第123話結婚の条件

「……怠い……」


 アキラはアトリアとの勝負を終えて見事に王女を娶る権利を得たのだが、全力を出し切ってぶっ倒れたアキラは気怠さから、敷かれていた布団に体を横たわらせながら呟いた。


「それは自業自得というものですよ」


 そんな誰に向かって呟かれたと言うわけでもないアキラの言葉に、たった今部屋に入ってきたもの——アトリアが答えた。


 アキラは寝転がりながら顔だけを声のした方へと向けるが、それ以外はそのままだ。王女相手だと言うのに寝ながら話すつもりらしい。


「王女を娶るのですから、それくらいの覚悟はしておいて欲しかったものですね」


 そんな不敬と捉えられてもおかしくないアキラの態度を見て、だがアトリアは楽しげに微笑むとアキラのいる方向へと歩み寄っていった。


「……まあ、王女がお前だったら、とは考えてたけどさ、それよりもまずは探し出すことを優先してたから……」


アキラはそう言いながら今まで自分のやってきたことを思い出して目を瞑ったが、そこでふとアトリアへと顔を向け、問いかけた。


「というか、お前の方も大変だったんじゃないのか? 疲れてなさそうに見えるけど、そこんとこどうなんだよ」


アキラはアトリアに対抗するためにかなりの力を使ったが、力を使ったと言うのならそれはアトリアも同じだ。アキラがこれだけ疲れているのであれば、同じように、とはいかずともまともに動きたくないと思う程度には疲れていてもおかしくないはずだった。


「疲れてはいますが、慣れてもいますから」


 そう話すアトリアだが、アキラに近寄っていた足はアキラのそばにたどり着くことなく止まった。


「っはあ〜。流石は王女様」


 しかし、それも仕方がないだろう。だが嫌いになったわけではない。それは楽しげに話している声を聞けば、普段の無表情のアトリアを知っていれば驚愕とともに理解できるだろう。


 ならなぜか足を止めたのか。


「で、俺の裁判はいつよ?」


 そんなのは、アキラは檻の中にいるのだからだった。




檻と言っても、普通の罪人が押し込められるような牢獄ではない。

貴族や王族などを一時的に拘留しておくための専用の部屋だ。


貴族にふさわしい内装の部屋の中央に鉄格子を設置し、扉側と壁側で二分してある。そんな部屋の中、鉄格子の向こうに側にアキラが座っていた。


「裁判とは物々しいですね。取り調べですよ、一応は。それと、明日に決まりましたよ」

「どっちにしても物々しいってのは変わんないだろ。でも、明日? 思ったより早いな。こういうのって、もっと時間がかかりそうなものだと思ったんだけど?」


 アトリアは取調べと称したが、その実態がアキラを裁くものだということはアキラも理解していた。


今のアキラは罪の嫌疑がかけられている。そのためこうして鉄格子に囲まれていることになっているのだが、本来であればその罪を裁くための裁判はもっと慎重に時間をかけて行われるものだ。

それが大会の終わった日——アキラが捕まってから二日後には行われるというのだから異例と言っていい早さだ。


「……まあ、そういうこともあるでしょう」


そんな裁判までの早さについて尋ねたアキラの問いに、アトリアはピクッとほんのわずかに眉を反応させてから、さもなんでもないかのように答えた。


「そうか? まあ、そうか。そういうこともあるかもな。……で? 何した?」


だがアキラは一旦納得した様子を見せたものの、直後にはそんなアトリアの態度を見逃すことのなかったために疑いの視線を向けながら問いかけた。


「なんですかその言い方は。私は何もしていませんよ」

「……本当に?」

「ええ。信じなさい。剣の女神に誓えますよ」

「剣の女神ってそれ、お前……」


剣の女神——つまりはアトリア自身のことだ。それを信じろということは、ある意味何の保証もなく、何にも誓っていないことになる。


「まあ、私は何もしていませんが……ええ。本当に『何もしていません』よ」


(何かする必要があるのに何もしなかったって感じのニュアンスか? ……いや、ちょっと違うか?)


