第115話ウダルの挑戦

 ウダルとエリナが戦った日の翌日。今日は第三回戦が行われる日であり、アキラとウダルが闘う日であった。


「やっとだな」

「ああ、そうだな」


 アキラとウダル。二人は現在闘技大会が行われる会場の選手控室——ではなく、会場に併設されている喫茶店で向かい合ってお茶をしていた。


 その様子はどう見てもこれから闘うような間柄には見えない。

 闘うと言っても大会だからそれほど緊張しないのだろう、などと思うものもいるかもしれないが、そんなわけがない。

 今日の試合は、ウダルにとってはただの殺し合いよりも緊張を強いられる相手だった。


 だがそれでもこうして普通に接していられるのは、緊張し過ぎれば最高のパフォーマンスを出すことができないとわかっているからである。それ故に緊張しながらも、その緊張を抑え込んでまるでいつものように接していた。


 だが、それとは別にもう一つ理由があった。


 それは、緊張を見せるなんて情けない姿は見せたくないと思ったからだった。


 アキラはどう思っているかわかっていないが、ウダルにとってはアキラはライバルだった。

 ライバル、というには些か以上に実力が離れているのを承知していたが、それでもいつかは届いてみせる、負けたくないと思える相手だった。

 だからこそ、そんな相手に緊張している姿なんて見せてやるものか、と自信を奮い立たせ、緊張を抑え込んでいた。


 それでもエリナには見抜かれたのだが、幸いにというべきか、その成果はあったようでアキラにはウダルの緊張は気付かれていなかった。


 ちなみに、エリナはこの場にはいないが、この場の様子を見ていないわけではなかった。

 つまり何をしているかというと、物陰に隠れてストーキング中だった。


 そんなエリナの様子にウダルは気が付いていないが、アキラは気がついていながら害はないので無視して話を続ける。


「訓練とは違う。今日は本気でやる。だから、お前も本気でこい」


 ウダルは今日の大会で勝てるとは思っていなかった。もちろん負けるつもりはないし全力を出すつもりだが、それでも負けるだろうという予想ができていた。


 しかしそれでも、呆気なく負けたんだとしても、自分を見て、全力を出して欲しかった。だって、自分はアキラのライバルだから。


 だが、アキラはそんなウダルの思いに気づかない。


 ウダルが今日の試合を大事に思っていたのは知っていた。

 だが、それはいつもの訓練の延長線上にあると思っていたのだ。

 それは子供同士のちょっとした遊びや賭け、ゲームのようなものだと思っていた。

 学生がテストの点で競うような、そんな感覚でしかなかった。


 だが、それもある意味当然だ。ウダルに剣を教えたのはアキラであり、アキラにとっての強敵というのは女神しかいなかったのから、心の底から対等の存在だと思うのは難しい。年下の従兄弟や弟に接するような態度になっても仕方がないと言えるだろう。


「それはお前次第だな。本気、出させてみろよ」


 それ故に、いつものように不敵に笑ってそう言ったのだが、アキラの言葉にウダルは僅かに眉を顰めると、一度だけ大きく深呼吸をしてから真っ直ぐアキラのことを見つめて口を開いた。


「……昔からそうだな。お前は随分と俺の先を行ってる。この剣だって、お前に教えてもらった。文字も計算も魔法も、全部お前に教えてもらった」


 冗談などかけらもなく吐かれた言葉。それを聞いてようやくウダルが今日の試合にかける思いに気づき始めたのか、アキラは僅かに目を見開いてウダルを見つめた。


「でも、それじゃあ俺はいつまで立ってもお前に守ってもらってるだけ。手を引いてもらってるだけだ。俺はお前の子供でも弟でもない、友達だ。俺はお前と対等でいたい。だから──」


 ウダルはそこで言葉を止めるともう一度深呼吸をし、叫んだ。


「今日はお前を倒す!」


 それはアキラに自身の覚悟を伝えるのと同時に、勝てないと思っている自分を殴り倒すためのもの。


 確かに実力差は離れている。ほぼ確実に負けるだろう。実際、今までは負けてきた。


 だがそれでも、とウダルは覚悟を決めてアキラを睨みつけた。


「……ああ。できるもんなら、やってみろ」


 そんなウダルにどう答えていいのかアキラにはわからず僅かに迷った様子を見せたが、その覚悟が本物なんだと理解するとすぐさま真剣な表情をしてそう言った。


 そうして二人は立ち上がるとそれぞれの控え室に向かうために歩き出したのだが、別れた後のアキラの口元は本人も気づかないうちに笑っていた。




『——えー、ご来場の皆様長らくお待たせいたしました。それではこれより闘技大会第三回戦第二試合を始めたいと思います!』


 明るい女性の声が会場中に響き渡る。それに伴って大気を震わすかのような叫びが会場のそこかしこから上がった。


 アキラとウダルはそんな声を聞きながら、選手控室ではなく、リングのある会場へと続いている通路で待機して待っていた。


『ここにいらっしゃる皆様にはルールは今更説明することでもないと思いますが、今一度ご説明をしておきましょう!」


 アキラとウダルはすでに戦いの準備を終え、いつでも戦いに移ることができるのだが、この場は大会という性質上、興行的な側面もあるため何の前置きもなしにさあ初め迷うとはならない。


