第128話贈り物探しの旅

「ああ……もう、行ってしまわれるのですね……。ようやく会うことができたというのに……」


 そんなセリフを言ったのがアトリアだと聞いたら、いったいどれほどの人間がその言葉を信じるだろうか。


 アトリアは今までこんなことを言ったことはない。それは真意ではなく冗談の類であってもだ。


 アトリアにはその功績から様々な呼び名がつけられている。『剣の乙女』『女神の剣』『剣の亜神』などなど、概ねは良い意味ではあるが、それらの呼び名には侮蔑の意味も込められていた。『人間ではない』という意味が。


 だから、普段から比較的にアトリアと交流があり、彼女に対する呼び名や評価を知っている者からしたらまず自分の耳か頭を疑うだろう。


 しかしこの場に限ってはその言葉を聞いた者の耳にも頭にも異常はなく、実際にアトリアがそう口にしたという事実があるだけだ。


 だが、感情を見せず、冗談も言わないアトリアからその言葉を向けられた者はといえば……


「なに言ってんだお前? 頭でもおかしくなったか?」


 額に眉を寄せながら首を傾げてそう言った。


 言葉だけ見ればアキラはひどいことを言っているだろう。

 だが、アキラがそう言ったのには理由があった。


(顔が無表情なのにそんなセリフを言われてもなぁ。どう考えても違和感しかないっての)


 場所は城の前。来客用の馬車を止めるスペースにてアキラは帰るために馬車へと乗り込もうとしたのだが、見送りに来たアトリアからそんなことを言われていた。


 しかし、アトリアの口から紡がれた甘い言葉に反して、人形のように美しく整ったその表情はピクリとも動いていなかった。

 いや、本人からしてみれば精一杯悲しんでいるつもりなのだろう。もちろん実際に悲しんでいるのではなく演技の類ではあるが。


 だが、女神時代の数千年という時間が長すぎたのか、たかだか数十年程度の人生ではどうやって笑えばいいのかアトリアには理解できなかった。

 楽しいという感情はあるし、嬉しい、喜ばしいという感情も理解できるし感じている。


 だがそれでも表情の変え方だけはわからなかった。


 口元に笑みを浮かべることはできるのだが、それ以外が『私は笑っていませんよ』とでも主張するかのように無表情のままなのだ。


「失礼なことを言っていると斬りますよ」

「……それは剣を抜く前に行って欲しいことなんだけどなっ」

「止められるからいいではありませんか」

「よくねえよ!」


 だが、アトリアからしてみれば精一杯悲しげな気持ちを表していたつもりだし、離れてほしくないという気持ちも確かなものだった。

 それに対してのアキラの失礼な言葉で少しだけイラッとしたアトリアは腰に差していた儀礼用の杖を振るった。


 頬を擦る程度の軌道とはいえ、そのまま受けるわけにはいかないアキラは腰に差していた剣を抜き放ちアトリアの振るった杖をガードした。


 杖とは魔法を使うためのものであり、決して金属の剣と打ち合うためのものではないのだが、大会の優勝者たちを木剣一本で斬り伏せてきたアトリアにいうのは今更だろう。


 だが、そんなやりとりでも今まで自身に並び立ってくれる者のいなかったアトリアにとっては嬉しいことなのか、攻撃が防がれたにもかかわらずその口元には自然と笑みが浮かんでいた。


 アトリアとしても今のはほんのお遊び程度のもので、防がれた杖は腰に戻し、アキラも剣を鞘に収めた。


「ドワーフ達の国に行くのでしょう? 二ヶ月は最低でもここから離れるのですから、その前に少しくらい婚約者と戯れたいと思う私の気持ちを汲んでくれてもいいではありませんか」


 そしてアトリアはアキラに対して少しだけだが先ほどの言葉などよりも確実に悲しげな様子で言った。


 そう。アキラは以前どこぞの貴族から王女との婚礼の品の話を聞いて、できるだけ早いうちに何かを手に入れなければならないと考え、調べていたのだ。

 そして今回、アトリアにふさわしいものを手に入れるべくドワーフの国へと向かうことにしたのだった。

 その期間は二ヶ月とそれなりに長いが、馬車で国を跨ぐのだからそれくらいはかかっても仕方がないだろう。


「斬り合いが戯れとか、お前本当に王女かよ」

「ええ。これでも王女です」


 アキラはアトリアの行動に対して文句を言ったが、しかしその様子はどこか楽しげだ。

 アキラはずっと探していた女神の生まれ変わりを探すことができたからか、それまでよりも人間味がましたというか、余裕のようなものを感じられるようになり、感情を表に出すようになっていた。


 そしてそれはアトリアも同じことだった。基本的に無表情というのは変わらないが、それでも言葉に乗っている感情や、時折見せる仕草からはそれまでからは考えられないほどに人間らしさがあった。

 侍女やアトリアの兄弟姉妹からは訝しがられ、時には驚愕されるほどに。


「まあ、戯れはこの辺りにしておきましょう。これ以上は邪魔になってしまうでしょうから」


 アトリアはそう言うと一歩下がり、話はそれで終わりになった……かと思ったらアトリアは何かを思い出したかのように声を出した。


「ああ、そうでした。あの国に行かれるのでしたら途中でティアノという町に寄ると思いますが、その際は『剣の守り』という宿に泊まってください。それを見せれば無償で止まることができますから」