アトリアの言葉に『含み』があるのはわかっていても、それがどんな意味を込められたものなのかまではわからずアキラはアトリアに向かって訝しげな表情を向けていた。


しかしそれでもアトリアは応えることはなく、すまし顔でアキラのことを見ている。


(『何もしていない』って言葉に含みを持たせるんだとしたらそれはどんな意味になるのか。何もしないことで害になることといったら……)


「……お前、王族としての仕事って何かあるのか?」


それは仕事がある場合だった。

彼女にしかできない仕事、と言うものはなかったとしても、王族でなければできない仕事、と言うものはあるだろう。


それらを『何もしていない』となったら、それはアトリアに仕事を頼んだ側は大変なことになるのではないかとアキラは考えた。


「そうですねぇ……騎士団や冒険者では対処できないような魔物の討伐と、騎士団の訓練。それから魔法理論の助言と、多少の政務。……ああ、あとは一応学園も仕事ですね」


だが、その考えは正しいものの、その効果はアキラが考える以上だった。

何せアトリアは女神として活動していたときには並の人間以上の仕事をこなしていたのだから、その経験を活かせば常人の仕事量を超える。

それらを『何もしていない』ともなれば、どうにかするために限りなく早く行動に移すのも無理はなかった。


「色々やってるみたいだが、学園?」


そんな仕事だらけのアトリアに若干の引き攣った笑みを浮かべるアキラだが、その仕事量には突っ込まず話の中で気になったことを聞いてみることにした。


「ええ。騎士達に稽古をつけているように、学生たちに剣の稽古を少々」

「へえ……。で、それを『何もしなかった』ってか?」

「ええ。恋人が牢に入れられるなど、心配で心配で、夜も眠れぬほどでした」

「の割には顔色いいな」

「まあ睡眠など三日程度なら取らずともなんとかなりますし、昨日は六時間は寝ましたから」

「ぐっすりじゃねえか」


かつての女神として動いていた時の人形のような姿とは違い、今のアトリアは相変わらず表情の変化には乏しいがこういった冗談も言うようになっていた。

アキラはそんなアトリアの変化を間近で見ることができなかったことを残念に思いながらも、一度は死のうとしたはずの『生』を楽しんでいることを嬉しく思うのだった。


「はあ。……本当、お前変わったよな」

「あら、今の私はお嫌いですか?」

「いや?」

「なら、いいではありませんか」


そう言うなりアトリアは口元にうっすらと笑みを浮かべてアキラのことを見つめた。


そんな彼女の様子を見たアキラは、小さく息を吐き出すと同じようにアトリアのことを見つめかえした。


「──それにしても、ああ……。本当にもう一度会うことができましたね」


その言葉にはどれほどの想いが込められているのか、言葉を聞いただけの他人からは理解できないだろう。

理解できるのは当の本人たち——アキラとアトリアの二人だけだった。


だが、そうして二人の世界でいることができたのは時間にして数分程度だっただろう。


アトリアが手を伸ばそうとしたその時、不意に部屋の扉が叩かれた。


「アトリア王女殿下。国王陛下がお呼びでございます」

「あら、わかりました」


声をかけられたことで伸ばしかけていた腕をぴくりと反応させてからその動きを止め、アトリアはなんでもないかのように声をかけてきたものへと言葉を返した。


「大方あなた関連のことなのでしょうけれど、行ってまいりますね」

「無茶するなよ」


話の場を作るために与えられた仕事全てをボイコットしたアトリアを見てアキラはそう言ったのだが、アトリアはフッと口元を小さく持ち上げると何も言うことなく部屋を出ていった。


「さってと……これからどうするかなぁ……」


アトリアが出ていったために、部屋の中には現在アキラ一人しかいない。

なので特にすることもなく、アキラは一人呟きながら与えられていたベッドへと横になるのだった。


「って言っても、結局はあっちの動き次第なんだけど……」


だが、いくら考えても結局はアキラの意思ではどうにもならない。

抜け出そうと思えばこの場所から抜け出すこと自体は簡単だ。魔法を使えばいいのだから。


だがその場合は色々と不都合が出てくるしアトリアや母や祖父にも迷惑がかかるかもしれない。

それを考えるどうしても動くことができず、アキラは答えの出ない考えを頭に浮かべながら目を閉じた。


「……ん?」


目を閉じたままいつの間にか眠ってしまったのだろう。アキラは扉を叩かれた音と、その扉が開き、中に誰かが入ってきた気配で目を覚ますこととなった。


「国王陛下がお呼びです。どうぞこちらへ」


どうやら先ほどのアトリアのように今度は自分が呼ばれることになったようだと理解したアキラは、ベッドから体を起こすと軽く身だしなみを整えてから開けられた鉄格子の扉へと歩いていき、およそ一日ぶりに檻の外へと出ることとなった。


