第125話結界の改良

 

「なんか勝手に話が進められたけどさぁ……無茶振りされてないか?」


 あの後アキラとアトリアは会場を後にしたのだが、今度はアキラの捕まっていた軟禁用の部屋ではなく、普通にアトリアの客人として彼女の私室に訪れていた。


 二人はその部屋にあったテーブルに向かい合って座っていたのだが、アキラは自身の目の前に座っている銀色の髪をした無表情の女性を見つめながら怠そうに口を開いた。


「そうでもありませんよ」

「そうかぁ……?」


 返ってきたアトリアの答え対してアキラは胡乱げなものを見るかのような目でアトリアを見つめるが、当の見詰められた本人はそんな視線など気にしていないとばかりにメイドによって運ばれてきた紅茶に口をつけていた。


 そんなアトリアの様子を見て、このまま聞いたところでまともに答える気はないんだろうなと判断すると、アキラは一度ため息を吐き出してからアトリアと同じように目の間に置かれている紅茶に手を伸ばした。


「……ああそうでした。あなたにお聞きしたいことがあったのです」

「うん?」


 アキラがカップに口をつけたところでアトリアはふと何かを思い出したかのようにそう呟くと、徐に席を立ち上がってから壁際に備え付けられていた書棚に近寄っていった。


「これを見ていただきたいのですが……」


 そしてその棚から一つの本を取り出すと、開いた。

 だが、どうにもその様子に違和感を感じていると、アトリアは本の中から一つの鍵を取り出した。どうやらアキラが感じた違和感というのは、アトリアの手にしたものが本ではなく本のように見える入れ物だったからのようだ。


 アトリアは取り出した鍵を書棚の下部につけられていた扉の鍵穴へと差し込んだ。


 ここは王女の部屋だ。それなりに警備が厳重なはずだし、そうでなくてもこの部屋にはそこかしこに防犯用の魔法がセットしてあった。

 にもかかわらず、鍵をかけたりその鍵を隠したりなどと、嫌に厳重な様子を見て、アキラは一体なにを隠してるんだと気になったが、その答えはすぐに出てきた。


「なんだこれ?」


 アトリアが何かを手にしてアキラの元へ戻ると、手に持っていたそれをアキラの目の前においた。


 アキラの目の前に出てきたのは鍵のかかった箱だった。鍵付きの棚の中にさらに鍵付きの箱。

 やはりまともなものではない——というよりもアキラのような部外者には見せていい類のものではないのだろう。


 だがアトリアは何にも躊躇うことなくアキラの間の前でその鍵を開けてみせ、その中身を取り出すとアキラへと差し出した。


「この王城を守っている結界の魔法の術式です。もう少し直せそうなのですが、あいにくと私は魔法は門外漢で……昔取った杵柄と言いますか、大まかなアドバイスくらいはできるのですが、細かいところは触れないのです」

「まあ、だろうな。お前、『魔法? そんなものより斬った方が早いでしょう?』って感じだもんな」


 アトリアは元々の顔立ちも関係しているが、基本的に無表情であって知的な人物であると思われている。

 だがアキラから言わせればそんなのは間違いでしかない。


 アキラの理解としてアトリアは、ぶっちゃけていうと脳筋タイプなのだ。


 確かに女神だった頃のアトリアは魔法を使うことができただろう。そしてそれは今でも変わらないだろう。いくら魔力の総量が減ったとは言っても、その知識や経験まで消えるものではないのだから使い方くらいは知っているので使うことができる。


 だがそもそもの話として、アトリアは魔法を得意としていない。


 剣を使わずとも鉄を切ることができ、剣を振るえば数百メートル先のものを切ることができる。刃物を持たせればそれが超一流の打った業物であろうとペーパーナイフだろうとなんだってできた。


