第110話大会の二次予選

「えー、それじゃあ……一次予選突破おめでとう!」

「「おめでとう!」」


 アキラはウダルとエリナと共に、大会の『一次』予選を通過したことを祝って祝杯をあげていた。


 いくら獲物の数に限りがあり、それによって選手の数が制限されると言っても、それでは多すぎる。

 なので、予選は『狩り』の一次と『試合』の二次に分かれていた。


 大会に出た、だとか何回戦まで勝った、なんて話は予選を通過してからでないと自慢することができないので、まずは明日から行われる二次予選を通過しなくてはならない。


 だが、それでも一つ目の関門をクリアしたのは事実なので、アキラ達はこうして集まってお互いに祝い合っていた。


 まあ、元々同じ場所に寝泊まりしているので、意図するまでもなく集まることになったし、アキラに至っては祝われるような苦労などしていないのだが。


「いやー、五回くらい獲物を取られた時は焦ったぜ」

「そんなにか」

「ああ。しかもそのうち二回はこっちが先に攻撃してたんだぞ? 明らかなマナー違反だったんだ」


 冒険者に限らず、街の外では誰かが先に攻撃した獲物は手を出してはいけないという決まりがある。

 決まりと言っても暗黙の了解であるし、先に攻撃したものが無理そうならば許可を求めてから手を出してもいいことになっている。


 だが、ウダルの話では、許可を取ることなく勝手に攻撃して獲物を横取りしていったようだ。


 普通ならばそんなことはしない。してしまえばその話は市民の間に広がり、狩りという仕事だけではなく街での生活もしづらくなってしまうから。


 だが、相手は『普通』ではなかった。


「まあでも、あれはしょうがないと思うわ。ちょっと微妙だったけど、身なりからして多分貴族だろうからあそこで騒いでも時間を取られるだけだったわよ」

「そうだとしてもさ、やっぱムカつくだろ。貴族なら何してもいいってわけじゃないだろ?」

「まあそれでも予選は無事に終わったんだ。気にするなって」


 他人の獲物を奪うというマナー違反ではあるが、それをやったのが貴族であれば、平民であるウダル達にはどうしようもない。

 下手に騒げば、それが原因で面倒なことが起こりかねないので、手を出すわけにはいかなかった。


「そうね。どうしても気に入らないなら、本戦で当たった時にでも倒せばいいわ。それなら流石に何も言えないでしょ」

「やりすぎなければな。中には負けたことを恨む奴もいるだろうから気を付けとけよ」


 試合で負ければそれはルールーに則った戦いなので、訴えることはできない。


 やり過ぎれば恨まれて報復されることもあるが、基本的にはそう言ったことはあまりない。

 負けた腹いせで手を出せば、それは国が主催で開いた大会を穢すということになるので、バレた時にはタダでは済まない。

 それがわかっているものは悔しくても手を出さないのだ。


「そういや、アキラの方はどうだったんだ? 俺たちみたいな奴には会わなかったのか?」

「ん……あー、俺はそういうのに会ってないなぁ……」


 アキラは自分がどうやって予選を突破したのか話していなかった。

 聞かれなかったから、ということもあるが、言ったらウダルが何か言ってきそうだったから、という理由があった。


「なんだか微妙な言い方ね。何か隠してるの?」

「いや、そういうわけでも……あー」


 なので教えて良いものかと一瞬迷いながらの言葉だったせいで微妙なものになってしまい、エリナにそのことを指摘されてしまった。


 特に隠さないといけない理由があるわけでもないし話してしまうか、と軽く息を吐き出しながら決めると、アキラは自分が予選を抜けた方法を話すことにした。


「実はな、俺は街の外に出てないんだよ」

「は? ならどうやって合格したんだよ」

「事前にルールが分かってたからな。だから……」

「人を使った」

「え?」


 アキラの言葉を遮ってエリナが話すと、ウダルは不思議そうな顔をしながら首を傾げてエリナのことを見た。


 エリナはそんなウダルのことを見てにこりと笑みを返すとアキラへと言葉を続けた。


「誰かに頼んで外に取りに行ってもらった。違う?」

「正解。朝門が開いたらゴブリンを十体倒して討伐部位を持ってこいってうちのやつに頼んでおいたんだ。で、あとはそれを出すだけで終わった」

「は? なんだよそれ。ありなのか?」


 アキラの言葉を聞いたウダルは、一瞬惚けたような表情をするとその顔に不満をありありと浮かべて呟いた。


「広場での説明で、人を使ってもいいって言ってたじゃない。多分、戦う力はないけど箔をつけたい商人や貴族用のルールなんでしょうけど、違反ではないわ」

「万が一にでも落ちるわけにはいかないからな。それに、あー……正直めんどくさかった」


 めんどくさいというのは本音だったが、それ以外にも理由はある。コーデリアだ。

 アキラの中のコーデリアの記憶はアキラの安定したと言っても、それはその状態で定着したわけではない。ひとまずは安定したというだけだ。何か衝撃的なことがあればまた表に出てきてしまうかもしれない。

