第113話ウダルとエリナの戦い
そうして翌日の大会の本戦が始まった日……ではなくそのさらに翌日。
今日は大会本戦の二回戦目が行なわれ、アキラの試合はたった今終わったところだった。
「──正直つまらないんだが、予選が一番面白かったってどういうことだよ」
ここまでの展開は特にいうことはなく、アキラを侮って本気を出す前に終わったり、アキラに恐れをなして実力を出せずに終わったりと、特に語ることのない試合が続いていた。
そのことに加え、王女の姿を見ることができなかったせいで、アキラは不機嫌になっていた。
大会本戦が始まり開会の際に国王が顔を出したのだが、それだけだ。
王族故、襲撃を警戒してか外部から見えないよいうに結界が張られており、国王含めた王族たちはそこから観ていたため、アキラからは王女の姿を見ることができなかったのだ。
見れば何かわかるかもしれないと思っていただけに、姿すら見ることもできないのでは不機嫌になるのも仕方がないのかもしれない。
「そんなこと言ってられんのもお前だけだろ」
アキラと違いウダルはごく普通の……ではないが、なんとかギリギリ普通に収まる範囲の少年なのでこの大会は楽勝で勝ち抜けるようなものではなかった。
それでも大怪我をせずに勝ち抜けているのですごいことには変わりないが。
「でも、準決勝ではそんなことは言わせねえぞ」
「準決勝で、か。どうせなら決勝が面白かったけどな」
ウダルはアキラにこの大会で勝負を挑んでいたし、アキラもそれを楽しみにしていた。
だが、せっかくこういった大会に出て友人と戦うのだから、その試合は決勝戦で戦った方が劇的だろうと思っただけに、準決勝で当たることになってしまったことに少しだけガッカリしていた。
「あら、二人はもう戦う気でいるの? 私がいるんだけど?」
「エリナ」
そんな二人の会話に、もう一人の友人であるエリナが入ってくる。
今日このあとはウダルの試合があるのだが、その対戦の相手はエリナだった。
ウダルが準決勝でアキラと戦うと言うことは今日の試合で勝つ必要があるのだが、それはつまり、エリナに勝たなければならないと言うことだ。
今日の対戦相手は自分だ。だと言うのにウダルは自分のことを見ずに一つ先のアキラのことしか見ていない。
それでこそウダルだ、と思う反面、自分のことを見てくれないという事実が悔しくて、エリナは普段は向けることがない不機嫌さをウダルへと向けていた。
「今日はちょっと本気でいかせてもらうわよ。ウダルが負けるかもしれないけど、その時は文句は言わないでね?」
「お前が強いのは知ってる。でも、負けないぞ」
いつも訓練をしているが、その時にエリナが買ったことは一度もなかった。それ故の慢心。
ウダル自身はそんな侮っているつもりなどないだろう。
だが、現実には油断しており、そんな慢心を打ち砕いたら面白いんだろうな、と思うエリナは負ける気など全くと言って良いほどなかった。
「そう? なら、今回は少し本気を出そうかしら」
「ああ、こいよ。その上で勝ってやる」
「なら、私が勝ったら一つお願いを聞いてもらおうかしら」
「お願い?」
「そ。だめ?」
「わかった。なら俺が勝ったら俺の願いを聞いてくれよ」
「あら、良いわよ」
ウダルとしてはちょっとしたゲームのつもりなんだろう。
だが、ウダルが了承した瞬間、エリナの瞳に宿った輝きに力が篭ったのをアキラは見逃さなかった。
「じゃあ二人とも頑張ってこいよー」
そうこうしている間に二人の試合の時間となり、係のものがウダルとエリナを呼びにやってきたので、アキラはどうなることやら、と心配しながらも楽しげに観客席へと移動していった。
「いつも訓練で戦ってるけど、こうして向かい合うとなんだか新鮮だな」
「そうね。でも今日はいつもとは結果が違うわよ」
アキラが急いで観客席に向かうと、観客席は予選の時とは違って多くの人で埋め尽くされており、かなり賑わった様子を見せている。さすがは国一番の大会というべきか。
そんな観客席から見下ろすことのできる舞台の上では、すでにウダルとエリナがそれぞれの武器を手にして向かい合っていた。
「それでは、これより本戦第二回戦第三試合を開始します!」
