第129話『剣の護り』
(そろそろ国境なわけだが、尾行はずっとついてきてるな)
アキラが首都を出てから数日経っているのだが、今日に至るまでずっとアキラは何者かにつけられていた。
これが旅人を襲う賊の類であればよかったのだが、賊はこうして何日も獲物の後を尾けたりはしない。
つまりはもっと別の意図を持ってアキラの後を尾行していると言うことになる。
その相手は誰なのか気になるところではあるが、そんなものは心当たりが多すぎて今一つ判断できずにいた。
なのでアキラは、今自分たちを尾行しているもの達を国境を越えた後に潰すつもりだった。
そしてその者らを洗脳して自身の駒とする。それがアキラの狙いだ。
普段は外道魔法の無闇な使用を控えているが、襲われたとなれば別だ。襲って来たものは殺しても構わないと法で決まっているのだから、心を壊したとしてもアキラの心は痛まない。
いつまでも尾けられるのも不快なので早く襲ってこないものかとため息を吐きながら、アキラの乗った馬車は進んでいった。
「ここが『剣の守り』か」
そうして国境付近の街にたどり着き、アキラはそこでアトリアから言われた通り『剣の守り』という宿を探したのだが、流石は王女の手が入っているというべきだろうか。その外観は周囲の景観から外れているくらいに立派なものだった。言われなければ貴族の館であると思ってしまえるだろうほどだ。
こんなところに入れば目立つことこの上ないだろう。あまり目立つのが好きだと言うわけでもないアキラとしては、少々眉を顰めてしまうものだ。
だが、そこで止まっているわけにもいかないので、アキラは一度深呼吸をしてから門を潜って敷地内へと進んでいった。
「ようこそお越しくださいました」
宿の中に入ると、そこには王族や貴族かのように入り口の左右に人が並んでおり、入ってきたアキラに対して頭を下げて迎え入れた。
普段からレーレ達の出迎えでそう言った対応に慣れているアキラは迷うことなく前へ進み、迎えの列の中央でこちらを迎えた老齢の男性に向かって声をかけた。
「知人にこちらの宿を使えと言われたのですが、二部屋空いていますか?」
そう言いながらアキラはアトリアから受け取った手紙とメダルを差し出した。
「失礼いたしま──」
アキラが誰かから紹介されたのだと判断し、紹介状であろう手紙を受けとろうと男性が手を伸ばした瞬間、男性はその手紙と一緒に差し出されたメダルに彫られている紋章が誰のものなのか気がついた。
「あ、あの、これはアトリア王女殿下の……」
「はい。自分もよく使う宿だから、と」
アキラがそう肯定しただけで、目の前の男性だけではなく、周囲でアキラを迎えるための列を成していた者達も固まったように動きをとめ、空気に緊張が混じったように感じられた。
「で、ではあなたが噂の、アトリア王女の婚約者でいらっしゃられるのでしょうか?」
「はい」
(間違っていないが、面と向かって聞かれると答えづらいっていうか、恥ずかしいな)
狼狽ながら問いかけてきた男性の言葉にアキラははっきりと頷いたが、内心は「婚約者だ」とはっきりと返事をすることを恥ずかしがっていた。
「……」
頷いたアキラだが、それでも信じられなかったのかその場にいた者達は全員がアキラのことをじっと見つめていた。
客を相手にするのなら不躾と言えるその視線だが、それも無理はないだろう。
王女は今年で二十五になるが、アキラの見た目としてはまだまだ子供。最近ではわずかではあるが身長が伸びてきたが、それでもまだ成人しているとは思えない程度の見た目でしかないのだから疑いもするだろう。
「……っ! 失礼いたしました。我々一同、あなた様のご来訪を心より歓迎いたします」
だがアキラの差し出した手紙とメダルは本物であり、従業員達もアトリアがどのような人物を選んだのかの情報は知っていた。なので、実際に成人していないかのようなアキラの姿を見て驚きはしたものの、男性はすぐに気を取り直すと恭しく頭を下げ、周りの者たちもそれに倣うように頭を下げた。
「お部屋をご案内させていただきますので、どうぞこちらへ」
そうしてアキラは特に何をするでもなく、この宿において最上級の部屋へと通された。
「待遇がすごい」
部屋で一人になったアキラは先ほどの驚きようや対応を思い出し、今いる部屋を見回してつぶやいた。