 だから今はコーデリアが傷つく要因となりそうなもの、傷ついた要因となったものは避けたかった。


「……いや、確かにめんどくさかったけどさ……まじか」

「今更ゴブリンって感じするだろ?」

「前回、その今更を押し付けられたことがあった気がするんだが?」

「気のせいだろ」


 以前ルークに冒険者としての活動を見せるためにウダルにゴブリン退治の依頼をやらせたアキラだが、そんなことは知らないとばかりにすっとぼけて見せた。


 アキラに反応に子供っぽく拗ねたような表情で睨みつけたウダルだが、そんな友人の姿を見てアキラは肩をすくめて言った。


「まあ本戦ではまともに戦うから覚悟しとけ」

「上等だ。今度こそ勝たせてもらうぞ!」

「やってみろ」


 そうして二人は不敵に笑い合い、一次予選の祝勝会は終わりとなった。



 翌日。

 アキラ達は街の中央区画にある試合のための闘技場へとやってきていた。


「ここにいる奴ら全員二次予選の参加者なんだよな」

「中には付き添いとかいるだろうけど、まあ大半がそうだろうな」

「……案外多いな」

「そうね。少なくとも百は超えてるわよね。二百くらいかしら?」

「まあそれも、明日には三十まで減るけどな」

「でも、三十も残るんだろ? なら余裕だな」


 二次予選は七、八人で一組となって戦い、その勝者が本戦に上がるということになっていた。

 なので、ここにいる者のほとんどが減ることになる。


 だが、アキラ達がそんなことを話していると、不意に聞き覚えのない声が聞こえてきた。


「ガキども。そんなことを言ってられんのも今のうちだ。あんまし俺らを舐めんじゃねえぞ」


 アキラ達がその声の方向を向くと、そこには三十前後の武装した男がおり、アキラ達——アキラのことを睨んでいた。


 その場に集まっていたのは全員が一次予選を突破したもの達だ。

 だが、全員が全員強者であるのかと言ったら、そうではないと言わざるを得ない。


 だから背が低く、まだ成人していないように見えるアキラのことも貴族や金持ちの子息だと思ったのだろう。


「一次予選はゴブリン退治なんつー簡単な門だから、おめえらみてえなガキでもなんとかなったんだろうが、ここにいるやつはそのほとんどが実力者だ。おめえらとは違ってな。ここからは本物だけが生き残れる戦場。死ぬ前に逃げるんだな」


 男はそれだけ言うと笑いながら去っていった。


「……あれは何が言いたかったんだ?」

「さあ? かっこつけじゃないの?」

「いや、前にもあっただろ。というか、アキラ。お前は〝何度も〟同じようなことがあるだろ」

「冗談だよ。まあ、心配してくれてるんだろうな。こんな見た目だし」

「外見詐欺だけどな」


 以前アキラがルークを伴って冒険者組合に行った時にも、成人していない者が無茶をしようとしていると思った冒険者が、少々態度は悪かったもののアキラ達のことを止めようとしていた。


 それ以外にも、アキラの見た目を心配し、威圧することで危険に近寄らせまいとした冒険者は結構いた。


 冒険者というのは荒くれ者の集まりという評価も間違いではないのだが、意外と親切で子供に優しいものが多いのも事実である。


 まあアキラはその親切を全て無視してきたわけだが。


「成長しようと思えばできないこともないんだけどな」


 アキラが成長せずに幼い見た目のままで止まっているのは、その身に宿している魔力のせいだ。

 魔力が多すぎるせいで老化が止まり、成長していない。


 なので、魔力を体に溜め込まなければ自然と成長していくことになる。


 そのことを知ったアキラは、最近ではあまり魔力をためん混まないようにしているのだが、それでも成長するには時間に任せるしかない。


「そうなのか?」

「まあ、魔法を使えばな。ただ……」


 とはいえ、身体強化と治癒の応用で自分の体を成長させることも可能だ。なんなら腕を触手のようにすることさえもアキラにとっては少々面倒、という程度でしかない。


 だが、本人も成長したいと望んでいるにもかかわらずそうしないで時間に任せているのには理由がある。


「ただ? ……ああ。街中じゃ使えないのか」

「いや、それもあるんだが、それ以上に母さんがな……」

「アイリスさん?」

「止めはしないだろうけど、魔法で無理やり成長させると何か言いそうでな」

「ああ〜」


 子供を大事にしている——しすぎているアイリスであれば、アキラのやることは全てにおいて賛成し、後押しするだろう。


 が、それでも無茶をすれば何か言うだろうし、ウダルもそのことを理解できたから納得したような声を出したのだ。


「でもいつまでもそのままってわけにはいかないんじゃないの? ほら、例の探し人が見つかったら、それじゃあ小さすぎるでしょ」

「って言っても相手が俺より大きいとは限らないし、その時は、まあ説得するさ」


(いや最初から止めないだろうから説得ってのもおかしな話か?)


