第127話貴族とのあれこれ

「──この国の平穏を守るための新たな魔法を作り上げたその功績を称え、アキラ・アーデンへ男爵の位を授ける。今後もこの国のために励むことを願っている」


 アキラが叙爵されることが決まってから数日後。

 現在アキラは国王の前に跪き、その場に集まっていた貴族達の視線を受けながら爵位を賜っていた。


「はっ。ありがたき幸せ。王女殿下との婚約と合わせ、斯様な名誉を賜ったこと、恐悦至極にございます。国王陛下のご期待に添えられるよう、今後もより一層の奮起をいたします」


 とてもではないが見た目が成人しているとは思えないアキラがこの場にいると、子供がごっこ遊びをしているようでなんともミスマッチな光景だった。


 だがその口から紡がれる言葉はどう考えても子供の発したものではなく、動作は平民とは思えないほどに洗礼されていた。


 そのため、アキラのことを『作法がなっていない平民上がり』と馬鹿にしようと思っていた貴族達は何も言えずにいた。


 国王に至っては、アキラの容姿や娘との婚約、数日で魔法を作り上げる功績その他諸々が頭の中に浮かび上がり、そのせいで王としての顔が僅かに崩れて微妙な色が混じってしまっていた。


 だが、国王の表情が崩れたのはそれだけが理由ではないだろう。


 何せ目の前にいる子供は、国王である自分を見ていなかったのだから。


 ではどこを見ていたのか。それは王の斜め後ろに控えていたアトリアだ。そしてアトリアもまたアキラのことを見つめ返していた。


 婚約者同士が見つめ合うというのはおかしなことではない。が、それを国王を無視してするものでもない。

 二人が自分を無視しているということがわかるだけに、国王はなんとも言えないうんざりとした様子を見せていたのだった。


「……うむ。下がれ」

「はっ」


 王の言葉を受けてアキラはそのばから下がり、退室することになったのだが、その際にアキラは周囲に集まっていた貴族達に視線を向けると、小馬鹿にするようにフッと笑った。


 馬鹿にしようと思っていた相手にそんなことをされてしまえば、プライドの高い貴族達が耐えられるはずがなかった。


 だが、この場が王の前であり公式的な場であることを理解しているからか、憤りこそすれどそれを行動にうすつものはいなかった。

 何人か声を出してしまったり一歩足を踏み出したりと怪しい者はいたが、それでもアキラが退室するまで何か騒ぎが起こることはなかった。


「あなたも無茶をしますね」


 叙爵式を終えたアキラはアトリアの部屋へと招かれていたのだが、勧められた席に着くとアトリアからそんなことを言われてしまった。

 あの時は王に見えないような角度だったので、同じように背を向けられていたアトリアにもアキラの顔は見えていなかったはずだが、それでもアキラが何をしたのかバレてしまっていたようだ。


「あんなのは無茶でもなんでもないだろ」

「あれで改めて敵意を集めましたよ」

「今更だろ。それに、敵意ってのははっきりしてる方がありがたい」


 あの時のアキラの行動によって、その場にいた貴族達はアキラに対して敵意を剥き出しにし、それは直接向けられたわけでもないアトリアにも感じ取れていた。


 それは貴族全員を敵に回す行為であり、お世辞にも馬入り方だとは言えない。

 しかしアキラから言わせてもらえれば、そんなことをした理由というものはしっかりと存在していた。


 あの場にいたもの達全員から敵意を向けられはしたが、それでもその敵意にも大小がある。

 ただ嘲笑われたことに不快感を持った者や、元々不満を持っていてさらに憤りを感じた者。敵意の分類としては他にも色々あるが、程度の差というものが存在していた。


 アキラはその中で、不快には思っているけれど比較的に敵意の小さなものを調べ、記憶していた。その程度であれば、今後の動き方次第で有効を結ぶことが可能だと判断したからだ。

 加えて、敵意とともに『悪意』や『害意』を持った者も記憶していた。普段は隠していたとしても、感情を乱して敵意をあふれさせるような場では隠し切ることができないから。


 だからアキラは敵意を集めるのをわかっていてあんなことをしたのだ。味方になり得る者と敵を分けるために。


「──さて、ここでやることは終わったし、俺もやることあるしで、今日のところは俺も帰るかな」

「泊まって行かないのですか?」

「泊まるって……城にか?」

「望まれるのでしたら私の部屋でも構いませんよ?」


(こいつ、女神を辞めてから色々とハッチャケてんな。いやまあ、あそこでの人生を思えば今の『生きてる』状況を楽しむのもわからなくはないけどさ)


