第114話王女は微笑う

「……似ている。けれど、まだ拙い」


 王女アトリアは試合の様子を見ながらそんなことを呟いた。


 アキラは噂の王女は試合を見ていないと思っていたが、そんなことはない。


 何せこれは王女自身の願いによって人を探すために開かれている大会だ。その試合を見逃して出てくるかもしれない探し人を見つける機会を減らすはずはなく、むしろ予選の時からずっと見ていた。


 もっとも、公式的には準決勝と決勝だけをみることになっており、それ以外は王族がそこにいるのだと気づかれないような結界の中から見ていたので、王女が見ていたことにアキラが気付けなくともおかしくはなかった。


 なんでそんなことをするのかと言ったら、安全上のためだ。王族である以上、どうしたって襲われる可能性は高まる。それ故の襲撃対策だった。剣姫などと呼ばれるような者にそんな対策が必要かはわからないが。


(あの選手は違いますね。ならば、やはりもう一人の方ですか)


 だが、そんな準決勝決勝を見るために用意された王族専用の観覧室ではなく、そこにいることがバレないように結界が張られた別の場所から試合の様子を見ていたアトリアは、つい今しがた行われた剣士の少年と弓と魔法を使う少女の戦いを見てそう判断を出した。


 アトリアは今までずっと一人の人間を探し続けていた。


 王女としての力を使いいろんな国に行く機会があれば迷わずに行き、その先で強い剣士や魔法使いの情報を集めていた。

 強いと言っても、ただ強いだけではなく、〝自分に勝てる強さ〟を持っているものだ。そうでなければ意味がない。なぜかそう感じていた。


 それがなぜかと言ったら本人にもわからなかったが、〝昔〟のことを思い出してはっきりとわかった。


 約束したからだ。別れ際の、本当に叶うかどうかもわからない博打のようなことをしながら別れていった人間と交わした約束。


 この大会だってその約束を叶えるためだ。自分が探しにいってもわからないなら、あちらから来てもらった方がいい。そう判断した結果だった。


 しかしそんな大会も成果を出すことができず、今まで十年経ってもめぼしい人物は現れなかった。


 予選を見るのだって、半ば惰性となりかけていた。自分が思い出したのだから、相手も思い出しているはずだ。だがそれでも来ないと言うことは、もしかしたら、探しているのは自分だけなのかもしれない、と。


 だが、そんな諦念にも似た感情がわずかに芽生えながらも見ていた大会だったが、今回はいつもとは違った。

 自分と相手の関係を考えれば現れたその二人は歳におかしさがある。

 だがそれでも、もしかしたらと思えるものが二人も現れたのだ。


 先ほどまで戦っていた少年はその二人のうちの一人。自分がずっと探している人物の振るう剣に似ていた。


 それは今の試合だけではなく予選の時から思っていたことだ。

 だが、似てはいるものの、その剣はあまりにも拙かった。


 もしかしたら、まだ〝思い出していない〟から、だから片鱗だけが出てきていると言う可能性もあったが、アトリアはなんとなくそれは違うと思っていた。


 それよりも、もう一人の方——予選の時から類稀なる剣技で相手を圧倒してきた少年の方が〝そう〟なのではないかと考えていた。


 だが、こちらはこちらで問題があった。

 それはその見た目だ。あまりにも幼い見た目をしすぎていたのだ。


 こちらは些か幼い外見であったために疑問に思い、先ほど試合をしていた少年とどっちが、と悩んだのだが、結論としては幼い外見をした少年——アキラの方が〝そう〟なんだと判断した。


「……見つけた」


 だが、まだ確証が出たわけではない。直接剣を交えればわかるだろうが、今の段階ではまだ可能性があると言うだけだ。

 だがアトリアは、アキラこそが探していた人物なのだと判断し、ニッと口元に笑みを携えてつぶやいた。


 その言葉は、『そうである』とわかったからではない。


 女神として機能していたアトリアにとっては十年など〝たかが〟と言える程度の時間でしかない。

 だが、女神ではなく、人として生まれ、人として育ってきたアトリアとっては十年と言う時間は長過ぎた。


 約束を果たすことができず無為に過ぎてきた十年と言う時間。

 その長い時間を過ごしてきたが故に、その呟きには『そうであってほしい』と言う願望も入っていた。


(それにしても……ふふ。先に行っているだなんて言っておきながら、あなたの方が後でしたね)


 あの時、約束を交わした後に先に消えていったのは相手の方なのに、自分の方が早く〝こちら〟に来ていたことにそんなことを思ったアトリアだったが、当時の状況を考えればそう言うこともあるか、と笑みをこぼしてした。


「何をだい、アストリア」


 そんな笑いをこぼしながら呟かれたアトリアの言葉を聞いている者がいた。


 この部屋は王族専用であり、従者は入ることができるが、王女であるアトリアにこうも気楽に話しかけてくるものはいない。

 つまり、今話しかけてきた者はアトリアと同じで王族であると言うことだ。


「お兄様。来られたのですね」

「ああ。いくら仕事が溜まっていると言っても、一度くらいは見に来ないとそれはそれで問題があるから。……まあ、個人的に観たいってのもあるけどね」

「ふふ、お疲れ様です」


 アトリアが元女神だと知っているものがいたとしたら、王女として兄を敬い接する姿に違和感を持ったかもしれない。


 だが、アトリアもアキラと同じようにこの世界に生まれ変わったわけだが、アキラと同じように記憶を思い出す前にこの世界の人物として生きてきた思い出が消えるわけではないのだ。


 意思の主体としては女神だった頃のものの方が上だが、だからといって『アトリア』という少女が家族を大事にする気持ちがなくなったわけではないし、王女として育ってきた記憶がなくなるわけでもなかった。