 そんなことを考え、話していたアキラ達だが、時計を見るともうすぐ二次予選が始まる。

 そのことに気がついたアキラは、思考を切り替えてウダル達にもそのことを伝えた。


「まあそんなことよりも、まずは今日の二次予選を突破することを考えとけ」

「って言ってもよぉ〜、あとは戦うだけだろ?」

「まあそうなんだが……ほら、武器の手入れとか?」

「手入れなんてこんな直前になってするもんじゃないだろ。昨日のうちに終わってるって」


 と、話していると中央の舞台の上に男が上がっていった。


「えー、お集まりの皆様! これより闘技大会二次予選を行います! 二次予選は複数での戦闘形式となっておりますので、呼ばれた方から係りに従って舞台へと向かってください!」


 どうやら時間となったようだ。

 これから第二次予選が始まるとわかり、周囲からはやる気に満ちた気迫がアキラ達の元へと伝わっていた。


「始まるな」

「ああ」

「予選で会わないといいんだが、こればっかりはどうしようもないからなぁ」

「ま、どっちが勝っても恨みっこなしの真剣勝負だ」


 そうしてウダルとアキラが話していると、割り込むようにエリナが話にはいってきた。


「あら、私はその勝負に入れてくれないの?」

「エリナ?」

「なんだ。お前こういう書由布ごとには興味ないと思ってたけど?」

「ええまあ、基本的にはね。でもせっかく参加したのだから、勝ち残りたいじゃない」

「ならお前とも勝負だな! 頑張ろうぜ!」

「ええ」


 そうして頷いた瞬間のエリナの笑みは、まるで獲物を見つけたかのような捕食者の如き瞳をしていたが、アキラはそれに気づいたものの、その瞳を向けられている本人であるウダルは気づいていないようだった。


「っと、俺か。──じゃあ行ってくる!」

「ウダル、頑張ってね」

「おう!」


 エリナの言葉に威勢良く答えたウダルはそのまま舞台に上がっていき、アキラを含めた他の参加者達はその舞台の周囲で待機していた。


「……ケッ。ガキがはしゃいでんじゃねえよ」


 舞台に上がっていったウダルに向かって悪態をついている男がいるが、ウダルはそんな男を無視して胸を張っていた。


「──で、お前があんなことを言った理由は? 正直お前が勝ちたいなんていうとは思わなかったよ」


 アキラはそんなウダルの様子を見ながら、自分の隣でウダルの様子を〝楽しそうに〟見ていたエリナに問いかけた。


「まあ、私は戦い自体にはかけらも興味がないものね。この大会だって、面倒だと思ってるわ」

「ならどうして勝負にのった?」

「ウダルのためよ」

「あいつのため、ね……あいつのためっていうわりには楽しそうな顔してるな」

「……そう?」


 エリナはアキラに言われて自分の顔に触れてみるが、自分ではわからないようでエリナは首を傾げた後、どうでもいいかと言わんばかりに手を下ろした。


「まあ、ウダルのため、っていうのは正確じゃないかもしれないわね。正確には、ウダルの反応を見るため、かしら?」


(多分、エリナが自分よりも多く勝ち残ったら悔しい思いをするだろうから、その顔を見たいとかそんな理由だろうな)


「……ああ。相変わらず歪んでるな」

「そうね。知ってるわ。でも、それでもあいつは折れないでしょ? 昔からそう。無茶をして突っ込んでいって、最後には関わった人たちと笑ってる。私、そんなウダルが好きなのよ」


 そう言ったエリナの横顔には恍惚とした色があり、ウダルだけしか見ていないのが明白だった。


「だから、ウダルの全てを見たいのよ」

「笑った顔も、悔しがってる顔も……か」

「ええ。悪い?」

「いや。それを決めるのは俺じゃなくて当事者であるお前たちだろ」


(まあウダルがエリナの本性に気付いているか、気付けるかはわからないが、一生気づかないならそれはそれで本人にとっては幸せな人生だし、気づいた上で一緒にいるなら俺が何をいうことでもないな)


「そ。……ああ、勝ったわね。ふふ」


 やれやれと、内心でため息を吐きながら、アキラは自身の名前が呼ばれるのを待つのだった。

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