(さて、どうするかなぁ。ここも魔法の感知はしてるみたいだし、不用意に使うわけにもいかないし……)
アキラにとって感知を潜り抜けること程度、容易いことだ。
だがしかし、できることとやっていいことは違う。なりふり構わずに動かなきゃいけないという状況でもないのだし、今は大人しくしておくか、とアキラはアトリアが出資しているというこの宿を楽しむこととした。
「へえ、専用の訓練場か」
そしてアキラは宿の中を歩き回ることにしたのだが、外観から察することができたようにこの宿はとても広く、敷地内に専用の訓練場が作られていた。
最も、魔法を使っても耐えられるだけの設備ではなく、ただ武具を使用しての肉体的な鍛錬だが、それでも普通の宿には十分すぎるものだろう。
「筋は悪くない……というか俺なんかよりもよっぽど才能があるな」
元々アキラには剣の才能なんてなかった。それでもアトリアと互角に戦えるようになったのは、文字通り命をかけて、死にながら足掻き続けたからに他ならない。
正直なところ、アキラは戦い自体にはさほど興味はないので強さを求めているわけではないのだが、それでも訓練場で鍛えている者たちを見るとその才能が羨ましくなることはある。
(けど、なんだろうな。違和感ってほどでもないが、何か……ああ、ウダルだ。あの人たちの剣からはあいつと同じ感じがするんだな)
「って事はアトリアが教えたのか」
アキラの剣技は剣の女神であるアトリアのものを模倣したもので、アキラから剣を教えてもらったウダルも同じ剣筋だ。
そんなウダルと似た剣を振るうということは、それは女神の関係者から剣を教えてもらったということになり、この宿は女神であるアトリア自身が手を加えた宿だ。なのでアトリア自身が教えたのだろうと答えを出した。
だが、そう呟いたところでアキラに声をかけてくる人物がいた。
「その通りだ。よく分かったな、坊主」
「ん?」
アキラが振り返ってみると、そこにはアキラの倍以上に背が大きく、一般男性よりも二回りくらい大きいだろう男性が模擬剣を持って立っていた。
「だがな、王女様のことを呼び捨てにするのは感心しねえぞ。敬えっていうつもりはねえが、あの王女様を敬ってる奴に聞かれると怒られるぞ。特にここは王女様の手が入ってる宿だからな」
「ん、あー……すみません」
「いいっていいって。んなことより、さっきの言葉からすっとお前も剣を使えんだろ?」
「まあ一応。あんまり才能はないですけど」
「ははっ、そう卑下するもんじゃねえぞ。才能なんざなくても、鍛えりゃあいつかは望む場所までいけるさ。あとは時間が足りるかどうかだが……ま、そこは努力次第だな。どうだ坊主。なんならちょっと稽古でもしていくか?」
(どうすっかなぁ……正直〝稽古〟にはならないと思うけど、暇つぶしにはいいよな。それに、あいつの育てた剣士ってのも見てみたいかも)
どうせ部屋に戻ってもやることがあるわけでもないので、アキラは男の言葉に頷いて了承することにした。
「……そうですね。ちょっとお願いします」
「おう。なら着いてこい」
そうして歩き出した男の後を追うようにしてアキラは歩き出したのだが、歩幅が違うためにアキラは少し速めに歩かなくてはならず、そのせいで少しだけ訓練の誘いに了承したのを後悔した。
「アニキ、そっちのはどうしたんすか?」
「馬鹿野郎。客相手に指差すんじゃねえ」
「イテテッ! 痛えっス! マジすんませんした!」
男が訓練場へと入り模擬剣の置いてある壁際に近寄っていくと、近くにいた別の男がアキラのことを指さしながら声をかけてきたのだが、アキラのことを指したその指は大柄な男に掴まれた。
そしてぐいっと無理やり方向を変えられたことで、指を掴まれた男は悲鳴を上げながら体を捩った。
男の悲鳴を聞いたからだろう。大柄な男は掴んでいた指を離してから模擬剣の置いてある場所へと進んでいった。
「この坊主は剣を使えるみてえだからな。訓練の様子を見てたんから、ちっと連れてきた」
「客相手に良いんすか、そんな態度で? それに子供を勝手に連れてきて親が文句言わねえすかね」
「お? なんだ、さっきの反撃か? んん?」
「い、いや、ほら、純粋に良いんかなーって思っただけっすよ」
