第111話アキラの予選

「あとはアキラだけだけど……」


ウダルの試合を見ていたアキラ達だが、すでにウダルは試合を終え、それに続いてエリナも試合を終えて両者ともに予選を突破していた。


なので三人の内、残るはアキラ一人の試合だけとなっていたのだが、それもちょうど今司会をしていた者に呼ばれたことでアキラの番となった。


「ちょうど呼ばれたわね」

「だな。行ってくる」


舞台の上には、周囲に集まっていた者の中から呼ばれた選手が集まり出していた。


友人とはいえ、基本的にはウダル以外にはどうでもいいと思っているエリナの言葉は、さっさと終わらせてしまえ、という感情を多分に含んでいた。


加えていうのなら、お前なら簡単に終わらせられるだろう、とも思っていた。


そんなエリナの言葉に込められた意味を理解していたからこそ、アキラは軽く苦笑をしながら舞台の上へと歩き出した。


「頑張れよ!」

「まあ適当にやるさ」


舞台の上に上がるアキラの背に、ウダルがエリナとは違って純粋な笑みを浮かべながら真面目に声援を送り、アキラはその声に応えるかのように片手を上げると止まることなく進んでいった。


「おいガキ。お前、適当になんて言ってたが、そんなんで俺たちに勝てるとでも思ってんのか? ああん?」


そして、舞台の上。

他の参加者たちも揃っており、その中でアキラ一人だけが子供のような見た目をしていたので、とても目立っていた。


とはいえ、そもそも全体の参加者の中で子供のような見た目をしているのはアキラだけなのだから、どうあっても目立っていたことに変わりはないのだが。


しかし、そんな目立った状態のアキラに向かってアキラと同じく舞台の上にいた参加者の一人が、アキラに向かって挑発的な視線と声を投げかけてきた。


アキラはまた外見で侮られているのか、と思って適当に対応しようと思ったが、もしかしたら冒険者組合で見かけた冒険者のようにアキラのことを心配しているのでは、という考えが一瞬頭の中浮かんだことによって、もしそうなら適当にあしらっては悪いかなと丁寧な態度で応えることにした。


「勝負は時の運とも言いますから。不可能ではないかと」

「カッ! 運だあ? んなもんは最低限の力があってこそだろうが。てめえみてえなお子様が勝てる可能性なんざ、ねえんだよ。同じ武に励む先輩として、それをわからせてやるぜ。ククク……」


笑いかけながら言ったアキラに対して、アキラを睨みつけてきた参加者の男は嗜虐的な目をして笑った。


(これは予選開始前の親切なおっさんとは違う、真性の方だな。なら、気を使う必要もないか。まあ問題を起こすつもりもないから突っかかったりしないけど)


