第112話二次予選の後
「お疲れさん」
「お疲れ様。意外と時間かかったわね」
アキラが試合を終えて舞台を降りると、周囲はどう見ても子供にしか見えないのにあり得ないような戦いを繰り広げたアキラに不気味なものを見る視線を送っていた。
だが、そんな中であっても舞台のすぐそばで待っていたウダルとエリナは、他人なんて知ったことかとばかりにアキラへと呼びかけた。
エリナは時間がかかったと言ったが、相手はそれなりに名の通った人物だった。あの程度の時間であれば、すぐに終わったと言ってもいいほどだろう。
だが、それでもアキラの実力を考えれば、多少強い相手がいたところでこの程度の大会などすぐに終わるとエリナもウダルも知っていたし、すぐに終わると思っていた。
ウダルはアキラが剣の女神と戦っていたことを知っているから。
エリナには詳細を話していないためにそのことを知らないが、それでも馬鹿げている実力をしていると言うのは理解していた。
だからこそエリナは不思議だった。アキラは自分から進んで大会に参加したが、大会そのものに意義を見出しているわけではない。
大会に出るのはあくまでも過程であって、途中の試合なんてウダルのもの以外は適当に手早く済ませるものだろうと考えていた。
だと言うのに、最後の剣士との戦いは何合も打ち合っていた。
「んー、ちょっと面白い人がいてな」
「「面白い?」」
「久しぶりにまともに〝戦った〟よ」
アキラがそう言うと二人は納得したように頷いた。
「お前が戦う、なんて言うほどのやつか」
普段アキラはウダルに稽古をつけていることがあるが、その時には一度たりとて本気を出したことがない。
そして稽古以外でも、ウダル達の知っている中でアキラが本気を出したことはなかった。
それは仕方がないことだ。何せ剣の女神には誰だって劣るのだから。
だからこそ、アキラにとっては今まで剣を振るってきた相手は危機感を感じるほどではなく、本気を出すどころか、真面目に戦おうと思える相手ではなかった。
そんな中で久しぶりに戦おうと思える相手に出会えたことで、あいつもこんな気分だったんだろうか、ともう何年も前にあったままの剣の女神の様子を思い出してアキラはフッと小さく笑った。
「ああ。あの人くらいのレベルが出てるんだったら、ちょっとこの大会なめてたかもしれないな」
あれほどの相手はそうそういないだろうと思いながらも、もしかしたらいるのかもしれない。
そしてその中には女神の生まれ変わりもいるかもしれないと、一番の候補である王女以外にも可能性があるやつがいるのではないかとアキラは考えていた。
「かもな。でも、お前に当たるまで負けやしないからな!」
アキラとは違って純粋に大会を楽しみにきたウダルとしては、強い相手はのぞむところというものだ。
そしてそんな強敵の中勝ち進んでいき、アキラに勝負を挑むのがウダルの目的だった。
勝負そのものは訓練のようにいつでもできるのだが、それはなんか違うと、こうした場で戦うことを望んでいた。
「なら、戦えるのを期待してるよ」
「おう!」
そんな挑発的な笑みとともにかけられたウダルの言葉に、アキラは楽しげに笑い返した。
「で、これからどうするの?」
アキラたち三人の予選は終わったので、もう試合の会場にいる必要はない。
なので、三人は係の者からちょっとした話を聞いてから会場を後にするべく歩き出していた。
「一応今日やることは終わったわけだし、俺は店に帰るよ」
「そうなのか? まだまだ回ってないところもあるし、一緒に祭りを見てかねえか?」
一応予選が始まる前の時点で街を歩き回って祭りに参加したりはしていたが、それでも街全てを廻り切れたわけではなく、まだまだ十分の一も回れていないだろう。
だからこそウダルも友人であるアキラを誘ったのだが、それでもやはりアキラは首を横に振った。
「ありがたいけど、悪いな。そんなにではないけど、店でやることがあるんだ」
ほとんど配下達に任せきりとはいえ、それでもアキラはあの店のトップなのだ。祭りという一大事において、全く何もしないというわけにはいかなかった。
「そうか。ならしかたねえか。じゃあ俺たちも戻るか」
「いや、どうせだったらお前たちは二人で回ってこいよ。明日からは試合があるから観光なんてする余裕がなくなるだろうし」
「んー。わかった。じゃあ俺たちは適当に祭りを回ってから戻ることにするわ」
一人だけ仲間外れにするのも悪いかと思って気を遣おうとしたウダルだが、参加しないことに決めたのはアキラ自身だ。
なので、アキラは自分に気を使うことなく祭りを楽しめと言った。