「ま、そう言うことにしたやらあ。……でもそうだな。なあ坊主、親は大丈夫か? それと、やっぱ呼び方を変えたりした方がいいか?」
アキラ用に選んだのだろう。他よりも少し短い模擬剣を手に取った大柄な男は、その剣を手にしながら少しだけ不安げに顔を歪めてアキラに問いかけた。
「あー、俺、一人でここにきてるんで親はいないですよ。これでも十五なんで。あ、あと呼び方は適当でいいです。その辺は気にしないんで」
「は? 十五? お前がか?」
「体質的に成長しづらいんでよく間違われるんですけどね」
「そうか。そりゃあ……あー、悪いな」
だが、アキラは自身の年齢を間違われるのは慣れたもので、今更そんなことは気にしない。
「そんなことより、早く遊びましょうか」
そう言いながらアキラが手を差し出すと、大柄な男は持っていた剣をアキラに差し出し、自身は別の剣を掴んだ。
二人は壁際から少し離れた場所に進み、お互い剣を構えて向かい合った。
そして、アキラは軽く走り出し、剣を振って打ち合い始めた。
はたから見たらただ軽く振っているようにしか見えないアキラの攻撃だが、それを受ける側としては驚くしかなかった。
剣そのものは軽い。なのに受け方を間違えればすぐに体勢を崩してしまいそうなほどのものだったからだ。
「どこが才能がねえだよ。ありゃあ勝ち目ねえな」
「にしても、遊ぶ、か……王女様を思い出すねぇ」
「あー、あの人いっつも遊び相手になれるようになってほしい、って言ってましたもんね」
最初の攻撃以降、守勢に回るのはまずいと判断したのか、大柄な男は全力で切り掛かっていたのだが、それでもアキラは軽く流している。
格上に思える大柄な男が全力で攻め、子供に見えるアキラがそれを容易く受け流す。そんな光景がしばらく続き、いつの間にかアキラたちの周りには人が集まっていた。
「そういや話に聞いたけどよ、あの王女様に勝った奴がいるらしいぞ」
「あん? そりゃあどこのガセ情報だよ」
「いやガセじゃなくてよ。ほら、例の大会あんだろ」
「ああ、この間のやつだろ」
「そうそれ。んで、その大会の最後に王女様に勝って求婚した奴がいるって話だ」
「マジかよ!」
「いや、でもよ……やっぱそれデマだろ。あのお姫様に勝てるようなやつなんて想像できねえぞ? 俺たちだってそこそこやるって自負はあっけど、俺が百人いたところで傷一つ負わせることができるとは思えねえし」
周りに集まったものたちがそんなことを話しているうちにも状況は変わり、大柄な男の繰り出す剣戟を、アキラは全て突きで対応するという馬鹿げたことをし始めたのだ。
突きには突きで相殺し、振り下ろしには突きを放ってから剣先をそらすことで相手の攻撃を逸らす。切り上げも薙ぎ払いも同様だ。全ての攻撃を突きで受け切っている。
「……なあ、あの子供、何もんだ?」
そんな光景を見たからだろう。周りにいたものたちは無言になっていたのだが、そのうちの一人がそんなことを呟いた。
「——ちなみに、さっきの話だがよ。誰か王女様に勝ったやつは黒い髪した少年って話らしいぞ」
「黒い髪か」
「あいつ、黒い髪してねっすか?」
「してんなぁ」
「成人してるみてえだし、求婚できるよな」
「できるなぁ」
「見た目的にはギリ子供じゃなくて少年って呼べるよな」
「呼べるなぁ」
「……姫様の婚約者ってあいつじゃね?」
「「「……」」」
どこか気の抜けたような声で会話をしていた者達だが、その表情は驚愕の一言だった。
誰もが目を見開いてアキラのことを見ていた。
「ふぅ、久しぶりに遊んだな。あいつもこんな気分だったのかね」
ここしばらく貴族とのあれこれだとか今後の対応についてだとかのために部屋に篭りきりだったアキラ。
戦いが好きというわけでもないが、しばらくまともに体を動かさなかったせいで、今のような〝ちょっとした〟運動はちょうどいい、と大歓迎だった。
「どうしましたか?」
アキラが模擬剣を戻しに壁際まで戻ってみると、そこには何人も集まっており、その全員がなんとも言えない表情でアキラのことを見ていた。
そのためアキラは不思議そうな表情で首をかしげて問いかけたのだが、アキラの問いに答えるものは誰もいなかった。
「……あー、坊主に聞きてえことがあるんだが……お前、王女様に求婚したりしたか?」