 使えないわけではないが、それ故に魔法など数える程度しか使ったことがなかった。


 この辺りは流石は『闘い』を司っているだけあると言ったところか。


 だがそれ故に、元女神でありながらも魔法に関しての知識が薄い。


「……なんとなく馬鹿にされている感じがしますが、まあいいでしょう」


 アキラの言葉から自分を馬鹿にするような意思を感じ取れたが、それは事実として間違っていないので、アトリアはぴくりと眉を反応させつつも話を進めることにした。


「それで、改良はできますか?」


 アトリアは差し出した資料を読んでいるアキラに向かって問いかけたのだが、そこにはできるはずだ、という確信が込められていた。


「ん……まあ、改良目的にもよるけど、できるかな?」

「でしたら、そうですね……一般的な魔法使い一万人の魔法攻撃に一日耐えられる程度でお願いします」

「一日か……」


 普通なら城を守っている防壁の改良などそう易々とできるものではない。チームを組んで真剣に取り組み、それで何年もかかってようやくできるかもしれない、という代物だ。


 それを一日で改良しろなどと、無茶ぶり以外のなにものでもない。


 だからアキラが顔を顰めたのも無理はない。


「姫様、流石にそれは……」


 アトリアの考えは、おおよそのなんとなくだが理解できる。アキラに功績を立てさせるためにアトリアも必死なのだろう。城の守りに使っている魔法の強化などというものが成功したのなら、それは功績として数えることができるのだからある意味で手っ取り早い方法ではある。最も、それは改良に成功することができたのなら、の話であって、普通なら徒労に終わる。


 しかも、そんなことを一日で成せというのだから、正直なところ成功させる気がないんじゃないかというのがアトリア付きのメイドの感想だった。


 だからこそ、焦っているのはわかるがそんなこと普通は不可能だと止めようと声をかけたのだが、その声はすぐに止まることとなった。


「その程度でいいなら、割と簡単だな。書くものあるか?」

「ええ」


 確かに普通であれば魔法の改良など一日でできるものではない。

 だが、ここにいるものは『普通』などではなかった。


 人から神に至るなどという規格外の精神をし、何度も何度も敵を殺し、自分が死なないために研鑽し続けてきた魔法の技術や知識は、メイドの言うところの『普通』など軽く通り過ぎていた。


 魔法に関するアキラの知識は、この世界の千年先を進んでいた。そうでもなければあの狂った地獄のような天国で最後まで生き抜くことなどできなかったから。


(そうだな……ただ結界を作るだけじゃつまらないし、精神魔法……外道魔法が受け入れやすくするためにちょっと考えるか)


 故に、アキラにとっては城の防御に使われている魔法の改良程度のことであればさほど時間をかけることもなく終わらせることができる。むしろ実家で帳簿整理の手伝いをしている時の方が余程時間がかかっていたくらいだ。

 だからこそ、ただ効果を強くするだけではなく、自身の望んだ方向へとアレンジを加えることもできるのだった。


「──ん、できた」

「思ったより時間がかかりましたね」

「まあ普通のより捻ったものにしたからなコンセプトとしては、『無駄撃ち』だな」


 思ったよりも時間がかかったなどアトリアは言っているが、アキラが新たな魔法を紙に記し始めてからまだ二時間と経っていない。

 それだけの短時間で新しい魔法ができたなど、そばで聞いていたメイド達からしてみれば自身の耳と頭、それからアキラとアトリアの頭を疑うことだった。


 だがそんなメイド達の思いなど知らず、そもそも知ったとしても気にしない二人はそのまま話を進めていった。


「これは一定以上の衝撃に反応して、周囲に対して意識誘導の魔法が発動する。魔法が発動すると、城の場所を正しく認識できず、城を狙おうとすると狙いが城にも街にも当たらない方向にズレる。そしてそれは威力の大きなものを使おうとすればするほど大きくズレた場所へと意識が誘導されていく」