 そう言いながら再びアキラに近づいて渡されたのは、直径十センチほどのメダルと手紙だった。手紙はいいとしても、メダルの方はなんだろうと思ってアキラは視線を落とす。

 そのメダルは細かい装飾は施されているものの、目を引くのは中央に交差している二本の剣だろう。


「無償でって……いいのか?」

「ええ。他にもそれなりの格がある宿に泊まる時は先ほどのものを見せてください。それはあなたの顔を売ることになりますから」

「顔ねぇ……」

「いろいろな場所で私の名前を出して印象をつけることで、少しでも民衆の認識を味方につけることができれば、いつか役に立つかもしれませんから」


 アキラの渡されたメダルに描かれているのはアトリアの使う紋章で、それを持っているものはアトリアから近い位置にいる関係者であるという意味である。

 そんなものをアキラが使っていれば、否が応にも二人の関係性が広まることだろう。


 関係者とは言っても婚約者とまで判断することはできないかもしれないが、判断できるものだっているし、そこから少しでも広がれば十分だった。


 そうすれば王やその周りが二人のことを強引にどうにかしようとしても、少なからず反発が起こる。それは小さいことかもしれないが、そういう積み重ねが大事なのだ。

 だからアトリアはアキラにメダルを渡したのだ。


 あとは、『自分のことを忘れるな』と『これは私のものだ』というマーキングのような意味もあった。


「ちなみになんだが、さっき言ってた『剣の守り』って宿はお前となんか関係あるのか?」

「あそこは私が他国へ行くための活動拠点として出資した場所です。言ってみればオーナーですね」


 アトリアが勧めたということと、剣という名前から判断したのではあるが、アキラの予想は見事に当たっていた。


 アトリアはその武力のせいで名が広まっており、他国に誰か王族を派遣する、となった時にはアトリアが行くことも多々あった。

 それに加えて辺境にて強力な魔物が現れた際に動きやすいようにと、作らせた宿だった。

 こう言った宿はいくつか所有しているアトリアだが、今回の宿もその一つだ。


「ちなみに、サプライズを用意しているので、楽しみにしていてください」

「……なんか、嫌な予感しかしないんだけど」


 無表情のまま楽しげな雰囲気を出しているアトリアの言葉に、アキラは少しだけ眉を寄せて訝しんでいる。


「む、嫌な予感とはなんですか。用意するために頑張ったというのに」

「いやだってさ、お前、〝こう〟なってから色々と箍が外れてるっていうか、ハッチャケてんじゃん。なんか無茶しないかと不安なんだよ」

「確かに舞い上がっているのは認めましょう。ですが、他者に迷惑をかけるような無茶などしませんよ」

「その台詞は後ろを見てから言えや」

「……? いつも通りですが?」

「いつも通りなのか……」


 アキラの言葉を受けてアトリアは自身の背後へと振り返ったが、そこにはどこか遠い目をした者や顔を逸らしている者、陰のある笑みを浮かべている者など、全体的に意味ありげな雰囲気の従者たちがいた。


 だがそれもアトリアにとってはいつも通りのことでしかなく不思議そうな様子でアキラに向き直り、アキラはそんな様子になるほどの従者たちに同情の視線を向けた。


「まあ、いい。サプライズはそれほど期待せずにそこそこ楽しみにとどめておくさ」

「そこそこではなくもっと期待して欲しいですが、良しとしておきましょう」


 話はそこで終わり、今度こそアキラは馬車に乗り込んでいった。

 ちなみに御者おらず、アキラ自身が馬車を操っている。

 そんな事ならば馬車ではなく馬単体で使えばいいじゃないかと思うかもしれないが、あいにくとアキラの身長では馬に乗ることができなかった。

 魔力を溜め込んだことによる成長阻害は解いたのでそのうち大きくなっていくだろうが、少なくとも今の状態では単独で馬に乗ることはできないため、仕方なく馬車を使うことになったのだ。


「では──いってらっしゃい」

「ん。いってきます」


 そうしてアキラは馬車を走らせ、徐々にアトリアから遠ざかっていき、ついにはその姿が見えなくなった。


(今のうちにレーレから受け取った紙でも見ておくか)


 街を出てから数分ほどしたところで、アキラは馬車を引いている馬たちに魔法をかけ、知力を強化していた。

 そのため、方角さえ示せばあとは馬たちが勝手に進んでくれるような状態になっており、自身で手綱を持つ必要のなくなったアキラは用意してあった荷物の中から紙の束を手に取った。


(結構な量があるが、やっぱり俺みたいなのが出てくるのは反対なのが多いか)


 1枚めくると、その下には注意書きというか、その紙の束に関する注意点が箇条書きでいくつか書かれていた。


 ・侯爵以上はほとんど店に来ないから他の奴らに比べて情報が薄く、誤りがある可能性がある。

 ・公爵、王族に関しては大まかな概要程度で、秘密らしい秘密はない。

 ・しかし王族の一部に関してはたまに店に来る。

 ・なお、一部公爵(ガラッド)については例外とする。


(まあ、高位の貴族が店にやって来れないってのは仕方ないよな。元々市民や下位の貴族を相手にするつもりだったし、中位の貴族が釣れただけでも良しってところだろ。上層の奴らの情報も全くないわけではないし)


 レーレからの注意書きを読んだアキラは書類の内容を読み込んでいくが、しばらくすると読み終えたのか紙の束を再び荷物の中に仕舞い込んだ。


「暗殺、か……」


(気持ちはわからないでもないが、それを自分たちの家だけで完結させないで外部に頼むからこうしてバレるんだよ。まあ、いざというときに自分に繋がらないようにするためなんだろうけどさ)


 読んだ紙の束にはこれから来るであろう暗殺者について書かれており、そのことのめんどくささを感じてアキラはため息を吐いた。

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