司会進行兼審判の男性が拡声器を通してそう言った瞬間、観客席にいた者達は声を顰め、会場中が静まり返った。
そして——
「——始め!」
ついにウダルとエリナ、アキラにとって友人である二人の試合が始まった。
先制したのはエリナだった。
彼女の使う武器は弓であり、本来こういった遮蔽物のない限られた戦場で一対一では不利となる。
だがそれでも臆することなく弦を引き、開始の合図とともに自身に向かって走り出していたウダルへと目掛けて矢を放った。
しかしながらそんな単純な攻撃ではウダルに届くことはなく、ウダルは走りながらも体勢をわずかにズラすだけで矢を回避した。
まだウダルとの距離はあるので、矢を放つことはできる。だが、それでもあと二度……どう足掻いても三度が限度だろう。
その上、三度矢を放ったところで威力そのものは最初の一撃と変わらないのだから、簡単に避けられてしまう。
通常は近づけばそれだけよく対処が難しくなるわけだが、それでもウダルは避けるだろう。そんな確信がエリナにはあった。
しかしそれでもエリナは矢を放つ。
最初は頭だった。次は避けづらい胴体に目掛けて放ち、その次は避け辛い上に当たれば機動力の削ぐことのできる腿を狙った。
だが、胴体を狙った矢は走りながらも強引に姿勢を倒すことで回避した。
姿勢を崩したところに腿に向けて放たれた矢は避けることができない。なので剣で払って対処した。
飛んできた矢を払うなんてことは至難の技だが、それは地球であれば、の話だ。
ここは地球ではない、別の法則が支配する世界だ。人が空を飛び、炎を放ち、素手で大地を砕く。そんな世界。
それ故に、飛んでくる矢を切り払うなどという技を、ウダルのような子供ができるのだ。
とはいえ、実際にやるにはそれなりの努力が必要となる。
だがウダルはそれだけの訓練をしてきた。その程度ができないようではアキラに……自身の目標でありライバルだと思っている男に手を伸ばすこともできないと思ったから。
「タアアアッ!」
そうしてウダルに向けてはなった矢は全て対処され、ならばもう一撃、と弓を引いたところでウダルがエリナに接近し、剣を振るった。
その剣でエリナが傷つくことはなかったが、代わりに弓の弦が切られてしまった。これではもう矢を放つことなどできない。
しかし、それでエリナが諦めるのかと言ったら、そんなわけがない。
弦を切ったウダルはそのままの勢いでエリナに接近するが、エリナの表情は追い詰められた者ではなくどこか余裕のあるものだった。
そんな同じチームを組んでいる相棒と呼べる友人の表情に一瞬だけ違和感を感じたが、ウダルはそれでも進む事を止めず、剣を振るう。
「ッ!? アチッ!?」
だが、ウダルは剣を振りながらもそんな間の抜けたような声を漏らしてしまった。そして、それだけではなく目を閉じ、顔を背けてしまった。
それは考えた末の行動ではなく、反射的なもの。
しかしながら、剣を振っている途中でそんなことをしてしまえば当然振った剣にはそれまでの勢いはなくなり、ろくな成果を出すことはできずに終わる。
今のはエリナによる魔法で生み出された炎が起こした結果だ。
エリナは近寄ってきたウダルの顔面の前に魔法で小さな炎を生み出し、それをぶつけた。
今までお顔の前に突然炎が現れるなんて経験がなく、当たり前だが炎がぶつけられた経験もないウダルはその現象に驚いてしまったのだ。
魔法を使うには特殊な才能が必要だが、それは正解であり間違いでもある。
実のところ、ただ使うだけなら一般人でも使えるのだ。
指先に火を灯したり、一口分の水を生み出したりとその程度だが、使えないわけではない。
ただ、魔法を覚えるには誰かに教えてもらわなくてはならないわけだが、その程度の魔法を使うだけであっても、魔法を教わるというのは金がかかる。
そんな使えたところでたいして意味のないものを覚えるためにわざわざ大金をかけるものはいない。
それならば発火の魔法具や製水の魔法具を買った方が安いし使い勝手もいい。
だから普通は一般人には魔法は使えないのだが、ウダルとエリナにはアキラから教わっていた。
才能があるわけではないので先ほど挙げたようにごく小規模のものしか使えないが、こうして接近した相手の顔の前に炎を生み出す程度なら十分に役に立った。
「ッ!」