「それで無駄撃ちですか」


 常に魔法を発動し続けることは魔力の無駄にしかならないので最初の一撃を受けるまでは普通の防壁だが、一度でも攻撃を受ければあとは勝手に魔法が発動するようになっていた。


「ああ。耐久力1兆の結界があったとしても、威力が一の攻撃を無限と続ければいつかは壊れる。壊れないようにするためには、そもそも攻撃に当たらないようにすればいい」


 水の一滴だって、それ自体は大したことはないと思うが、それでも延々とコップに溜まり続ければいつかは水が溢れてしまう。それは結界も同じだ。

 だからこそ、そもそも攻撃を当てられて結界を削られないように、敵意を持つ者の攻撃を誘導する方向にしたのだった。


「──と言っても、それだけじゃ近づかれた時に弱いから、もう一つの案がある。それは2枚目だな」


 いかに認識を逸らしたとしても、それは遠距離の攻撃にのみ有効なものだ。何せ意識できずとも目の前には触れることができるものがあるのだから、見えずとも存在しているという前提で思い切り殴ったり切ったりなどの攻撃を加えればいい。


 戦いにおいて最大威力を出しやすいのは魔法だということに変わりないが、それでも魔法を使わずとも攻撃の威力をあげて壁を壊す方法などいくらでもあるのだ。

 それに、魔法だって極論を言えば壁に触れた状態で自爆覚悟で魔法を使えば効果はある。


 故に、それをさせないための二つ目の結界もあった。


「そっちは結界から百メートル以内にいる者全てを、正門の前で土下座する暗示がかかるようになってる」

「土下座ですか……」

「ああ。百メートルって範囲だと市民も巻き込まれるからな。範囲内に入った瞬間に気絶とかだと、城が攻められるような状態だと危険だろ? それに、バラバラな場所で動きを止めたとしても対処しづらい。だから正門に集めるようにした。まあ、その集める場所は正門前にしただけで、他の場所に変えることもできるけど」

「外道魔法を全面的に使った結界ですか」

「少しでもいい印象が受けられればなってな。本当は敵意のある者とない者とで区別しようと思ったんだけど、そうすると魔力の消費が大きくなるからやめておいた」


 外道魔法を嫌っている国がアキラの作った外道魔法を使用する結界を使うかはわからない。

 だが、効果だけを見るのならアキラの記した結界の方がよほど効果があるものだった。


「ありがとうございます。では、うまくいくかわかりませんがそれなりに楽しみにしておいてください」

「……うん?」


 輝から渡された手元の資料を見て呟かれた言葉に対して、楽しみにとはどう言うことだろうか、とアキラは思ったが、アトリアは無表情からわずかに口元を歪めて笑うだけで何も答えなかった。




 その後アキラは適当に話をしてから大人しく家に帰ることとなったのだが、それから数日後、アキラの元にはアトリアから手紙が届いていた。

 内容は要約すれば『私の部屋に来い』だ。もちろん王族らしく装飾はされているが、そのほとんどは事務的なものでしかなく、内容の九割方が定型文でしかなかった。

 一応婚約者であるにもかかわらずその内容はどうなんだと思わざるを得ないが、これがアトリアだ。

 それは何も機嫌が悪いとか嫌っているとかではなく、ただ単にそう言う性格をしているからとしか言えない。

 どうしても会えないわけではないのだから、話したいことがあるのなら会って話せばいい。それがアトリアの考えだった。


 生まれ変わったことで情緒は理解できるが、根底には合理的な思考があるために、基本的にはそっけない文章となってしまうのだ。


 そんな用件だけの手紙に若干苦笑しつつも、アキラは手紙にあった通り翌日には再びアトリアの部屋へと向かうことにした。


 そして前回やってきたようにアキラとアトリアはテーブルに向かい合って座り、運ばれてきた紅茶や菓子などを楽しんだ後、アトリアは今日の呼び出した理由について話し始めた。


「それで本日の用件ですが、おめでとうございます。男爵になりましたよ」

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