 以前の女神として動いていたときには絶対に言わなかったであろう台詞を聞き、アキラは改めて目の前の王女が女神をやめたんだなと感じた。


 だがそれを悪いことだとは思わないので、アキラは小さくため息を吐き出した後に少しだけ呆れたような色を混ぜて笑った。


「今日のところは帰るよ」

「それは残念ですね」


 冗談めかしたアトリアの言葉を受けながら、アキラは自宅へと帰っていった。




「主様。お客様がお見えです」


 そんな叙爵式を終えて数日後。アキラが今後のために色々と手を打っていると、アキラの元に誰かがやってきたようで、それをレーレが知らせてきた。


「誰だ?」

「それが、貴族の遣いだとか……。一応こちらがその者とその主の資料になります」

「ん、ありがとう」


 レーレ達はアキラの店で人に望む夢を見せているが、それは元は情報収集の面が大きかった。

 もう目当てだった女神の生まれ変わりを見つけたのだから必要ないと言えばないのだが、それでも情報は無駄にはならないので続けているし、夢を見せるさいにサキュバス達の食事も兼ねていたのだからやめる理由もない。


 そんな情報収集の結果だが、それは全て紙にまとめて保管してあった。その中にはこの国にいる貴族や商人達の情報から、その下で働いている者や外国の者の情報まであった。

 今回レーレはその中の情報から『遣い』とやらとその主家の情報が書かれた紙を持ってアキラに渡したのだった。


 そしてそこに書かれているのは名前から人には言えないような趣味や悪事などまで詳細に書かれているのだが、渡された紙に書かれていたのはとてもではないが使者として送ってくるには相応しくないような者だった。


「これが遣いねぇ……まあ、通してくれ」

「はい」


 一言で言ってしまえば、詐欺師。


 そのことは送ってきた側の人間も知っており、その上でそんな者を自分の家の遣いとして出しているのだからろくでもない話だというのは簡単に理解できた。


 だがそれでも立場的に格上の相手が送ってきたのだ。アキラに断れるはずがなかった。

 いや、断ろうと思えば断ること自体は可能だっただろう。だが、なんのために来たのかくらいは知っておいた方がいいと判断し、対応するべく動き出したのだった。



「この度は突然の訪問であるにもかかわらず快く迎え入れてくださり、感謝いたします。アーデン男爵」


(……おーおー、見事なまでの外道魔法対策。ここまで揃えるのには金がかかっただろうなぁ……意味ないけど)


 応接室に案内された男の対応をするために自身も応接室へと向かったアキラだが、部屋の中に入って遣いの男の姿を見ると、その全身はアキラの魔法である外道魔法を意識しているのだろう。外道魔法対策のための装飾品がいくつも身につけられていた。


 アトリアに釣り合うために、体内に溜まった魔力をあえて貯めずに放出することで肉体の成長を妨げている状態を解除しているアキラだが、それは同時に現在は通常時に比べて操ることのできる魔力が少ないことを意味する。


 それは魔法使いにとって問題と言えるのだが、元々肉体の成長を止めるほどに魔力を持っていたアキラには大した意味はなく、そんな限られた魔力であっても目の前にいる相手の防御程度は貫いて魔法をかけることが可能だった。


「い、いえ、爵位を賜ったと言っても所詮私は新参者です。だというのに伯爵家の方にわざわざお越しいただいたのです。偉大な先達の訪問を断ることなんてありません」


 内容は大人びているものの、どこか辿々しさを思わせるアキラの言葉。普段のアキラでを知っている者からすれば、どうしたんだ、と思われることだろう。


 当然ながらアキラはこの相手を敬う気持ちなどかけらも持ってはいない。が、ここで突っぱねても問題になる。何か起きたとしても問題なく対処できるだろうが、そもそも問題を起こさないに越したことはない。

 故に、アキラは少しだけ困った様子を見せながらも笑って頭を下げた。


 本来であれば相手は貴族ではないのだから頭を下げる必要はないのだが、それでも頭を下げたのはそれだけ相手のことを尊重しているという姿を見せるためだ。


「私どもにも事情というものがありまして……。実のところ、王女殿下の結婚相手は既に決まっていたのです。王女殿下があなたと結婚されなければ、そのものと結婚したことになったのですが……それだと私たちにとっては都合が悪いのですよ」


 そんなアキラの様子に満足そうに頷いた遣いの男は、アキラが席についてすぐに話を切り出し始めた。


 家主であり貴族でもあるアキラに対して、アキラが要件を聞く前に話し始めるのは無礼なことである。にもかかわらずそんなことをしたのは、『この相手なら強気でいっても問題ない』と男がそう判断したからに他ならない。


 見た目のわりにしっかりしているものの、どこか頼りなさや緊張というものが見えるアキラ。

 あらかじめアキラの情報は調べていたので、アキラが闘技大会で優勝したことも王女に勝ったことも分かっているはずだ。

 だが、得意の外道魔法を封じた状態であれば、なんの脅威もないただの子供だと思っていた。どうせ大会も外道魔法を使っていたのだろう、と。


 まあ、頼りなさも緊張も、魔法が使えないのも、全て嘘なわけだが。


「ですので、あなたには殿下と結婚していただいて、あの家の勢いを止めて欲しい、というのが我々の考えです」


 男は詐欺師にしては随分と簡単に油断し、話を進めている。これで本当に詐欺師なのかと疑問が出てくるが、それも仕方がないだろう。男は外道魔法を封じたと考えているが、実際にはもうアキラの魔法にかかっているのだから。