『とは言っても、ルールは至極簡単。場外と降参、それから戦闘続行不能と審判に判断された場合に負けが決まるというだけで、他には何もありません。毒も魔法も暗器も、例外として選手以外の外部の者が干渉した場合のみ試合の取り直しとなりますが、それ以外は一切のルール違反はありません! 今大会はまさに何でもありの『闘う技術』を競う場です!』


 アキラとウダルは早くしろ、と思いながらも、そんな二人の想いなど知ったことかとばかりに司会の女性は話を続けていく。


『さて、そんな何でもありという過酷な大会において、今年は異例な出来事が起こっております! 大人であっても敗れていくような大会に、なんと若干十五歳の少年が二人、勝ち残っているのです! そしてそんな二人が闘うのが今日! この試合なのです!』


 とはいえ、この話だってそれほど長く続くわけではない。客を楽しませるには前置きは必要だが、その前置きが長過ぎれば客は冷めてしまうものだから。


 そのことは二人にもわかっていた。もう数分もしないうちに自分たちが呼ばれ、闘うことになるだろう、と。


 だが、そんな僅かな時間でさえ二人にとっては煩わしいものでしかなかった。


『両者ともに冒険者ということですが、どちらもまだ新人と言っても差し支えない年齢です。ですがっ! その実力はこれまでの試合が証明しています。ただの子供と侮るなかれ。彼らの力は見た目からでは測れない! 今日、そんな二人がぶつかります! それでは、そんな両選手に登場していただきましょう!』


 そんな苦痛すら感じる長い話もようやく終わり、アキラとウダルは同時に会場へと向かって歩き出した。


『両選手出て参りました! 皆さま、お二人の闘いを存分にお楽しみください!』


 アキラが出てきた瞬間に会場からは「小さい」だとか「イカサマ」だとか聞こえてきたが、向かい合っている二人にはそんなことは関係なく、お互いに黙ったまま剣を構えている。


 その構えは全く同じ。当然だ。ウダルに剣を教えたのはアキラなのだから同じに決まっていた。


『それでは、試合——開始!』


 司会の女性がそう合図した瞬間に駆け出したのは、やはりというべきかウダルだった。


 ウダルは走ってアキラへと近づくと、その勢いを殺すことなく上段から剣を振り下ろした。

 だが、そんな渾身の一撃はアキラによって難なく逸らされる。


 勢いをつけた剣を受けるのではなく逸らされたことでウダルは体勢を崩すが、そんなことは最初から想定していたのか、崩れた体勢を無理に直すことはなく、むしろ崩れた時の重心の移動を利用してさらに剣戟を放っていった。


 しかし、それでもアキラには届かない。

 何度剣を振ってもアキラはその全てを弾き、逸らし、受け止め、そうしてウダルの攻撃を無効化していった。


 このまま何度剣を振ったところで、アキラには届かないだろうことはウダルにもわかっていた。

 だが、それがわかっていながらも横を回ったり背後を取ろうとて動き回ったりすることはない。そんなことをしても体力の無駄だとわかっているから。


 それ故に素人からすれば動きの少ないつまらなく見える試合かもしれない。何せ二人が真正面から打ち合っているだけなのだから。

 振るった剣を目で追うことができず、まともに見えないこともそのつまらないと感じる要因の一つだ。


 だが、それなりに戦いを学んだことがあるものにとっては目を剥くような闘いだった。

 アキラもウダルも、二人とも二十にも満たない子供と言ってもいい年齢だ。

 だというのに、振るう剣は一流のそれ。剣戟は目で追うことができず、追えてもその技術の高さに圧倒される。


 しかし——


「っ!」

「どうした、こんなもんか?」


 その打ち合いは唐突に終わった。

 いくら剣を振っても隙を作ることすらできないせいで、焦ってしまったのだ。


 それ故に、体勢を崩したウダルはまずいと判断して自分から飛んで距離をとった。


「はっ! 冗談言ってろ!」


 アキラの挑発にそれだけ返すと、ウダルはもう一度アキラに向かって走り出した。


 そして最初と同じように上段から剣を振り下ろす。


 そこまでは変わらない。だが、そこからが違った。


 アキラはウダルの振り下ろしを最初と同じように逸らしたが、ウダルはそんなこと気にしないとばかりに逸らされた剣も崩された体勢も意にせず、肩からアキラへと突進していった。