見られているだけで何もないなら行ってもいいだろうか、とアキラが考え始めた頃、周りにいたうちの一人が意を決して声を出し、アキラに問いかけた。
「あー、その話ですか。ええまあ。しましたね」
その言葉でなんで見られているのかを理解したアキラは、少し顔を背けて肯定した。やはりこれだけの人に囲まれながら婚約云々の話をするのは恥ずかしかったのだ。
「……でもよ、あのお姫様に勝ったなんて嘘だろ。お前の剣は凄かったけど、お姫様の方がすごく感じたぞ」
「王女殿下もそろそろいい歳だからな。勝てなくてもそこそこやる奴で妥協したんだろ」
「いえしっかりと勝ちましたよ」
「……いや、そんな見栄はる必要はねえよ。見栄じゃなくても、お前は気付いてねえかも知れねえが、手加減されたんだよ。お前の剣じゃ勝てねえだろ」
だが、そんなアキラの様子を見たからか、周りにいたものたちはアキラが勝ったという現実を口々に否定し始めた。
その理由は簡単だ。ここにいるものたちは、大なり小なりアトリアに好意を寄せていたからだ。ここで鍛え、いつか勝つことができるのなら自分が、と。
ここにいる者たちはこの宿の警備の為に住み込んでいる者たちだ。中には普通に泊まりにきているものもいるが、そのほぼ全員が王女の婚約者に近いのは自分たちだ、という認識を持っていた。何せ王女直々に剣の手解きを受けているのだから、と。
だが王女の婚約者となる目標は目の前の大して強そうに見えない少年——アキラによって打ち崩された。だからこそ否定しているのだ。
王女が婚約したのは仕方がないと割り切ることができるが、それでも恋心が完全に消え去るわけではない。
ならば王女の結婚相手には、王女が負けても納得のできる相手——こいつであれば王女が負けても仕方がないかもしれないと思える者であって欲しかったから。
だが実際にはアキラのような子供が勝ったのだと言い張っている。認められなかった。
「まあ、確かに剣で勝ったわけではないですね」
「分かってんなら無駄に見栄張るのやめろって」
「なんでそんなに否定するのかわかりませんが……剣では勝てませんけど、魔法が使えるんで。それで勝ちました」
そう言いながら模擬剣を戻そうとするアキラの前に一人の男が割り込み、アキラのことを見下ろした。
「……まだ疲れてねえよな」
「ええ。まだまだ遊べますよ」
なんとも言えない表情ながらアキラのことを睨んでいる男に対して、アキラは今の状況とこれからの展開を楽しく思い、笑顔で了承した。
そしてその後は、その男だけではなくその場にいた全員と戦うことになったのだが、誰一人としてアキラに一撃を加えることができずに終わった。
「あー、くそっ! 負けだ負けだ! 認めてやる!」
「負けたなあ! 王女様の相手は俺がなるつもりだったのによお!」
「おめえじゃ無理だって、おめえがなるとしたら先に俺が勝ってたわ」
「お? あんま調子に乗んなよ? 今から勝負すっか?」
「はんっ。いいぜ、やってやんよ!」
アキラに負けたからか、それとも王女への未練を断ち切るためか、馬鹿みたいな掛け合いをしながらその場を離れ、剣をぶつけ合った。
「悪いな。さっきはバカどもが突っかかって」
「いえ、大切にされてたんだなって言うのが分かりますから」
「まあな。立場はあれだが、あの方はよくここにきてたからな。あいつらもなついてるんだ。ここにいる奴らの娘とか姉や妹みてえに思ってるやつだっている。それから、自分こそが結婚するんだって思ってたやつもな。そんな人が結婚するってんだから、いろいろ思う奴もいんだよ」
「好かれてるんですね」
馬鹿みたいに騒ぎながら剣を打ちつけあっている者たちを見ながら、アトリアの姿を思い出し、アキラはフッと笑った。
そんなアキラの姿を見ていた最初に話しかけてきた大柄な男は、本当なんだと改めて理解し、一度大きく深呼吸をした。
「それと──おめでとさん。あの方は俺たちの大事な方だ。くれぐれも泣かせないでくれよ」
「ええ。もし泣かせたなんて話が聞こえたら、その時は俺を殴りにきてくださって構いませんよ」
「はっ。なら、そうさせてもらうぞ」
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