 強力な魔法は街に張り巡らせている魔法感知に引っかかってしまうので使えないが、そんな状態であっても感知されない程度の弱さで相手の防御を抜けることはできる。

 それはアキラが数えるのが馬鹿らしくなるほどに死にながら培ってきた技術で、それができるからこそ『神』という格を得ることができたのだ。


「それで殿下の贈り物の件ですが、もうお決めになられましたか? 三年後までとなっていますが、三年などあっという間。今からでも用意しなければ手に入らない物など珍しくありません」


 嫁をもらうのであれば、その嫁の実家に贈り物をしなければならないのだが、王家のものを迎え入れるのであれば、王家に献上するにふさわしいものを用意しなくてはならない。


 そんなものを一般市民であったアキラが持っているはずもなく、三年かけて手に入れられるかどうか、という考えはおかしくない。


「東の大陸の『神眼』。南の海の底に生えるという『水樹』。西の山に湧く『龍泉酒』。北の巨人が守る『黄金の実』。……どれも王族への贈り物としてはこれ以上ないほどのものです。これらのうち一つでも用意できたのであれば誰もなんの文句も言うことができないでしょう。あとは高価な贈り物と言ったら奴隷でしょうかね……」


(……王族の結婚の贈り物に奴隷とか馬鹿じゃねえの?)


 他の4つは良いとしよう。アキラも聞いたことのある有名な宝物の名前だ。


 だが、どう考えても奴隷なんてものは格が劣るどころの話ではない。

 確かに奴隷というものは高い。一般家庭であれば買うことはできないだろう。

 だが、王族や貴族であれば問題なく買うことはできる程度の金額でしかなく、そもそもの問題として王族に奴隷を贈ることは常識的に考えてありえないことだ。いや、王族でなかったとしても贈り物に奴隷というのは、よほどの色に塗れた者が相手でない限り失礼になる。


「そうですか。ですが、どれも難しそうですね。……いや、奴隷ならば金さえ積めばなんとかなるか?」

(ほら、この言葉が欲しいんだろ?)


 男に意識を誘導する魔法をかけた際に軽く頭の中を調べた限りでは、この男はレーレ達資料にもあったように『敵』側の人間だ。


 だからこそ仲良くする気はなく、だが表立って反発する気もないのでアキラは男の言葉に騙されたかのように小声で呟き、相手の様子を伺うことにした。


「まあ難しい問題でしょうけれど、何か必要なものや手を借りたいことがあれば遠慮なく連絡をください。我が家はいつでもあなたを歓迎します」


 アキラの反応が上々だと思い込んだ男は、人受けしそうな優しげな笑みを浮かべてアキラに言葉をかけた。


「ありがとうございます。色々と展開について行けずに貴族のことで疎い私に手を差し伸べていただき、本当に感謝しています。今は色々と考えることがあって何も決まっていませんが、助けて欲しい時にはご連絡いたしますので、その時はお手数ですがどうかお力添えをいただければと存じます」


 だが、そう言ったアキラの表情が酷く冷めていたものになっていたことを、男は気づけない。

 そして、気づけないまま、アキラは自分の言葉に騙されていると思い込んだまま、男は軽い足取りで帰っていった。


「──レーレ」


 その去っていく背中を見ながら、アキラはレーレの名前を呼んだ。


「はい」

「さっきの男と向こうの家のことを詳しく書類にまとめておいてくれ。それと横のつながりも頼む」

「かしこまりました」


 どんな陰謀も、すでにこの国のほぼ全ての貴族の裏を知っているアキラには意味のないものだった。


 それは使い方次第でどうとでも相手を追い落とすことができる。

 それに、そもそもの話としてアキラにとってはその気になれば問答無用で相手を服従させることが可能なのだ。

 培ってきた倫理観や価値観、損得など諸々の影響でやっていないだけで、やろうと思ってできないわけではない。


 それがわかっているからこそアキラは余裕を崩さずにいられる。


「ま、あの男の話にのるつもりはないけど、贈り物は真面目に探さないとなぁ」


(と言っても、なにを用意するかな……さっきあの男があげたのはなしだろ? 良いものだってのは確かだけど、どうせ三年じゃ手に入らないだろうし。できないわけじゃないけど、それに付随するあれこれがめんどくさそうだ)


「……あっちの目をごまかすために、一応奴隷も買っておくか。サキュバス以外を店で働かせれば目眩しくらいにはなるかもしれないし」


 そう呟きながらも、これからはあんなのが増えてくるのかと思い至り、アキラはため息を吐き出すのだった。

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