「先ほどぶりですね」


何人もの衛兵に囲まれながらたどり着いた場所は何十人も入ることのできる会議室のような場所で、そこにはアトリアの姿もあった。


「状況は?」

「あなたの魔法がバレましたよ」

「……まあ、あんだけ派手に使ってればな。だから牢に連れてかれたわけだし。むしろわからなかったらもうちょっと魔法分野に関して力を入れた方がいいんじゃないかって進言したレベルだ」


周りの目も耳も気にすることもなく気軽に話している二人を見ていると勘違いしそうになるが、ここは二人だけではなく、他にも何十人と言う貴族が集まっている場だ。


「んんっ」


だがそんな集まりの場であっても関係ないかのように話している二人を見て、集まっている者たちの中で最も偉そうな者——国王の隣にいたものが咳払いをすることで二人を含めた全員の意識を集めた。


全員の意識を集めたことを理解すると今度は国王本人が右手を上げ、それを見た貴族たちは一斉に立ち上がると王へと向かって頭を下げて礼をした。


が、アキラとアトリアだけはそのまま見ているだけだった。


そんな二人の様子に僅かに表情を歪めた国王だが、すぐにその表情を正して厳かな雰囲気を作り出すとアキラを見て口を開いた。


「──その者は外道魔法を使えるにもかかわらず申し出ることなくその魔法の無断使用を行なった。その処分について、異議のある者はいるか?」

「はい。国王陛下」

「アトリア……」


普通は国王の言葉に反論などしないものだが、それでも挙げられたアトリアの手を見て王はどことなく情けなさを感じるように眉尻を下げた。


「この国の法律では、外道魔法の使用そのものは禁じられていません。あくまでも許可なく使用された場合のみ、だったはずです」


アトリアはそう言ったが、それにどんな意味があるのかと内心で笑ったりめんどくさく感じたりする者は当然いた。

許可されていたのであればそもそもこんな会議など開かれていないのだから、アトリアの言葉が正しいのだとしても結果はどちらにしても同じことだ、と。


「だがしかし、その者は許可なく使用した」


それは周りにいる貴族たちだけではなく、国王も同じだった。

だが……


「いいえ。許可はありました。私がしました」


しかし、そんな考えをアトリアは真正面から打ち壊す。


「あの戦いの時、お聴きの方もいらっしゃるでしょうけれど、私は魔法を使わないようにしていた彼に魔法を使うようにと言いました。それも、彼が外道魔法を使えると知っていてその上で、王族命令としてです」


それは詭弁だ。確かにアトリアの行ったような意味としてとることができないわけではない。

だが、国で定めた、明確に出した許可とも違う。許可を出したと言えなくもないが、厳密には違うのだから捌くこともできる。


しかし、アトリアがそんなことを許すはずがない。


「彼が罪に問われるのでしたら、私も問われるべきでしょう。その場合は外道魔法の不正使用を持ちかけたことになるのですから、王族といえど重罪。追放刑などが妥当ではないかと存じ上げます」


口ではそう言ったアトリアだが、そんなことにはならないと確信していた。

何せそうなってしまえば今アトリアがやっている仕事全てが放り出されると言うことになるのだ。

それに何より、この国の最高戦力が他国にいってしまうことになるのだから、王としては娘がいなくなることもそうだが、それを抜きにしても認めることはできないだろう。


「ぐっ……アトリアよ。本当にその者なのか?」

「はい。そもそも、私に勝った者が私と結婚するというのはお父様も認められていたではありませんか」

「それは……だが……」


国王としては、アトリアが二十九になれば無理にでも結婚させるつもりだったし、その約束だった。アトリアが自分のわがままを突き通す代わりに、二十九までに相手が現れなければ決めた相手と結婚する、と。


この世界、この時代の女性の七割か六割くらいは二十になる前に特定の相手と婚約なり結婚なりをするのだが、アトリアは王女であるにもかかわらず二十五になっても結婚も婚約もしていなかった。