 突然変わった動きに、アキラは目を見開いて驚きをあらわにしたが、そんな状態であっても体は反射とも言える速度で動き出しており、突然の突進すらも軽くあしらっていた。


「……動きが変わったな」

「これでも冒険者やっていろんな人を見てきたんだ! 教えてもらっただけの俺じゃねえ!」


 しかし、アキラはそんなウダルの戦い方を見てぽつりとこぼし、それを聞き止めたウダルは叫びながらも攻撃の手を休めることなく攻め続けていった。


 その後も剣を振ったかと思えば脚が払われ、拳が来たと思ったら掴みかかられ、それを避けたら剣を振われる。


 剣、拳、脚、頭。使えるのであれば何でも使う、まさに何でもありの戦い方だ。


 ベースの部分ではアキラから教えてもらった剣術や体捌きがるが、一瞬ごとに変わっていく戦闘スタイルにアキラは内心で驚いていた。


 だが……


「さて、どうする?」

「……チッ。負けかぁ」


 それでも地力の差というものは明確だった。

 十分以上の攻防の末、ウダルは息を切らしながらアキラと向かい合うこととなった。


 これ以上やっても負けだな、というのはウダル自身わかっていた。


 それでも、諦めきれなかった。勝つことに、ではなく、本気を出させることに、だ。このままただ負けたままでは、自分はライバルを名乗れないような、そんな気がした。


「最後に一度だけいいか?」


 だからこそ、ウダルはそう言いながら剣に魔力を纏わせ、剣を輝かせていった。

 それは『神剣』。かつて女神が使っていた、そしてアキラも使えるようになった切断という概念を剣の形にした神の剣。


 アキラは以前ウダルにそれを教えたことがあるのだが、その時にはまだ発動の兆候すら見えないほど使えなかった。


 ウダルのそれはまだまだ未熟。それどころか、未熟というのも烏滸がましいほどの出来だ。


 だがそれでも、神の剣の片鱗はしっかりと現れていた。あれをただの剣で受けてしまえば、容易く切り裂かれてしまうだろう。

 それに対抗するには、同じような技を用いるしか防ぐ手段はない。


「ああ。かかってこい」


 だからこそ、アキラはウダルと同じように、それでいてウダルよりも遥かに完成度の高い輝きを剣に宿して構えた。


 うっすらと輝きを宿した剣を構えるウダルと、目を奪われるほどに光り輝く剣を構えるアキラ。

 向かい合っている二人の構えは全く同じだが、どちらが上かなど、観客たちにも理解できた。


「うっ、らああああああっ!」


 それでも、ウダルは自分にできる最高の一撃を放つべく、アキラへと駆け寄り、自身の魔力を全て剣にこめて剣を振り下ろした。


 ウダルによって振り下ろされた光を宿す剣。アキラはそれを下から掬い上げるように斬りつけ、両者の剣が接触したその瞬間に、2人の剣から光が溢れた。


 その光は一瞬のことだったが、目を晦ますほどの光が会場中を照らした。


 光が消えた後には、切断された剣を持つウダルと、傷一つない剣を振り切った姿勢のアキラの姿があった。


 それで何があったのか察したのだろう。まだ勝利の宣言はないにもかかわらず、観客たちはアキラの勝利を讃え、叫び始めた。


「負けちまったか」

「ああ。俺の勝ちだ」

「お前はほんと……もうちょっと言葉はないのかよ」

「事実だからな」


 ウダルは刀身の短くなった剣を見下ろしながら苦笑いする。


「でも、確かに本気だったぞ。特に最後。神剣を使わされたんだ。今までに二番目に強かったよ」

「それなら、まあ……俺もちっとは満足かな」


 一番目は女神のことなので、二番目ということは、実質的にアキラの戦ってきたものの中で一番強かったということになる。

 アキラだって生まれ変わってからそれなりに強い相手と戦ってきたはずだ。にもかかわらず自分のことを二番目と言ったのはそれだけ認められたということだ。


 それを理解したウダルは、負けたというのにどこか晴れやかな顔で息を吐き出して笑った。


「なあ……俺は、お前の友達か?」

「ああ。まあ、ライバルにはまだ届いてないけどな」

「そうか……なら、次はライバルだって認めさせねえとな!」


 ウダルはそう叫びながら拳を前に突き出すと、ニッと笑った。


「覚悟しとけ、アキラ! 俺はいつかお前に勝って、俺のことをライバルだと認めさせるぞ!」

「その時が来るのを、期待して待ってるよ」


 そう言いながら、アキラは突き出された拳に自身の拳を突き出すのだった。

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