普通なら萎縮したり苛立ったりする者だが、アキラにとってはどうあっても強敵足り得ないので道化にしか見えない。

強いて言うのなら、自分が絡まれると面倒だな、くらいにしか思っていない。


だがそれでも試合では気遣ったり手加減はしなくてもいいかと思うと気が楽になったので、悪いことばかりではなかった。


「それでは、次は二次予選第十七試合となります!」


この二時予選は、一次予選を突破したおよそ二百人の中から合計で三十人を選ぶ形となっている。

一試合に一人の合格者が出るわけで、つまりは三十試合行われることになる。

一つの試合が十分だとしても、それが三十も重なれば単純に五時間はかかる計算だ。

実際には間に入る選手の入れ替えだとか、十分以上長引くこともあるのだからもっとかかることになるだろうが。


「それでは皆様、構えてください。──始め!」


そんなわけで、時間をかけまいと前置きなどせずにできる限り早く試合を進行させようとする司会の言葉を合図に、アキラの試合は始まった。


「死ねやガキイイイ!」


まず最初に動いたのは先ほどアキラに挑発的な言葉を投げかけ、小馬鹿にしたような笑いをこぼした男だ。


その動きに迷いはなく、言葉からしてもアキラを殺すつもりなのだろう。

いくら試合中に死んだり怪我をしても文句は言わない規則になっているとはいえ、故意に殺しに行ったりはしない。普通ならば。


それなのにこの男は本気で殺しにかかっている。

そのことからおそらくは賊、ないし賊に近しい傭兵あがり。もしくは快楽殺人者候補のどれかだろうとアキラは当たりをつけた。


そして、この様子なら加減する必要はないな、と改めて思うと腰に差していた剣を鞘ごと抜き放った。


「邪魔だ」


アキラはそんなめんどくさそうな言葉とともに、なんでもないかのように剣を突き出した。


「グギョッ!?」


突っ込んできたチンピラの頭部の前にアキラが持っていた剣を鞘から抜くことなく突き出したことによって、アキラの命を狙ったチンピラはあっけなく気絶することとなった。


今の動作は、やったことだけで言えば簡単なことだ。が、それを実際にできるかとなると話は変わる。


突っ込んでくるバイクのライトに棒を片手で突き当てて止めるようなものだ。簡単なことではない。


しかもそれをやったのがアキラのような子供で、まだまだ余裕がありそうだとなれば、周りからは警戒されることになるだろう。


(後続はなし、か)


いや、だろうというか、実際に警戒されている。


「さて、例の王女様は見ていないようだしさっさと片付けるか」


チンピラを軽くあしらった後アキラは予選会場となっているこの場所を軽く見回すが、自分の目的である『剣の寵愛』だとか『剣姫』だとか呼ばれている王女様の姿は見られなかった。


それ故に、やる気はそれほど出ないのだが仕方ないとため息を吐くと終わらせるために動き出した。


「悪いけど早く終わらせたいんだ」


そんな言葉とともに歩き出したアキラの姿にはある種の風格のようなものがあり、他の参加者達は全員アキラに気圧されていた。


「くっ……セヤアアア!」


そんな中でアキラに怯みながらも果敢に槍を突き出した男がいた。


「思い切りはいい。それだけだ」


だがそれも擦ることすらできずに弾かれ、頭を鞘付きの剣で殴られて終わった。


これで残りは五人。


「チッ! おい、手伝え!」

「クソがっ!」

「なんだよこのガキ!」


子供のように見えるアキラに難なく倒された二人の選手を見て、残りの選手のうち三人が協力するかのようにアキラのことを囲った。


本来はこの場は全員が敵対しているはずなのだが、今この時ばかりは参加者たちの心はアキラを倒すべく協力する方向で決定したようだ。


「え、あの……」

「……」


だが残る五人の中で協力の姿勢を見せたのは三人だけ。

一人は武人然とした大柄の男で黙ってその様子を見ており、残りのもう一人はその流れについていくことができずに狼狽えている少年だ。


そんな二人を無視して、三人は協力してアキラを狙いに行った。


「悪く思うなよ!」


まず最初に仕掛けたのは最初に協力を持ちかけた男だった。

正面から槍を突き出すが、その間合いはギリギリのところからで、腰にも力が入っておらずどうにも槍そのものにも勢いが足りていない。

どう見ても牽制の攻撃だった。


「ハアッ!」

「オラアア!」


そんな正面の男の牽制をアキラが先ほどと同じく軽く弾いた瞬間、後方の左右から同時に他の二人が襲いかかってきた。


即興にしてはなかなかの連携だが、それができると言うことは腕は悪くないのだろう。


しかしそんな行動は初めからわかっていたので、アキラは特に慌てることなくまずは右後方へと振り返り、剣を振るってきた男の手首を自身の持っていた剣の柄で叩いて相手から剣を手放させた。

