「わかりました。ありがとうございます」


 アキラは情報を教えてくれた兵士に礼を言うと、再び馬を走らせて先へと進んでいった。


(ま、なんにしても出てきたら潰すけど)


 だが、そう思いながらもアキラが国境を越えてもなお、追跡者たちはアキラのことを襲うことはなかった。


「昨日は来なかったか。敵もできるだけ国から離れたくないだろうし、俺が国境から離れていく前にすぐに来ると思ったんだけどな」


 他国の軍属のものが問題を起こせば、いくら友好関係のある国だとは言っても問題になる。だからこそ、敵は国境を越えた後はあまり深入りせずにできるだけ手前で片をつけにかかると考えていた。

 しかしそんな考えは外れ、今もアキラはのんびりと馬車を進めている。


「まあ、俺としてはいつでも構わないんだけど……」


(でも、できることならさっさと終わらせたいよな。敵に備えておくってのも面倒だし)


 正直なところ、輝にとって追跡者というのはさしたる問題ではない。街の中では魔法を感知する結界に気を使って威力を弱めなければならなかったが、今は街の外。何も気を使う必要などなかった。


 であれば、敵対したもの全てを操ってしまえばそれでおしまいだ。アキラの魔法を防げるような者が誰かに使われるなんてことはないだろうから。


「ん?」


 襲うのであれば早く来ないか、なんてことをアキラが考えていると、前方の道の上に何やら陰があるのを発見した。


「……人、か?」


 まだまだ遠目だったが、身体能力を強化して視力をあげたことで前方にあったものがなんなのかを判断することができたのだが、強化した視界には何やら人間が二人倒れ込んでいた。


(あれは、アレか? 困っている人を道端に配置しておいて、標的がその人に構ったらその瞬間を襲うって感じの罠か? だとしたら古典的って感じがするな。まあ警戒してるからそう思うだけなのかもしれないけど)


 アキラが倒れている者を見た最初の感想がそれだった。まだ遠くからその姿を見ただけだというのに敵なんだと判断するのは人としてどうなのか、とアキラ自身思わなくもないが、今アキラたちのいる場所は森の中を切り開かれて作られた街道だ。つまりは両サイドを森に覆われているということになる。

 それに加えてアキラの置かれた状況を考えるとなると、疑ってかかるのは間違いとはいえないだろう。


「なんにしても、道にいるんだし近づくしかないよな」


 左右が森で覆われている以上、道をそれて進むということはできない。止まるか否かは別にしても、その人物たちに近づかなくてはならないことは間違いなかった。


「あっ! ひ、人! やっと人がきた!」

「……どうかされましたか?」


 倒れていた人物たちは、アキラが来たことでパッと笑みを浮かべ、足を引きずりながら這々の体で輝に近寄っていった。


 その様子はまさに遭難した者が救助を見つけたかのように見えることだろう。

 が……


(周囲に敵の反応多数。読み辛いから対策してるんだろうけど、この程度ならどうとでもなるな)


 アキラはこの者たちに近づくにあたって最初から魔法を使っていた。使った魔法は単純なもので、一定範囲内の自身に対する敵意の感知だ。

 それによると周辺の森の中にも何人も潜伏している者がいた。


(しかし、状況的に考えるとこいつらは敵で、この様子は演技なんだろうけど……)

「た、助けてください! お願いします!」


 アキラは目の前にいる敵だと分かっている二人の様子を観察してみるが、その様子はどこからどう見ても遭難した一般人のように見える。


(見た感じは普通に普通の人なんだよな……。それに、この二人からは敵意が感じられない)


 そう。周囲には輝に対する敵意があるものの、目の前の二人からは敵意など感じられなかったのだ。

 そのことに疑問を感じながらも、アキラは馬車を降りてその二人に近づいていく。


「落ち着いて。落ち着いてください。何があったか話していただけますか?」


 状況はわからない。現状は敵の策にはまっている状態だと言ってもいいだろう。なのに、なぜ目の前の二人はアキラに敵意を抱いていないのか。


 色々お不可解な点はあるものの、アキラが話を聞いてみることにした。

 それによるとどうやらこの二人は近くの村から拐われたらしく、散々痛めつけられた後に足を折られてこの場に放置されたらしい。

 そして二人はそのまま行動しても帰ることなどできないから、誰かがこの道を通るのを待っていたそうだ。

 幸にしてこの道は国境へとつながる道だ。どれほど長くても三日もあれば誰かしらは通る。だからその人に助けてもらおう。そう考えてずっと待っていたようだ。


(賊に襲われた、ねぇ。はてさて、それが本当なのか……悪いけどちょっと確認させてもらうぞ)


 目の前の二人はアキラに敵意は抱いていないが、その話が本当のことなのかはわからない。それ故に魔法を使って頭の中を確認しようとしたのだが、その瞬間……


「かかれ!」


 周囲の森の中から声が聞こえ、それと同時に何人もの武装したものたちがアキラに向かって襲いかかっていった。


 ──◆◇◆◇──

 襲撃者



「タビアさん。予定通り目標が関所を超えました」


 部下からの報告を聞いて俺は作戦が予定通りに進んでいることを理解し、頷きながら答えた。


「よし。ならこちらも予定通り動くぞ。他のものにも知らせろ」

「はっ」


 俺の言葉を受けた瞬間にその部下はすぐに通信用の魔法具を使って他の部隊に連絡を入れていった。


「作戦はどうなっている?」


 その間に俺は他の部下に視線を向け、問いかける。


「順調です。用意した一般人は足を折った上で解放済み。よほどの愚か者でなければ人目につきやすい街道で助けを待つでしょう」

「予備の方はどうなっている?」

「そちらは拘束してありますが、まだ眠っています」

「一度目がうまくいかなければそれを使うのだから、下手にバレるような事はするなよ?」

「心得ております」

「よし。ではあとはいつも通りやれば問題ない」


 今回の作戦は簡単なものだ。道の真ん中に動けなくした一般人を放置し、「幸いここは国境に繋がってるからな。誰かが助けてくれることを願いな」と言い残してその場を離れた。そうすれば怪我をしてまともに動けない者達は言われた通り助けを求めるだろう。