まあ、理由としてはウダルの後ろでアキラのことを見ているエリナを見て、ここで行かせなかったら後々の反応がめんどくさいものになるかもしれないと思ったからかもしれないが。
「土産買ってってやるから楽しみにしてろよ! 面白ぇもんを見つけてきてやるからな!」
そうして建物の外に出た後は二人と別れつことになったのだが、二人が離れていくとアキラはその背を見送り、自分は店へと変えるために振り返り、歩き始めた。
「レーレ」
店に戻ったアキラは、自分のやる必要のある仕事を終わらせると配下たちのまとめ役であるサキュバスのレーレを呼んだ。
「はい。お呼びでしょうか?」
サキュバスが相手の生命力や精力を吸い取ると言っても、その際に情事は必ずしも必要というわけではない。
そしてこの店は表面上は健全な店なので、従業員たちの仕事着は扇情的なものではないものとなっていた。
それは配下のまとめ役であるレーレも同じはずだ。
だが、だというのにもかかわらず、なぜかレーレの服装は普段従業員が使うようなピシッとした服装ではなく、どことなく艶かしさを出しているものだった。
これはアキラを惚れさせる……まではいかなくとも自分に手を出させるためのものだった。
レーレに限らずサキュバスたちはアキラのことを神と崇めているし実際に信仰している。
が、それとこれは別なのだ。信仰しつつも相手として選ばれたい。場所によっては不敬と断じられる考えだが、彼女たちにとっては特におかしいことでもなく、それ故に自分たちの神様に選ばれるべく色々と『線』を越えないところで実践していた。
「今はこの街の外からも人が来てるよな。そいつらから何か『剣の使い手』に関する情報はないか?」
だがそんなレーレの服装についても、もはやいつものことなので無視することにしてアキラは話を進めた。
まだ祭りが始まってから二日しか経っていないとは言え、それでも祭りの雰囲気自体はその数日前から始まっており、それに合わせて国内外からの客も増えていた。
そしてその者らの中には、夢を見せるという珍しいアキラの店にくる者も多い。
そうしてやってきた者達の中に女神に関する情報がないかと考えて聞いた。
「いえ。あるのは以前からわかっていたことと変わりません。強いていうのなら例の勇者が活躍している、ということくらいでしょうか」
「勇者……アズリアが活躍? そうか」
『例の勇者』と聞いてアキラは眉を動かして反応を示したが、直後には僅かながらも優しげに笑った。
(一応一人監視というか保険で陰ながら付き添わせているが……元気でやってるならよかった)
あそこまで関わってしまった以上はそのまま放置するというのもなんとなく憚られたので、アキラはこちらに戻ってきしだいすぐさまレーレに命じてアズリアの追跡を行わせた。
目的としては、彼女が困っていないか、彼女の仲間が彼女に対しておかしなことを企んでいないか、といったものだが、どうやら今のところは問題ないようだ。
(だがろくな情報がないとなると、今頼りになるのは『剣の女神の使徒』だとか『女神の寵愛』だとかいろいろ言われてる例の王女様だけか。でもなあ……)
今のところ情報がないのであれば、女神の生まれ変わりの候補としてはアキラが大会に参加した理由である王女しかいない。
だがそうなると、アキラには一つ疑問があった。
(本人なら多少力が弱まっててもわかると思うんだよなぁ。城まで近づいたことはあるし、そこまで近いのに何も感じないってことは、勇者や聖女みたいに女神の力を持っていたとしても本人ではない可能性が高いんだよな)
今まで噂を聞いてから調べなかったことはない。今回の王女の話だって、それを聞いたすぐ後に城の前まで出向いているかどうかを調べた。
アキラの魂の半分は女神と同化しているので、女神の生まれ変わりが近くにいればそれがわかるだろうと思ったのだが、結果はなんの反応もなかった。
故に、今度こそはそうなのかもしれない、そうだといいなと期待しながらも、女神に関わりのある者がいるとしても、今までも感じたことのある女神の力の一部を持っている者たちと同じようなものだろうとも考えていた。
(後はすごい冒険者だとか別の大陸にいる剣士だとかの情報はあるが……)
それでも今は大会を勝ち進んでいくしかないかと考えると、はあ、とそこで大きくため息を吐き出した。
「……まあ、今は目先のことをしっかりと終わらせるか。優勝しなければ意味ないし」
(でも、本当に王女が女神の生まれ変わりだったら、俺はどうすれば良いんだろうな?)