そして男の手放した剣を、自身の持っていた剣で弾き飛ばし、逆側から襲いかかってきていた男へと飛ばした。


あとはそれまでと特に変わらない。

剣を落とさせ、弾いた男は頭を叩き終了。

弾かれた剣が飛んできた男はそれに対応しないわけにはいかないので、避けている間にアキラに近寄られ、同じく頭を叩かれて終了。


「チッ! だがこれでっ!」


呆気なくやられた二人を見て舌打ちをした槍の男だが、今のアキラは自分に背を向けているし、剣を振り終わった体勢なので隙がある。

そう考えてアキラの背中目掛けて全力で突きを放った。


もう目の前の子供が見かけ通りではないことは分かっていた。だからこその全力。


「残念」


だが、その程度ではアキラには及ばない。

背後から迫った槍も、アキラが剣を振った勢いを止めることなく体を流されたことで避けられてしまった。


あとは同じ。全力の槍を避けられた男はアキラの接近を許してしまい、避けようとしたが避け切れるものではなく頭を叩かれて終わりとなった。


「で、残るはそっちだけど……」

「うぁ……」


残りは二人となっていたが、二人のうち片方剣を構えているものの、その鋒が震えておりまともに戦いになるとは思えない状態だった。


「私はコルネリオ。貴殿に手合わせ願う」


では残りの一人は、と思ってそちらにアキラが視線を向けると、その一人は武人や騎士のような態度で一歩前に出てきた。


「俺の名前はアキラ・アーデン。商人です。こちらこそよろしくお願いします」

「商人? ……それほどの技量を持つ商人か。貴殿の噂を聞いたことはないが……世界は広いものだな」


これは応えなければならない、と感じたアキラはそれまでの態度とは違って丁寧に礼をするが、アキラの名乗りが剣を扱うものではなく商人だったことで武人——コルネリオは訝しげに顔を顰めたが、すぐに納得したように頷いた。


「そうですね。それに、この世界だけじゃなくて神様や勇者の住む異世界なんて場所もあるんです。知らないことの方が多いですよ」

「かもしれんな」


舞台の上に上がってからまともに言葉を交わしたのがチンピラが最後だったので、まともな会話ができたことで少し心のネジが緩んだのだろう。

アキラがそんなふうに冗談めかして言うと、武人の如き男はフッと軽く笑った。


「では」

「ええ」


アキラはコルネリオの言葉に頷くと、鞘に入れたままだった剣を抜き放ち、構えた。


予選は複数人が入り混じっての乱戦となるのが常だった。

だが、どうしたことだ。まだ舞台の上には二人の他にもう一人残っていると言うのに、この場はまるで本戦のように二人だけの一騎討ちの場となっていた。


「フッ!」


先に動き出したのはコルネリオだった。

常人が受ければ容易く切り裂かれるであろう振り下ろし。


だが、アキラは無傷。


体格差や力の差があるはずだ。だと言うのに、アキラはまるでなんでもないかのように受け止めていた。


そんな以上とも言える光景。だがそれを予想していたのか、コルネリオは止まることなくアキラへと連続して剣戟を浴びせていく。


コルネリオの振るった剣は、時に受けられ、時に弾かれていく。

だがアキラに届かないというその結果は変わらない。


その場にはただ連続して金属をぶつけ合う音が響くだけだった。


「ゼアアッ!」


気合の叫びとともに放たれたコルネリオの振り下ろし。


だが……


「……その歳でこれほどまでの技量を持つか」


その一撃はアキラの振るった剣によって、剣を折られることで終わることとなった。


「一応成人してますけどね」

「む? そうか。それは失礼した」


剣を折られたコルネリオは、それまでの真剣な雰囲気を消している。どうやらもう戦う気はないようだ。


「審判」

「は、はひ!」

「私の負けだ」


予選だと言うのにそれまで繰り広げられた本番さながら、いや、ともすれば本番以上の戦いに驚いたのか、司会の男は半ば放心しかけており、コルネリオに突然話しかけられたことでハッと意識を取り戻して返事をした。


そしてそんな審判にコルネリオは自身の負けを宣言した。


「うぇ……?」


だが、コルネリオの言葉が理解できないのか、司会の男は間の抜けた声を漏らすだけだった。


「え? え? ま、待ってください! 本当にいいんですか!? あなたは優勝候補の一人である『城落とし』のコルネリオさんですよね!?」


どうやらコルネリオは有名な剣士のようで、その名と力を知っているからこそ、今のアキラの戦いにも、コルネリオが負けを認めたことにも驚いたようだ。


「良い。剣士が剣を折られたのだ。これが戦場であればまだしも、今は試合。純粋な技量で負けたのならば潔く退くべきだ。それに……」


だが肝心のコルネリオは、そこで言葉を止めてアキラのことを見るとフッと笑った。


「満足だ」


そしてそれだけ言うと振り返ることなく舞台を後にした。


「それで……そっちはどうする?」


最後にその場に残されたのはアキラともう一人の震えている青年だった。


「あ、あの、その……」


が、青年は持っていた剣を構えることはしない。構えたら、戦わなくちゃいけないとわかっているからだ。


青年は辺りへと混乱したように視線を向けると、震える唇を動かして何かを言おうとし……


「……ま、負けました」


涙目になってそう頭を下げると、足早に去っていった。


「え、えー……それじゃあ第十七試合はこれにて終了とさせていただきます!」


まさか先ほどの人物が負けるとは思っていなかったのか、アキラの試合を見ていた他の参加者達は訳のわからないものを見るかのようにアキラのことを見ていたが、アキラはそんなことを気にすることなく舞台から去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る