 そうして標的が通りかかったところでその足を止めさせる。

 だが、相手も馬鹿ではないだろう。こんなありきたりな手では警戒するかも知れない。だから倒れている者達の頭の中を覗こうとするだろう。何せ標的は外道魔法の使い手だ。思考や記憶を覗くという確実に敵かどうかがわかる方法があるのに実行しないわけがない。そこを狙う。


 仮に魔法を使わずに助けようとしたところで、馬車に乗せるのであれば肩を貸すことくらいはするだろうし、そうでなくてもなんらかの隙はできる。そうなればそこを狙えばいい。それだけの話だった。


「……はっ」


 だが、そんな普段の仕事に比べてだいぶ簡単な内容の仕事だというのにも関わらず、部下の男は憂いのある様子で返事をしてきた。


「どうした。何か問題でもあるか?」

「いえ……ですが今回の対象は〝あの王女〟に勝つほどの相手ですよね。自分たちで勝てるのでしょうか……」


 なるほど、それがこいつの不安だったのか。だが……


「……お前は考え違いをしているな」

「え?」

「あの者と戦ったところで、私たちでは敵わないだろう。だが、それがどうした。私たちはあの者と戦いにきたのではない、殺しに来たのだ。ならば、やりようはいくらでもある。どれほど卑劣だと罵られようと、そんなことは私たちには関係ない。いつも通り卑怯に卑劣に毒も罠も使って殺せばいい。ただそれだけだ。安心しろ。この世に殺せない人間などいない」


 そうだ。確かにこのものの言う通り、直接の戦闘であれば負けただろう。だがこれは暗殺の仕事だ。今までだって何人も格上の相手を殺してきた俺たちであれば、油断さえしなければなんの問題もなく殺すことができる。


「そう、すね」

「安心しろ。今回は万全を期して俺も来たんだ。最悪でも全員逃げるくらいはできるさ」


 今回はかなりの大金をもらっての仕事だった。相手に対して金額が高すぎる気がしたので調べたが、まあその額も理解できる相手だった。剣の王女に勝ち、その婚約者となった少年。色々と謀をしていた貴族連中にとっては目の上のたんこぶだろう。大金を積んででも殺したいという願いは理解できた。


 だからこそ組織の幹部である俺がわざわざ出向いてきた。貴族達との繋がりを維持するためにも、間違っても失敗するわけにはいかないからな。ここで失敗なんてすれば、せっかく出来た大物との繋がりが切れてしまう。


「すいません。直前になってこんな……」

「構わない。不安な気持ちはわかるからな。だが、そろそろ持ち場に戻れ。もうすぐ来るはずだぞ」

「はい」


 俺がそう言うと話をしていた部下だけではなく、周りにいた他のもの達も頷いた。


「ああそうだ。他の奴らにもう一度言っておけ。外道魔法対策は完全にしておけよ、って」

「はい、わかりました」


 相手は外道魔法の使い手だ。それも、教会や国から隠し通せるほどであり、なおかつあの大会のごとき幻を見せることのできる使い手。一度対象の外道魔法を受けてしまえば逃げ出すことは不可能に近いだろう。

 だが、外道魔法というのは所詮は初見殺しでしかない。万全の対策を行なっていれば、実際にダメージを負うことなどないのだから。

 そして今回の俺たちはその外道魔法への対策を完璧に、それこそやりすぎではないかと思うくらいに用意してきた。だからしっかりと装備さえしていればなんの問題もない。


「……さて、どうなるか……今まで何度も殺しをしてきたが、今回ばかりは読みきれないな」


 正直なところ、今回の作戦は数人は死ぬと思っている。外道魔法に対策をしたが、それでも卓越した剣の使い手だというのも事実だ。倒すまでにそれなりの被害が出るのは覚悟の上だ。その被害がどれほどか、というのはわからないが。


 だが、外道魔法か……できることならば仲間にしたいところではあるが、依頼は暗殺だ。死体があることが求められている以上は引き入れるということはできないだろう。

 そもそも受け入れるとは思えない。なにせこのままいけば大陸全体でも名高い王女の伴侶となれるのだからな。


「ああ、来たか」


 そうして森の中に潜みながら待っていると、国境方面へと続いている道から子供の操っている馬車がやってきた。


「前もって見ておいたが……こうして改めて見ても、やはり子供にしか見えないな」


 事前に調べていたし、なんだったらあの大会で直接みていたこともある。

 だがこうして見てみるとこれが本当にそうなのか、と思わなくもない。


『タビアさん。対象が罠に接触しました』

「了解。合図を出したら三秒後に作戦開始だ」

『はい』


(けが人を助けるか。他人を殺そうとしている俺たちとは逆だな)


 良心の呵責、か……ふっ、何を今更馬鹿なことを考えているんだか。


「……行くぞお前達。三、二、一……」


 頭の中に浮かんだ馬鹿みたいな考えを捨て去り、部下達へと通信を繋げながら襲撃のための秒読みを始めた。


 そして……


「かかれ!」

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