世間的に言えば行き遅れと言って差し支えないほどだ。


結婚しない女性というのは大変不名誉なことだったので、どうにかして娘を結婚させたかったのだが、三十という大台に乗ってしまえば圧倒的に貰い手が少なくなる。たとえ王女であっても、だ。足元を見られるに決まっていた。

だからこそ二十九になったら強引にでも自分の決めた相手と結婚させるつもりだったのだ。


そして、実のところその相手は既に決まっていた。


だが二十五歳の先日。アトリアに勝つ人物が現れてしまった。


「国王陛下」


貴族たちの中でも煌びやかな装飾の施された装いをしている者が手を上げ、席から立ち上がった。


こう言った集まりが行われる際には、皆それなりの格好をするものだ。だが、それもその者の持つ位によってある程度の限度というものが暗黙の了解として決まっていた。


いくら金を持っていても、身分以上の装飾はすることは虐げられる原因となり、逆にいくら金がなくとも身分に合った者を身につけていなければこき下ろされる原因となる。


故に、その装いを見れば、今前に出た者が位の高い者だというのが一眼でわかる。


そしてその者の家こそがアトリアが結婚するはずの家だった。


「よい」


許しを経て一礼をしたその貴族は忌々しげにアキラのことを睨んでからアトリアへと視線を向けた。


「王女殿下には失礼ながら、その者は貴族ではありません。いかに殿下に勝利されたとは言っても、まるっきり慣例を無視されますと、国の今後に絵悪影響が出てくるかと」

「ならば、私に勝った賞品として貴族位を与えれば良いのではありませんか?」

「いいえ、殿下。それはなりません。それでは貴族位を与える、という願いと、殿下との結婚、という二つの願いを叶えることになります。それではあまりにも不公平でありましょう」


そう発言した男の様子は、こう言っておけば結婚できないだろう。王女の伴侶という地位は自分たちのものだ。そう考えているのがありありと分かるものだった。


「では、この者が功績を打ち立てた際に貴族として遇するのであれば、なんの問題もありませんね」

「それは……」


だが返されたアトリアの言葉で返答に詰まってしまった。


「それは、なんですか? そもそも、貴族というのは元は平民です。貴き血も立場も何もなく、国を建てるという偉業を成したからこそ国王が生まれ、それを助けたという功績があるからこそ貴族という立場が生まれました。ならば、この者が何か功績を立ててそれを認めて貴族にするというのなら、なんの問題もありませんよね? 功績を立てたものを貴族として取り立てるということそれ自体は今までも何度もあったことなのですから」


事実ではある。だがそれを、まさか王族から言われるとは思っていなかった男は何も言葉を返すことができない。それどころか、直接話しているわけでもない他の貴族たちもアトリアの言葉に唖然とするしかなかった。父親であるはずの王に至っては娘の言葉に対して頭が痛そうに額に手を当てている。


「ですがっ、王女殿下の嫁ぎ先と考えるのであれば、下級の貴族というわけにはいかないでしょう。最低でも子爵位は欲しいところです」


通常、爵位を手にいてると言うのは簡単なことではない。戦争で手柄を立てたとしても、それは騎士爵かそれより上の準男爵という一代限りのものだ。

子爵、ともなるとその貢献は並大抵のものでは済まない。本来であれば百年単位の貢献が必要となるのだ。


「わかりました。ではそれ以外に何かありますか?」

「そ、それ以外ですか……?」


だがそんな提案にも動揺することなく頷き、返事をしたアトリアに、提案してきた者の方が逆に動揺するという結果になってしまった。


「ええ。後から条件を足すのは公正ではありませんから。予めこの場で条件をはっきりとさせてしまいましょう」

「……あの大会での相手探しというのは、元々は殿下が二十九歳になられるまでだったはずです」

「ええ、その通りです」

「ですから、殿下がその年齢になられるまで、具体的には『三年以内に子爵位を手に入れること』、加えて、王女殿下の相手がみすぼらしい相手ではなりませんから、『王女殿下の輿入れにふさわしい贈り物を用意すること』でいかがでしょうか?」

「構いませんよ。ではそれを条件としましょうか」


そうしてアキラがアトリアと結婚するための条件が決まった。

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