エリナは炎を顔のぶつけられて警戒が緩んだところでウダルに向かって一歩踏み込み、持っていた予備武器の短剣を足に突き刺した。
さらに追撃を仕掛けようと刺した短剣に力を込めるが、それをどうにかする前にウダルが乱暴に放った蹴りで距離を離されてしまった。
「さて、これで仕切り直しね」
距離の開いた二人。それはまるで試合が始まる前の立ち位置かのようだが、最初とは違い状況は五分五分とは言えない。
ウダルは足を負傷しており、エリナは弓は壊されたものの、いつの間にかそれを改造して弓の先に短剣をくくりつけて槍に仕立て上げていた。
予想外に状況にウダルはわずかに戸惑ったものの、すぐに気を引き締めてエリナを睨みつけた。
「そう。それでいいのよ。あんたの相手は私。アキラとの戦いを楽しみにするのはいいけれど、今は私だけを見てなさい。じゃないと——殺しちゃうわよ?」
真剣な瞳に、ウダルは自分が間違っていた事を悟ると、突然構えを解いて目を瞑りると言う無防備な姿を晒した。
だがエリナはそんなウダルに攻撃を仕掛けない。そのことはウダルもわかっていた。だからこそこんな事をしたのだ。
そして目を閉じたまま一度深呼吸をすると、カッと目を見開き真っ直ぐにエリナを見据えて剣を構えた。
「……そうだな。ああ、悪かった。ここからは本気だ。本気でお前だけを見てやる」
そんなウダルの言葉にエリナが笑うと同時に、ウダルが走り出した。だが、その動きは最初の時よりも遅い。
しかし、それは足を怪我しているからと言うよりも、エリナを警戒しているからだ。警戒しているからこそ、今度は何をされても対応することができるようにあえて遅く走っているのだ。
「フッ!」
そして再び両者が接近し、まずはリーチの長いエリナの槍が突き出される。
だがウダルはそれを避け、エリナが槍を引き戻す前にさらに一歩踏み込んで剣の間合いに入った。
拮抗した力の持ち主の戦いであればこんなことにはならない。
だが、エリナはあくまでも弓使い。槍や短剣などは、いざと言うときの予備武器でしかないのだ。
だからこそ、最初に全力で放った槍を避けられてしまえばそのあとに続けることはできず、簡単に接近を許してしまうことになった。
このまま負けるんだろうな、と思ったエリナだが、それでもタダでやられるつもりはない。
精一杯ウダルの邪魔をして、限界まで自分のことを見てもらおう。そのためにこの大会に参加したのだから。
エリナは覚悟を決めると、一度目に接近された時と同じようにウダルに微笑みかけ、ウダルの顔の前に炎を出現させた。
だが、すでにそれを体験し、警戒していたウダルはもう一度その炎に怯むことはなく、むしろ自分から突っ込んでいって剣を振るった。
そして、その剣はエリナの胸当てに当たって止ま李、試合はそこで終了となる——はずだった。
「なっ!?」
だが、エリナは自分から剣に当たりに行き、ウダルの剣はエリナの腕に食い込んだ。
想定外に怪我をさせてしまったことで驚いたウダルは咄嗟に身を引くが、エリナはそれに追い縋るように踏み出し……
「油断したら、ダメでしょ?」
思い切り頭突きをした。
「いっ——!」
驚いて警戒が緩んだところに予想外の頭突きが来たせいでダメージを受けたウダルはふらついてしまう。
「あー、いったいなぁ」
だが、頭突きをした側であるエリナも腕を斬られた痛みが相まって、かなりの辛さを感じていた。
「すみません。私の負けです」
戦って戦えないこともないが、それほど無茶をする場面でもないし、何よりもこれ以上はウダルの負担になってしまうとエリナは判断した。
それに、自分のことも見てくれたし、今回はこれでいいかと満足すると、怪我をしていない方の手をあげて、審判に向かって降参を宣言した。
頭突きのふらつきから立ち直ったウダルは、降参をしたエリナを呆然と見ているが、エリナはそんなウダルを見て、してやったりとでも言うかのように笑うとウダルに近寄ってその手を取った。
「これで、もっと私のことを見てくれるかしら?」
「お前、無茶しすぎだろ」
そうしてウダルは準決勝へと進み、明日の準決勝ではアキラと勝負することとなった。
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