 王女アトリアとして生を全うしながら、それに加えて女神だった頃の約束を果たす。

 それが今のアトリアの生き方だった。


 しかし、そういう生き方をしようと判断したのは、何も女神としての意思が王女として生きてきた記憶に引きずられたからではない。


 アトリアの最終目標は、約束を交わした相手を見つけ出すこと。それは変わらない。


 だがアトリア自身、女神として機能してきた日々から考えられない今の『王女』と言う生を楽しんでいた。


 だから約束を果たすために必要とあるのであれば、その立場を捨てるのも致し方なしと思っているが、それでもその必要があるまではこの生活を続けるつもりだった。


「それで、さっきの言葉だけど、そろそろ相手はいたのかい?」

「……ええ。おそらく、ですが」


 アトリアは自身が女神だったなどという話はしていないが、それでも探し人のことについては話していた。出なければこんな大会の景品として自身の結婚相手を提供することなど出来はしない。


 王女であるにもかかわらず、二十五にもなってもまだ結婚どころか婚約相手すら決めようとしないアトリアに対して周りのものは色々と言っていたが、それもようやく終わるんだと聞いてアトリアの兄——この国の王子はほっとしたように息を吐き出した。


「やっとか。それが本当なら父上にお知らせしないと……ああでも、喜ばしくはあるが忙しくなるな」

「まだ確定ではありませんよ。おそらくは、です」

「だがその様子だと間違い無いんだろ?」

「さて、どうなることはかわかりません。神ならぬ身にて未来を見ることなどできはしませんから。……ただ、私はそうなると思っていますよ」

「そうかい」


 アトリアの言葉を聞いた王子は、頭の中で今後この妹の結婚に関してどう動いていくか手続きの段取りを組んでいく。


 そしてある程度の流れを決めると、再び妹へと視線を向けて問いかけた。


「因みに、どの選手なんだ?」

「アキラという名前の者です。一応もう一人候補もいますが、そちらはおそらく違うでしょう」

「へえ、アキラ、か」


 王子が背後の従者へと視線を向けると、従者はいくつかあった書類の中から一枚の紙を王子へと差し出した。


 だが、それを受け取った王子はわずかに顔を顰めた。

 しかしそれも、そこに載っている似顔絵が子供のものとあれば当然だろう。


「……本当にこの少年が?」

「ええ。驚かれるのもわかりますが、成人はしているようですよ」

「確かに。だが……幼くないか?」

「見た目で言えば、そうですね。ですが、歳を取るのが止まるという事例も、ないわけではありませんよ」

「事例……ああ。高密度の魔力を体に溜めていると老化が遅くなる、だった……いや待て。だがあれは魔法使いが鍛え、体内の魔力量が増えた結果だったはずだろう?」

「そうですね。まあ生まれながらに持っていることもあり得なくはないでしょう」


 そして、それは正解だろうとアトリアは判断した。何せ神に至るほどの力を手に入れたのだ。それが半分になったとはいえ、膨大な力があるのは間違い無いだろうから。


「だが、それほどの魔力を暴走させることなくいられるということは、魔法使いということになる。……アキラなどという魔法使いは、記憶にないぞ」

「一般の方ですからね。貴族でなければお兄様がご存知なくとも仕方がないかと」

「成長が止まるほどの魔力の持ち主が一般? なんの冗談だ?」

「ですが事実、彼は平民です」


 この国で魔力を持っている者というのは貴族だ。一般でも魔法を使えるものはいるが、大魔法使いと呼ばれるほどの能力を持ったものはその大半が貴族の血を引いている。


 外見の成長が止まるほどの魔力を持っているとなれば、それは貴族しかありえない。それが彼らにとっての常識だった。


 しかしアトリアはそんな常識に反しながらもなんでも無いことのように言ってのける。


「……平民といえど、魔力の制御は教師を雇わなくてはならないはずだ。だが平民に教師が派遣されたとなれば、噂くらいは聞くはずだ。だが、私はそんな話を聞いていない」

「貴族の三男四男など、市井にも魔法使いはいますから。あの者は平民ですが、商人ですのでお金はあったでしょうし、彼らを雇ったのでは?」


 実際には雇っていないでしょうけれど、などとアトリアは思いながらもそれを表に出すことなくとぼけて見せた。


 何せアキラは、神に匹敵するほどの魔法の使い手、というか神そのものなのだから。


 生まれ変わる際に力を大していたとしても、その使い方そのものは忘れたりしないだろう。

 故に、人間の魔法使い程度、野党必要もないのだ。むしろアキラが雇われる側で然るべきだろう。


「……金があるのなら、学校に通わせればいい。商人であれば、繋がりを作るためにも繋がり通わせるはずだ」

「さあ。それは本人に聞かないとわかりませんね。なにせ私は彼の親に会ったことがないのですから」


 しかし、そんなとぼけたようなアトリアの態度から何か知っていると判断した王子は自身の妹のことを睨みつける。


「……お前は、何を知っている?」

「何を、とは随分と曖昧ですが、そうですね……今の彼については何も知りません。本当に彼であっているのかもわかりません。ですが……」


 アトリアはそこで言葉を止めると、視線を王子から自身の正面、闘技場のリングの上へと移した。


「もし彼が私の探している者であるのなら、そして彼について知りたいのなら、大会の最後に分かりますよ」

「最後……お前との勝負か」


 そんな兄の言葉を聞いているのかいないのか、アトリアはアキラではない別の誰かが戦っているリングの上を眺めて、つぶやく。


「ああ──楽しみです」


 そんな普段はあまり表情の動かない妹が楽しげに笑っているのを見て、王子はそれ以上何も言えず、妹と同じようにリングへと視線を移して黙っているだけになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る