再開の約束はした。アキラは今でも女神のことが好きだし、それは見た目が変わっても変わらないと断言できる。
それほどまでに……狂っていると言えるほどに信じられるのは、ひとえに前世の影響だ。誰かを好きになることもなく、ただ息をして心臓を動かして、ただ命を繋ぐため動き続けてきただけの人生。
そんな無駄な生に、生きる喜びや実感を教えたのは女神だ。アキラはその時になって初めて『生きる』ということを実感した。
生きるということを実感し、生きたいと強く願ったのが死後の世界だというのはなんという皮肉か。
今ではこうして生まれ変わることができたが、それでもその時に抱いた思いを忘れることはできなかった。
故にアキラは一途すぎるほどに一途に女神を求めていた。それは鳥の子供が生まれた時の刷り込みに近いものかもしれないが、それでも関係ない。アキラにとってはそれがとても大事なことに変わりはないのだから。
そんな想いは今でも変わらず、もし女神に再会したのなら、たとえ女神が拒んだとしてもアキラは一度は話をするために動くつもりだ。
だからアキラの考えていた『どうすれば良い』というのはそこではなく、もう少し別のこと。
女神が大事だとはいえ、この世界で生きたアキラは、それ以外の全てを捨てるつもりはない。
女神のことが一番なのは依然として変わらないが、女神のこと以外にも大事なものはできた──家族だ。
もし王女が女神の生まれ変わりで、王女がアキラのことを受け入れるのならそれ相応の『格』というものが必要になるのは想像に難くない。
加えて、そうなれば誰もがアキラという存在について調べるだろう。
その結果、アキラが誰の子供なのかということは確実にバレる。
母親はバレても問題ない。息子であるアキラからしても誇れるような素晴らしい母親だ。
だが父親はそうではない。誇れるどころか疎んですらいる、一度も顔を見たことがない母親を傷つけた下衆だ。
アキラがもし王女と関係を持つようになれば、当然そんな父親はアキラにすり寄ってくるだろう。
行儀見習いとして貴族の家に出されていたアイリス。
そんな彼女を無理やり犯して産ませた子供がアキラだ。
だがその時のことが原因で、アイリスは長い間心を病み、今でさえそれは歪んでしまっている。
アキラとしてはそんなアイリスの歪みも気にならない、むしろ好ましいものだが、歪んでいるという事実は変わらない。
だからこそ、もう一度そんな男に会ったのならと思うと、どうしても顔をしかめざるを得なかった。
(王女の相手としてふさわしい格を手に入れるのならアレの息子となるのが手っ取り早いんだろうけど、それはしたくない。そんなことをするくらいなら国をのっとった方がマシだ。できないわけじゃないんだから)
だがそれをすると確実に家族にも迷惑が出てくるので実際に実行する気はなかった。
(だから、やるんだとしたら、家を乗っ取る、かな。それだってあまり好ましいとは言えないから、狙うのは新しい家の立ち上げ……くらいが妥当なところか)
アキラは庶子とはいえ、半分は貴族の血が流れているのだから、家を継ぐことはできる。
が、その場合は他にいるその家の後継者と揉めることになるし、周りの貴族たちからのやっかみや諍いなどの煩わしいものがある。
それに何より、仮に後継者にはならずに家を乗っ取ったとしても、それは自分が自分の母親を傷つけて壊した者の息子だと認めることと同義だというのは変わらない。
自分と母親を蔑ろにした男の家を乗っ取ることができるのならそれは復讐になるかもしれないが、アキラは自分が『あの男』の息子だと名乗るのも他人から認識されるのも、どうしても嫌だった。
「……まあなんにしても、全てはこの大会を無事に終わらせてからだな」
アキラは息を吐き出してから、自分に言い聞かせるようにそう口にした。
(でも、とりあえず『もしも』に備えて対策はしておくかな)
アキラはそう結論づけると、今後のために動くべく止まっていた手を動かし始めた。
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